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第71話 命への向き合い方
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「アクアベア……と、フレイムワイバーン……だったか」
「ああ。アクアベアは、基本的に森の中にある湖を住処とする魔獣だ」
「熊なのに……?」
地面に横たわり、かすかに呼吸を続ける魔獣を見下ろしながら、
ロウキの言葉を思い出して口にすると、説明を続けてくれた。
「見た目は熊だがな。
本来の毛並みは、水そのもののように透き通っている。
歩くたびに足元から水が湧き、波紋が広がる……それはとても美しい光景だ。
目は深海のような青で、見た目に反して穏やかで優しい。
だが、怒りに触れれば水は荒れ狂い、嵐を呼び、津波を起こすこともある。
それでも、子どもや弱き者には寄り添える――珍しい熊だ」
「……そんな魔獣、初めて聞いた……」
「優しさゆえに、捕らえられ、このような姿にされたのかもしれぬな……」
名前だけを聞けば恐ろしそうな魔獣。
だけど、ロウキの語るアクアベアは、想像とは真逆の存在だった。
その温厚さが、きっと仇になった。
優しさは、ときに弱点になる。
そうして犠牲になる魔獣がいるのだと、胸が痛くなった。
「……これは、この子たちの話に限ったことではない。
安易に魔物へ手を差し伸べれば、それが人間の犠牲を生むこともある。
ヨシヒロよ、よく覚えておけ」
「……うん。分かった」
ロウキの言葉は、忠告だった。
俺が手を差し伸べた魔物が、
別の人間に懐き、そして実験台にされたり、
無理やり契約を結ばされたりするかもしれない。
その瞬間、前世の記憶が蘇った。
飼うこともできないのに、ただ餌を与えた結果、
悪意ある人間に連れ去られ、虐待され、命を落とす――
あれと同じだ。
安易に関わってはいけない。
手を出すなら、最後まで責任を持つ。
改めて、そう心に誓った。
「……ロウキ。もう一体は、フレイムワイバーンだったよな。
火属性の、一般的なワイバーン……?」
「そうだ。
ワイバーンは本能のまま生きる魔物で、意思疎通は難しい。
従魔契約が成功すれば従うこともあるが、扱いには注意が必要だ」
「そんな別々の子たちを、こんな風に…なんでっ…」
何の関係もない魔獣同士を、
欲望のために無理やり繋ぎ合わせ、苦しめる。
――人間って、なんて身勝手な生き物なんだろう。
助かる可能性は、きっと低い。
それでも、少しでも楽にしてやれたら。
俺はそう思い、魔獣に近づき、そっとその身体に手を添えた。
「Angelic Hand……」
ポワアアアッ――
「どうか……この子たちに、癒しの手を……」
聖なる光が、二つの命を包み込む。
あまりの眩しさに、思わず目を閉じた。
光が収まり、ゆっくりと目を開くと――
そこには、先ほどまで一体だった魔獣が、二体に分かれて横たわっていた。
どちらも、かすかに呼吸をしている。
今にも消えそうな、その音が胸を締めつける。
「……グルル……」
「……ワイバーン……?」
「……グル……」
その時だった。
ワイバーンが、か細い声で何かを訴えようとしている気がした。
俺は顔を近づけ、そっと頭を撫でる。
すると、ズキンッと頭に痛みが走り、
微かな声が――直接、頭の中に響いた。
俺は、息を殺し、意識を集中させる。
【……ころ……して……
……らくに……して……】
「……っ……」
【……ころ……して……】
「でも……!
もしかしたら、助かるかもしれないだろ……!」
【……ねむ……らせて……くれ……】
「……っ……」
ワイバーンは、俺に“死”を望んでいた。
苦しみから、解放してほしいと。
そんな願いを前に、簡単に頷けるはずがない。
俺は、必死にエマに問いかけた。
――治す方法はないのか、と。
だけど、返ってきた答えは、
俺の望むものではなかった。
【マスターの願いは叶いません。
魔物同士の融合は、神の怒りに触れる行為です。
融合された時点で“神の裁き”として呪いを受け、
たとえ肉体を引き剝がすことができたとしても、
その呪いは、誰にも解呪することができません】
「そんな……!
