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【抗魔執行官:影の守護者】

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凛太朗は気が付いたら街の中を歩いていた。
その足で警視庁に戻った。

「結城君、何度も言うが、君がいたという山岡良治なる刑事は警視庁にはいないんだ。
それに廃墟ビルなど円山町には何処を探しても見当たらない。
君は最近、疲れている様だから、何処かで眠り込んで夢でも見たのだろう・・・」

凛太朗は統括管理官に事件について報告、何度も捜査をする様に上申したが、一蹴されて相手にされなかった。
猟奇殺人事件については、対策本部が立ち上げられており、現在も未解決で継続して捜査がされている。
だが、あの夜、廃墟ビルで起こった事件について、結局、事件として取り上げられる事はなかった。
当然の事ながら納得出来ず、自ら殺人現場近くにあった筈の廃墟ビルを何度も探したが、結局、見つけることは出来なかった。
さらに人事を担う警務部や同僚や家族にも山岡刑事の事を聞いて回ったが、特殊捜査班に彼が在籍した記録はなく、同僚や妻子も、そんな人物は知らないという答えしか返って来なかった。
凛太朗の話を裏付ける廃墟ビルは円山町エリアには無く、驚いた事に相棒の山岡刑事の存在自体が何故か消されていたのだ。
あの時、意識が朦朧とした状態で、助けてくれた大男と少女が証言してくれればという思いがあったが、ふたりの手掛かりは掴めることができず、お手上げ状態だった。
そうこうしているうちに何故か、警視総監から出頭する様にと命令が下りて来た。
刑事部長すら話をした事がない凛太朗からすると警視総監は雲の上の人だ。
だから、この出頭命令は彼が知る限り聞いた事がなく異例中の異例だった。
霞が関の警視庁本部庁舎の総監室は最上階に近い階にあった。
秘書をしている女性警察官に案内されて、おもむろに総監室に入った。

「結城巡査長、命令により参りました」

直立不動で出頭したことを伝えたが、警視総監は本庁舎から見える皇居の景色を眺めたまま話しかけて来た。

「結城君と言ったかね・・・今日、君を呼んだのは他でもない。
君はハロウィンで浮かれ、何かに取りつかれた様に騒ぐ若者達を見てどう思うかね?
何かが狂っていると思わないかい。
もし、それに誰かの悪意が働いているとしたら・・・今は若者達が騒ぐ程度で済んでいるがね・・・香港の暴動を見るがいい、もう、軍隊が介入するしか止められないだろう。
それが米中の戦争に繋がらなければいいが、もし、戦争になれば核を持つ大国同士、日本も戦争の惨禍を免れはしない。下手をすると人類が滅ぶかも知れない。
人類は未曽有の危機に直面していると言っていい。だが、我々は戦うべき相手が誰なのか?残念ながら、未だ、はっきり掴めていない。
しかし、我々も手をこまねいて待っている訳にはいかない。

結城君、この世界には知らなくていい事がある。
大衆に知られず未然に防ぐ手立てが必要だ。世の中がひっくり返らない様にだ。
分かるかね?
君は猟奇殺人事件の夜、見てはならないものを見てしまった訳だ。
だからここで国家権力に抹殺されるか、人知れず我々のために働くのか選んで欲しい。
どうかね・・・まあ、少しでも生きたいと思うなら、聞くまでもないが・・・。

そこの机に君宛ての辞令と紹介状が置いてある。
それを持って行くがいい、君が知りたい事が、そこで分かる筈だ。
一様、警視庁に籍は残して置くが、君が死ねば君が生きた証も消えることになる。
それだけだ、下がりたまえ・・・」

