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Dear friend
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私は真っ暗な部屋に一人閉じ込められている心地がした。
周囲に味方が居ない、というのが怖かったのだ。
「灯、まだ友達出来てないのー?」
背後からくすくすという声が聞こえてくる。
私は声の主から逃げるように歩く。
3年生になってすぐクラス替えが有った。
仲良くなった子達と同じクラスになれますようにと初詣で必死に祈ったけど叶わなかった。
仕方なく一人で帰っている所を前のクラスメートに見つかった、という訳だ。
「まーたそうやって逃げるんだー?」
私は耳を塞いで走り出したい衝動に駆られた。
友達が出来ないからなんだというのだ、と言い返したくても、できない。
理解しているからこそ、意地悪く攻めてくるのだ。私はさっと周囲を見回した。助けてくれそうな人はいないか。
「あんたも人のこと言えないんじゃないの?」
え?誰?
振り返って見ると知らない少女だった。
ふわふわした栗色のツインテールにちょっと気の強そうな目。
同じ年の筈なのに幾分大人びて見えるのは言動のせいか。
嬉しさよりもまず何故?という疑問がわく。
面倒ごとに巻き込まれるのなんて嫌じゃないのか。
「はぁ?ちょっと何、あんた。」
いじめっ子の視線が第三者に向く。獲物を取られて怒っている獣のようだった。
「困ってるじゃん、やめなよ。」
少女は臆した風もない。
自分もそれだけ強かったらどんなに良いだろう、と思った。
「あんたには関係ないでしょ?」
「関係あるよ。だって私、その子のクラスメイトだもん。」
さっきまで余裕だったいじめっ子の表情が徐々に変化し、逃げる様に去っていった。
「大丈夫?」
少女は私に近寄ると優しい口調で尋ねてきた。
小さく頷くとほっとしたような表情になる。
「大変だったね。君の知り合い?」
少女は彼女が逃げた方向をあごで指す。
「……前、クラスが一緒だっただけです。」
折角助けてくれたのに、私はぼそぼそとした声で返すことしか出来なかった。
「気をつけた方がいいよ、あの子、しつこそうだから。」
少女は囁き声で呟いた。
「助けてくれてありがとうございます。」
何とか絞り出した言葉を伝えると少女は「どういたしまして。」と笑顔になる。
太陽みたいだなぁ、とぼんやり思った。
「ところで君、名前は?」
「灯と言います。」
教えると私の名前を何度か呟いてうんうん、と頷く。
「灯ちゃんね、覚えた。あ、ちなみに私は明葉。明るい葉って書いて、アキハだよ。あ、そ・れ・と!敬語は禁止!同級生だもん。」
明葉ちゃんは指をびっと突きつけて言った。
「分かり……、分かった。」
敬語になりそうだったのを何とか堪えてため口で返す。
「あ、あと明葉でいいから。というか、明葉じゃないと嫌。」
次から次へと繰り出される難題に口をパクパクさせている私を見て明葉ちゃ、明葉はにっこりする。
「よろしくね灯ちゃん♪」
この鮮烈な出会いが私と明葉の最初だった。
翌日。
「灯ちゃん、おはよ☆」
学校へと向かっている私に誰かが声をかけてきた。明葉だ。
「おはようござ……おはよう、あ、明葉。」
「むー……、何かよそよそしいなぁ。」
不満そうに唸る明葉。……お願いだから、勘弁して欲しい。
「学校まで一緒に行こ?」
頷くと、やっぱり少し不満そうな表情になる。
「灯ちゃん、私のこと、知らなかったでしょ?」
ぎくりとした。見抜かれていた様だ。
「明葉は何で私のこと知ってたの?」
質問に質問で返してしまった。
「灯ちゃん、席一番前でしょ?よく通るからね。……やっぱりそうかー。」
肩を落として如何にも悲しいと言いたげな明葉。
「うっ、悪かったって。40人もいるから全員は覚えてなくって……。」
「全員は、ってことは覚えている人もいるってことだよね?」
しどろもどろな私の言葉を明葉の一言が切り裂いた。……鋭い。
「いや、えっと……。」
「なんてね♪別にいいけど。……気にしてると思った?」
にやぁ、と意地悪く笑う明葉。
「思ったの!!」
そんなやりとりをしているうちに学校が見えてきた。
「よーし、どっちの方が先に着くか競争しよ?」
言うなり、明葉は走り出す。結構早い。
「ま、待ってー!」
どちらが勝ったかは言うまでもないと思う。
「いやぁ、早いね。負けるかと、思った。」
「たいしたこと、ないよ。」
二人とも汗だくになりながら教室に入る。
友達と一緒に、というのが久しぶりで少しドキドキした。
教室は急いで来たせいか、がらんとしている。
「さーて、私の席は何処でしょーか?」
明葉は先生が立つところで、クイズを出してきた。
「え。明葉のみょうじ分かんないんだけど。」
「それも含めてだよ。さぁ、分かるかなー?」
ちっちっちっと明葉のカウントダウンが鳴り響く。
「え?えーと……。」
「はい、時間になりましたー。答えをどうぞ!」
クイズ番組の司会者よろしく手をマイクにして差し出してくる明葉。
私は適当に窓側の席の一つを指さす。
「合ってる?」
「ブブー、ざんねん!正解は
明背は真ん中の列に来ると前から3番目の席に座る。
「ここでしたー。……っていうか絶対適当だったでしょ?」
彼女の声のトーンが若干下がった。……悪かったって。
「そもそも明葉の前って何?」
彼女が口を開こうとすると生徒が入って来た。
そのあとも続々と入ってきてとてもじゃないが聞けそうにない。
「また後でね!」
そのまま授業の準備を始めたので、私も席に戻ることにした。
1時間目の国語が終わって、明葉は今私の席に来ていた。
「明葉はいいの?」
それだけ訊くと、ん?という顔をされた。
「私以外と仲良くしなくて。」
やばい、明葉の方をまともに見れない。彼女は今どんな顔をしてるのか。
「んー、それって違わない?」
彼女の言葉に今度は私が、ん?となった。
「私はさ、灯ちゃんと話したいから来てるんだよ?それにあれこれ言うのはなんか違うっていうか。」
私は彼女の言葉の意味が分からなかった。……何が違うんだろう?
