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本編
1 弟がヒーローになりました
しおりを挟む私草薙円奈は今、店内放送で流れる実況中継のラジオをドキドキしながら聞いています。
ラジオからはヒーロー達と怪獣のリアルタイム死闘が伝えられている。
と言っても、怪獣さんの出現は毎日のことなので。よっぽど危険な大型怪獣さん相手でもなければ、皆さん聞き流すくらいの日常風景です。
しかーし!
私は内心ドキドキです!
スーパーでレジ打ちのバイトをしながらなので、笑顔を保っておりますが。心の中でめっちゃ手に汗握ってます。きっとこのスーパー内で誰より真剣に。
何故なら、ラジオの向こうに弟が居るから。
弟がヒーローだからです!
今日の相手はカモシカ怪獣さん。
体長は、冬になると駅前にお目見えするクリスマスイルミネーション盛り盛りのツリーくらい。3メートル程度でしょうか。
怪獣の中では小型サイズ。しかしながら、逞しい後ろ足から繰り出すキックはとても脅威なのです。
鍛え上げられ体脂肪率数パーセントまで絞られたしなやかな健脚。まともに攻撃を受けるのはお勧めできない危険な脚。それでいて、煮込むと口の中でほどけてしまうようなホロホロ極上な赤身……。
あばら辺りのやわらかいお肉もいいんです。スペアリブ、久々に食べたいなぁ。
………………。
弟は美味しいお肉を持って帰って来てくれるでしょうかっ!!
・・・・・・・・・・
「ただいまー」
玄関の扉が開く音と共に、声が掛けられる。
「お帰りなさいっ、カモシカ怪獣さん!」
エプロン姿のまま、急いで玄関まで弟の龍弥を迎えに行く。
ああっ。その肩に下げた袋の中身はお・に・く! お肉ですね~。
「相変わらずひでえな姉ちゃん。俺の心配とかしないわけ?」
龍弥の目が据わっているけど気にしない。
「大丈夫! 私の弟は強い子良い子。怪獣に負けたりなんか致しません!」
お姉ちゃんは龍弥を信じているのです。
さあその袋を渡しましょうか?
両手を広げる私の胸に、カモシカ怪獣さんのお肉と共に飛び込んでくる我が弟。なんて良い子なんでしょう。
「ああ……俺は姉ちゃんのアホさ加減が心配だぁぁ――」
失礼な! 学校の成績は悪くはないですよ?
最近私より少し背の高くなった弟の頭をポンポンと軽く叩き、袋を取り上げる。ヒーロー協会で処理を施してあるとはいえ、怪獣肉は手早く調理するに限る。その調理工程はジビエとほぼ同じだけれど、プロの調理法なんて一般家庭では無理ですから。
母が仕事から帰ってきて、家族三人水入らず草薙家の遅めの夕食です。
「あらこのお肉美味しいわね~。円奈のバイトしてるスーパーのお肉?」
はい、草薙円奈が私の名前です。
「違うよお母さん。それはスーパーの店長さんが趣味で仕留めたカモシカのお肉をお裾分けしてくれたの! とっても美味しいよね」
ごめんなさいっ店長。貴方は我が家で狩猟が趣味のワイルド系店長ということになっています。いつも分けてくれる見切り品の調味料は、今回のカモシカ怪獣さんのお肉にも役立ちましたよ! 同じ料理に使われてるんだから結果は一緒。ですよね?
弟は後ろめたいのか、母と目を合わせない様にしつつ必死に箸を動かしている。
だめよ、お母さんに内緒でヒーローするって決めたのは龍弥なんだから。ちゃんと上手く隠さなきゃ!
まあ、中学二年生男子は思春期真っ只中だし、多少挙動不審でも許されるはず。お母さんもお姉ちゃんも気にしないよ!
「いつもごめんね円奈。バイトだってしてるのに、家事まで殆どまかせっきりで」
母が少ししょんぼりとしている。お仕事で嫌な事でもあったのでしょうか?
「大丈夫! 龍弥だってお手伝いしてくれるし、バイトも家事も楽しいもん」
「ううっ……母さんが不甲斐ないばっかりに! よよよ……」
「母さんや、それは言わない約束だよ……」
「あ、チャンネル替えていい?」
私と母の愉快な小芝居を無視して、弟がニュースからバラエティーにチャンネルを替える。最近付き合いが悪くなったと思います。
はっ! ――これが噂の反抗期っ?
ニュースはちょうど昼間のヒーロー映像が始まった所だったので、切り替えタイミングはばっちりだ。
そう。今日のお夕飯メインになったカモシカ怪獣さんとの死闘ですね。
まあたとえ弟が写り込んでいたとしても、怪獣の出現する予防線範囲外からの超望遠映像だから、顔の判別は無理だけどね。
その後三人とも何事も無かったかのように食事を再開しました。あんまり暴れると食事に埃が入るのでほどほどに。しっかり三人でお肉を完食です。
何と言っても草薙家、胃と心が頑丈に出来ているのが取り柄ですから。
――――――――――――――
かい‐じゅう【怪獣】
①あやしいけもの。正体不明の不思議な獣。
②映画・漫画などで、恐竜などをもとに創作した、特別な力をもつ生き物。
(広辞苑より)
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