「世界の半分をくれてやる」と言われて魔王と契約したらとんでもないことになった

山野エル

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第3章 この世界が思ってた以上にやばかったんですけど

20:強奪

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「あいつ、僕を守ろうとして死にやがった……」

 大地震もがおどもの突然の沈黙もどこ吹く風というように、ヨハン八世はサルーンの亡骸なきがらに目をやった。
 向こうの方で第四魔王が顕現けんげんを解いて倒れる。
 俺も顕現外殻けんげんがいかくを解除して満身創痍の第四魔王のもとへ歩み寄った。彼女は俺を見て笑う。

「生きてたのかよ、マスター……。それより、なんだ、その姿?」

 それだけ減らず口を叩けるなら大丈夫だ。俺は意識を失ったままのリナを抱き起こした。身体は温かく、呼吸もしている。どういう状態なのか分からないが、生きてはいるようだ。

「繰り返し〝扉〟として使用されたせいで、彼女の魂は摩耗してしまったんだろう」

 目を覚ましたベテルギウスを助け起こしながらヨハン八世が言う。

「シグニは〝扉〟を集めようとしてる」

 俺がこたえると、ヨハン八世は小さな瞳をこちらへ向けた。

「なら、あなたも彼女も標的だよ。位相いそう魔法の使い手が〝扉〟になる。僕が一度あなたを〝扉〟にしたのを覚えてるか?」

 マルガで彼らと対峙たいじした時のことだ。ずいぶん昔のことのように感じる。ベテルギウスは俺をじっと見つめていた。

「あなた、本当にアーガイルなの?」

 説明が面倒で、俺は無言でうなずいた。彼女は遠くの空に視線を投げていた。

「魔王様の魔力の余波が……」

「何者かが」第四魔王が身動みじろぎする。「魔王の奴を怒らせたか。あり得ない魔力を放ったぞ」

「魔王は三つ顔が逃げたと言っていた」俺は崩れ去った三つ顔どもの残骸に目をやる。「こいつらのことと無関係じゃないだろう」

「その通りですヨ」

 どこからともなく声がした。見上げると、首の上に三つの頭を載せた灰色の人影が浮かんでいた。

「貴様──!」

 ヨハン八世が身構えたが、その時には彼の脇に三つ顔の姿があった。すぐに胸に衝撃をぶち当てて、三つ顔は意識を失ったヨハン八世の身体を抱え上げる。

「君たちの魔王様には手を焼いてるんでス」

 俺たちの状況は最悪だ。第四魔王は満身創痍、ベテルギウスは力を弱めている。俺は顕現外殻の影響か、異常な疲労感を抱えていた。
 すぐに伝達の指輪に思念を込めた。

 ──魔王、ここに三つ顔が……!

 その瞬間、三つ顔の真ん中の顔にどこからともなく飛んで来た鎌の切っ先が突き刺さった。次に前触れもなく現れたのは、小柄な鈍色にびいろの身体。辛うじて分かるのは、それが女の子だということだ。

「魔王様……」

 ベテルギウスが弱々しく呟いた。
 これが、魔王? まるで、俺のような……。

 凝縮された魔力の塊が三つ顔にぶつけられた。
 刹那のことで、音も何もなかった。三つ顔はヨハン八世をずり落とし、膝を突いて倒れた。

「みんな無事か」

 その姿のまま、魔王は振り返った。うねる角が両耳の上から垂れ下がるように生えている。これが彼女の顕現した姿なのか……? 魔力の揺らぎがなく、あまりにも静謐せいひつだった。

「邪魔者も生きてるのか」

 魔王は微かに笑って第四魔王の方を一瞥する。
 その第四魔王の目が見開かれる。魔王の背後で三つ顔が静かに体を起こしたのだ。右側の顔だけは眠ったように目を閉じている。奴は俺に目を合わせ、瞬きの間隙かんげきを突いて俺のふところに飛び込んできた。

「ひとつ、貰いますヨ」

 胸に手を押し当てられる。何か熱いものが俺の中から引きずり出され、虹色に光る何かが三つ顔の右側の口の中に飛び込んで行くと、右側の顔が開眼する。
 その時に確信した。……!!

藍綬らんじゅ!」

 俺がそう呼ぶと、三つ顔の右側の目が悲しげに揺れた気がした。

 魔王が三つ顔に迫ろうとすると、灰色の身体は無数のはえのように飛散し、ヨハン八世の口の中へ怒涛のように流れ込んでいく。すぐにヨハン八世の身体が起き上がった。魔王が身構えるが、第四魔王が即座に間に割って入る。
 彼女たちの間に一瞬の火花が散る隙に、ヨハン八世の身体は彼方へと飛び去ってしまった。


──第3章 完──
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