この子たちは……何も悪くないのに……っ!」
エマの告げた運命は、あまりにも残酷だった。
目の前で苦しんでいる命があるのに、
俺には、助けることができない。
「殺してほしい」と願うしかなかったワイバーンの気持ちを思うと、
胸が締めつけられ、涙が止まらなかった。
「ごめんな……ごめんな……
俺たち人間のせいで……本当に、ごめん……」
ポタッ――
ポタッ――
……ピカッ――!!
「え……?」
頬を伝った涙が、一滴、また一滴とワイバーンの額に落ちた、その瞬間。
眩しい光が走り、温かな輝きが二つの命を包み込んだ。
突然の出来事に、俺は息を呑み、ただその光を見つめる。
光は次第に小さくなり――
やがて、その中から現れたのは……ルーナだった。
「……ルーナ……?」
なんで、ここに……?
戸惑う俺を一度だけ見つめ、
ルーナは小さく微笑むと、静かにワイバーンの方へ向き直った。
そして、前足をそっとその額に乗せ、顔を寄せる。
「月は……あなたを安らかな世界へと導くでしょう。
どうか……お眠りなさい……」
チュッ――
【……かん……しゃ……】
小さな祈りとともに、額へ落とされた、やさしいキス。
ワイバーンは、ゆっくりと目を閉じ、
その呼吸は、静かに、確かに、止まった。
最後に聞こえたのは、
かすかで、切ない――「感謝」の声だった。
「……ルーナ……」
「ヨシヒロ様。
この子は、今、眠りにつきました。
もう……苦しくありません」
「……そうか……」
「泣かないで。
これは……私の役目ですから」
「ああ……ありがとう……ルーナ……」
祈りを終えたルーナは、俺の側へ戻り、
そっと体を擦り寄せてくれた。
その温もりに、再び涙が溢れる。
俺はこの世界に来て、初めて――
“死を望む者”を見て、
そして、その願いが叶えられる瞬間を目の当たりにした。
これが、この世界では“当たり前”なのかもしれない。
だけど、この悲しみと、やるせなさは――
きっと、一生消えない。
そう思いながら、俺は、もう一体の魔獣へ視線を向けた。
「……次は、君だね。
アクアベア。
君は……どうしたい?」
アクアベアもまた、今にも途切れそうな呼吸を繰り返していた。
きっと、この子も同じ願いを口にする。
そう覚悟しながら、そっとその額に手を添える。
頭痛がしたと同時に、閉じていた目がゆっくりと開き、
深い青の瞳が、まっすぐに俺を見つめた。
【……泣くな……人の子よ……】
「……アクアベア……?」
【ワシはもう……助からぬのだろう。
だが、それは……お前のせいではない。
ゆえに、悲しむ必要はないのだ】
「やったのは俺じゃない……
でも……!」
【いつの時代も、このようなことは起こりうる。
それが……たまたま、ワシであっただけのこと】
「そんな……言い方……」
【……もう少し……生きていたかったが……
今は……静かに眠れるなら……それで、よい】
「……アクアベア……」
泣かなくていい、と言われた。
俺のせいじゃない、と。
それでも――
「もう少し生きていたかった」という言葉だけは、
どうしても、胸から消えなかった。
俺には、どうすることもできない。
それでも……何か、何か方法はないのか。
そう願いながら流れた涙は、
アクアベアの、透き通る水色の体へと溶け込んでいく。
――その瞬間だった。
パアアアアンッ!!
バシャアアッ……!!
「……な……嘘だろ……」
アクアベアの体が、突如として破裂した。
飛び散る水。
まるで、水風船が弾けたかのように。
地面は一瞬で水浸しになり、
俺も頭からその水を浴びていた。
「……なんで……
魔獣が……生きたいと願うことは罪なのか……?
