81 / 107
第3章 この世界が思ってた以上にやばかったんですけど
幕間:灯台下暗し
しおりを挟む
~聖都から市街地へ逃れるレヴィトとファレル~
フードを目深に被った二つの人影が聖都の古い暗渠を市街地の方へ静かに進んでいた。入り組んだ暗渠は足元を濡らす程度の水しかなく、使われなくなって相当の歳月が流れているようだった。
二人はこの暗い地下空間を何日もの間、彷徨い続けていた。
「それにしても、こんな場所があったなんて……」
先頭を行くファレルがランプを掲げて、煉瓦造りの壁とアーチの天井に目を走らせる。
「私も教主様に教えて頂くまでは知らなかったわ。昔は避難路としても使われていたようよ」
「まさか、僕たちも同じ使い方をするとは、思いも寄りませんでしたね……」
レヴィトは後ろ髪を引かれるように足取りが重い。
「私だけがこのように逃げおおせていいものかしら……。聖都のみんなが心配……」
「レヴィト様、少しはご自分の心配をして下さい……」
後ろのレヴィトを振り返りながら眉尻を下げるファレルが地面の段差に蹴躓いて頭から突っ込んで転んでしまう。ランプがガラガラと音を立てて壊れると、辺りが薄闇に包まれた。辛うじて乾いた地面の上で、泥だらけになる惨事は避けられたが、ファレルの手は傷だらけだ。レヴィトが彼のそばに駆けつけて、その手を優しく包み込むように握る。
「気を付けて、ファレル。あなたのこと頼りにしてるんだから」
レヴィトの手の温かさを受け取って、ファレルは顔が熱くなるのを感じた。
「だ、大丈夫ですから!」ファレルは勢いよく立ち上がって、暗渠の先の明るい方を指さす。「ほら、もうすぐ市街地への出口ですよ!」
市街地が近づくにつれ、暗渠の天井から街の雑踏や争う音が漏れ聞こえるようになってきた。ランプを失った二人は耳を澄ませていたが、レヴィトは不安げに声を震わせた。
「街のみんなを混乱させてしまわないかしら……」
ファレルは隣を歩くレヴィトの横顔を盗み見た。
──どこまで人のことを考える人なんだ。
「レヴィト様、そこは人間の心の間隙を突いた作戦になっています」
ファレルがそう口にすると、レヴィトは強くうなずき返した。
「私たちが市街地にいるはずがないという思いを逆手に取ったのよね」
「そうです!」ファレルは傷だらけの手で拳を握りしめる。「ひとまず、ベルヌ派の連中が使っている宿屋を目指します。まさか、そんなところにレヴィト様が潜り込むなんて、奴ら夢にも思ってないでしょうからね」
ベルヌ派は〝反聖女派〟とも呼ばれ、レヴィトを聖女の座から引き下ろすことを画策するメストステラス聖教の過激派だ。
混乱の渦に飛び込んで、聖都を囲む市街地から逃れようというのがファレルの策だった。
「さあ、市街地に出ますよ」
二人はフードをさらに深く被り、古い石の階段を上っていく。
***
放棄された古い倉庫群の只中に、半ば崩れるようにして暗渠への入口は隠されていた。レヴィトとファレルは這い出るようにして、喧騒と雑踏の市街地へ身を投じた。
倉庫群を出て、メスタの周縁部の方へ向かうと、街の騒ぎは大きくなる。
「レヴィト様、僕から離れないで下さいね」
ファレルがそう言うと、レヴィトはうなずいて彼に身を寄せた。自分から言っておいて、ファレルはその状況にドギマギしてしまう。
暴力的な大通りの方から逃げてきたらしい人々が狭い路地の端にところどころ腰を下ろしている。中には、子連れの家族の姿もあった。
そんな彼らに声を掛けようとウズウズしている隣のレヴィトの腕を取って、ファレルは足早に歩を進めていく。
「聖女を守る者には死を!」