「とにかく!灯ちゃんは気にしなくていいの!」
本人もどう説明すればいいのか分からないようで強引に言い切った。
「う、うん。分かった。」
私はそれに頷くしかなかった。
「さらしな。」
不意に彼女がぽつりと呟いた。
「へ?」
「私のみょうじ。さらしなっていうの。」
あ、あぁ、そのことか。いきなりだったからさっぱり何か分からなかった。
「変わってるね。まぁ、私もふくざつだけど。」
「かすがいでしょ?」
驚いたことに彼女は一発で当てた。
「え、何で知ってるの?」
「君のこと気になってたから。」
明葉は悪戯っぽい表情をしていて、ホントか嘘か区別がつけられない。
結局、そ、そうなんだ、と頷くことしかできなかった。
その日は明葉と話して1日が終わった。
家族以外とこんなに話したのは何日ぶりだろう。軽く1週間は超えている。
明葉のことはまだよくわからない。けど、悪い子じゃないのではないか、と思った。
分かんない、もしかしたら大外れかもしれない。
それでも仲良くなれそうな子が出来て良かった。
微かな安堵と共に布団に入る。
明葉と仲良くなって数か月が過ぎた。
なのに明葉は今だに私のことを「灯ちゃん」と呼ぶ。
おかしいんじゃないか、というのは前から、…いや最初から思ってた。
ただただ言う機会を逃していただけだ。
そこまで考えて、いや違うと思いなおす。
逃げていただけ。
明葉に断られたくなかったから、怖かったから。
今日言おう。
密かに決心して家を出た。
「おはよ☆灯ちゃん。」
大きな病院の前を通り過ぎた角を左に曲がると明葉が手を振っているのが見えた。
「お、おはよ明葉。」
しまった。緊張して嚙んじゃった。
「どしたの?」
心配そうに尋ねられても何て言ったらいいのか分からない。
「あ、あのさ!」
私が声を張り上げると明葉が黙って見つめてきた。
「え、えっと……。」
次第に恥ずかしくなって声が小さくなる。
「何?」
「や、やっぱりなんでもない。」
駄目だ、言えない。ちゃんづけしなくていいよ、って何で言えないんだろう。
「何か言いたいことあったら言ってね?」
明葉はそれだけ言うとあ、そういえばさ、と次の話題に移ってしまった。
何故だろう、明葉の優しさが痛い。
放課後になってしまった。
タイミングはいくらでも有ったのに。
もう少しで明葉とお別れだ。
「じゃあ、灯ちゃん。またね☆」
あぁ、明葉が行ってしまう。
また言えないのか?
「あのっ!!」
考える前に口が動いていた。
「っ!!……明葉に、言いたいことが、あるの。」
かたことになりながらもなんとか言葉を続ける。
彼女は立ち止まって、こっちを見ていた。
そのまま数秒が経過する。
「私のこと、あ、あ……。」
言葉はそこで止まる。彼女の顔が見続けられなくて下を向く。
「私の事、灯って呼んでほしいの!!」
言った。言っちゃったよ、自分。
えぇい、もう、どうにでもなれ!!
何とか顔を上げると彼女が拗ねた様な表情をしていた。
「……もう少し早く聞きたかったなぁ、その言葉。」
彼女は口の中で何か呟くが声が小さすぎて聞き取れない。
ウェーブのかかったふわふわがくるくるねじれたべっこう飴に見えた。
今の彼女みたいだ。残念そうで、嬉しそうな複雑な模様。
「でも、ごめん、それは聞けないや。灯ちゃんは灯ちゃん呼びの方が可愛いと思うんだよねー。」
ショックだった。
まさか断られるなんて、と思った時に初めて自分が期待していたことに気づく。
「………明葉がそう言うのなら。」
ここに鏡が無くて良かったと思った。
今の自分がどういう顔をしているか想像できたから。
名前の一件が有るからと言って仲が悪くなることはなく、寧ろ会う度に友情は深まっていった…と思う。
今日は明葉の家で遊ぶ予定だ。
今までは外でばかり遊んでいたから、お互いの家に行くのはこれが初めてだった。
「灯ちゃんの家って何人家族?」
学校帰り、二人でいつもの道を歩いているといきなり質問された。
「え…っと、お母さんとお父さん、それに私の3人家族だよ。」
相変わらず灯ちゃん呼びだったけど、私はあまり気にしないことにしていた。
「え!?一人っ子なの?いいなぁー……。」
そこから明葉が彼女の姉について文句を言い始めた。私は姉妹がいるのもいい事じゃないんだな……、なんて思いながら聞く。
明葉の愚痴は私の家に着くまで続いた。
うちから最低限のものだけ持って待たせている明葉と合流し、彼女の家へ。
明葉は駅近くのアパートに住んでいるらしい。
「ただいまー。狭いけどどうぞ―!」
家には誰も居ないようで返事は無く。おじゃましますと言って中に入る。
足を踏み入れるとふわりと花の香りがして、ここが自分の家じゃないと改めて感じた。
部屋はシンプルでよく片付いていて、素敵だ、と思った。ちょっと大人っぽい感じがして、なかなか落ち着かない。
「あれ?どうしたの?立ってないで座りなよ!」
ぽんぽんと隣を叩く。
私が腰掛けると明葉はジュースとお菓子を持って来た。
「何する?」
「明葉が決めて。ここ明葉の家だし。」
私の言葉に明葉はむー、と唸った後にやりと笑う。
「……まずは灯ちゃんのコーディネイトをしてもいい?」
「ふぇ!?」
予想外だった。確かに明葉はおしゃれに興味があると言っていたし、可愛い。
けど、それと私が関わるのは別の問題だ。
「えぇ!?無理無理!!大体私、可愛い恰好似合わないし!」
まぁまぁと連れられるままにクロゼットの前へ。
明葉は、似合うとしたらナチュラル系かな、いや、でも流行りじゃないしなんて独り言を言いながら勝手に服を選び始めた。
十分後。
気が付けば私は緑色のワンピースの中に白い長袖を着て、茶色いベレー帽を被っていた。手にはブレスレットも着けている。
「おー、いいじゃん、可愛い!」
明葉はパチパチと拍手する。
「ちょっと…恥ずかしいよ、こんな格好……。」
「えー、何でー?似合うのにー。」
絶対そんな訳ない!!
「可愛いでしょ?そのウッドブレスレッド。ちょっと形が不揃いで、でもそれが逆におしゃれっていうか。」
当の本人は普段よりも楽しそうだ。
「あとは銀の指輪を着けたら完璧なんだけどねー……持ってないんだー。」
いや、私達の年齢で指輪とか要る!?
「もう、いい!着替える!!」
明葉はえーとか言ってるけど、これ以上は無理、耐えられない!
「いい思い出になると思ったんだけどなー。」
明葉は残念そうだ。
彼女の家に遊びに行っていきなり着替えさせられるとは思わず、強烈に印象に残るのだった…。
「夏祭り?」
明葉の家で遊んでから数日後。お母さんから貰ったチラシは夏祭りについてのお知らせだった。
「そう。今年は灯は誰と行くのかな、と思って。」
「あー……。」
どうするかは考えてはいたのだが、まだ答えは出ていない。
小学校で初めて仲良くなった子と行くのもいいけど、やっぱり明葉かなぁ、なんて思っていた所だ。
そういえば。屋台の出店には子供向けのおもちゃの指輪なんかも売ってたはずだ。
……おもちゃじゃダメかな?
「お母さん、指輪って持ってる?」
「指輪?」
お母さんは何で今指輪の話を?という顔をする。
「うん。本物が偽物とどう違うのかなぁ、と思って。」
「……灯ってアクセサリーとか興味ないよね?明葉ちゃんの影響?」
頷くとそう、と少し嬉しそうな顔をする。
「その店によって違うと思うけど、大体はクオリティーはそこまで高くないね。その代わり安い値段で買えると思うよ。」
なんとなくだが、お母さんは全て察しているのではないか。
「……決めた、お祭り明葉と行く。」
「行くのはいいけど、誘えるの?あんた苦手でしょ?」
うっ、と言葉に詰まる。そう、そうなのだ。名前で呼んでっていうのも苦労したのに誘うなんてできるのか?
