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【パラレルワールド(parallel world:並行宇宙)】

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火炎竜との戦いを終えて、世界の終焉、危険を告げる終末時計に捕らわれているタイガーを助けるため、凛太朗はセーラー服姿の円城寺室長と死神マスター、カトリーヌの美少女二人の従者として、再び雲海が広がる時の部屋に向かう事になった。
室長は何時もは一人で行動する事が多いが、時神に初めて会うからという理由でカトリーヌと凛太朗が同行する様になった。
室長の神通力で作りだした次元間を自由に移動できる扉を開けると、そこは雲が霧の様に這って視界を妨げていた。その雲は来訪者を歓迎するかの様に直ぐに風に吹か
れ消え視界が晴れた。
視界の前方には真っ白な明るい雲の世界が広がり、近くに雲の大地から生えた七色の時の実がなる林檎(リンゴ)の大樹が見えた。心なしか凛太朗には以前、この世界に来た時よりも林檎の木が近くにある気がした。
もしかしたら、この雲の大地、時の部屋は、この次元世界を浮遊島の様に動き回っているのかも知れない。
林檎の木に本を背負った時鳥が飛んで来て枝に止まった。
こちらの様子を伺っている。人間で言えばロダンの考える人の様に頭を傾げるという面白い仕草を見せた。

「カトリーヌ、あの鳥は何なの・・・?
随分と不思議な生き物ね・・・あれはロボット?それとも幻想の産物なの?
本を持っている様に見えるけれど、あんなの、生物学的には、絶対、あり得ない。
森羅万象の理を知る私でも理解不可能な生き物だわ・・・でも、ある意味、夢がある。
この世界を作った時神は奇抜で、ユニークな発想を、お持ちの様ね・・・驚かされるわ」
室長は世界を救えなかった自責の念から口数が少ない様に思えたが、余りにも奇妙な生き物を見て驚いたのだろうカトリーヌに聞いた。

「五月、あの鳥には、気に入った人の辿った人生を読み取り、生きた証を背負った本に書き、物語にして残す習性があると聞いたわ。
だから、もしかしたら五月の記憶を刻もうと、あなたを見ているのかも知れない。
でも、全宇宙を作った、あなたの記憶なんて情報量が多すぎて、小さな鳥のメモリー量では、すべて書き込めないだろうから、そうだとしたら、きっと、戸惑っている筈だわ。
時の女神は少し、ふざけが過ぎている・・・それが時神らしい所だけど。
他にも探せば変わった物があるかも、それより先を急ぎましょう」

さらに歩くと悠久の時を刻むという終末時計が見えて来た。
終末時計は雲の大地に置かれている台に据えられていた。
周りには大小、数え切れない程の様々な時計が浮かんでいて幻想的だ。
タイガーが、週末時計の台にあるネズミ車を汗を掻き必死で回していた。
未だ、この地を離れて、そんなに月日が経っていない筈だが、げっそり肉が落ちて元気がなかった。

「お姉様、いる?死神カトリーヌが来たわ・・・ここにいるんでしょう」

「ウフフフ・・ちっぱいの死神カトリーヌさん、来る頃だと思っていたわ」

「ウグゥゥ・・・」

カトリーヌは、この前、来た時と同じ言葉を浴びせられたので、怒りで肩を震わした。
売り言葉に買い言葉、何か気に障る言葉を彼女が言って、女神と喧嘩を始めては台無しだ。
カトリーヌの口を凛太朗は慌て塞いだ。
女神は、軽い気持ちで、ちょっとからかっているだけかも知れないが、カトリーヌに取っては心にナイフを刺し抉った様なものだ。
彼女の挑発に乗りこちらが反応すれば直ぐに機嫌が悪くなる。それで纏まる話も纏まらなくなる恐れがあった。
気まぐれな女神の機嫌を損なわないためには、この間の様に歯の浮く様な、お世辞をいうのが賢いやり方だ。
凛太朗はカトリーヌの口を押えながら、そのままお姫様抱っこし、片膝を付いて敬意を表した。
女神様、抗魔官をしている凛太朗です。
再び、お美しい女神様の、ご尊顔を拝し光栄の至りです。
本日は我が君、創造主様が、お話しがあるという事で、お連れしました」

