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第1章 「世界の半分をくれてやる」と言われて魔王と契約したらとんでもないことになったんですけど

17:希望は砕かれて

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 ホロヴィッツへの道中、大きな荷物を抱えてすれ違う人々が少し見られた。不思議に思いながら街に到着すると理由が分かった。街にホロヴィッツの私兵隊がのさばっていた。
 身の安全を人質に住民を恐怖統治しようとしているようだった。

「エミリアっ!」

 リナを突き飛ばして彼女が駆け出した。彼女を追ってホロヴィッツの館に向かうと、そこにベルトラムの姿があった。

「パパ!」

 ベルトラムの大きな身体に抱きつこうとしたエミリアが突き飛ばされてしまう。彼の眼が赤く光っていた。様子がおかしい。
 ベテルギウスがボソリとつぶやいた。

「プロキオンが彼を傀儡くぐつにしたのね」

「どういうことだ?」

「彼に何があったか知らないけど、あの身体はプロキオンの魔力で動いている」

 ベルトラムが手にした剣でエミリアに斬りかかった。エミリアが手にした槍でその斬撃を防ぐ。

「パパ?! どうしたの!」

「その男はもう自分の意志では動けない」

 ホロヴィッツが館のバルコニーから顔をのぞかせた。

「あんた何したのよ!」

 リナが異空間から大剣を呼び出すが、ホロヴィッツは余裕綽々しゃくしゃくの表情だ。

「おっと、私を殺しても意味はないぞ。せっかく戻って来たんだ。せいぜい苦しんで死ね」

 ベルトラムが力任せに剣を振り下ろす。エミリアはそれを必死でかわし、声を掛けるが無駄なことだった。

「どうすれば元に戻せる!」

 ベテルギウスは俺から目をらした。

「クソがっ!」

 ベルトラムの前に瞬間移動テレポートして光の剣で制止しようとした俺をエミリアが突き飛ばした。
 その眼は怒りに燃えていた。

「竜がいた城で助けられて、お前を信じてもいいかもと思っていたのに……。またパパを……!」

「違う! お前の父親はもう……!」

 お構いなしに襲いかかるベルトラムの攻撃をリナが逸らしてくれる。

「言い争ってる場合じゃないでしょ!」

 ベテルギウスが一瞬でベルトラムに迫った。
 凝縮された暴風をまとった彼女の手が高速でベルトラムに放たれる。
 すんでのところでエミリアの高速の突きがベテルギウスを牽制けんせいする。回避したベテルギウスが笑った。

「その男を元に戻す方法はないわよ。バカな夢は見ないことね」

「うるさい!」

 エミリアが槍で突進するが、ベテルギウスはそれをいとも容易たやすく受け流す。

 その時だった──。
 風を切る甲高い音がして、すぐ近くで何かが炸裂した。俺は吹き飛ばされて、着けていた仮面が外れてどこかへ行ってしまった。
 ホロヴィッツの街にシルディアの紋章を掲げた兵士たちが雪崩なだれ込んできた。

「おお、やっと来たか」

 ホロヴィッツが叫ぶ。状況が飲み込めなかった。仮面を探す暇はなく、シルディアの兵士たちが俺の顔をじっと見つめていた。
 ベルトラムがリナに斬りかかる。

「パパ、やめて!」

 エミリアがリナを守ると、ベルトラムが殺意に満ちた目を我が娘に向けた。
 エミリアの目から涙がこぼれ落ちる。それとは裏腹に槍を握る手には力が込められた。

「領主を援護しろ! 反逆者だ!」

 シルディア軍が進み出た。
 俺はついに故郷に居場所もなくなったのだ。何も考えられなくなってしまった。

 ベテルギウスが溜息をついて上空に飛び上がる。あっという間に厚い雲が空を覆い尽くす。全てを引き裂く幾筋いくすじもの竜巻が爪のようにシルディアの軍勢に打ち下ろされて、兵士たちがズタズタに引き裂かれた。

 エミリアの絶叫が暴風を貫く。
 彼女の持つ槍がベルトラムの胸に突き刺さっていた。

 エミリアは槍を引き抜くと、濡れた瞳でホロヴィッツを睨みつけ、地面を蹴ろうとした。
 その出鼻をくじくように凄まじい咆哮が辺りに響く。
 羽の生えたシルエットがホロヴィッツの背後に降り立って、瞬く間に彼を連れ去ってしまった。
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