「言っとくけど、お母さん、今回は仲立ちしないからね。あんたが自分で誘いなさい。」
退路を断たれた。いざとなっても頼れないのはとっても困る。
それでもやるしかないのだ。まずは誘うこと。難しいけど頑張ろう……。
次の日。何故か明葉はいつもの場所に居なかった。
不思議に思っていると、朝礼の時間になった。
「今日は残念なお知らせが有ります。3年2組の更科明葉さんが転校することになりました。」
ざわざわとする室内。皆、残念そうだった。
「先生、理由とかはおしえてくれないんですかー?」
不意に生徒の一人が手を挙げて言った。
そうだ。私も知りたい。
「先生は知ってるが、本人の口から聞きたいだろう。今日は事情が有って休みだが、最後に明日、学校に来るそうだ。」
その時にでも聞いてみればいい、と締めくくって先生は次の話題へと進んだ。
信じられない。転校なんて一言も聞いてないのに。
昨日の明葉の様子を思い出してみても、特に変わった所は無かったと思う。
……でも、少し笑顔が引きつっていたかもしれない。
話を聞いた後だと、そういえば、と思う箇所が幾つか有った気がする。
灯って呼んでといった際の明葉の表情は明らかに普段と違っていた。
何で気づかなかったんだろう。今更な後悔が降り注いだ。
過ぎた時間は戻らない。
「……ただいま。」
普段通りにただいま、って言おうと思ってたのに声が掠れる。
「おかえり。……何か有ったの?」
今日はお母さんの妙な鋭さがありがたかった。
「実は……。」
話し始めると涙が出てきた。
言葉にしたことで、嫌でも現実なのだと実感してもう、止まらない。
激しく泣きじゃくる私の頭に手のひらがポンとおかれる。
どうして自分に何も言ってくれなかったんだろう。
ひょっとして、私が勝手に期待していたように明葉も期待していたんじゃないだろうか。
申し訳なさとやりきれなさでいっぱいになる。
私はしばらくそのままでいた。
「明日、聞いてみたら?」
お母さんは優しく頭を撫でる。私は黙って頷いた。
先生が言っていた通り、明葉はいつもの場所に立っている。
今日になって初めて、彼女がいつも自分が来るまで待っていたのだということに気づく。
今までは決まって明葉が先に挨拶するので気づかなかった。
彼女の背中が頼りなげに揺れている。
「明葉、おはよう。」
私が後ろから声を掛けると明葉は一瞬ビクッとした。
「わ!おどかさないでよ、灯ちゃん。」
声に元気がない。……一昨日もだったのだろうか。
「先生から聞いたよ。」
「あ、あはは……ごめん。」
彼女は笑みを消し、申し訳なさそうな表情になる。
「……理由を聞いてもいい?」
「ほら、明菜ねぇの悪口言ってたじゃん?……今回も、女優になりたいから、都会に行くって言いだして。」
「そうだったんだ……。」
普段愚痴を言わない明葉が何で?と不思議だったのだが、それで納得がいった。
「灯ちゃん、仲良くしてくれてありがとうね。」
嫌、嫌だよ。明葉とこのまま別れるなんて。
「……その、さ。今度の土曜日、お祭りがあるんだけど一緒に行かない?」
これが最後かもしれない、そう思うと同時に口が勝手に動いていた。
「へ?」
突然の申し出に明葉が目を丸くする。私も自分のしたことに驚いたけど、そんな場合じゃない。
「お祭りって、うちの近くの神社の?」
「そう。……どうかな、やっぱ無理、かな?」
「ありがとう、すっごく嬉しい。……一応お母さんとお父さんに訊いてみるね。」
「うん。」
その日の夜、明葉から一日だけならOKと電話が来た。
思った通り明日には飛行機に乗る予定だが、お祭りの日だけ帰ってきてくれるそうだ。
明葉の家族に感謝して私は通話を終える。
当日、いきなりトラブルが有った。
私はうきうきとした気持ちと寂しい気持ちの両方を抱えたまま、待ち合わせ場所に向かったのだが、いつまで待っても明葉が来ない。
明葉はいつも私を待っていた。遅れるなんてありえない。
嫌な予感がする。……自分は何か勘違いしたんじゃないだろうか?
今日はお祭りでいつもの道が通れないから、明葉の家の近くの自動販売機の前で、という約束だった。
そこまで考えて気づく。……自動販売機はここと彼女の家の裏の2か所に有ると。
私は走って彼女の元へと急ぐ。
居た。時計を見てそわそわとしている。きっと自分を探しているのだ。
「明葉!」
声を掛けると不機嫌そうな表情で明葉がこちらを見る。
「……灯ちゃん、何で約束した時間に来なかったの?」
かかとをトントンとして如何にも怒っているといった感じだ。
「ごめん!待ち合わせ場所を間違ってて…。」
「何で?私ちゃんと言ったよ?神社に近い方の自動販売機の前、って。」
灯ちゃん、反対側に行ったんでしょ、と正確に間違いを言い当てられては返す言葉もない。
「ごめん……。」
「……はぁ。もういいや、行こ。」
楽しみにしていたお祭りはさんざんなスタートを切ることになるのだった。
笹舟祭り(ささぶねまつり)はこの地に伝わる言い伝えが元になって出来たお祭りだ。
昔、一人の女が居て、文字を刻んだ笹の葉を舟にして川に流した。舟は川を渡って向こう側に届き、そこから笹舟による交流が始まったという。
川のそばには水の神様を祀った神社が建っている。村が発展するきっかけを作ってくれたことに感謝してのことらしい、というのが水文神社の始まりだ。
川に笹舟を流す、というのは今でも残り、七夕には笹を飾らず、祭りの日の夕方に笹の葉っぱに果物の汁で願い事を書いて笹船にして流すのが恒例行事となっている。
夕方まではまだ時間があるので、私達は出店を見て回ることにした。
始めは険悪な雰囲気だったけど、時間が経つとその空気は薄れていった。というのも、
「うわー!屋台がたくさん!」
「あっ、あっちにあるの可愛い!!一個買おうかな!!」
明葉が完全にお祭りモードに入っているからだった。
「明葉ってお祭り初めて?」
「ううん、何回か来たことあるよ。お祭りって楽しくてつい浮かれちゃうんだよねー。」
私の質問に答えながらも目はお店を追っている。そんな彼女が可愛くて思わず微笑んでしまった。
「……灯ちゃん、何笑ってるの?」
まだ機嫌が直っていないようでジト目で睨まれた。
「いや、ごめん。明葉が楽しそうで良かったな、と思って。……ほら私のせいで怒らせちゃったし。」
「ほんとだよ、私、30分も待ったんだよ?」
明葉は腰に手を当ててぷんぷんと怒る。
「……でも、ま、過ぎた事ぐだぐだ言っても仕方ないし、許してあげる。……灯ちゃんと遊べるのもこれが最後かもしれないし。」
何処か遠くを見ながら明葉は呟いた。
……そんな悲しいこと言わないでよ、と言いたかったけど、一気にしんみりしそうなのでやめた。
「ありがとう。……ところで明葉の着てる浴衣、可愛いね。」
明葉は鮮やかな山吹色の浴衣を着ていて、赤い金魚の模様が明葉の可愛さをぐっと引き立てている。
