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花朽ちる姫
しおりを挟む幼い頃から、私の側には花がありました。
我が家が治める領地の名産は花で、フルーリー子爵家と言えば花、花と言えばフルーリー子爵家と言われる程です。花によって私達は養われていると言っても過言ではありません。
だから我が家には沢山の花がありました。庭で使用人や庭師が協力して育てている花、両親が視察に行った時に領民がくれた花。
沢山沢山、優しさの篭った花が私の側にありました。
その花を私は、枯らしてしまうのです。触れるだけで。
幼い頃から、違和感はありました。
私の側に飾ってあった花が、気が付けば枯れていました。
私の髪飾りとして付けていた花も、半日もすれば見る影なく萎れていました。
私の側に飾ってあった花が枯れたのはきっと、私が花を愛でようとして触れたから。
私の髪飾りの花が萎れたのはきっと、髪飾りの位置を確かめようとして触ったから。
いや、きっとではないのです。そうでした。けれども、私の周囲の人間が花に触れても、花は枯れることも萎れることもなかったから。私が触れた瞬間にそうなってしまったのは、偶々だったと自分に言い聞かせていましたし、本当にそうだと思っていました。
だってそうでしょう?普通、自分が触れたせいで花が枯れるなどそんなこと、思いつくはずがありません。私がはっきりと異常だと言われたのは、何時のことでしょうか。
*****
ある時、家に来ていた男の子が、私に花をくれた。私の名前に準えた綺麗な深紅の薔薇。棘は既に取ってあって、その優しさが嬉しかった。
その花をくれた男の子とはそれまで仲が良くて頻繁に遊んでいた。でも、この日からその子は遊びに来なくなった。私もそれどころではなかったから、それ以降全くあっていない。だから顔も、声も覚えていない。
けれどもあの時、少しだけ恥ずかしそうに頬を染めていた顔が、私に渡した花の末路を見た瞬間に、真っ青になったことだけはよく覚えている。その子が私を見る目は、私がそれまで見たことがないほど恐怖に塗れたものだった。
それはまあそうだろう。私が花を受け取った瞬間、それは瞬く間に枯れてしまったのだから。
みずみずしく鮮やかな色彩の花弁は縮んで茶色くなり、外側の数枚かが地面に落ちた。それは風に舞うように流されたが、本の中で語られるように美しいものではなく、生命力の欠けたもの寂しい姿だった。
力強く伸びていた茎は見る影もなく、鮮やかな緑色が落ちて萎びてくたっと曲がった。
仄かに香っていた薔薇の甘やかな匂いは消え去り、雨が近いことを知らせる独特の匂いがやけに鼻についた。
私の中で花とはそういうものだった。綺麗で華やかな姿に触れれば生命力のない萎びた姿に変わる。それが普通だったから、目の前で顔色を変える男の子を見て、私は不思議に思って、その子の方に手を伸ばした。
「大丈夫?」
私がそう尋ねると、凍りついていた男の子が唐突に動いた。そして私の手を払いのけると、一言叫んだ。
「化け物っ!」
その言葉を、私は最初理解することが出来なかった。私は子爵家唯一の子供で、娘で、蝶よ花よと育てられていたから。けれども、怯えたように此方を見つめるその目を見て、やっと私は自分にその言葉が向けられていることがわかった。
「どうして?どうして化け物だと思うの?」
咄嗟にその言葉が口をついていた。失礼だとかそれ以前に、『どうして怯えられているのか』。
その感情が一番に浮かんだ。それは悲しいとかそういった負の感情ではなく、知りたい、という純粋な探究心だった。
少し笑いながら言うと、その子は今にも泣き出しそうな顔をしてまた叫んだ。
「ふ、普通花は一瞬で枯れないんだよ!なのに、なのにあの花にお前が触った瞬間に茶色くなった!枯れた!
この、化け物が!」
その言葉が、うまく噛み砕けなかった。ただひとつ、理解出来たのは『私は普通ではない』ということだった。
花は触れても直ぐに枯れるわけではない。
それが普通だと、少年は言った。花に触れると枯らしてしまう、そんな体質の私は普通ではないと。どうしてかその言葉はすとんと私の胸に落ちた。何故なら、その言葉がこれまであった違和感に説明をつけるには充分だったからだ。
私が花に触れると、枯れる。
ぼんやりとゆっくりと、そのことを理解していると、男の子は気が付けばいなくなっていた。それから男の子が呼んできた使用人に連れられて、私は両親と沢山の使用人に囲まれながら色々と質問された。といっても答えられることはない。花に触れると枯れてしまう、それだけだ。
それからのことは何とも説明しにくい。まず、我が家の爵位の継承権についてだ。本家である我が家には私しか子供がいない。分家から養子をとって当主にする話も出たが、それは両親の強い反対によってはね除けられた。
けれどもそれはやめておくべきだというのは、幼かったあの頃の私でも分かることだ。花が名産である我が家の財政は、その時の子爵家の女主人の手腕にかかっているのだ。
花に生活を支えられていると言ってもいい我が家。一年で多くの花を生み出して売り出す我が家。その売上の多くを貴族の家が占めている。子爵家の女主人が今何の花を買うべきか、何の花が美しく咲いているか、何の花の開発が今進められているか。
それら全ての情報を巧みに社交界へ広めるのが我が家の女主人の役目だ。下手したら当主よりも大事な役割。
そんな役目を私が果たして見せると、歴代の中で一番売り上げてみせると、幼い頃は思っていた。
けれども、花を枯らしてしまう体質の私が花を売り込むなど、という事になった。それでも両親はその反対を押し切り、私をこの家の、フルーリー子爵家の女主人にするという方針を変えなかった。
だから、私の現状は非常に不安定だ。私は女子爵になれる程優秀な頭脳を持たない。だから婿を取って当主にする予定なのに、花を枯らす体質の女ということで婿のなり手がいない。
もう十六歳になるというのに婚約者がいないのはどういうことだ、と分家からの圧力も年々強くなっている。
社交界で付いた私の渾名は『花朽ちる姫』だ。姫だなんて、と純粋に照れられるのは愚か者くらいだ。これは皮肉だ。お前のような者が女主人として我が家の財政を回せるわけがない、という。
姫はせいぜい両親に守られて大人しくしてな、ということだ。腹が立つそれは、どうしようもなく正しい。花を枯らす私には、それをはねのける程の才を持たない私には、この家の花を守り売る役目は、あまりに大きすぎる。
朽ちる、というのも私の地味な髪色を揶揄したものだ。くすんで黄色みがかった茶髪。秋を思わせる色だ、と我が家の優しい使用人達は言う。
そう、私は体質が判明してからも子爵家の娘として今までのように蝶よ花よと可愛がられている。更に幸運なことに、私は我が家で冷遇されることなく、子爵家の娘として真っ当な礼儀作法や勉学を修めている。
だから、この体質さえなければ私は歴代一とまではいかずとも、普通の女主人として、役割を果たせていたはずだった。でも変えられないことだから仕方がない。今はそう、そこそこ割りきれていると思う。
そんな私の趣味は植物を育てることだ。どうやら私は直接触れなければ花が枯れることもないらしい。また、私の体質が適応されるのも花が咲いている状態の植物だけとのことだ。
だから花の部分を食べる類の食べ物は口に含んだ瞬間に腐るが茎や根を食べるものは何故か腐らない。花の砂糖漬けも同様だ。ここの基準は正直適当だと思う。
だから手袋を何重にもして着けて、日焼け防止のためにつばが広い帽子を被れば、庭師や使用人と一緒に植物を育てることが出来る。
最初の方は遠慮がちで気を使っていた使用人達も、今では遠慮無く孫のように可愛がってくれている。同年代の使用人と比べても多分、植物の手入れは上手な方だと思う。それが少しでも使用人達の手伝いになっているのだとしたら、それはとても幸せなことだと思う。
植物を育てることは出来る。それだけでも充分だと思う。けれども一度くらい、直接みずみずしい花弁に触れてみたいと思う。花に触ってもそれは気が付けば萎れていて、直接触れることは出来ないから。
手袋を着けて花弁を撫でながら、直接触る花弁の感覚を、私はいつも夢想している。
*****
と、こういったぐあいで私は今のようになったのです。
淡々と語らせていただきましたが、これでも葛藤はあったのですよ?ああ、そうでしたね。失礼いたしました。私としたことが礼を欠いて名乗り忘れていました。
花が名産の領地を持つ貴族の一人娘に生まれ、薔薇の花を意味する名前を持ちながら花を枯らす体質を持つ。
そんな矛盾した要素を抱えるフルーリー子爵家が娘、ローズモンド・フルーリーと申します。
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