路地の向こうから、血気盛んな男たちの一団が現れ、路地の脇に固まる人々を蹴散らしながらこちらの方へ向かってくる。
「いけない……!」
男たちに突き飛ばされた少年が泣き声を上げるのを見てレヴィトは駆け出しそうになった。
「お願いですから、堪えて下さい……!」
「でも、あの子が……!」
男の子が壁に頭をぶつけて額から血を流していた。
「レヴィト様がここにいるとバレたら全てが終わりです……! 聖都のみんなの頑張りも無駄になってしまう……!」
ファレルは押し殺しながら声を絞り出し、全力でレヴィトの身体を路地の脇、家屋の隙間に押し込んだ。
「聖女を守る者には死を!」
男たちが路地を練り歩いていく。レヴィトたちは息を殺して、建物の隙間から彼らが通り過ぎるのを見守るしかなかった。
男たちが去るのを待ってファレルは路地に足を踏み出したが、レヴィトは胸を押さえながら涙を流していた。
「ファレル、私が名乗りを上げていたらあの子はきっと怪我もなく……」
「やめて下さい、レヴィト様」
全ての人の痛みを肩代わりするのも厭わないような、そんな真っ直ぐな瞳を受けて、ファレルは目を逸らすしかなかった。
「今は僕たちが生き延びることだけを考えて下さい。それがみんなのためなんですから」
「みんなのため……」
レヴィトは自分に言い聞かせるようにその言葉を反芻する。良心の呵責を抱えた瞳がファレルに向けられる。ファレルはレヴィトに柔らかい微笑みを向けた。それは彼女の進む道を照らす光のようだった。
「宿屋へ急ぎましょう」
フードを目深に被った二つの人影が聖都の古い暗渠を市街地の方へ静かに進んでいた。入り組んだ暗渠は足元を濡らす程度の水しかなく、使われなくなって相当の歳月が流れているようだった。
二人はこの暗い地下空間を何日もの間、彷徨い続けていた。
「それにしても、こんな場所があったなんて……」
先頭を行くファレルがランプを掲げて、煉瓦造りの壁とアーチの天井に目を走らせる。
「私も教主様に教えて頂くまでは知らなかったわ。昔は避難路としても使われていたようよ」
「まさか、僕たちも同じ使い方をするとは、思いも寄りませんでしたね……」
レヴィトは後ろ髪を引かれるように足取りが重い。
「私だけがこのように逃げおおせていいものかしら……。聖都のみんなが心配……」
「レヴィト様、少しはご自分の心配をして下さい……」
後ろのレヴィトを振り返りながら眉尻を下げるファレルが地面の段差に蹴躓いて頭から突っ込んで転んでしまう。ランプがガラガラと音を立てて壊れると、辺りが薄闇に包まれた。辛うじて乾いた地面の上で、泥だらけになる惨事は避けられたが、ファレルの手は傷だらけだ。レヴィトが彼のそばに駆けつけて、その手を優しく包み込むように握る。
「気を付けて、ファレル。あなたのこと頼りにしてるんだから」
レヴィトの手の温かさを受け取って、ファレルは顔が熱くなるのを感じた。
「だ、大丈夫ですから!」ファレルは勢いよく立ち上がって、暗渠の先の明るい方を指さす。「ほら、もうすぐ市街地への出口ですよ!」
市街地が近づくにつれ、暗渠の天井から街の雑踏や争う音が漏れ聞こえるようになってきた。ランプを失った二人は耳を澄ませていたが、レヴィトは不安げに声を震わせた。
「街のみんなを混乱させてしまわないかしら……」
ファレルは隣を歩くレヴィトの横顔を盗み見た。
──どこまで人のことを考える人なんだ。
「レヴィト様、そこは人間の心の間隙を突いた作戦になっています」
ファレルがそう口にすると、レヴィトは強くうなずき返した。
「私たちが市街地にいるはずがないという思いを逆手に取ったのよね」