「でしょっ?おニューなんだぁ♪髪型もお団子にしたの!」
彼女はその場でくるりと回ってみせる。かんざしがオレンジ色なのは帯に合わせたのだろう。
「灯ちゃんも今日はスカートなんだね、珍しいー!……おしゃれしてきてくれたんだ?」
明葉がおしゃれな服装をして来るのは分かっていたので、私も今日はちょっとだけおめかしして来ている。
お気に入りの水色のTシャツにデニムのスカート。ちなみにファッション用語は彼女から教わった。
「うん、どうだろ、変じゃない?」
「よく似合ってるよ☆」
自信は無かったけど、一応聞いてみると大丈夫そうで一安心する。
「ねぇねぇ、何食べる?私もうおなかペコペコ!」
時計を見ると午前11時。まだお昼には早い。
「あ!たこ焼き一パック買って、半分こしよ!」
何を食べようか考えていたのだろう、あちこち見まわしていた明葉の視線がたこ焼き屋の前で止まった。
なるほど、それ位ならお昼ご飯も入るだろう。私は店員さんにたこ焼きを注文する。
「いただきまーす!」
少し大きめのたこ焼きを齧ると外側が弾けてとろりとした食感が口いっぱいに広がった。
「熱っ!……でもおいしい。」
私が二個目に手を伸ばすと、明葉はまだふーふーしている最中だったらしく、たこ焼きは無傷。
「灯ちゃん、早いね!いいなぁー、私、猫舌なんだよねー……。」
割と時間をかけてたこ焼きを食べ終わると明葉は次なるターゲットを探し始めた。
「ふー、お腹いっぱい……。」
お好み焼き、クレープ、フライドポテト、綿あめ、りんご飴等々……。
私達はありとあらゆるものを食べた。
私は途中でダウンしたけど、明葉はせっかくだからと止まらず、何と全種類の食べ物屋を制覇してしまったのだ。
「食べたら運動、だよね♪よーし、まずは金魚すくいからだー!……あれ?灯ちゃん、どうしたの?」
あれだけの量を食べたのに彼女はけろっとしている。
普段は我慢しているというだけあって、実はかなりの大食いだったようだ。初めて知った。
「……いや、よく食べるな―って。すぐ動けるのもすごいし。」
「……灯ちゃん、もしかして引いてる?引いてるよね?」
彼女はショックを受けたような表情をする。……ごめん、さすがに驚いたよ。
「……もう、ひどいなー。」
明葉は頬を膨らませていじけながらも、金魚すくいの出店に向かう。私もついていった。
「よーし、たくさん取るぞー!」
気合を入れて彼女はポイを握りしめると、早速挑戦。
「あー!破けたぁ……。」
ポイの中に金魚が入り、自分の容器に移そうとしたものの、金魚はバタバタと暴れまわり、逃げてしまう。
「灯ちゃんはこういうの得意?」
明葉の瞳には金魚が欲しいと書いてあったので、仕方なく私もやることとなる。
「いけー!いけー!今だー!!」
彼女の応援にプレッシャーは更に高まったけど、諦める訳にはいかない。
「ぃやったー!!ゲットだぁー!」
ポイが破ける寸前で何とか一匹ゲットできた。
「はい、あげる。」
「え?いいの?」
捕まえた金魚を渡すと彼女は意外そうな顔をする。もともと彼女のために取ったものだ。
「金魚が私より明葉の方がいいって。」
言うと明葉が笑った。……そんなおかしなことを言っただろうか?
「灯ちゃんって、面白いね!」
えっ?なんで?何で?
その後もくじ引きや、射的、輪投げなど、色んな出店を回っていたら夕方になった。
私達は水文神社へと向かう。
「灯ちゃんは願い事何にするの?」
目的地に近づくと、明葉が訊いてくる。
私の願い事はもう決めてるんだ。『引っ越しても明葉と会えますように』
「内緒。明葉は?」
口に出すと願い事がこぼれてしまう気がして、私は言わないことにした。
「秘密♪」
彼女は口元で指を一本立ててぱちりとウインク。
何を願ったんだろうと疑問に思いつつ、ベリーをつぶして作ったインクで願い事を書いて、川へ。
「願い事が叶いますように!」
彼女は少し大きめの声で言いつつ、川に笹舟を流す。
私も心の中で彼女と同じ言葉を唱えて、笹舟をそっと川に載せた。
「明葉、ちょっと先に合流してて。」
空が夕焼け色から紫に変わっていく。
きれいだな、と思いつつ、私は目当ての店へ急いで行き、あるものを購入。
今日はこれから花火大会がある。それまでには戻らなくては。
「明葉、お待たせ!」
「灯ちゃん、何処行ってたの?もうすぐ始まるよ!!」
何とかギリギリで明葉と私達の家族と合流することができた。
場所は学校のすぐそばだ。
以前花火を見たときに帰りに通った道で花火がよく見えたので、そこから見ることにしたのだ。
ヒュー…ドォー―――ン!
派手な音を立てながら空に大輪の花が咲く。
咲いては散ってを繰り返す様子はまさに「夏の桜」といった感じだ。
……って景色に見とれてる場合じゃない。
「うわぁー…、きれいだねぇー……。」
しみじみと花火を見ている明葉の肩をトントンと叩く。
ん?と振り返る彼女の目の前に小さな紙袋を差し出した。
「……灯ちゃん、これは?」
「開けてみて。」
私が答えるより見て貰った方が早いだろう。
彼女は紙袋からラッピングされた包みを取り出し、入り口を止めるためのシールを剥がして中身を取り出す。
「え、これ、指輪?なんか2個入ってるけど。……もしかしてペアリング?」
流石はおしゃれに詳しい明葉だ。私は頷く。
「明葉が前に銀色の指輪が欲しいって言ってたから。本当は同じものを買おうと思ったんだけど、おじさんに『こっちの方がいいよ。』って勧められて。」
「ふーーん……。」
彼女はまじまじと指輪を見る。
「……もしかして、気に入らなかった?」
「そんな訳ないじゃん!灯ちゃんからの初めてのプレゼントだもん。……たださ、ペアリングって、本当は恋人同士で着けるものなんだよ?……多分、知らなかったでしょ?」
勿論。おじさんがお揃いでつけたいならこっちの方がいいよ、って言ってたからその通りにしただけで。
私は自分の顔がかぁ、と熱くなるのを感じた。……どうりで高い訳だ。
明葉を見ると彼女も照れているのか、頬が赤くなっている。
「……その、ありがと。…………せっかくだし、着けてみる?」
「……う、うん。」
私はそっと左手の人差し指に嵌めてみる。ぶかぶかだった。
彼女が小さな声で「あ…、人差し指なんだ……。」って呟いたけど、何かあるのだろうか?
ちなみに彼女は左手の薬指に着けていた。
「…………お揃い、だね。」
「……あのさ、私は東京に引っ越しちゃうけど、忘れないでよね、私のこと。」
少し泣きそうな表情で彼女は言った。
「……最後に一つわがまま言ってもいい?……灯ちゃんじゃなくて、灯って呼んでほしい。」
「…………最後じゃないから、そのお願いは聞けないなぁ。……でも」
彼女は言葉を止めて私を見た。
「次会うときは灯って呼ぶ。約束する。」
私たちはお互い左手で指切りをした。絶対また会おうね、とは言わずに。
だってまた、会えるから。
離れていてもずっと一緒だよ?
周囲に味方が居ない、というのが怖かったのだ。
「灯、まだ友達出来てないのー?」
背後からくすくすという声が聞こえてくる。
私は声の主から逃げるように歩く。
3年生になってすぐクラス替えが有った。
仲良くなった子達と同じクラスになれますようにと初詣で必死に祈ったけど叶わなかった。
仕方なく一人で帰っている所を前のクラスメートに見つかった、という訳だ。
「まーたそうやって逃げるんだー?」
私は耳を塞いで走り出したい衝動に駆られた。
友達が出来ないからなんだというのだ、と言い返したくても、できない。
理解しているからこそ、意地悪く攻めてくるのだ。私はさっと周囲を見回した。助けてくれそうな人はいないか。
「あんたも人のこと言えないんじゃないの?」
え?誰?
振り返って見ると知らない少女だった。
ふわふわした栗色のツインテールにちょっと気の強そうな目。
同じ年の筈なのに幾分大人びて見えるのは言動のせいか。
嬉しさよりもまず何故?という疑問がわく。
面倒ごとに巻き込まれるのなんて嫌じゃないのか。
「はぁ?ちょっと何、あんた。」
いじめっ子の視線が第三者に向く。獲物を取られて怒っている獣のようだった。
「困ってるじゃん、やめなよ。」
少女は臆した風もない。
自分もそれだけ強かったらどんなに良いだろう、と思った。
「あんたには関係ないでしょ?」
「関係あるよ。だって私、その子のクラスメイトだもん。」
さっきまで余裕だったいじめっ子の表情が徐々に変化し、逃げる様に去っていった。
「大丈夫?」
少女は私に近寄ると優しい口調で尋ねてきた。
小さく頷くとほっとしたような表情になる。
「大変だったね。君の知り合い?」
少女は彼女が逃げた方向をあごで指す。
「……前、クラスが一緒だっただけです。」
折角助けてくれたのに、私はぼそぼそとした声で返すことしか出来なかった。
「気をつけた方がいいよ、あの子、しつこそうだから。」
少女は囁き声で呟いた。
「助けてくれてありがとうございます。」
何とか絞り出した言葉を伝えると少女は「どういたしまして。」と笑顔になる。
太陽みたいだなぁ、とぼんやり思った。
「ところで君、名前は?」
「灯と言います。」
教えると私の名前を何度か呟いてうんうん、と頷く。
「灯ちゃんね、覚えた。あ、ちなみに私は明葉。明るい葉って書いて、アキハだよ。あ、そ・れ・と!敬語は禁止!同級生だもん。」
明葉ちゃんは指をびっと突きつけて言った。
「分かり……、分かった。」
敬語になりそうだったのを何とか堪えてため口で返す。
「あ、あと明葉でいいから。というか、明葉じゃないと嫌。」
次から次へと繰り出される難題に口をパクパクさせている私を見て明葉ちゃ、明葉はにっこりする。
「よろしくね灯ちゃん♪」
この鮮烈な出会いが私と明葉の最初だった。
翌日。
「灯ちゃん、おはよ☆」
学校へと向かっている私に誰かが声をかけてきた。明葉だ。
「おはようござ……おはよう、あ、明葉。」
「むー……、何かよそよそしいなぁ。」
不満そうに唸る明葉。……お願いだから、勘弁して欲しい。
「学校まで一緒に行こ?」
頷くと、やっぱり少し不満そうな表情になる。
「灯ちゃん、私のこと、知らなかったでしょ?」
ぎくりとした。見抜かれていた様だ。
「明葉は何で私のこと知ってたの?」
質問に質問で返してしまった。
「灯ちゃん、席一番前でしょ?よく通るからね。……やっぱりそうかー。」
肩を落として如何にも悲しいと言いたげな明葉。
「うっ、悪かったって。40人もいるから全員は覚えてなくって……。」
「全員は、ってことは覚えている人もいるってことだよね?」
しどろもどろな私の言葉を明葉の一言が切り裂いた。……鋭い。
「いや、えっと……。」
「なんてね♪別にいいけど。……気にしてると思った?」
にやぁ、と意地悪く笑う明葉。
「思ったの!!」
そんなやりとりをしているうちに学校が見えてきた。
「よーし、どっちの方が先に着くか競争しよ?」
言うなり、明葉は走り出す。結構早い。
「ま、待ってー!」
どちらが勝ったかは言うまでもないと思う。
「いやぁ、早いね。負けるかと、思った。」
「たいしたこと、ないよ。」
二人とも汗だくになりながら教室に入る。
友達と一緒に、というのが久しぶりで少しドキドキした。
教室は急いで来たせいか、がらんとしている。
「さーて、私の席は何処でしょーか?」
明葉は先生が立つところで、クイズを出してきた。
「え。明葉のみょうじ分かんないんだけど。」
「それも含めてだよ。さぁ、分かるかなー?」
ちっちっちっと明葉のカウントダウンが鳴り響く。
「え?えーと……。」
「はい、時間になりましたー。答えをどうぞ!」
クイズ番組の司会者よろしく手をマイクにして差し出してくる明葉。
私は適当に窓側の席の一つを指さす。
「合ってる?」
「ブブー、ざんねん!正解は
明背は真ん中の列に来ると前から3番目の席に座る。
「ここでしたー。……っていうか絶対適当だったでしょ?」
彼女の声のトーンが若干下がった。……悪かったって。
「そもそも明葉の前って何?」
彼女が口を開こうとすると生徒が入って来た。
そのあとも続々と入ってきてとてもじゃないが聞けそうにない。
「また後でね!」
そのまま授業の準備を始めたので、私も席に戻ることにした。
1時間目の国語が終わって、明葉は今私の席に来ていた。
「明葉はいいの?」
それだけ訊くと、ん?という顔をされた。
「私以外と仲良くしなくて。」
やばい、明葉の方をまともに見れない。彼女は今どんな顔をしてるのか。
「んー、それって違わない?」
彼女の言葉に今度は私が、ん?となった。
「私はさ、灯ちゃんと話したいから来てるんだよ?それにあれこれ言うのはなんか違うっていうか。」
私は彼女の言葉の意味が分からなかった。……何が違うんだろう?
