孤毒

ひろろ

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孤毒

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この国の先代の女王であり、私が18歳の時に死んだ母上は言った。
「お前を片目で生んだので私を恨むでない。全てはそのように生まれたお前の責任である。これまでのこともこれからのことも。」
こんな母が私をこんなひねくれ者にしたのであると、自分を騙して生きてきた。
片目で生んでくれたせいで私のこれまでの19年は酷いものであった。
幼少期にした見えない片目の手術は失敗し、酷い傷跡を残した。
怖がられ馬鹿にされていることに気づかないうちは良かったのであるが、そのことに気づくや否や自分で自分のことを怖がり馬鹿にし、気を病み、そして今ではこの性根の腐り具合である。
私が幼いころから側にいた、おいぼれのじいなどは、母上の言葉を母上なりのエールだと言っているがとうてい私にはそうは思えないのである。
しかしそんな日ももうすぐ終わる。
今度の私の二十の誕生日で私が成人し王の座につけるようになることで、
約二年間空であった王の座が私に譲られるのである。
二年間王が不在であったため国の行政は悪化し、賄賂など汚職に手を染めた政治家たちが国を動かしていた。
庶民たちどもの生活もかなり酷いものであるらしい。
通常の次期国王なら国をどう立て直すか憂いているところだが、私は違った。
むしろ喜んでいた。
国王になることで、この目と傷跡を馬鹿にされれば打ち首に処せるし、自由に暮らせるのだと。
得に愛情のないこの国の政治など汚職政治家たちに任せておけばいいのである。そんなことを考えながら誕生日まで部屋に引きこもっていた。

即位の日まであと二日の日が迫った朝であった。
カンカンと私の部屋の扉が叩かれた。
「入ってくるな」
扉の少し高い、キィーという音とともに、じいの顔が見えた。
「なんだ」
「体調は如何ですか」
「手早く要件を言え」
じいは、はぁと息をつき
「庶民たちが新国王が即位する前に、一度自分たちの町や暮らし、文化を見てもらいたいそうです。」
「いやだ」
「これまでの王は全員、即位する前に町へ訪問しています。ここであなたさまがしなければ、ただでさえ国政に不信感を抱いている国民がクーデターを起こしかねませんよ。」
私が即位した後にクーデターなど起こされたら、待ちに待った平穏な生活が台無しである。
十秒ほど黙った後に、
「どの町に行けばよい」
じいの顔のしわが少し緩んだ。
「では行く気になられたのですね。」
「どの町だ」
「そうですね…」
じいは十秒の間を開け、思いついたかのように、
「では私の故郷の村、ウェネヌム村などはどうでしょう。少し遠い地ですが人も少なく静かな村です。」
「どこでもよい」
「では手配しておきます。出発は明日の朝で、四時間ほどで着きますぞ。」
「分かった」
嫌な顔をして見せたが、内心はそこまで嫌では無かった。久しぶりに外の空気を吸うのも悪くはない。この日はいつもより眠りが深かった。