凛太朗は口上を述べた後、首を垂れて視線を合わさない様にする。
必要以上に目を合わせば女神の魅力に負けそうだったからだ。
女神の虜になればカトリーヌの怒りは収まらないだろう。

「あら、こちらの方が、創造主様・・・先程から感じたオーラが、只者じゃないと思ってたわ。
創造神様が、いらっしゃるならばカトリーヌに、ふざけた物言いはしなかったのですけれど、私としたことが失礼致しました。
それで、私に何のご用でしょうか?」

「時神さん、私こそ、最初に挨拶すべきだったわね。
遅れましたが、私は円城寺五月、創造神です。
人間の名前を使っているので、記憶に残っているかもしれませんが、多分、時神さんに、お会いするのは初めてだよね?
今日は私の眷属、タイガーを貰い受けに来たの、渡して欲しいのだけど」

「お言葉ですが、創造神様、それでは大事な終末時計が動かなくなってしまいます。
前に使っていた魔物が、大分、くたびれていたので、代わりに元気なのが来たと喜んでいたんですのよ」

「待って、そう言うだろうと思って、タイガーの代わりになる魔物を連れて来たわ。
少し扱いが難しく厄介かも知れないけど、時の部屋の中では、あなたは無敵なのだから大丈夫だよね?
凛太朗、捕獲した火竜を出してくれる」

「えー、火竜なの・・・」

凛太朗は火竜を捕獲している巨大なアイアン・メイデンを次元の狭間から物体移動、テレポーテーション能力を使い取り出した。

「火竜だなんて、珍しい。でも、随分と大きいわね。
でも元気そうだわ・・・これなら千年、万年、ネズミ車を廻せそう」

「オイ、ダレカ、ココカラダシテクレ」

「ウフフ、竜が情けない事を言っている。いいわ。もう直ぐ、そこから出してあげる。
終末時計さん、聞いている?
ネズミ車を廻す人夫をチェンジするから、タイガーさんを外に放り出し、その代わりに、この竜を取り込んで・・・」

「時神様、この火竜は体を霧状にして、逃げる恐れがあるんだが、放して大丈夫ですか?」

「大丈夫よ!この週末時計のネズミ車は、大きな魔物から魔甲虫の類、それに実体の無いエーテル体に至る迄、何でも吸い込んでしまう。
少し悪食だけれど底なしの胃袋を持っていて、いったん捉われれば中からは絶対逃げれない優れ物の神器だから大丈夫よ!
それに、時の部屋は私が作った言わば独立した隔離空間、魔族達を強めるダークエネルギーが、皆無だから魔法の類も使えない。
さあ、凛太朗さん、大丈夫だから火竜を放して・・・」

時計台のネズミ車は時神の指示を受けて、用済みになったタイガーを放り出した。
一方、火竜は翼を出し逃げよう抵抗したが、時計台は無数の蔦を伸ばして絡み取り、そのままネズミ車に引き込み取り込んだ。

「火竜さん、どんな悪事を、あなたが働いたか知りませんが、命のエナジーが枯れるまで永遠にネズミ車の回し車を踏み続けてもらうわ。さぼろうとしても駄目、ハハハ、意思に関係なく自然に足が動くから、せいぜい苦しんで、反省しなさい」

「ところで時神さん、人間界が破壊される前に行列が出来るケーキ屋で買ったチーズケーキの作り立てを風味や食感を落とさないように次元の食糧庫に保管し、土産に持参してきたの、だから、お茶でも出してくれない。
チーズの味が濃くて、絶品よ!」

「創造神様、格下の時神如きに、その気の使い様、何か頼み事でもあるのですか?
まさか、時の掟、禁忌を破るつもりでは?」

「うん・・・そのまさか、人々を助けるために時間を遡り時空の分岐点まで行って、時間を上書きをしたいと思っているの」

「それはどの様な結果をもたらすか、お分かりですか? あ、時神如きが、つい詰問口調喋って申し訳ありません」

「時神さん、パラレルワールド(parallel world:並行宇宙)を作ってしまうことぐらい、私にだって分かるわ。
それは覚悟の上で言っているの・・・」


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