摩天楼の密約 — 冷徹CEOは深夜にだけ熱を帯びる

たかし

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第六話『契約のその先へ』

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都心の最上階、久条湊のプライベート・ペントハウス。 外界から隔絶されたその空間は、あまりにも静かだった。 広大なリビングのソファに深く沈み込んだ私の身体を、彼が用意したブランケットが包み込んでいる。

「……痛むか?」

彼が氷嚢(ひょうのう)を私の腫れた頬に当てた。 その手つきは、硝子細工に触れるかのように慎重で、優しい。 先ほどまで修羅のような形相で男たちをなぎ倒していた人物とは、別人のようだった。

「いいえ。湊さんが来てくれたから……痛みなんて、忘れました」 

「嘘をつくな。……赤くなっている」

彼は苦しげに顔を歪めると、氷嚢をサイドテーブルに置き、私の頬を大きな掌で包み込んだ。 体温が伝わる。 その熱が、凍えていた私の心をゆっくりと解凍していく。

「もっと早く、気づくべきだった。お前を危険に晒してまで守るべき秘密など、最初からなかったのだと」

彼は自嘲気味に呟くと、懐から一枚の紙を取り出した。 見覚えのある、あの契約書だ。 『絶対に本気にならないこと』。 その一文が、今の私たちにはあまりにも滑稽で、残酷な足枷に見えた。

ビリッ。

彼は躊躇なく、その契約書を破り捨てた。 二つに、四つに。白い紙片が雪のように床へと舞い落ちる。

「これで、私とお前を縛るものはなくなった」

「……では、私はもう、用済みですか?」

不安に駆られて問いかけた私の言葉を、彼は唇で塞いだ。 甘く、とろけるような口づけ。 舌先が優しく絡み合い、互いの存在を確かめ合う。 そこには、香港の夜のような焦燥感も、暴力的な情熱もない。ただひたすらに深い、慈愛に満ちたキスだった。

「逆だ、美月」

唇を離し、彼は私の瞳を覗き込んだ。 その瞳は、氷の冷たさなど微塵もなく、燃えるような愛情で揺れていた。

「縛るものがなくなったからこそ、私はお前を、私の意志で繋ぎ止めたい。……契約期間などない。一生、私のそばにいてくれ」

「湊、さん……」

「愛している。……鉄の女だろうが、何だろうが関係ない。私はただ、片桐美月という一人の女が欲しいんだ」

涙が溢れた。 張り詰めていた糸が切れ、私は彼の胸に顔を埋めて泣きじゃくった。 彼は何も言わず、ただ強く、強く私を抱きしめ続けてくれた。 その鼓動のリズムが、私のこれからの人生を刻む時計になるのだと、直感的に悟った。




「……シャワーを浴びよう。身体についた汚れも、あの男に触れられた記憶も、すべて私が洗い流してやる」

彼は私を抱き上げ、バスルームへと連れて行った。 温かいお湯が、強張った筋肉を解していく。 彼はスポンジを使わず、自身の掌に泡を取り、私の身体を丁寧に洗った。 腕、鎖骨、胸の膨らみ、そして彼が愛した腰のくびれ。

「っ……ん……」

泡にまみれた彼の手が、私の敏感な場所を撫でるたびに、甘い声が漏れる。 けれど彼は焦らない。 まるで聖女を崇める信徒のように、私の身体の隅々までキスを落とし、愛を囁き続けた。

ベッドルームに戻る頃には、私の身体は彼の熱に完全に浮かされていた。 シーツの上に横たえられ、彼が覆いかぶさる。 裸の肌が触れ合う面積が増えるたび、幸福感で胸が押し潰されそうになる。

「美月、目を開けて。私を見ろ」

彼の指が、秘所の入り口を濡らす。 十分に解されたそこは、すでに彼を受け入れる準備を整えていた。 ゆっくりと、時間をかけて、彼の一部が侵入してくる。

「ぁ……あ……っ」

満ちていく。 身体の空洞だけでなく、心の隙間までもが、彼という存在で埋め尽くされていく。 香港の夜とは違う。 これは「行為」ではない。「融合」だ。

「愛している……美月……」

彼は何度も愛を囁きながら、深々と腰を沈めた。 繋がっている部分から、熱い情動が波紋のように広がり、指先まで痺れさせる。 彼の動きに合わせて、私も腰を揺らす。 自然と、互いのリズムが重なり合う。

「湊さん、私も……愛して、います……っ!」

私の告白を聞いた瞬間、彼の動きが激しさを増した。 優しさの中に、抑えきれない雄の衝動が混じる。 強く突かれるたびに、視界が白く明滅し、意識が飛びそうになる。

「離さない。もう二度と、誰にも渡さない」

彼の独占欲が、今は心地よい。 彼に所有されること、彼の一部になること。 それが、女としての私の至上の喜びだった。

「っ、いく……! 美月、一緒に……!」 

「あッ、んんっ――!!」

絶頂の瞬間、私たちは固く抱き合い、互いの名を呼び合った。 彼が最奥に放った熱い命の奔流が、私の胎内を灼き、魂まで染め上げていく。 白い光の中で、私は自分が完全に「溶解」するのを感じていた。 氷の王の熱によって、鉄の女は溶かされ、ただの愛される女へと生まれ変わったのだ。





数ヶ月後。 大手町の本社ビル、最上階のCEO執務室。 窓の外には、いつものように東京の摩天楼が広がっている。

「社長、午後の会議資料です」 「ああ、置いておいてくれ」

久条湊は書類に目を走らせたまま、素っ気なく答える。 社内では相変わらず、彼は「氷の王」、私は「鉄の女」として振る舞っていた。 あの事件は内部処理され、私たちの関係も公にはされていない。 けれど。

私がデスクに資料を置いた瞬間、彼の手が素早く伸び、私の手を握った。 誰にも見えないデスクの下で、指と指が絡み合う。

「……今夜は、空いているな?」 

「ええ。何か予定でも?」 

「記念日だ。……契約破棄のな」

彼は一瞬だけ顔を上げ、私にだけ見える角度で、悪戯っぽく微笑んだ。 その笑顔は、かつて誰も見たことのなかった、少年のような無邪気さと、男の色気を孕んでいた。 私の左手の薬指には、シンプルなプラチナのリングが、デスクの陰で密やかに輝いている。

「承知いたしました。……あなただけの秘書として、お供します」

私が耳元で囁き返すと、彼は満足げに指にキスをし、手を離した。 コツ、コツ、コツ。 ヒールの音を響かせて退室する私の背中に、彼の熱い視線が注がれているのを感じる。

扉を閉めると、私は小さく息を吐き、口元を緩めた。 日常の延長線上に隠された、二人だけの非日常。 この秘密の契約は、もう書類など必要ない。 私たちの心臓が動いている限り、永遠に更新され続ける「愛の誓約」なのだから。

(完)
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