十六夜 零の怪奇談

tanuki

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お土産

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この話は、フィクションであり、登場人物や出来事、場所等の詮索はご遠慮願いたい。

俺は、東京のとある出版社の専属旅行ライターとして生計を立てている。

特技は、怪奇談。

今回は、俺の同僚のせいで起こった不思議な話を聞いてもらいたい。

それは、2年前の春先の事、同僚のS氏が東南アジアに取材に行った事から始まる。

彼はアジア全般に太いパイプが有り、東南アジアの島々の旅行記に長けていた。

今回の彼の仕事は、1か月程の滞在で、南の島々を回り独身女性でも気軽に出掛けられる南国旅がコンセプト。

取材を終えて帰ってきた彼は、わずか数ヶ月で現地コーディネーターと間違うほど浅黒く変身していた。


そんな彼は、南国のお土産を大量に買ってきたらしく、会社の仕事仲間に配り回り、とてもはしゃいでいた。

ここまではよく有る話しだったのだが
土産を配た翌日、おかしな事が起こり始める。

俺が見つけたのは、会社の編集室での事。

打ち合わせの為、使っていた部屋の天井に指の長い足跡が点々と……
(何だアレは)

動物?にしては何故天井?

俺は、打ち合わせしていた編集のT氏にアレは何の足跡?
と気楽に聞いてしまった。

T氏 『何の事?』

俺 『え、ほら天井の右から左に点々とと有るでしょ。』

T氏 『またぁ、変な事言わないでくださいょ。』

俺 『………。』

(やばい、見えていないのか……)



さらに翌日、自宅にいた俺に会社から携帯が鳴る。

昨日打ち合わせをしていたT氏からの連絡。何故かとても慌てている。

話しを聞くと今朝会社に出勤すると事務所が荒らされているとの事。

何かが無くなっているとかでは無く、ただ無茶苦茶に荒らされてるらしい。

編集長がまるで動物が荒らした様だと言う言葉に反応してT氏は、
昨日の打ち合わせ中に俺が、足跡が有ると言っていた事を思い出したらしい。

俺は、自分のうかつさを呪いながら考える。

俺だけに見える足跡。
アレは、怪奇現象だよなぁ~。

猿の手?とも言い難い。
中指だけが異常に長い足跡…

歩幅から考えてもせいぜい80センチくらいの妖怪…かなぁ。なんて考えていると。

S氏は、とにかく大至急会社に来て片付けを手伝って欲しいと一方的に電話を切ってしまった。

(しかし困った。)

俺は、これまでも自分の目に見える怪現象に困らせられて来た。

昔、相談した専門家は、俺の眼に付いて妖精眼と言う特殊な物だと説明してくれたのだが。

普通なら見え無い物が見える怪現象。

子供の頃は、自分が生まれる前に死んだはずの祖父母と気楽に話したり、小さな不思議な妖怪達と毎日楽しく遊んでいた。

俺の両親は、共稼ぎでとても忙しく一人っ子の自分は、それらの不思議な生き物や祖父母と楽しく過ごしていたのだが。

中学生になる頃には、あまりに変な事を
言う俺の事を心配して、特殊な病院での検査をはしごした暗い過去が思い出される。

だから俺は、自分の眼の事は誰にも言わないようにしている。

したとしても気軽に流される程度の怪談話しの様に…。

知人や同僚に気持ち悪がられない様に振る舞って暮らしている。

さて、どうやって誤魔化そうかと考えながら会社に着くと玄関口で真っ青な顔をしたS氏と出会った。

俺 『Sさん、どうしました?』

S氏  「な、な、何か会社で起きたのかな…」

俺 『何か、事務所が荒らされて大変だと連絡がありましたよ。』

S氏 「……。」

俺は何となくS氏の言動に違和感を感じて、
『まさか、S氏が荒らしたんですか?』とジョーダン混じりに聞いてみた。

彼は震えながら黙って俺を見つめていた。

S氏 「今の僕に関わらない方がいいと思う…」

ビンゴだ。彼は何かを知っている。  

俺はS氏に微笑んで肩を組み、事情を聞く事にした。

場所を変え、会社近くの神社に入り鳥居を潜ると何故か空気が変わる。

日本の神社仏閣は概ね結界が張られている。

大抵のもののけや妖怪などは近寄れない。

これも俺の見える力が気づかせてくれた事。

先程まで震えていたS氏が何とか話せるぐらいには回復した。

ここからは彼の話。
信じるか信じないかは、お任せします。


S氏が言うには、今回の東南アジア旅行中。
目新しい観光をと考え普段現地人でも立ち入らない原生ジャングルに赴き、現地人のコーディネーターでさえあまり認識のない部族等としばらく生活を共にしたのだそうだ。