次の日、即位まであと一日。
「おはようございます。坊ちゃま。」
「早く行くぞ」
「では、出発してください。」
じいが、馬車の馬の紐を握るものに声をかけた。
そのものは一瞬私のことを見たが、目が合いそうになるとすぐに目を逸らした。
もう慣れたことだ。
城の門が開くとたくさんの人がいて、馬車の窓から一目私のことを見ようと集まっていた。中には罵詈雑言を浴びせてくるものもいる。
私は見たくも聞きたくもなかったので、毛布をかぶり目を瞑った。
数時間後―
「もうすぐですぞ」という呼びかけに私の片目が反応し(もちろん使い物になる目であるが)私は目を開けた。
目を開け馬車の窓から目に飛び込んできたのは、美しい田園風景だった。
馬車はあぜ道をしばらく行き、そして村の前に止まった。
「降りますぞ」
人が群がってこないので私はついたことに気づかなかった。
馬車から降りるとそこには人間と家畜が暮らす暖かい村があった。
子供が走ってじゃれているような活気ある村だが、誰も私に気づいていないようだ。
今だと思い、じいに従い村の長の元へ向かった。
長の元へ行って驚いた。私と同じくらいの年の男であったのだ。
また、それよりも顔に斜めに走る大きな傷があったのだ。
名をエクエスと名乗った。
「ようこそおいでくださいました。自然以外何もないですがどうぞくつろいでください。」久しぶりのじい以外の人間との会話だったが、不思議とエクエスとは気が合った。彼が好青年だったのもあるかもしれない。
様々なことを話したが、しばらくすると自然とエクエスの顔の傷の話になった。
「この傷は、前の女王に仕えていた元騎士のやつらが女王が死に、主君を失ったときに統制が効かなくなり、私の妹に乱暴をし、それをかばったときの傷ですよ、傷の甲斐空しく妹は連れ去られてしまいましたがね。」
「辛かったな」
「あなたの目の傷は?」
わたしはこれまでこの傷で蔑まれてきたことなどを伝えた。
「それは辛かったでしょう。しかしこの村には体のことを馬鹿にする人などおりません。安心して過ごしてください。」
私はエクエスとの話の後も様々な村人に話を聞いて回ったが、本当に誰も目のことを気にしていないことと、今の国政がどんなにひどいものかということが分かった。
そして村を発つ時間が来た。お土産に村の特産品という、チーズが入った袋をエクエスにもらい、村の人々に手を振り村を出た。
馬車の窓から空を眺め、村での幸せの時間を振り返り、少しは今の国政をどうにかしようと考えていた。それは、集中し城の門の近くに到着し、民衆のざわめきでようやく我に戻るほどであった。
そしてその時点では私の中では明日の即位の儀で発表する、国政に対する改善策が固まっていた。久しぶりに感じる充実感を胸に抱き、この日は二日連続で深い眠りについた。

即位の日当日の朝
「おはよう、じいや」
「おはようございます、坊ちゃま。きのうの疲れは取れましたか?」
「ああ、昨日の村での話を聞いてな、今の国政の改善策も考えた。今日の即位の儀は完璧だよ。」
「そうですか、では朝食にしましょう。今日の朝食には昨日のお土産のチーズがありますよ。」
「そうか、いただこう」
じいやと朝食の時にこんなに言葉を交わすのは久しぶり、いや初めてと言っていいだろう。
「では、どうぞ」
じいやが銀のさらにチーズを黄色いチーズを出した。
銀のフォークを動かす。
「美味しいですか?」
「ああ、この少しの苦みが良いアクセントだな」
「食べたのですね?」
「あ、ああ。今食べただろう。」
すると、じいやは悲しそうに咳払いをし、
「では今からエクエスからの伝言を伝えますね」
そういって、おもむろにチーズの入っていた袋から手紙を取り出し、読み上げた。
「やあ、この手紙が読まれているということは君が朝食にチーズを食べたということだね?そうかそうか、毒が入っているとも知らずにね。まぁそう驚くな、なんでかって?ふ、ふ、君は今日私にこう言ったね、目の傷跡のせいで馬鹿にされ怖がられ、なにもかもが手につかなくなったといったね?君のその甘ちゃんな思考のせいで王政は乱れ、私の妹は連れ去られたんだよ!もう妹の命は諦めている。全ては君のせいなんだ!その毒はあと二時間後に効くようにしてある。そうちょうど君の即位の儀の前の時間だよ。残念だったね!君は王にはなれないよ、いやなっちゃいけないんだ。余命いくばくかの時間を楽しみな、ではまた、君の葬式で会おう。汚職政治家たちがそこに金を回すかは知らないがね!」

私は言葉を失った。
しばらくの静寂の後一言、
「なぜ?」とじいに聞いた。
「エクエスは私の孫です。前々から手紙であなた様の事などをやり取りしておりました。孫の無念を晴らしてやりたかったんですよ…」
「そ、うか」
「は、はは」
「そう、だよな、」
「分かった」
「部屋に戻るよ」
おぼつかない足取りで部屋に向かう。
少し高い音でキィーとドアが開く。ベッドに身を投げ出す。
これまでの19年と364日で、この瞬間が一番。一番、
「生き続けたい」と思った。
自分のために自分のために、一番。一番。
涙が、開いている方の目に、染みた。
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