1 / 1
雨夜の繭
しおりを挟む
窓を叩く雨脚は激しさを増し、世界からこの家だけを切り離してしまったかのようだった。
友人の和也は、飲みすぎたアルコールに耐えきれず、早々に二階の自室で泥のように眠ってしまった。取り残された私は、喉の渇きを癒やすために一階のリビングへと降りた。薄暗いフロアスタンドの明かりだけが灯る静寂の空間。そこには、予想もしない先客がいた。
「あら、起きてたの?」
和也の母、真由さんだった。 深夜二時。彼女は古びたソファに深く身を沈め、琥珀色の液体が入ったグラスを弄んでいた。普段の、エプロン姿で微笑む「友達のお母さん」ではない。濡羽色の髪を無造作にアップにし、胸元の開いたシルクのナイトウェアを纏ったその姿は、あまりにも無防備で、そして残酷なほどに「女」だった。
「すみません、水を……」 「そう。そこにあるわよ」
私の声は上擦っていた。冷蔵庫から水を取り出し、逃げるように部屋に戻ればよかった。けれど、彼女の纏う空気が、透明な膠(にかわ)のように私の足を床に縫い付けた。 私は誘われるまま、彼女の対面のソファに腰を下ろした。
距離にして、わずか一メートル。 しかしその空間には、濃密な湿度が充満していた。雨音だけが支配する部屋で、彼女がグラスを傾ける氷の音だけが、カラン、と鋭く響く。 ふわりと漂ってきたのは、雨の匂いと混じり合った、熟れた果実のような甘い香り。それは彼女の首筋から立ち上る、風呂上がりの火照りそのもののようだった。
「主人は出張、和也はあんな調子……。静かすぎて、耳が痛いわ」
独り言のように呟き、彼女が私を見つめる。その瞳は深い湖のように暗く、それでいて底の方で妖しい熱を帯びて揺らめいていた。視線が絡み合う。逸らすタイミングを失った私は、蛇に睨まれた蛙のように動けない。いや、自らその毒牙にかかりにいこうとしているのかもしれない。
「……君は、大人しい顔をして、案外情熱的な目をするのね」
真由さんがふいに身を乗り出した。胸元の布地がたわみ、白磁のような肌の谷間が露わになる。理性が警鐘を鳴らす音よりも、ドクン、と跳ねた心臓の音の方が遥かに大きかった。 彼女の指先が、テーブルの上で私の手に触れた。ひやりとするほど冷たい指先。それが私の熱を求めて、絡みつくように這い上がってくる。
「ダメです……和也が、上に」 「だから、いいんじゃない」
唇に人差し指を当てて微笑むその表情は、聖母のようであり、悪魔のようでもあった。 次の瞬間、私の首に細い腕が絡みついていた。 吐息がかかる距離。彼女の唇が私のそれを塞いだとき、脳内で何かが音を立てて崩れ落ちた。
そこからは、嵐のような奔流だった。 私たちはソファに崩れ落ち、互いの存在を確かめ合うように貪り合った。彼女の肌は、想像を絶するほど柔らかく、そして吸い付くように滑らかだった。私の未熟な指がその豊かな肢体をなぞるたび、彼女は喉の奥で甘い蜜のような声を漏らし、背中を反らせる。
「んっ……静かに……起きちゃうわ……」
耳元で囁かれるその言葉が、背徳の炎に油を注ぐ。二階には友人が眠っている。その事実が、この行為をより一層、罪深く、そして堪え難いほど快感なものへと変えていく。 薄いナイトウェア越しに伝わる体温は、私の理性を焼き尽くすほどに熱い。 彼女は「母親」という殻を脱ぎ捨て、ただ快楽を貪る一人の雌となっていた。成熟した女性特有の、包み込むような、それでいてすべてを搾り取るような求心力。私はその深淵なる海に、抗う術もなく溺れていった。
衣擦れの音、湿った皮膚が触れ合う音、そして押し殺した吐息。 雨音がすべてを隠してくれる。私たちは共犯者のように視線を交わし、互いの唇を噛み締めながら、罪悪感と快楽が入り混じる絶頂へと駆け上がった。 彼女の中は、どこまでも深く、温かく、私という存在を丸ごと飲み込んで離さない泥沼のようだった。
嵐が過ぎ去ったあと、リビングには再び重苦しい静寂が戻った。 乱れた衣服を整えながら、彼女は気怠げに髪をかき上げた。その横顔には、先ほどの妖艶な熱さはなく、どこか冷めた、しかし満ち足りたような気品が漂っていた。
「……もう、寝なさい」
短く告げられた言葉は、私を突き放すようでもあり、秘密の契約を結ぶようでもあった。 私は逃げるように二階への階段を上った。
翌朝。 キッチンには、いつも通りエプロンを着けて朝食を作る「和也のお母さん」の姿があった。 「おはよう。よく眠れた?」 背中越しにかけられたその声は、あまりにも日常的で、明るかった。昨夜の出来事は、すべて私の妄想だったのではないかと思えるほどに。
しかし、彼女が振り返り、私にコーヒーカップを手渡した瞬間。 その指先が、私の手に触れた。 昨夜、私の背中を強く掻きむしった、その同じ指先が。
「……熱いから、気をつけてね」
そう言って微笑んだ彼女の目尻には、昨日までは気づかなかった、艶めかしい朱色がほんのりと差していた。 カップから立ち上る湯気の向こうで、彼女は一瞬だけ、あの夜の「女」の顔をして、小さく舌なめずりをしたように見えた。
私は悟る。 この雨の季節が終わるまで、いや終わってからも、私はこの家という繭(まゆ)から、もう二度と抜け出せないのだと。