「とにかく!灯ちゃんは気にしなくていいの!」
本人もどう説明すればいいのか分からないようで強引に言い切った。
「う、うん。分かった。」
私はそれに頷くしかなかった。
「さらしな。」
不意に彼女がぽつりと呟いた。
「へ?」
「私のみょうじ。さらしなっていうの。」
あ、あぁ、そのことか。いきなりだったからさっぱり何か分からなかった。
「変わってるね。まぁ、私もふくざつだけど。」
「かすがいでしょ?」
驚いたことに彼女は一発で当てた。
「え、何で知ってるの?」
「君のこと気になってたから。」
明葉は悪戯っぽい表情をしていて、ホントか嘘か区別がつけられない。
結局、そ、そうなんだ、と頷くことしかできなかった。
その日は明葉と話して1日が終わった。
家族以外とこんなに話したのは何日ぶりだろう。軽く1週間は超えている。
明葉のことはまだよくわからない。けど、悪い子じゃないのではないか、と思った。
分かんない、もしかしたら大外れかもしれない。
それでも仲良くなれそうな子が出来て良かった。
微かな安堵と共に布団に入る。
明葉と仲良くなって数か月が過ぎた。
なのに明葉は今だに私のことを「灯ちゃん」と呼ぶ。
おかしいんじゃないか、というのは前から、…いや最初から思ってた。
ただただ言う機会を逃していただけだ。
そこまで考えて、いや違うと思いなおす。
逃げていただけ。
明葉に断られたくなかったから、怖かったから。
今日言おう。
密かに決心して家を出た。
「おはよ☆灯ちゃん。」
大きな病院の前を通り過ぎた角を左に曲がると明葉が手を振っているのが見えた。
「お、おはよ明葉。」
しまった。緊張して嚙んじゃった。
「どしたの?」
心配そうに尋ねられても何て言ったらいいのか分からない。
「あ、あのさ!」
私が声を張り上げると明葉が黙って見つめてきた。
「え、えっと……。」
次第に恥ずかしくなって声が小さくなる。
「何?」
「や、やっぱりなんでもない。」
駄目だ、言えない。ちゃんづけしなくていいよ、って何で言えないんだろう。
「何か言いたいことあったら言ってね?」
明葉はそれだけ言うとあ、そういえばさ、と次の話題に移ってしまった。
何故だろう、明葉の優しさが痛い。
放課後になってしまった。
タイミングはいくらでも有ったのに。
もう少しで明葉とお別れだ。
「じゃあ、灯ちゃん。またね☆」
あぁ、明葉が行ってしまう。
また言えないのか?
「あのっ!!」
考える前に口が動いていた。
「っ!!……明葉に、言いたいことが、あるの。」
かたことになりながらもなんとか言葉を続ける。
彼女は立ち止まって、こっちを見ていた。
そのまま数秒が経過する。
「私のこと、あ、あ……。」
言葉はそこで止まる。彼女の顔が見続けられなくて下を向く。
「私の事、灯って呼んでほしいの!!」
言った。言っちゃったよ、自分。
えぇい、もう、どうにでもなれ!!
何とか顔を上げると彼女が拗ねた様な表情をしていた。
「……もう少し早く聞きたかったなぁ、その言葉。」
彼女は口の中で何か呟くが声が小さすぎて聞き取れない。
ウェーブのかかったふわふわがくるくるねじれたべっこう飴に見えた。
今の彼女みたいだ。残念そうで、嬉しそうな複雑な模様。
「でも、ごめん、それは聞けないや。灯ちゃんは灯ちゃん呼びの方が可愛いと思うんだよねー。」
ショックだった。
まさか断られるなんて、と思った時に初めて自分が期待していたことに気づく。
「………明葉がそう言うのなら。」
ここに鏡が無くて良かったと思った。
今の自分がどういう顔をしているか想像できたから。
名前の一件が有るからと言って仲が悪くなることはなく、寧ろ会う度に友情は深まっていった…と思う。
今日は明葉の家で遊ぶ予定だ。
今までは外でばかり遊んでいたから、お互いの家に行くのはこれが初めてだった。
「灯ちゃんの家って何人家族?」
学校帰り、二人でいつもの道を歩いているといきなり質問された。
「え…っと、お母さんとお父さん、それに私の3人家族だよ。」
相変わらず灯ちゃん呼びだったけど、私はあまり気にしないことにしていた。
「え!?一人っ子なの?いいなぁー……。」
そこから明葉が彼女の姉について文句を言い始めた。私は姉妹がいるのもいい事じゃないんだな……、なんて思いながら聞く。
明葉の愚痴は私の家に着くまで続いた。
うちから最低限のものだけ持って待たせている明葉と合流し、彼女の家へ。
明葉は駅近くのアパートに住んでいるらしい。
「ただいまー。狭いけどどうぞ―!」
家には誰も居ないようで返事は無く。おじゃましますと言って中に入る。
足を踏み入れるとふわりと花の香りがして、ここが自分の家じゃないと改めて感じた。
部屋はシンプルでよく片付いていて、素敵だ、と思った。ちょっと大人っぽい感じがして、なかなか落ち着かない。
「あれ?どうしたの?立ってないで座りなよ!」
ぽんぽんと隣を叩く。
私が腰掛けると明葉はジュースとお菓子を持って来た。
「何する?」
「明葉が決めて。ここ明葉の家だし。」
私の言葉に明葉はむー、と唸った後にやりと笑う。
「……まずは灯ちゃんのコーディネイトをしてもいい?」
「ふぇ!?」
予想外だった。確かに明葉はおしゃれに興味があると言っていたし、可愛い。
けど、それと私が関わるのは別の問題だ。
「えぇ!?無理無理!!大体私、可愛い恰好似合わないし!」
まぁまぁと連れられるままにクロゼットの前へ。
明葉は、似合うとしたらナチュラル系かな、いや、でも流行りじゃないしなんて独り言を言いながら勝手に服を選び始めた。
十分後。
気が付けば私は緑色のワンピースの中に白い長袖を着て、茶色いベレー帽を被っていた。手にはブレスレットも着けている。
「おー、いいじゃん、可愛い!」
明葉はパチパチと拍手する。
「ちょっと…恥ずかしいよ、こんな格好……。」
「えー、何でー?似合うのにー。」
絶対そんな訳ない!!
「可愛いでしょ?そのウッドブレスレッド。ちょっと形が不揃いで、でもそれが逆におしゃれっていうか。」
当の本人は普段よりも楽しそうだ。
「あとは銀の指輪を着けたら完璧なんだけどねー……持ってないんだー。」
いや、私達の年齢で指輪とか要る!?
「もう、いい!着替える!!」
明葉はえーとか言ってるけど、これ以上は無理、耐えられない!
「いい思い出になると思ったんだけどなー。」
明葉は残念そうだ。
彼女の家に遊びに行っていきなり着替えさせられるとは思わず、強烈に印象に残るのだった…。
「夏祭り?」
明葉の家で遊んでから数日後。お母さんから貰ったチラシは夏祭りについてのお知らせだった。
「そう。今年は灯は誰と行くのかな、と思って。」
「あー……。」
どうするかは考えてはいたのだが、まだ答えは出ていない。
小学校で初めて仲良くなった子と行くのもいいけど、やっぱり明葉かなぁ、なんて思っていた所だ。
そういえば。屋台の出店には子供向けのおもちゃの指輪なんかも売ってたはずだ。
……おもちゃじゃダメかな?
「お母さん、指輪って持ってる?」
「指輪?」
お母さんは何で今指輪の話を?という顔をする。
「うん。本物が偽物とどう違うのかなぁ、と思って。」
「……灯ってアクセサリーとか興味ないよね?明葉ちゃんの影響?」
頷くとそう、と少し嬉しそうな顔をする。
「その店によって違うと思うけど、大体はクオリティーはそこまで高くないね。その代わり安い値段で買えると思うよ。」
なんとなくだが、お母さんは全て察しているのではないか。
「……決めた、お祭り明葉と行く。」
「行くのはいいけど、誘えるの?あんた苦手でしょ?」
うっ、と言葉に詰まる。そう、そうなのだ。名前で呼んでっていうのも苦労したのに誘うなんてできるのか?
