バンドはじめました!

マジマ縞子

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初めてのバンド活動

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骨折してから数日経ち、体の痛みを病院で貰った鎮痛剤で耐えながらなんとか過ごしていた。

たまに痛みで不審がられる動きをしてしまうけど、まだなんとかメンバーにはバレていない。


そして今日はまたバンド練習の日だ。
仁がドラムを真面目に取り組むようになってから初めての練習となる。

実を言うと俺は今日が楽しみだった。
仁がドラムの練習に打ち込んでいることは知っていたけれど、実際に演奏しているところは見たことがなかった。

たかだか1、2ヶ月の練習程度で劇的にプロレベルになるとは思っていないけど、それでも今まで叩くフリしかできなかったことを思えば感動ものだろう。


「さー!練習しよー!」

スタジオでいつも以上に元気のある俺、いつも通り軽くあしらわれる。うん、これは想定通り。

「じゃあ僕らは帰るね」

やる気を見せずにいそいそと帰宅準備を始める夏音と文治。うん、これも想定通りだ。

そして今までと違うところ…。
それに気づいたのは夏音だった。

「あれ?仁は帰らないの?」

「ああ…今日は…少し残る…」

思いもしなかった仁の返事に、夏音は複雑そうな嫌そうな顔を一瞬だけみせて、すぐいつも通りの可愛らしい笑顔に戻る。

やっぱり夏音は誰かが練習することに対してなんだか不服そうに見える。
いやほんとに君バンドメンバー?
やっぱり夏音には不思議な点が多い。
  
「わかった、早く帰ってきてね~」

と笑顔で言い残し去った二人と、残された俺と砂月と、仁。
この面子は初めてだ。これだけでもちょっと感動。

「俺は籠って練習するから、邪魔するんじゃねえぞ」

そういってスティックを持って別室にあるドラムのところへ向かおうとする仁を俺は慌てて制止する。
 
「まってまって!ピアノとボーカルがいないとは言えさあ、ドラムがいたら出来るよねえ?
ね、砂月」

「ああ、そうだな鈴夜」

「おい、お前らだけで何納得してんだ。
何が出来るっつーんだよ」

俺はそれぞれストラップからぶら下げていたギターとベースに視線を向け、そのまま視線をドラムに移す。

「リハーサル、出来るだろ?」

「んなもんお前らで勝手にしてろ」

あれ!?意外!
ここはもっとすんなり乗ってくるところじゃないの!?

「ギターとベースだけでどうやってリハーサルするのさ。ドラムっていう強いリズム隊がいてくれたらまだ成り立つけど、二人だけじゃあ、ねえ…?」  

「俺はやらねえって言ってんだろ」

そろそろ久々の元ヤンモードの仁が炸裂しそうだ。今日もバンド練習はお預けかな…と諦めそうになったそのとき砂月が刃物のように鋭い言葉を突きつけた。

「さてはお前、自分の演奏が下手くそすぎて人前で出来ないんだろ」

「!」

どうやら図星のようだった。
わかりやすく仁の動きが固まる。
そして初めて仁は弱気な言葉を呟いた。

「…俺なんかに出来るわけねんだよ」

「やってもないのに逃げるのか?」

「うるせえな!お前に俺の何がわかるって言うんだよ」

「やったこともないのに逃げているのはわかる」

俺は砂月と仁の言い合いを黙って眺めていることしか出来なかった。
…どうしようこのまま取っ組み合いになったら。

睨み合う二人だったが、折れたのは意外にも仁の方だった。

「時東さんには、1stシングルのドラムくらいならもう問題なく叩けるくらいにはなってるって言われたけどよ…。

わかんねんだよ、その…人と合わせて演奏するってのが」

これには俺も、そして砂月も驚いた。
1stシングルのドラム、とは軽く言っているけれどあれはわりと中級者向けな譜面だった気がする。

それを楽器どころか音楽初心者の仁がたったの1ヶ月で…?

「お前らその顔は嘘だと思ってんだろ」

「「まさか」」

「…思ってるな」

「仁、ドラム初めてだと思うんだけどどうやって練習してたの?」

純粋な疑問を仁に投げてみる。

「俺はまず初歩のところからだな。
スティックの持ち方から」

「基本は大事だもんね」

「それからドラムパット買って、毎日基礎練4時間」

「「4時間!?毎日!?」」

「で、週5でここにきて2時間練習」

「お前、そんな練習いつの間に…」

「時東さんに言われたんだ。今まで音楽に触れてこなかった俺が、足りてない経験の差を埋めるにはそのぶん練習するしかねえんだってよ。だからひたすらやってんだ。まだまだだけどな」


仁の根性に、粘り強さに俺たちは衝撃を受けた。
まさかあんなドラムに一切興味がなかった仁がこんなにも打ち込んでいるなんて。

それなら尚更俺は仁にはバンド演奏というものを知って欲しくなった。
さらに俺は質問を重ねる。

「曲のドラムの練習はメトロノームに合わせてやっているの?」

「ああ、そうだな」

「じゃあメトロノームの音を思い出して、それに合わせて叩く、それでいいから一緒にやってみようよ」

「思い出して叩く?実際に聞くわけじゃないのか」

仁がいまいちピンと来ていない様子で言う。
話を聞いている感じだと、今までの練習はきっと時東さんの指導の下で行われた練習内容だろう。
初心者はカッコよさを求めて基礎を疎かにしがちなことが多いが、仁の場合はその逆で基礎練習の時間が尋常じゃない。
だからこそ、基礎練習の大切さをより知っている時東さんに教えを請けたことは想像に難くなかった。

その時東さんなら、ドラマーに大切なリズム感の習得…。
メトロノームに合わせて演奏する練習をイヤほど取り組ませているだろう。


「頭の中で今まで練習してきた1stシングルの曲のBPMを思い出して、メトロノームの音を頭の中で再現してみるんだ。その頭の中のリズムを保ちながら叩いてみる。

別に始めてたてだし、完璧にやれなんて言ってないよ。
俺はただ仁にバンドの楽しさみたいなものを知って欲しいだけだからさ!」

俺がそう言って熱く捲し立てると、考え込むように、仁が握っていたドラムスティックに視線を落とした。
やべ、つい熱く語りすぎたかも。

そこで俺は自分の目標が、バンド練習がしたい、から仁に一緒に演奏する楽しさを知って欲しい、に代わっていることに気づいた。
そうだ、俺は皆が練習に乗り気じゃなかったときこうすればよかったんだ。

明日本番があるからとか、下手糞な演奏をしたくない、とかそういう言葉を並べたって心には響かない。
この一緒に演奏する楽しさを共有したい。

俺が伝えるべきはこの言葉だったんだとなんだか腑に落ちる。


そうこうしていると、仁が黙ってドラムセットの前に立ったことに気が付く。
そして彼は言う

「早くセッティングしやがれ!」

俺と沙月は目を合わせ、笑顔で頷いた。
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