オープンシーズン ~妖精姫は今日も預かりの騎士にいたずらを仕掛ける~

アルカ

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本編

17 フローレンス 後編

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「うわっ。なんだいレティその格好!」
「仕方ないじゃない、外出用の着替えをしたら、小一時間はかかるんだもの。そうしたら、兄様にばれてタンジェは大目玉よ? 簀巻きなんかじゃ済まないんだから」

 レティレナは着替えをせずに、薬草園の手入れをしたそのままの姿で裏門に駆けつけた。
 とはいえ、上からかけていたエプロンは外したし、誕生日前日の土いじりはしていないから大丈夫。手袋をしていても爪の間に土が入ってしまうといけないからと、止められていたのだ。
 だから服は汚れていないし、指もきれい。髪も手早くリズが整えてくれた。
 動きやすい緑色のドレス。レティレナのお気に入りだ。

 裏門に止められた馬車に、タンジェが素早くレティレナを押し込む。
 貴族の紋章などは刻まれていないが、凝った意匠の上等な馬車だ。馬も申し分ない。

「やれやれ、やっとゲイルの監視から逃れられたよ」
 レティレナを車内に押し込んだ後、タンジェが自らも乗り込みレティレナの隣に腰を下ろす。
 馬車は合図もなく、滑るように動き出した。打ち合わせてあったのだろう。

「自業自得でしょう? ゲイル兄様だって、喧嘩の本当の理由を話せば分かってくれるはずよ。なのにタンジェったら何も話さなかったそうじゃない。それに……」
「ふふっ」

 少しハスキーな笑い声。
 早口でタンジェとの応酬を続けそうになっていたレティレナは、慌てて口を噤んだ。

「フロー、紹介するよ。従妹のレティレナ・バストーヴァ」
「レティ、彼女が僕の大切な友人のレディ・フローレンス・フェザー」

 ごほんとわざとらしい咳をして、タンジェが誤魔化すように素早く互いを紹介する。
 正面に座った女性は顎のすぐ下まで襟ぐりの詰まったドレスに身を包んでいる。揃いの帽子からは濃いベールがかけられていた。飴色の髪は美しく纏め上げられ一本の乱れもなく複雑に編まれている。ドレスの色はやや地味だけれど、施されている刺繍はどれも素晴らしい。
 落ち着いた雰囲気から、確かにタンジェよりはいくつか年上に見えるけれど、レティレナには叔父が強硬に反対するほどの年齢差には見えなかった。

「お会いできて光栄ですわ。サリデ卿の――いいえ、バストーヴァの天使レティレナ姫」
 フローレンスが目礼すると、隣でタンジェが熱い溜息をつく。
 女のレティレナでも、その艶やかさにはどきどきとしてしまう。

「こちらこそ。叔父は少し身内びいきが過ぎるのです。そんな呼び方は忘れてくださると嬉しいのですけれど」
 レティレナも最上級の微笑みを浮かべてみたけれど、格好は普段使いだから締まらない。やっぱり着替えてくれば良かった。

「そうそう。見た目はともかく――今は見た目もあまり良いとは言えないけれど――中身はとんでもないじゃじゃ馬だからね。レティにも少しはフローの振る舞いを見習ってほしいよ」

 タンジェがあんまりにも的確に、余計な言葉を挟むので、レティレナはいまいち淑女らしく振る舞えなくて困る。この際みんなタンジェのせいだ。
 スカートの下で見えないように左足のヒールを、タンジェの脛に押しつけてやった。

「格好は仕方ないでしょう。タンジェが寄越した連絡は裏門で待ってるっていうだけだったのですもの。そもそも『話が通っている』なんて初耳よ?」

「僕だって今まで連絡が取れなかったんだよ。だからフローが明日には王都に戻る予定だって聞いて、今日しかないと思って」

 そうなのだ。
 タンジェとは連絡が取れなかったので、フローレンスに会う話は流れたのかと思っていた。
 だから彼からの伝言に、レティレナはとっさに話を合わせた。
 きっとフローレンスと引き合わせる件だろうと、あたりを付けたのである。からかう前にぜひレティレナの機転を褒めて欲しい。

「まあ大変。それではどうやって許可を頂いたのでしょう? お二人とも、お城の方に行き先は告げていらっしゃらないのかしら」
「許可なんて。僕はもう大人なんだよフロー。そうやっていつもからかうんだから」
「大人ならもう馬には乗れるようになったってことかしら」
「レティ、それとこれとは関係ないだろ」

 慌ててタンジェがレティレナを遮ろうとする。フローレンスに知られたくないらしい。

「あら、わたくしタンジェ様が乗馬がお好きでないことでしたら、存じ上げていますわ」フローレンスがくすくすと笑う。

「いや、ええと。そんなことは」

 言葉に詰まるタンジェを見られて、レティレナは含み笑いをする。
 しかしフローレンスにとって、タンジェは弟どころか子供扱いのようで、ちょっと哀れにもなってきた。
 タンジェ一人が踊っているみたいだ。レティレナは目をくるりと回すのを我慢して、ぱちぱちと瞬きをした。
 二人のロマンスに目を輝かせていたジルに、なんと報告しよう。

「お茶を一杯頂くくらいの時間でしたら、きっと兄も許してくれますわ」

「そんなつれないことをおっしゃらないで。せめて二杯は頂かないと、ティータイムと呼べません。まだまだお日様は沈みませんもの」

「でも気をつけないと。フローと一緒だと、楽しくてすぐに夜の帳が追いかけてくるんだから」

 目の前のフローレンスがまたくすくすと笑う。
 レティレナの横ではタンジェがフローレンスに笑みを返している。
 馬車に乗る拍子に彼女の隣にでも座れば良かったのに。そんな大胆な真似の出来ない従兄が、残念であり愛しくもある。

 小さな窓から差し込む少ない日の光。馬車の中は昼間でも薄暗い。
 今日は特に雲が厚くて、天気が良いとはいえないから余計に。
 その少ない日差しが、馬車の向きが変わったせいで一瞬強く車内に入り込んだ
 フローレンスのほっそりとした顎のラインと、計算されたように美しい唇の笑みがやけに強調される。
 ベール越しの瞳はきっと青。

 レティレナが取り寄せた植物図鑑に、氷土の中でも凍らないと言われるシタキリ草という植物が載っている。シタキリ草の横には群生する土地の景色が描かれていた。透明なはずの氷が山のように大きく描かれ、その色は海を映した青。南国植物の横に描かれるものとは違う、白い氷に閉じ込められた冴え冴えと輝く美しい青。

 レティレナの中の何かが刺激された。
 じっと、目の前のフローレンスを見つめる。
 以前にどこかで、この瞳を見た気がする。


 のどかで楽しいばかりの午後。
 ちょっとした冒険のピクニック。
 薄暗い馬車の中で、レティレナは少しだけ首を傾げた。


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