望んで……神の怒りに触れたわけじゃないのに……
なんで……」
「もう少し生きていたかった」
――ただ、それだけの願い。
それすら許されず、
アクアベアの命は、無情にも散った。
無限の魔力を持っていても。
癒しの手を持っていても。
俺は――
何一つ、救うことができなかった。
神は、時に……あまりにも無慈悲だ。
「……ごめんな……」
そう呟きながら、
俺は、地面に残された水溜まりへと手を伸ばした。
水面に映る月の光は、誰を責めるでもなく、静かに揺れていた――……
「ああ。アクアベアは、基本的に森の中にある湖を住処とする魔獣だ」
「熊なのに……?」
地面に横たわり、かすかに呼吸を続ける魔獣を見下ろしながら、
ロウキの言葉を思い出して口にすると、説明を続けてくれた。
「見た目は熊だがな。
本来の毛並みは、水そのもののように透き通っている。
歩くたびに足元から水が湧き、波紋が広がる……それはとても美しい光景だ。
目は深海のような青で、見た目に反して穏やかで優しい。
だが、怒りに触れれば水は荒れ狂い、嵐を呼び、津波を起こすこともある。
それでも、子どもや弱き者には寄り添える――珍しい熊だ」
「……そんな魔獣、初めて聞いた……」
「優しさゆえに、捕らえられ、このような姿にされたのかもしれぬな……」
名前だけを聞けば恐ろしそうな魔獣。
だけど、ロウキの語るアクアベアは、想像とは真逆の存在だった。
その温厚さが、きっと仇になった。
優しさは、ときに弱点になる。
そうして犠牲になる魔獣がいるのだと、胸が痛くなった。
「……これは、この子たちの話に限ったことではない。
安易に魔物へ手を差し伸べれば、それが人間の犠牲を生むこともある。
ヨシヒロよ、よく覚えておけ」
「……うん。分かった」
ロウキの言葉は、忠告だった。
俺が手を差し伸べた魔物が、
別の人間に懐き、そして実験台にされたり、
無理やり契約を結ばされたりするかもしれない。
その瞬間、前世の記憶が蘇った。
飼うこともできないのに、ただ餌を与えた結果、
悪意ある人間に連れ去られ、虐待され、命を落とす――
あれと同じだ。
安易に関わってはいけない。
手を出すなら、最後まで責任を持つ。
改めて、そう心に誓った。
「……ロウキ。もう一体は、フレイムワイバーンだったよな。
火属性の、一般的なワイバーン……?」
「そうだ。
ワイバーンは本能のまま生きる魔物で、意思疎通は難しい。
従魔契約が成功すれば従うこともあるが、扱いには注意が必要だ」
「そんな別々の子たちを、こんな風に…なんでっ…」
何の関係もない魔獣同士を、
欲望のために無理やり繋ぎ合わせ、苦しめる。
――人間って、なんて身勝手な生き物なんだろう。
助かる可能性は、きっと低い。
それでも、少しでも楽にしてやれたら。
俺はそう思い、魔獣に近づき、そっとその身体に手を添えた。
「Angelic Hand……」
ポワアアアッ――
「どうか……この子たちに、癒しの手を……」
聖なる光が、二つの命を包み込む。
あまりの眩しさに、思わず目を閉じた。
光が収まり、ゆっくりと目を開くと――
そこには、先ほどまで一体だった魔獣が、二体に分かれて横たわっていた。
どちらも、かすかに呼吸をしている。
今にも消えそうな、その音が胸を締めつける。
「……グルル……」
「……ワイバーン……?」
「……グル……」
その時だった。
ワイバーンが、か細い声で何かを訴えようとしている気がした。
俺は顔を近づけ、そっと頭を撫でる。
すると、ズキンッと頭に痛みが走り、
微かな声が――直接、頭の中に響いた。
俺は、息を殺し、意識を集中させる。
【……ころ……して……
……らくに……して……】
「……っ……」
【……ころ……して……】
「でも……!
もしかしたら、助かるかもしれないだろ……!」
【……ねむ……らせて……くれ……】
「……っ……」
ワイバーンは、俺に“死”を望んでいた。
苦しみから、解放してほしいと。
そんな願いを前に、簡単に頷けるはずがない。
俺は、必死にエマに問いかけた。
――治す方法はないのか、と。
だけど、返ってきた答えは、
俺の望むものではなかった。
【マスターの願いは叶いません。
魔物同士の融合は、神の怒りに触れる行為です。
融合された時点で“神の裁き”として呪いを受け、
たとえ肉体を引き剝がすことができたとしても、
その呪いは、誰にも解呪することができません】
「そんな……!