凛太朗が手にした辞令には対悪魔対策室 抗魔執行官を命ず。と書いてあった。
結局、総監は景色を眺めたまま、一度も振り返らず凛太朗の顔を見ることが無かった。
凛太朗は国家権力の闇を見た気がした。
異動命令は左遷とも取れなくもないが、特殊捜査班は廃止され警視庁から出向という形で、何故か民間の企業に派遣されることになった。
出向先は麴町のビジネス街にあった。
このエリアはオフィス、住宅、学校等が混在し様々な人々が移住、就業する都内でも特色のある地域としてあげられる。
オフィスビルは中小のビルが多数を占めているが、最近は老朽化したビルの建て替えも進んでいて、テナントとしては大使館や公共団体、法律事務所等があり、IT企業や外資系企業も進出してきている。
出向先のオフィスは雑居ビルの5階にあり、受付に紹介状を渡すと応接室に案内された。
少し待っていると欧米系の可愛い女性が現れて、会社の概要についての説明を受けた。

「この会社は表向き証券会社ということになっていて、実際にネット取引や投資先からの委託注文を受けて有価証券を売買し、手数料収益を上げるディラー業務がされています。
幹部が拘わっている裏の仕事については秘密裏に行われています。
だから、殆どの社員は知らないので、あなたも注意してください。」

欧米系の知的な感じがする彼女はマルガレーテと言う名前で、この会社の秘書兼財務を担当している役員だった。
彼女に会議室を案内されて部屋に入った。
扉を開けた瞬間、あの夜の事件後、凛太朗が抱いていた心の蟠りを解消してくれる二人がいた。

「あ・・あの時、助けてくれた彼女だね・・・探していたんだ」

「うふふ、待っていたわ、遅かれ早かれここに来ると思っていたわ」

向かいの席に、廃墟ビルで、魔物に襲われた時に助けてくれたゴスロリファッションに身を包んだ彼女とタイガーと呼ばれていた大男の二人が、そこに座っていた。
気を失う前であり意識が朦朧とした状態だったが、二人の特長的な姿形は忘れようと思っても忘れられるものではなかった。

「知っていたら、教えて欲しい。
僕と一緒にいた山岡刑事を知らないか?
事件の後、行方不明になっているんだ」

「そうよね・・・貴方の気持ちは分かるわ・・・僕もね、出来るなら助けたかったんだ。
だから、せめて、生きて助けられなくても、今から思えば連れ帰るべきだった。」

「凛太朗君と言ったか?
あの廃墟ビルは悪魔がつくった空間、奴を倒した瞬間から崩壊が始まっていた。
だから、異空間に閉じ込められる恐れがあった。
ごめんね・・・何時、空間が崩壊するか分からない状態だったから、彼を連れ帰る時間がなかったんだ。許してくれ、諦め切れないだろうがな・・・」

「あのバケモノは悪魔だったのか・・・」

「そう、この世界は平穏に見えるけれど、少しずつ、やつら、魔族に蝕まれている。
まだ、その時ではないけれど、このままでは世界に最後の審判が下される日も近い。
そんな悲劇を起こさないために、あなたには、この世界を悪魔から、守る抗魔執行官になって欲しいと思うの・・・山岡刑事の仇を取るためにもね。
どう、その覚悟がある?

僕はカトリーヌ、この会社の副社長兼COO(最高執行責任者)をしているわ・・・そして、彼は警備担当のタイガーよ!
裏の仕事、執行官の仕事をしている時は僕の事をカトリーヌと呼んで・・・。
社長兼CEO(最高経営責任者)は円城寺五月という日本人、あなたが来るのを楽しみにしていたけれど、今日は急用が出来て出張中なの・・・他にも抗魔官は三人いるから、おいおい紹介するわ・・・。
警視庁からの紹介状には、あなたは文武両道に優れているとなっているけれど、人間相手はともかく、相手は魔物、キツイ言葉で言えば、このままでは僕達の足手纏いでしかない。
だから、あなたにはこれから、対悪魔のためレベル上げの訓練を受けて貰うことにするわ・・・。それと一つ注意事項を言っとくわね・・・社長室に入ることがあっても、奥の扉にはひとりで入っちゃ駄目、分かったわね!」

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