友人の和也は、飲みすぎたアルコールに耐えきれず、早々に二階の自室で泥のように眠ってしまった。取り残された私は、喉の渇きを癒やすために一階のリビングへと降りた。薄暗いフロアスタンドの明かりだけが灯る静寂の空間。そこには、予想もしない先客がいた。
「あら、起きてたの?」
和也の母、真由さんだった。 深夜二時。彼女は古びたソファに深く身を沈め、琥珀色の液体が入ったグラスを弄んでいた。普段の、エプロン姿で微笑む「友達のお母さん」ではない。濡羽色の髪を無造作にアップにし、胸元の開いたシルクのナイトウェアを纏ったその姿は、あまりにも無防備で、そして残酷なほどに「女」だった。
「すみません、水を……」 「そう。そこにあるわよ」
私の声は上擦っていた。冷蔵庫から水を取り出し、逃げるように部屋に戻ればよかった。けれど、彼女の纏う空気が、透明な膠(にかわ)のように私の足を床に縫い付けた。 私は誘われるまま、彼女の対面のソファに腰を下ろした。
距離にして、わずか一メートル。 しかしその空間には、濃密な湿度が充満していた。雨音だけが支配する部屋で、彼女がグラスを傾ける氷の音だけが、カラン、と鋭く響く。 ふわりと漂ってきたのは、雨の匂いと混じり合った、熟れた果実のような甘い香り。それは彼女の首筋から立ち上る、風呂上がりの火照りそのもののようだった。
「主人は出張、和也はあんな調子……。静かすぎて、耳が痛いわ」
独り言のように呟き、彼女が私を見つめる。その瞳は深い湖のように暗く、それでいて底の方で妖しい熱を帯びて揺らめいていた。視線が絡み合う。逸らすタイミングを失った私は、蛇に睨まれた蛙のように動けない。いや、自らその毒牙にかかりにいこうとしているのかもしれない。
「……君は、大人しい顔をして、案外情熱的な目をするのね」
真由さんがふいに身を乗り出した。胸元の布地がたわみ、白磁のような肌の谷間が露わになる。理性が警鐘を鳴らす音よりも、ドクン、と跳ねた心臓の音の方が遥かに大きかった。 彼女の指先が、テーブルの上で私の手に触れた。ひやりとするほど冷たい指先。それが私の熱を求めて、絡みつくように這い上がってくる。
「ダメです……和也が、上に」 「だから、いいんじゃない」
唇に人差し指を当てて微笑むその表情は、聖母のようであり、悪魔のようでもあった。 次の瞬間、私の首に細い腕が絡みついていた。 吐息がかかる距離。彼女の唇が私のそれを塞いだとき、脳内で何かが音を立てて崩れ落ちた。
そこからは、嵐のような奔流だった。 私たちはソファに崩れ落ち、互いの存在を確かめ合うように貪り合った。彼女の肌は、想像を絶するほど柔らかく、そして吸い付くように滑らかだった。私の未熟な指がその豊かな肢体をなぞるたび、彼女は喉の奥で甘い蜜のような声を漏らし、背中を反らせる。
「んっ……静かに……起きちゃうわ……」
耳元で囁かれるその言葉が、背徳の炎に油を注ぐ。二階には友人が眠っている。その事実が、この行為をより一層、罪深く、そして堪え難いほど快感なものへと変えていく。 薄いナイトウェア越しに伝わる体温は、私の理性を焼き尽くすほどに熱い。 彼女は「母親」という殻を脱ぎ捨て、ただ快楽を貪る一人の雌となっていた。成熟した女性特有の、包み込むような、それでいてすべてを搾り取るような求心力。私はその深淵なる海に、抗う術もなく溺れていった。
衣擦れの音、湿った皮膚が触れ合う音、そして押し殺した吐息。 雨音がすべてを隠してくれる。私たちは共犯者のように視線を交わし、互いの唇を噛み締めながら、罪悪感と快楽が入り混じる絶頂へと駆け上がった。 彼女の中は、どこまでも深く、温かく、私という存在を丸ごと飲み込んで離さない泥沼のようだった。
嵐が過ぎ去ったあと、リビングには再び重苦しい静寂が戻った。 乱れた衣服を整えながら、彼女は気怠げに髪をかき上げた。その横顔には、先ほどの妖艶な熱さはなく、どこか冷めた、しかし満ち足りたような気品が漂っていた。
「……もう、寝なさい」
短く告げられた言葉は、私を突き放すようでもあり、秘密の契約を結ぶようでもあった。 私は逃げるように二階への階段を上った。
翌朝。 キッチンには、いつも通りエプロンを着けて朝食を作る「和也のお母さん」の姿があった。 「おはよう。よく眠れた?」 背中越しにかけられたその声は、あまりにも日常的で、明るかった。昨夜の出来事は、すべて私の妄想だったのではないかと思えるほどに。
しかし、彼女が振り返り、私にコーヒーカップを手渡した瞬間。 その指先が、私の手に触れた。 昨夜、私の背中を強く掻きむしった、その同じ指先が。
「……熱いから、気をつけてね」
そう言って微笑んだ彼女の目尻には、昨日までは気づかなかった、艶めかしい朱色がほんのりと差していた。 カップから立ち上る湯気の向こうで、彼女は一瞬だけ、あの夜の「女」の顔をして、小さく舌なめずりをしたように見えた。
私は悟る。 この雨の季節が終わるまで、いや終わってからも、私はこの家という繭(まゆ)から、もう二度と抜け出せないのだと。
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる