「世界の半分をくれてやる」と言われて魔王と契約したらとんでもないことになった

山野エル

文字の大きさ
97 / 107
第3章 この世界が思ってた以上にやばかったんですけど

10:奪い奪われ

しおりを挟む
 俺の中で〝アイツ〟が泣き叫んでいた。

 魔王の手に握られた湾曲した剣は別の人間が持っていたものだ。その意味するところはひとつしかない。
 〝アイツ〟も俺も魔王への怒りを抑えることができなかった。だが、心と裏腹に身体は思い通り動くことはなかった。力を発することができず、地面へ落下していく。なす術なく墜落ついらくして身体を打ちつけるのを目を閉じて想像すると、芯から凍える思いがする……。

「おっと」

 聞き慣れない声がして、俺の身体が何かに支えられた。目を開けると、奇妙な顔が三つ、俺を見下ろしていた。
 灰色の肌。切り傷のような目。人と同じようにある顔と、左肩から発達した枝のようなものの上に小さい顔が二つ繋がっている。
 異形いぎょうの者は俺を地面にゆっくりと下ろした。顔まわり以外は人と同じ構造だ。俺はこいつに両腕で抱き止められたのだ。

「ちょっと気をつけててネ」

 そいつは俺に向かってニコリと笑いかけた。と言っても、左肩の二つの顔は怒りを露わにして、もうひとつは眠っている。
 がおは右手を胸の前に掲げて、手首から分銅のようなものがついたいとを垂れ下げた。その手を上空の魔王へ向けた瞬間、剣を持った方の彼女の腕が刈り取られた。
 魔王が反応を示すよりも先に、切断されたその腕が三つ顔の左手に握られていた。

「こいつは君たちにはまだ〝早い〟から、ウチが預かっとくネ」

 腕を捨てて剣を手に取る。

「何者だ、貴様!」

 魔王が叫ぶとその身体がバラバラに砕け散る。と同時に、捨てられた腕から魔王の身体が生えて、鎌の切っ先を三つ顔の首に向けた。

「ごめん。今は戦う気ないからサ」

「質問に答えろ──」

 魔王が鎌を引くと、三つ顔の身体は無数の粒に姿を変え、蠅の大群のようなそれが少し離れたところに再び集まって元の形に戻った。

「じゃあ、ウチはもう行くからネ。頭冷やしなヨ。ただでさえ役立たずなんだからサ」

 三つ顔が空間に裂け目を作る。

「逃がさん」

 魔王が急加速しようとするその瞬間に俺のそばにパープルブロンドの男が瞬間移動テレポートしてきた。俺の手首を掴むと、聖女とのその従者の方を振り向いてそちらへ簡易転移魔法を発動した。
 魔王がその赤い眼でこちらを睨みつけている。

 身体がチリチリと爆ぜる。転移魔法の発現が始まっているのだ。パープルブロンドの男は従者の手を掴み、聖女へ手を伸ばした。
 瓦礫の上に立っていた聖女は突然のことでバランスを崩していた。だから、差し出された手を掴むことができずに身を仰け反らせた。

「レヴィト様!」

 従者が叫んだ時には、俺たちは別の場所に転移していた。辺り一面焦土と化した山間やまあいの街。ここがどこなのか考えを巡らすよりも先に、遥か彼方の空が轟いた。空間を引き裂くような音の尾を引いて、魔王の小さな身体が信じられない速度で飛来してきた。

「転移魔法に追いついた……?!」

 パープルブロンドの男が絶望の表情を浮かべる。その全身に亀裂が入って、魔力が光を伴って噴き出した。
 手にした鎌を振るって、魔王が怒りに燃える眼をパープルブロンドの男に向ける。

「アーガイルは私のものだ!」

 パープルブロンドの男は膝を突くかと思われたが、そのまま魔力を放出して顕現した。一本の角に大きな羽根……禍々まがまがしい姿だ。

「第七魔王は引っ込んでいろ!」

 魔王が開いた手のひらを握りしめて拳を作ると、第七魔王の身体の至近距離で無数の魔力の塊が爆発した。鈍色にびいろの身体からバラバラと外皮が砕けて飛び散る。

 これだ。この圧倒的な力に、俺はあらがう気力を削がれたのだ。立ち向かう心がくじかれる。

 聖女の従者が叫びながら、どこからともなく長剣を抜き出して魔王へ突撃していった。

「邪魔だ」

 魔王が片手をかざしただけで従者は襤褸切ぼろきれのように吹き飛ばされた。それでも彼は剣を地面に突き刺し、立ち上がろうとする。
 第七魔王が傷を再生し、魔王へ突っ込んでいく。両者が激突するその一瞬──
 二つの力を真ん中で受け止める燕尾服えんびふくの人影が突如として姿を現した。

「お二方、争っている場合ではございませんよ」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ゲームの悪役パパに転生したけど、勇者になる息子が親離れしないので完全に詰んでる

街風
ファンタジー
「お前を追放する!」 ゲームの悪役貴族に転生したルドルフは、シナリオ通りに息子のハイネ(後に世界を救う勇者)を追放した。 しかし、前世では子煩悩な父親だったルドルフのこれまでの人生は、ゲームのシナリオに大きく影響を与えていた。旅にでるはずだった勇者は旅に出ず、悪人になる人は善人になっていた。勇者でもないただの中年ルドルフは魔人から世界を救えるのか。

収納魔法を極めた魔術師ですが、勇者パーティを追放されました。ところで俺の追放理由って “どれ” ですか?

木塚麻弥
ファンタジー
収納魔法を活かして勇者パーティーの荷物持ちをしていたケイトはある日、パーティーを追放されてしまった。 追放される理由はよく分からなかった。 彼はパーティーを追放されても文句の言えない理由を無数に抱えていたからだ。 結局どれが本当の追放理由なのかはよく分からなかったが、勇者から追放すると強く言われたのでケイトはそれに従う。 しかし彼は、追放されてもなお仲間たちのことが好きだった。 たった四人で強大な魔王軍に立ち向かおうとするかつての仲間たち。 ケイトは彼らを失いたくなかった。 勇者たちとまた一緒に食事がしたかった。 しばらくひとりで悩んでいたケイトは気づいてしまう。 「追放されたってことは、俺の行動を制限する奴もいないってことだよな?」 これは収納魔法しか使えない魔術師が、仲間のために陰で奮闘する物語。

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

真祖竜に転生したけど、怠け者の世界最強種とか性に合わないんで、人間のふりして旅に出ます

難波一
ファンタジー
"『第18回ファンタジー小説大賞【奨励賞】受賞!』" ブラック企業勤めのサラリーマン、橘隆也(たちばな・りゅうや)、28歳。 社畜生活に疲れ果て、ある日ついに階段から足を滑らせてあっさりゲームオーバー…… ……と思いきや、目覚めたらなんと、伝説の存在・“真祖竜”として異世界に転生していた!? ところがその竜社会、価値観がヤバすぎた。 「努力は未熟の証、夢は竜の尊厳を損なう」 「強者たるもの怠惰であれ」がスローガンの“七大怠惰戒律”を掲げる、まさかのぐうたら最強種族! 「何それ意味わかんない。強く生まれたからこそ、努力してもっと強くなるのが楽しいんじゃん。」 かくして、生まれながらにして世界最強クラスのポテンシャルを持つ幼竜・アルドラクスは、 竜社会の常識をぶっちぎりで踏み倒し、独学で魔法と技術を学び、人間の姿へと変身。 「世界を見たい。自分の力がどこまで通じるか、試してみたい——」 人間のふりをして旅に出た彼は、貴族の令嬢や竜の少女、巨大な犬といった仲間たちと出会い、 やがて“魔王”と呼ばれる世界級の脅威や、世界の秘密に巻き込まれていくことになる。 ——これは、“怠惰が美徳”な最強種族に生まれてしまった元社畜が、 「自分らしく、全力で生きる」ことを選んだ物語。 世界を知り、仲間と出会い、規格外の強さで冒険と成長を繰り広げる、 最強幼竜の“成り上がり×異端×ほのぼの冒険ファンタジー”開幕! ※小説家になろう様にも掲載しています。

僕の秘密を知った自称勇者が聖剣を寄越せと言ってきたので渡してみた

黒木メイ
ファンタジー
世界に一人しかいないと言われている『勇者』。 その『勇者』は今、ワグナー王国にいるらしい。 曖昧なのには理由があった。 『勇者』だと思わしき少年、レンが頑なに「僕は勇者じゃない」と言っているからだ。 どんなに周りが勇者だと持て囃してもレンは認めようとしない。 ※小説家になろうにも随時転載中。 レンはただ、ある目的のついでに人々を助けただけだと言う。 それでも皆はレンが勇者だと思っていた。 突如日本という国から彼らが転移してくるまでは。 はたして、レンは本当に勇者ではないのか……。 ざまぁあり・友情あり・謎ありな作品です。 ※小説家になろう、カクヨム、ネオページにも掲載。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

後日譚追加【完結】冤罪で追放された俺、真実の魔法で無実を証明したら手のひら返しの嵐!! でももう遅い、王都ごと見捨てて自由に生きます

なみゆき
ファンタジー
魔王を討ったはずの俺は、冤罪で追放された。 功績は奪われ、婚約は破棄され、裏切り者の烙印を押された。 信じてくれる者は、誰一人いない——そう思っていた。 だが、辺境で出会った古代魔導と、ただ一人俺を信じてくれた彼女が、すべてを変えた。 婚礼と処刑が重なるその日、真実をつきつけ、俺は、王都に“ざまぁ”を叩きつける。 ……でも、もう復讐には興味がない。 俺が欲しかったのは、名誉でも地位でもなく、信じてくれる人だった。 これは、ざまぁの果てに静かな勝利を選んだ、元英雄の物語。

処理中です...