元来人懐っこい性格なS氏は、現地の部族長に大変気に入られ格別の待遇を受けたと言う。

そんな彼は、部族長に感謝の印としてカメラや時計等の高価な物を惜しげなくプレゼントして大変喜ばれたそうだ。

2週間あまりを部族と過ごし、さて帰ろうかと思う頃、部族長がお前にやると言って渡して来たお土産がある。

大きさは手のひらぐらいの猿に似た人形。何で出来ているのかはわからないがとても良い出来だ。

族長は、現地の守り神だと言っていたらしい。

S氏は、族長の心遣いに感謝して人形をもらい、心良く旅を続けたのだと言う。

何故か、それからの旅は、現地の何処に行っても天気は快晴で、見たかった景色は観れるし、会いたかった人には会えるしで何もかもが上手く行ったのだと言う。

ただ、取材も終わりさて帰ろうかと思うと何故か天候が荒れ飛行機が飛ばなかったり、船が欠航したりとアクシデントが起こり、予定より一か月以上を現地で暮らす事になったのだそうだ。

S氏は実の所、東京にあまり帰りたくは無かったのだと語った。

よく有る事だが、出先があまりにも良すぎると現実に帰りたく無いとついつい考えてしまうのは、彼だけでは無いと思う。

俺ですら、出先でこのまま住み着きたいと何度考えた事か。

ただ、S氏の場合。
全てがあまりにも思い通りに行き過ぎるものだから…。

だんだん恐怖を感じ始め、何とか東京に帰って来たのだとつぶやいた。

ただそれでも幸運は続く、帰ってからも少し考えると、世の中が直ぐに思い通りに動き出す。

食べたかった料理は突然届くし、会いたかった友達が突然家にやって来る。

そして、ふと考える。「会社に行きたくないなぁ~」

そのうち直ぐに会社から電話が来て、今日は立て込んでいるから休んで下さいとの連絡。

S氏は、全身の毛が逆立つのを感じたと言う。

俺はS氏に人形は今どうしたのか聞いてみた。

S氏 「それなら今ここに…」とポケットから出した人形を見た俺は、

『ううわぁぁぁ~‼︎』

叫び出したくなる感情を噛み殺し人形を凝視した。

それは生きている。

手のひらサイズでは有るが間違い無く精霊や化身の類の神体。

見詰める俺の視線に気付き神体も俺を真っ赤な瞳で見つめて来た。

しばしの沈黙。

今までの経験則からこんな場合、目線を外してはいけない。

何は無くとも、目線を外す事は相手の思うツボになるからだ。

俺は、肝を据え神体を見つめ続けた。

どれぐらい立ったのか、神社の本殿から声が聞こえて振り返る。

本殿は何故か金色に輝きその中から声が

【元の場所に連れ帰って上げなさい】

声はそれきり聞こえなくなった。

俺は、S氏にこの人形は、元の部族長に返すのが最善だと伝えた。

事の成り行きをポカンと見ていたS氏は
何故か何も口にせず、一目散に駆け出して神社を出て行った。

それから一か月。

俺は、一枚の絵葉書を手に考える。

この世には、いろいろな神が居る。
まして日本以外の土地なら尚更にいるのだろう。

旅行者は、知らない土地で気ままに過ごし、いろいろな物に出会う。

ほんの軽い気持ちで買ったり貰ったりした物が、いろいろな意味で本物だったら。

どんな願いも叶うとは、いったいどれだけ恐ろしい事なのか…

まぁ、今の俺には関係無いけどね。

届いた絵葉書には、S氏が東南アジアの有る島に永住することが丁寧に書かれていた。

皆さん、旅行でのお土産選びは慎重に…












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