「そうです!」ファレルは傷だらけの手で拳を握りしめる。「ひとまず、ベルヌ派の連中が使っている宿屋を目指します。まさか、そんなところにレヴィト様が潜り込むなんて、奴ら夢にも思ってないでしょうからね」
ベルヌ派は〝反聖女派〟とも呼ばれ、レヴィトを聖女の座から引き下ろすことを画策するメストステラス聖教の過激派だ。
混乱の渦に飛び込んで、聖都を囲む市街地から逃れようというのがファレルの策だった。
「さあ、市街地に出ますよ」
二人はフードをさらに深く被り、古い石の階段を上っていく。
***
放棄された古い倉庫群の只中に、半ば崩れるようにして暗渠への入口は隠されていた。レヴィトとファレルは這い出るようにして、喧騒と雑踏の市街地へ身を投じた。
倉庫群を出て、メスタの周縁部の方へ向かうと、街の騒ぎは大きくなる。
「レヴィト様、僕から離れないで下さいね」
ファレルがそう言うと、レヴィトはうなずいて彼に身を寄せた。自分から言っておいて、ファレルはその状況にドギマギしてしまう。
暴力的な大通りの方から逃げてきたらしい人々が狭い路地の端にところどころ腰を下ろしている。中には、子連れの家族の姿もあった。
そんな彼らに声を掛けようとウズウズしている隣のレヴィトの腕を取って、ファレルは足早に歩を進めていく。
「聖女を守る者には死を!」
路地の向こうから、血気盛んな男たちの一団が現れ、路地の脇に固まる人々を蹴散らしながらこちらの方へ向かってくる。
「いけない……!」
男たちに突き飛ばされた少年が泣き声を上げるのを見てレヴィトは駆け出しそうになった。
「お願いですから、堪えて下さい……!」
「でも、あの子が……!」
男の子が壁に頭をぶつけて額から血を流していた。
「レヴィト様がここにいるとバレたら全てが終わりです……! 聖都のみんなの頑張りも無駄になってしまう……!」
ファレルは押し殺しながら声を絞り出し、全力でレヴィトの身体を路地の脇、家屋の隙間に押し込んだ。
「聖女を守る者には死を!」
男たちが路地を練り歩いていく。レヴィトたちは息を殺して、建物の隙間から彼らが通り過ぎるのを見守るしかなかった。
男たちが去るのを待ってファレルは路地に足を踏み出したが、レヴィトは胸を押さえながら涙を流していた。
「ファレル、私が名乗りを上げていたらあの子はきっと怪我もなく……」
「やめて下さい、レヴィト様」
全ての人の痛みを肩代わりするのも厭わないような、そんな真っ直ぐな瞳を受けて、ファレルは目を逸らすしかなかった。
「今は僕たちが生き延びることだけを考えて下さい。それがみんなのためなんですから」
「みんなのため……」
レヴィトは自分に言い聞かせるようにその言葉を反芻する。良心の呵責を抱えた瞳がファレルに向けられる。ファレルはレヴィトに柔らかい微笑みを向けた。それは彼女の進む道を照らす光のようだった。
「宿屋へ急ぎましょう」
0
あなたにおすすめの小説
ゲームの悪役パパに転生したけど、勇者になる息子が親離れしないので完全に詰んでる
街風
ファンタジー
「お前を追放する!」
ゲームの悪役貴族に転生したルドルフは、シナリオ通りに息子のハイネ(後に世界を救う勇者)を追放した。
しかし、前世では子煩悩な父親だったルドルフのこれまでの人生は、ゲームのシナリオに大きく影響を与えていた。旅にでるはずだった勇者は旅に出ず、悪人になる人は善人になっていた。勇者でもないただの中年ルドルフは魔人から世界を救えるのか。
収納魔法を極めた魔術師ですが、勇者パーティを追放されました。ところで俺の追放理由って “どれ” ですか?
