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【1】ものすごく怪しくて、あまり信用できない。

カッコいいの定義。

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「……えっ、何これ、しょっぱい!」
「ヒールも知らねえの? 大丈夫すか王族」
「いや、違うんだ、ヒールは分かってる。このしょっぱさは何」

 ヒールは体力の回復に効果がある魔法だ。
 回復魔法は、聖なる清き力を持つ者の一部に備わるとされる。才能の優劣はあるが、習得に困難を極める程の魔法ではない。

 本来のヒールは無味無臭。もしも何かの味覚を感じたなら、ニースが習得の際に込めたイメージに原因がある。

「何って、清めるっつったら塩に決まってんだろ」
「ヒールのイメージに塩分を足したのかい?」
「おう!」

 ニースは自信満々で笑みを浮かべ、指2本を立て勝利サインを見せつける。「幽霊にも負けねえ」ではない。
 雑味のあるヒールなど、本来ならば習得からやり直すべきところだ。

「疲れたのを回復するんじゃなくてさ、疲れなくする魔法が欲しいよな」
「疲れるのが嫌なのかい? 馬車を呼べばいいじゃないか」
「ここでどうやって馬車呼ぶんだよ」
「さあ、ボクは呼んだことがないんだ」

 ジェインは飄々と言ってのける。
 城の使用人が馬車を手配したなどとは、全く思いもせず生きて来たらしい。「馬車に乗るには金がかかる」という常識も知らない可能性がある。

「金持ってんだろ? 馬車が通りすがったら……」

 そう言いかけたニースが、道の先に怪しい人物を発見した。
 涼しい爽やかな晴天の下、黒いコートを羽織り、フードまで被っている。

「目合わせるなよ」

 ニースは腕が立つ。相手が人なら斬れないが、剣の腹で殴りかかれば負けはしない。
 だがジェインは丸腰同然。何を持たせたとしてもハッタリにもならない。
 出来れば戦いは避けたかった。

 フードを被った怪しい男は、道の端に座り込んだまま動かない。
 気にしないふりをして通り過ぎる時、それが男であることが分かった。

「上等な装備着てやがる。ジェイン、後ろを警戒しろよ」
「えっ、でも」

 ジェインが不安そうに首を振る。

「警戒してます感出した方が都合がいいんだよ、不意打ちを防げる」
「その間に、前からモンスターが不意打ちしてきたら?」
「あ?」

 ジェインが街道の先を指差す。と同時に地面が僅かに揺れた。

「う、うぉぉっ!?」

 もうすぐ丘陵地の頂上だ。その場所に岩の塊のようなものが立ちはだかっていた。
 よく見れば手足のようなフォルムが窺える。
 崖崩れなどではない。モンスターだ。

「ゴーレムじゃん! え、すげー! 見ろよあれ、ゴーレムだ!」
「図鑑で見た事がある。でも何でそんなに嬉しそうなんだい」
「ばーか、カッコいいじゃん!」
「そ、そうかな? うーん、庶民の感覚ではあれがいいのか」

 ニースは背に担いでいた大剣を嬉しそうに構え、荷物をジェインに預ける。

「あ、え? えっ? ボクは、ボクはどうしたら!」
「おめーは後ろの不審者に注意しとけ!」
「注意?」
「おう! オレはカッコいいゴーレムを倒す! つまりカッコいいゴーレムより強いオレの方がカッコいい!」

 ニースが謎の方程式を口にする。ジェインは苦笑いしながら、不審なフード男へと振り返った。
 不審な男もゴーレムの登場に驚き、立ち上がってニースを見つめている。

 そんな男に対し、ジェインはいかにも怪しんでいると分かる表情で声を掛けた。

「あのー、不審な方。ニースはゴーレムと戦っているので、不意打ちは止めて欲しい」
「えっと……はい?」
「あなたにきちんと注意をしなければと」

 そもそもニースが注意しろと言ったのは、「警戒しろ」と言う意味だったのだが……受け取り方に難があったようだ。

 不審な男は、まさかジェインが話しかけて来るとは思わなかったのだろう。
 ぽかんと口を開け、ジェインと駆け出したニースを交互に見つめる。

「お、俺は君たちを狙っている訳じゃない! 疲れたから休んでいただけだ!」
「人攫いや追いはぎではないんだね?」
「違う! それよりゴーレムが暴れたら大惨事だぞ」

 不審な男は焦りを見せ、背負った長めの双剣を手に取った。
 ゴーレムはとても頑丈な岩の体を持つ。殴打や踏み付けを喰らったなら、1撃で致命傷を負ってしまう。
 武器攻撃職のニース1人では分が悪いため、加勢する気だ。

「もしかして、とても強いのかい? ニースは嬉しそうに向かったのだけれど」
「ゴーレムが殴れば、城壁にも穴が開く! 剣ではなかなか斬れない! ……と言えば分かるか!」
「え、それは大変だ。でもあなただって剣しか持ってないのに」
「確かに剣では難しい、常人ならね!」

 男は風のように速く駆けていく。フードが外れ、赤い頭髪があらわになった。
 年格好はニースより少し上だろうか。200メルテ程の距離があるのに、減速する様子もない。

 そんな男がニースの加勢に入る前に、事件は起こった。

「あ」

 ジェインが短く声を漏らす。同時に駆けて行く男の足が止まる。

「あ、倒した」

 ジェインの視線の先で、ニースがゴーレムに飛び掛かった。
 ゴーレムの背丈はニースの倍ほどもある。

 ニースは振り下ろされたゴーレムの腕を足場にし、前転宙返りを見せた。
 重たい剣がニースの回転よりやや遅れ、その分威力を溜めていく。

 ニースがその回転の力を利用し、剣を振り下ろす。
 剣の軌道が分からない程の振りの速さは、そのままゴーレムを一刀両断してしまった。

 ゴーレムはたった一撃で動きを止められ、ただの岩となって崩れ落ちていた。

「あれ? ゴーレムは剣では斬れないと言っていたのに。もしやあれはボクを騙すための嘘!? やっぱりあの怪しい男はニースを狙って……!」

 ジェインは慌ててニースの許へと走り出す。もう怪しい男はニースのすぐ目の前だ。

「ニース! 大変だ、そいつは君を狙っ……! あっ」

 ジェインがまたもや声を上げた。
 ニースが駆け寄る男の頭を叩《はた》いたからだ。

「お前、なんだよ!」

 ニースが腕組みして男に文句を言っている。男は目の前で両手を振り、何やら誤解を解こうとしていた。

「おめーオレの獲物横取りしようったって、そうはいかねえぞ!」
「え、あれ? 俺の事を知らない……? 違うんだ、ゴーレムを相手するのなら加勢をしようと」
「もしこれが俺の受注案件だったら、手伝い料とか言って金と女を要求するつもりだろ!」
「そんなことはしな……女?」
「だって、オレが逆の立場だったら、綺麗な女の子と酒飲みに行きてえもん。キャー強いのねニースさんって、言われたい」

 ニースは手柄の横取りだと思ったらしい。
 遅れて到着したジェインは、息を切らしながらニースに事情を伝えようとする。

「ニース、違うんだ。この怪しい人はニースを狙ってるんだよ」
「えっ!? 何で? オレ女じゃねえぞ」
「ちがーう! 何もかも違う! 話を聞いてくれ!」
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