「言っとくけど、お母さん、今回は仲立ちしないからね。あんたが自分で誘いなさい。」
退路を断たれた。いざとなっても頼れないのはとっても困る。
それでもやるしかないのだ。まずは誘うこと。難しいけど頑張ろう……。
次の日。何故か明葉はいつもの場所に居なかった。
不思議に思っていると、朝礼の時間になった。
「今日は残念なお知らせが有ります。3年2組の更科明葉さんが転校することになりました。」
ざわざわとする室内。皆、残念そうだった。
「先生、理由とかはおしえてくれないんですかー?」
不意に生徒の一人が手を挙げて言った。
そうだ。私も知りたい。
「先生は知ってるが、本人の口から聞きたいだろう。今日は事情が有って休みだが、最後に明日、学校に来るそうだ。」
その時にでも聞いてみればいい、と締めくくって先生は次の話題へと進んだ。
信じられない。転校なんて一言も聞いてないのに。
昨日の明葉の様子を思い出してみても、特に変わった所は無かったと思う。
……でも、少し笑顔が引きつっていたかもしれない。
話を聞いた後だと、そういえば、と思う箇所が幾つか有った気がする。
灯って呼んでといった際の明葉の表情は明らかに普段と違っていた。
何で気づかなかったんだろう。今更な後悔が降り注いだ。
過ぎた時間は戻らない。
「……ただいま。」
普段通りにただいま、って言おうと思ってたのに声が掠れる。
「おかえり。……何か有ったの?」
今日はお母さんの妙な鋭さがありがたかった。
「実は……。」
話し始めると涙が出てきた。
言葉にしたことで、嫌でも現実なのだと実感してもう、止まらない。
激しく泣きじゃくる私の頭に手のひらがポンとおかれる。
どうして自分に何も言ってくれなかったんだろう。
ひょっとして、私が勝手に期待していたように明葉も期待していたんじゃないだろうか。
申し訳なさとやりきれなさでいっぱいになる。
私はしばらくそのままでいた。
「明日、聞いてみたら?」
お母さんは優しく頭を撫でる。私は黙って頷いた。
先生が言っていた通り、明葉はいつもの場所に立っている。
今日になって初めて、彼女がいつも自分が来るまで待っていたのだということに気づく。
今までは決まって明葉が先に挨拶するので気づかなかった。
彼女の背中が頼りなげに揺れている。
「明葉、おはよう。」
私が後ろから声を掛けると明葉は一瞬ビクッとした。
「わ!おどかさないでよ、灯ちゃん。」
声に元気がない。……一昨日もだったのだろうか。
「先生から聞いたよ。」
「あ、あはは……ごめん。」
彼女は笑みを消し、申し訳なさそうな表情になる。
「……理由を聞いてもいい?」
「ほら、明菜ねぇの悪口言ってたじゃん?……今回も、女優になりたいから、都会に行くって言いだして。」
「そうだったんだ……。」
普段愚痴を言わない明葉が何で?と不思議だったのだが、それで納得がいった。
「灯ちゃん、仲良くしてくれてありがとうね。」
嫌、嫌だよ。明葉とこのまま別れるなんて。
「……その、さ。今度の土曜日、お祭りがあるんだけど一緒に行かない?」
これが最後かもしれない、そう思うと同時に口が勝手に動いていた。
「へ?」
突然の申し出に明葉が目を丸くする。私も自分のしたことに驚いたけど、そんな場合じゃない。
「お祭りって、うちの近くの神社の?」
「そう。……どうかな、やっぱ無理、かな?」
「ありがとう、すっごく嬉しい。……一応お母さんとお父さんに訊いてみるね。」
「うん。」
その日の夜、明葉から一日だけならOKと電話が来た。
思った通り明日には飛行機に乗る予定だが、お祭りの日だけ帰ってきてくれるそうだ。
明葉の家族に感謝して私は通話を終える。
当日、いきなりトラブルが有った。
私はうきうきとした気持ちと寂しい気持ちの両方を抱えたまま、待ち合わせ場所に向かったのだが、いつまで待っても明葉が来ない。
明葉はいつも私を待っていた。遅れるなんてありえない。
嫌な予感がする。……自分は何か勘違いしたんじゃないだろうか?
今日はお祭りでいつもの道が通れないから、明葉の家の近くの自動販売機の前で、という約束だった。
そこまで考えて気づく。……自動販売機はここと彼女の家の裏の2か所に有ると。
私は走って彼女の元へと急ぐ。
居た。時計を見てそわそわとしている。きっと自分を探しているのだ。
「明葉!」
声を掛けると不機嫌そうな表情で明葉がこちらを見る。
「……灯ちゃん、何で約束した時間に来なかったの?」
かかとをトントンとして如何にも怒っているといった感じだ。
「ごめん!待ち合わせ場所を間違ってて…。」
「何で?私ちゃんと言ったよ?神社に近い方の自動販売機の前、って。」
灯ちゃん、反対側に行ったんでしょ、と正確に間違いを言い当てられては返す言葉もない。
「ごめん……。」
「……はぁ。もういいや、行こ。」
楽しみにしていたお祭りはさんざんなスタートを切ることになるのだった。
笹舟祭り(ささぶねまつり)はこの地に伝わる言い伝えが元になって出来たお祭りだ。
昔、一人の女が居て、文字を刻んだ笹の葉を舟にして川に流した。舟は川を渡って向こう側に届き、そこから笹舟による交流が始まったという。
川のそばには水の神様を祀った神社が建っている。村が発展するきっかけを作ってくれたことに感謝してのことらしい、というのが水文神社の始まりだ。
川に笹舟を流す、というのは今でも残り、七夕には笹を飾らず、祭りの日の夕方に笹の葉っぱに果物の汁で願い事を書いて笹船にして流すのが恒例行事となっている。
夕方まではまだ時間があるので、私達は出店を見て回ることにした。
始めは険悪な雰囲気だったけど、時間が経つとその空気は薄れていった。というのも、
「うわー!屋台がたくさん!」
「あっ、あっちにあるの可愛い!!一個買おうかな!!」
明葉が完全にお祭りモードに入っているからだった。
「明葉ってお祭り初めて?」
「ううん、何回か来たことあるよ。お祭りって楽しくてつい浮かれちゃうんだよねー。」
私の質問に答えながらも目はお店を追っている。そんな彼女が可愛くて思わず微笑んでしまった。
「……灯ちゃん、何笑ってるの?」
まだ機嫌が直っていないようでジト目で睨まれた。
「いや、ごめん。明葉が楽しそうで良かったな、と思って。……ほら私のせいで怒らせちゃったし。」
「ほんとだよ、私、30分も待ったんだよ?」
明葉は腰に手を当ててぷんぷんと怒る。
「……でも、ま、過ぎた事ぐだぐだ言っても仕方ないし、許してあげる。……灯ちゃんと遊べるのもこれが最後かもしれないし。」
何処か遠くを見ながら明葉は呟いた。
……そんな悲しいこと言わないでよ、と言いたかったけど、一気にしんみりしそうなのでやめた。
「ありがとう。……ところで明葉の着てる浴衣、可愛いね。」
明葉は鮮やかな山吹色の浴衣を着ていて、赤い金魚の模様が明葉の可愛さをぐっと引き立てている。
「でしょっ?おニューなんだぁ♪髪型もお団子にしたの!」