木塚麻弥
ファンタジー
収納魔法を活かして勇者パーティーの荷物持ちをしていたケイトはある日、パーティーを追放されてしまった。
追放される理由はよく分からなかった。
彼はパーティーを追放されても文句の言えない理由を無数に抱えていたからだ。
結局どれが本当の追放理由なのかはよく分からなかったが、勇者から追放すると強く言われたのでケイトはそれに従う。
しかし彼は、追放されてもなお仲間たちのことが好きだった。
たった四人で強大な魔王軍に立ち向かおうとするかつての仲間たち。
ケイトは彼らを失いたくなかった。
勇者たちとまた一緒に食事がしたかった。
しばらくひとりで悩んでいたケイトは気づいてしまう。
「追放されたってことは、俺の行動を制限する奴もいないってことだよな?」
これは収納魔法しか使えない魔術師が、仲間のために陰で奮闘する物語。
友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。
だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
真祖竜に転生したけど、怠け者の世界最強種とか性に合わないんで、人間のふりして旅に出ます
難波一
ファンタジー
"『第18回ファンタジー小説大賞【奨励賞】受賞!』"
ブラック企業勤めのサラリーマン、橘隆也(たちばな・りゅうや)、28歳。
社畜生活に疲れ果て、ある日ついに階段から足を滑らせてあっさりゲームオーバー……
……と思いきや、目覚めたらなんと、伝説の存在・“真祖竜”として異世界に転生していた!?
ところがその竜社会、価値観がヤバすぎた。
「努力は未熟の証、夢は竜の尊厳を損なう」
「強者たるもの怠惰であれ」がスローガンの“七大怠惰戒律”を掲げる、まさかのぐうたら最強種族!
「何それ意味わかんない。強く生まれたからこそ、努力してもっと強くなるのが楽しいんじゃん。」
かくして、生まれながらにして世界最強クラスのポテンシャルを持つ幼竜・アルドラクスは、
竜社会の常識をぶっちぎりで踏み倒し、独学で魔法と技術を学び、人間の姿へと変身。
「世界を見たい。自分の力がどこまで通じるか、試してみたい——」
人間のふりをして旅に出た彼は、貴族の令嬢や竜の少女、巨大な犬といった仲間たちと出会い、
やがて“魔王”と呼ばれる世界級の脅威や、世界の秘密に巻き込まれていくことになる。
——これは、“怠惰が美徳”な最強種族に生まれてしまった元社畜が、
「自分らしく、全力で生きる」ことを選んだ物語。
世界を知り、仲間と出会い、規格外の強さで冒険と成長を繰り広げる、
最強幼竜の“成り上がり×異端×ほのぼの冒険ファンタジー”開幕!
※小説家になろう様にも掲載しています。
僕の秘密を知った自称勇者が聖剣を寄越せと言ってきたので渡してみた
黒木メイ
ファンタジー
世界に一人しかいないと言われている『勇者』。
その『勇者』は今、ワグナー王国にいるらしい。
曖昧なのには理由があった。
『勇者』だと思わしき少年、レンが頑なに「僕は勇者じゃない」と言っているからだ。
どんなに周りが勇者だと持て囃してもレンは認めようとしない。
※小説家になろうにも随時転載中。
レンはただ、ある目的のついでに人々を助けただけだと言う。
それでも皆はレンが勇者だと思っていた。
突如日本という国から彼らが転移してくるまでは。
はたして、レンは本当に勇者ではないのか……。
ざまぁあり・友情あり・謎ありな作品です。
※小説家になろう、カクヨム、ネオページにも掲載。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
後日譚追加【完結】冤罪で追放された俺、真実の魔法で無実を証明したら手のひら返しの嵐!! でももう遅い、王都ごと見捨てて自由に生きます
なみゆき
ファンタジー
魔王を討ったはずの俺は、冤罪で追放された。 功績は奪われ、婚約は破棄され、裏切り者の烙印を押された。 信じてくれる者は、誰一人いない——そう思っていた。
だが、辺境で出会った古代魔導と、ただ一人俺を信じてくれた彼女が、すべてを変えた。 婚礼と処刑が重なるその日、真実をつきつけ、俺は、王都に“ざまぁ”を叩きつける。
……でも、もう復讐には興味がない。 俺が欲しかったのは、名誉でも地位でもなく、信じてくれる人だった。
これは、ざまぁの果てに静かな勝利を選んだ、元英雄の物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる