バンドはじめました!

マジマ縞子

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仁の憂鬱

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その日は沙月が雑誌の取材、夏音、文治がバラエティのロケで、珍しく俺と仁だけがオフだった。

せっかくだしと、俺がベースの練習をしにスタジオに行くと既に仁の姿があった。


「おっはよ~!」

いつもの元気モードの声で話しかけると反応がない。
いつもならちょっとは嫌そうな顔なり向けてくれるのに、どうしたんだろう?

「仁~?」

ひょこっと顔を覗かせると仁が仰け反って驚く。

「うわっ、鈴夜!びっくりさせんなよ!
いるならいるって言え!」

「挨拶したじゃん!」

いつもならもう一言二言突っかかって来そうな仁だが、今日はなんだか様子がおかしい。
そうか、とだけ言うとまたなにか考え込むように俯いている。
視線の先にはスマホがあった。

「悩み事?」

答えてくれる訳がないと思ってわざと聞いてみたんだけど、意外と仁は素直に話し始めた。

「親への返信に困ってる」

「…親?」 

そう言えば俺、メンバーの家族構成とかそういったバックボーンを全く知らなかった。
 
仁は無意識で喋ってるのか俺になら打ち明けてもいいと思っているのか…恐らく前者だろうけど…、ぽつぽつと話し始める。


「19くらいのときに大喧嘩して家飛び出して…。それからはバイトしながらダチと狭い部屋シェアして暮らして…そんでなんやかんやで今にいたるんだけどよ」

「これまでご両親とは連絡とったりしてたの?」

仁は静かに首を横に振った。  

「向こうからたまにメールは来るが、ずっと無視してた。
意地になってたからな。でも今回は…」

内容が言いづらいのか仁はすっとスマホの画面をこちらに向けた。

そこに書かれていたのは
仁の体調を気遣う言葉と、バンドの活動をテレビで見ているという言葉。

「優しいご両親だね」

真っ先にそこかよ、と呆れる仁の顔が見える。

「だってそうじゃない、出てった息子を心配して毎回こんなメールくれるなんて。」

照れ隠しなのかさっさと続きを読むように促され、スマホの画面をスクロールする。

そこには彼の祖母が倒れたという言葉があった。

「仁、返信してる場合じゃないね。今すぐ実家に帰ろう!」

「は、はあ?!今から!?」

「当たり前でしょ!」

「確かにばあちゃんはちょっと…いや、正直すげえ心配だけどよ…俺3年間も1回も家に帰ってないどころか親とも喋ってねえんだぞ…」

「言ってる場合?2度と会えなくなるかもしれないんだよ。」

「…」

「仁はおばあちゃんのこと好き?」

「なっ…」  

好き、というダイレクトな言葉に仁が分かりやすく狼狽える。
彼は口は悪いが割とピュアで純粋な方だと思う。

「そりゃ…ずっと…仲良かったから…す、好きだが 」

その言葉に仁の裏側がぼんやりと滲み出てくる。
さては仁、お前、そうとうおばあちゃん子だったな?

「じゃ尚更行ってあげないとだね。顔見せてあげるだけでも喜ぶよきっと」

「…そうだな、実家に帰ることにする」

なにか決意した様子の仁は、真っ直ぐと俺を見てそういった。
これはもう覚悟を決めた顔だ。

「よし、じゃあ行こっか」

しばしの沈黙 

その後にようやく仁が捻り出した言葉は
「…は?」
だった。

そりゃあただのバンド仲間が一緒に実家に着いてくるって言うんだからそんな反応になるのも無理はない。
けど…

「1人で行けるの?」

「バカにすんな!

俺は… おれ、は…」

どうやらダメそうらしい。

そんなこんなで、俺は仁の帰省に着いていくことになった。
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