バンドはじめました!

マジマ縞子

文字の大きさ
5 / 19
1

藤澤 沙月という男

しおりを挟む
次に向かったのは沙月の部屋。

沙月はバンドメンバーたちの中ではわりと俺と分かり合える部類だと思う。
本気でピアノをやってきて、本気で音楽に向き合っている人。

扉を開いた俺は、思わず固まってしまった。



窓から差し込む朝の光を浴びて、きらきらと眩しく光るピアノと横顔。
少し開いた隙間から風が入り、髪が踊るように靡いている。

そのピアノは、あの日テレビでみた少年のピアノの音色と似ているような感じがして、
けれどそれより温かみがあって、優しく包まれるような響きだった。


「すごい…」

思わず口から出てしまった言葉に沙月は気づき、ピアノの演奏の手を止める。
チェ、もうちょっと…いやもっともっと聴いていたかったのに。

「なんだ、鈴夜か。」

「なんだってなんだよなんだってー!おはよう沙月!」

「ああ」

「テンションひっくいな!」

「…お前が高すぎるだけだと思うが」


沙月はいつだってこんな感じでクールで冷たくあしらってくる。
でも口は悪いけどなんだかんだ優しいんだ。

「やっぱまだピアノ毎日練習してるんだ」

「…そうだな、練習というか…。ピアノを弾いていると音楽を続ける理由を思い出せる」

「今は音楽楽しくない?」

「ギターも少しずつ弾けるようになってきているし、楽しくないとは言わないが…現状には納得いっていないかもしれないな」

「俺も!全然マネージャーも幹部も聞き入れてくれないしね」


そう、俺たちはそれぞれやっていた楽器を担当したくて、何度もマネージャーや幹部の人たちに直談判してきた。
何回言っても却下なんだけどさ。

きっと、社長の英ちゃんならそもそもこんなことはしないし、無理強いするようにバンドを組ませて、アイドル売りなんてこともやらせないと思う。

現に俺たちは世間ではバンドというよりアイドルみたいな見方をされているみたいだし。


じゃあバンドを辞めちゃえば?
そんなことも思ったけれど、やってみたら意外とバラエティにドラマ、仕事自体は楽しい。
それに、俺はこの事務所を辞めたら行く当てもないし、生きていくすべもない。

自分の幅が広がっていくっていう点ではありがたいけれど、それと同時にもっともっとバンドとしてちゃんとしたものを世間に見せたかった。
俺はこんなもんじゃないって、叫びたくなった。


「歯がゆいよね。歌番組に出たら毎回下手くそとか顔だけって言われるんだよ?」

「俺は演奏が下手とか実力がないって意見はこれから変えていけると思うぞ。
ギターもベースも、これから練習していけばいい。
マネージャーや幹部にとってはそれは好ましくないことだろうがな」

「さすが沙月!頼りになる。けど、マネージャーたちにとって演奏が上手くなるのが好ましくないって…どういうこと?普通俺たちが上手くなるほうが喜ばない?」

「まだ憶測の域だがな。演奏が上手いだけでいったらお前がギター、俺がピアノやったほうが確実にいいのはあいつらだってわかってるだろ?
なにか裏があるんだろうな。」

「俺たちが演奏が下手な方が都合がいい理由…。うーん、すぐには思いつかないけど、やっぱり沙月は頼りになるね!さすがリーダー」

「形だけのリーダーだけどな…。他の奴らも起こしに行くんだろ?多分文治と夏音はもう起きていると思うが」

「一応起こしに行ってくるよ!ありがとう」


そう言って俺は沙月の部屋を後にした。

やっぱり沙月だけはこのバンドメンバーのなかでも、本気で音楽に向き合っている側の方だと思う。
俺はマネージャーたちの思惑だなんてそんなの考えもつかなかった。


でももし、もしそうだとして。

それは一体何のためなんだろう…?
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

BL 男達の性事情

蔵屋
BL
漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。 漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。 漁師の仕事は多岐にわたる。 例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。 陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、 多彩だ。 漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。 漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。 養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。 陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。 漁業の種類と言われる仕事がある。 漁師の仕事だ。 仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。 沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。 日本の漁師の多くがこの形態なのだ。 沖合(近海)漁業という仕事もある。 沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。 遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。 内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。 漁師の働き方は、さまざま。 漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。 出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。 休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。 個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。 漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。 専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。 資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。 漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。 食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。 地域との連携も必要である。 沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。 この物語の主人公は極楽翔太。18歳。 翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。 もう一人の主人公は木下英二。28歳。 地元で料理旅館を経営するオーナー。 翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。 この物語の始まりである。 この物語はフィクションです。 この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

灰かぶりの少年

うどん
BL
大きなお屋敷に仕える一人の少年。 とても美しい美貌の持ち主だが忌み嫌われ毎日被虐的な扱いをされるのであった・・・。

お兄ちゃんができた!!

くものらくえん
BL
ある日お兄ちゃんができた悠は、そのかっこよさに胸を撃ち抜かれた。 お兄ちゃんは律といい、悠を過剰にかわいがる。 「悠くんはえらい子だね。」 「よしよ〜し。悠くん、いい子いい子♡」 「ふふ、かわいいね。」 律のお兄ちゃんな甘さに逃げたり、逃げられなかったりするあまあま義兄弟ラブコメ♡ 「お兄ちゃん以外、見ないでね…♡」 ヤンデレ一途兄 律×人見知り純粋弟 悠の純愛ヤンデレラブ。

【完結】男の後輩に告白されたオレと、様子のおかしくなった幼なじみの話

須宮りんこ
BL
【あらすじ】 高校三年生の椿叶太には女子からモテまくりの幼なじみ・五十嵐青がいる。 二人は顔を合わせば絡む仲ではあるものの、叶太にとって青は生意気な幼なじみでしかない。 そんなある日、叶太は北村という一つ下の後輩・北村から告白される。 青いわく友達目線で見ても北村はいい奴らしい。しかも青とは違い、素直で礼儀正しい北村に叶太は好感を持つ。北村の希望もあって、まずは普通の先輩後輩として付き合いをはじめることに。 けれど叶太が北村に告白されたことを知った青の様子が、その日からおかしくなって――? ※本編完結済み。後日談連載中。

処理中です...