彼女はその場でくるりと回ってみせる。かんざしがオレンジ色なのは帯に合わせたのだろう。
「灯ちゃんも今日はスカートなんだね、珍しいー!……おしゃれしてきてくれたんだ?」
明葉がおしゃれな服装をして来るのは分かっていたので、私も今日はちょっとだけおめかしして来ている。
お気に入りの水色のTシャツにデニムのスカート。ちなみにファッション用語は彼女から教わった。
「うん、どうだろ、変じゃない?」
「よく似合ってるよ☆」
自信は無かったけど、一応聞いてみると大丈夫そうで一安心する。
「ねぇねぇ、何食べる?私もうおなかペコペコ!」
時計を見ると午前11時。まだお昼には早い。
「あ!たこ焼き一パック買って、半分こしよ!」
何を食べようか考えていたのだろう、あちこち見まわしていた明葉の視線がたこ焼き屋の前で止まった。
なるほど、それ位ならお昼ご飯も入るだろう。私は店員さんにたこ焼きを注文する。
「いただきまーす!」
少し大きめのたこ焼きを齧ると外側が弾けてとろりとした食感が口いっぱいに広がった。
「熱っ!……でもおいしい。」
私が二個目に手を伸ばすと、明葉はまだふーふーしている最中だったらしく、たこ焼きは無傷。
「灯ちゃん、早いね!いいなぁー、私、猫舌なんだよねー……。」
割と時間をかけてたこ焼きを食べ終わると明葉は次なるターゲットを探し始めた。
「ふー、お腹いっぱい……。」
お好み焼き、クレープ、フライドポテト、綿あめ、りんご飴等々……。
私達はありとあらゆるものを食べた。
私は途中でダウンしたけど、明葉はせっかくだからと止まらず、何と全種類の食べ物屋を制覇してしまったのだ。
「食べたら運動、だよね♪よーし、まずは金魚すくいからだー!……あれ?灯ちゃん、どうしたの?」
あれだけの量を食べたのに彼女はけろっとしている。
普段は我慢しているというだけあって、実はかなりの大食いだったようだ。初めて知った。
「……いや、よく食べるな―って。すぐ動けるのもすごいし。」
「……灯ちゃん、もしかして引いてる?引いてるよね?」
彼女はショックを受けたような表情をする。……ごめん、さすがに驚いたよ。
「……もう、ひどいなー。」
明葉は頬を膨らませていじけながらも、金魚すくいの出店に向かう。私もついていった。
「よーし、たくさん取るぞー!」
気合を入れて彼女はポイを握りしめると、早速挑戦。
「あー!破けたぁ……。」
ポイの中に金魚が入り、自分の容器に移そうとしたものの、金魚はバタバタと暴れまわり、逃げてしまう。
「灯ちゃんはこういうの得意?」
明葉の瞳には金魚が欲しいと書いてあったので、仕方なく私もやることとなる。
「いけー!いけー!今だー!!」
彼女の応援にプレッシャーは更に高まったけど、諦める訳にはいかない。
「ぃやったー!!ゲットだぁー!」
ポイが破ける寸前で何とか一匹ゲットできた。
「はい、あげる。」
「え?いいの?」
捕まえた金魚を渡すと彼女は意外そうな顔をする。もともと彼女のために取ったものだ。
「金魚が私より明葉の方がいいって。」
言うと明葉が笑った。……そんなおかしなことを言っただろうか?
「灯ちゃんって、面白いね!」
えっ?なんで?何で?
その後もくじ引きや、射的、輪投げなど、色んな出店を回っていたら夕方になった。
私達は水文神社へと向かう。
「灯ちゃんは願い事何にするの?」
目的地に近づくと、明葉が訊いてくる。
私の願い事はもう決めてるんだ。『引っ越しても明葉と会えますように』
「内緒。明葉は?」
口に出すと願い事がこぼれてしまう気がして、私は言わないことにした。
「秘密♪」
彼女は口元で指を一本立ててぱちりとウインク。
何を願ったんだろうと疑問に思いつつ、ベリーをつぶして作ったインクで願い事を書いて、川へ。
「願い事が叶いますように!」
彼女は少し大きめの声で言いつつ、川に笹舟を流す。
私も心の中で彼女と同じ言葉を唱えて、笹舟をそっと川に載せた。
「明葉、ちょっと先に合流してて。」
空が夕焼け色から紫に変わっていく。
きれいだな、と思いつつ、私は目当ての店へ急いで行き、あるものを購入。
今日はこれから花火大会がある。それまでには戻らなくては。
「明葉、お待たせ!」
「灯ちゃん、何処行ってたの?もうすぐ始まるよ!!」
何とかギリギリで明葉と私達の家族と合流することができた。
場所は学校のすぐそばだ。
以前花火を見たときに帰りに通った道で花火がよく見えたので、そこから見ることにしたのだ。
ヒュー…ドォー―――ン!
派手な音を立てながら空に大輪の花が咲く。
咲いては散ってを繰り返す様子はまさに「夏の桜」といった感じだ。
……って景色に見とれてる場合じゃない。
「うわぁー…、きれいだねぇー……。」
しみじみと花火を見ている明葉の肩をトントンと叩く。
ん?と振り返る彼女の目の前に小さな紙袋を差し出した。
「……灯ちゃん、これは?」
「開けてみて。」
私が答えるより見て貰った方が早いだろう。
彼女は紙袋からラッピングされた包みを取り出し、入り口を止めるためのシールを剥がして中身を取り出す。
「え、これ、指輪?なんか2個入ってるけど。……もしかしてペアリング?」
流石はおしゃれに詳しい明葉だ。私は頷く。
「明葉が前に銀色の指輪が欲しいって言ってたから。本当は同じものを買おうと思ったんだけど、おじさんに『こっちの方がいいよ。』って勧められて。」
「ふーーん……。」
彼女はまじまじと指輪を見る。
「……もしかして、気に入らなかった?」
「そんな訳ないじゃん!灯ちゃんからの初めてのプレゼントだもん。……たださ、ペアリングって、本当は恋人同士で着けるものなんだよ?……多分、知らなかったでしょ?」
勿論。おじさんがお揃いでつけたいならこっちの方がいいよ、って言ってたからその通りにしただけで。
私は自分の顔がかぁ、と熱くなるのを感じた。……どうりで高い訳だ。
明葉を見ると彼女も照れているのか、頬が赤くなっている。
「……その、ありがと。…………せっかくだし、着けてみる?」
「……う、うん。」
私はそっと左手の人差し指に嵌めてみる。ぶかぶかだった。
彼女が小さな声で「あ…、人差し指なんだ……。」って呟いたけど、何かあるのだろうか?
ちなみに彼女は左手の薬指に着けていた。
「…………お揃い、だね。」
「……あのさ、私は東京に引っ越しちゃうけど、忘れないでよね、私のこと。」
少し泣きそうな表情で彼女は言った。
「……最後に一つわがまま言ってもいい?……灯ちゃんじゃなくて、灯って呼んでほしい。」
「…………最後じゃないから、そのお願いは聞けないなぁ。……でも」
彼女は言葉を止めて私を見た。
「次会うときは灯って呼ぶ。約束する。」
私たちはお互い左手で指切りをした。絶対また会おうね、とは言わずに。
だってまた、会えるから。
離れていてもずっと一緒だよ?
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