この子たちは……何も悪くないのに……っ!」
エマの告げた運命は、あまりにも残酷だった。
目の前で苦しんでいる命があるのに、
俺には、助けることができない。
「殺してほしい」と願うしかなかったワイバーンの気持ちを思うと、
胸が締めつけられ、涙が止まらなかった。
「ごめんな……ごめんな……
俺たち人間のせいで……本当に、ごめん……」
ポタッ――
ポタッ――
……ピカッ――!!
「え……?」
頬を伝った涙が、一滴、また一滴とワイバーンの額に落ちた、その瞬間。
眩しい光が走り、温かな輝きが二つの命を包み込んだ。
突然の出来事に、俺は息を呑み、ただその光を見つめる。
光は次第に小さくなり――
やがて、その中から現れたのは……ルーナだった。
「……ルーナ……?」
なんで、ここに……?
戸惑う俺を一度だけ見つめ、
ルーナは小さく微笑むと、静かにワイバーンの方へ向き直った。
そして、前足をそっとその額に乗せ、顔を寄せる。
「月は……あなたを安らかな世界へと導くでしょう。
どうか……お眠りなさい……」
チュッ――
【……かん……しゃ……】
小さな祈りとともに、額へ落とされた、やさしいキス。
ワイバーンは、ゆっくりと目を閉じ、
その呼吸は、静かに、確かに、止まった。
最後に聞こえたのは、
かすかで、切ない――「感謝」の声だった。
「……ルーナ……」
「ヨシヒロ様。
この子は、今、眠りにつきました。
もう……苦しくありません」
「……そうか……」
「泣かないで。
これは……私の役目ですから」
「ああ……ありがとう……ルーナ……」
祈りを終えたルーナは、俺の側へ戻り、
そっと体を擦り寄せてくれた。
その温もりに、再び涙が溢れる。
俺はこの世界に来て、初めて――
“死を望む者”を見て、
そして、その願いが叶えられる瞬間を目の当たりにした。
これが、この世界では“当たり前”なのかもしれない。
だけど、この悲しみと、やるせなさは――
きっと、一生消えない。
そう思いながら、俺は、もう一体の魔獣へ視線を向けた。
「……次は、君だね。
アクアベア。
君は……どうしたい?」
アクアベアもまた、今にも途切れそうな呼吸を繰り返していた。
きっと、この子も同じ願いを口にする。
そう覚悟しながら、そっとその額に手を添える。
頭痛がしたと同時に、閉じていた目がゆっくりと開き、
深い青の瞳が、まっすぐに俺を見つめた。
【……泣くな……人の子よ……】
「……アクアベア……?」
【ワシはもう……助からぬのだろう。
だが、それは……お前のせいではない。
ゆえに、悲しむ必要はないのだ】
「やったのは俺じゃない……
でも……!」
【いつの時代も、このようなことは起こりうる。
それが……たまたま、ワシであっただけのこと】
「そんな……言い方……」
【……もう少し……生きていたかったが……
今は……静かに眠れるなら……それで、よい】
「……アクアベア……」
泣かなくていい、と言われた。
俺のせいじゃない、と。
それでも――
「もう少し生きていたかった」という言葉だけは、
どうしても、胸から消えなかった。
俺には、どうすることもできない。
それでも……何か、何か方法はないのか。
そう願いながら流れた涙は、
アクアベアの、透き通る水色の体へと溶け込んでいく。
――その瞬間だった。
パアアアアンッ!!
バシャアアッ……!!
「……な……嘘だろ……」
アクアベアの体が、突如として破裂した。
飛び散る水。
まるで、水風船が弾けたかのように。
地面は一瞬で水浸しになり、
俺も頭からその水を浴びていた。
「……なんで……
魔獣が……生きたいと願うことは罪なのか……?
望んで……神の怒りに触れたわけじゃないのに……
なんで……」
「もう少し生きていたかった」
――ただ、それだけの願い。
それすら許されず、
アクアベアの命は、無情にも散った。
無限の魔力を持っていても。
癒しの手を持っていても。
俺は――
何一つ、救うことができなかった。
神は、時に……あまりにも無慈悲だ。
「……ごめんな……」
そう呟きながら、
俺は、地面に残された水溜まりへと手を伸ばした。
水面に映る月の光は、誰を責めるでもなく、静かに揺れていた――……
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