月末世紀末

蒼緒

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月末世紀末

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   『今週の日曜日に世界がリセットされます。』

テレビのアナウンサーはそういった。僕は朝食を食べて、父親は仕事の準備をしていた。

「良かったわぁ。スーパーの野菜が品薄だったのよ。」

母親は安心したようにサプリメントを飲んでいた。

 

80年前に人口が急増加し始めた。世界中の農耕地は均されて住宅地となり家が建つ。それで技術の進歩によって開発されて食物の生産スピードは格段に早まり、生産数も増加したが60年前からそれもままならなくなるほどになってしまっていた。100年前であれば2年は持った食料を人類は1ヶ月で消費してしまう。

100年前に言われた『食品ロス』なんて言葉は今にしてみれば食べ物が余っている、羨ましいくらいだ。そんな頃に地球がリセットを始めた。約1ヶ月の周期で僕達はそのままに世界がリセットされる。世界が一旦滅亡してからまた急速に現代まで時代を重ねているという学者もいる。 

でも辻褄が合わないところが数多くあるからその説は否定されていた。

例えば伐採された木は元へ戻り、生産された食物、動物がリセットされて皆に行き渡るように供給されるが、前回のリセットより後に新しく建てた家が消えることは無いし僕達も歳をとる。何がどうなっているのかは誰も仕組みを知らないし解明されていない。何故ならばリセットされる瞬間を誰も知らないから。例え見たとしても記憶に残らないらしい。

 

「アキ、学校行くぞ。」

扉を開けてリビングに顔を出したのは幼なじみのナツ。「秋」と「夏」を見たことがないナツお母さんとうちの母親がその季節に憧れて僕達にそんな名前をつけた。

「あら、ナツくんいらっしゃい。今まだアキはご飯食べてるわよ。」

 

「おはようございます。……アキは寝起きほんと悪いんだよなぁ。」

ぼーっとしながらご飯を口に運ぶ僕を見てナツがそういう。僕だって好きでこんなに無気力な訳じゃないんだ。

 

ばあちゃん達の世代が30歳になる時にリセットが始まった。最初は二月の「雪」というものが降る時期に最初のリセットがされた。 

その後段々と徐々にずれていって孫の僕らが高校生になる頃には四月が繰り返されるようになった。満開の桜が咲き誇り、散って、葉桜になってまた咲き誇る。幾度となく見た光景で飽き飽きしている。 

100年前の人達なら喜んだかもしれない。教科書で見た花見をする人々、っていう資料があったから。一定期間自粛しろって言われてた時期もあったらしいけどね。

 

「アキほら早く支度しろって。リセット前にやることあるだろ?」

 

「今してるじゃん……。はい終わった行こう。」

 

家を出る時に行ってきます。と母親に声をかけナツと並んで歩く。ナツは180cmに対して僕は四捨五入で170cm。僕は平均ぐらいなのにナツの身長が異様に高いから僕は小さく見られがちだ。男のプライドがズタズタだぜ。けどこうやって近くでナツを見上げられるのは僕だけの特権だ。

 

「今回のリセット遅かったよな。」

ナツは小難しい顔をして言った。

 

「うん。テレビでは遠くの国ではもう数週間前から食べ物がないらしいね。」

 

勿論寿命で死んだ人は生き返らないけど餓死とかで死んだ人は生き返る、らしい。それでも相当辛いだろうな。

 

「まだこの国は食料が無くならない時にリセット起こって良かったよ。そしたら温室の野やつ全部引っこ抜かなきゃだし家畜も解体しなくちゃだったな。」

 

「うん。そうだね。」

そしたら大変だった。授業は全部潰れるし服は汚れる。

 

 

 

僕らは「死」というものを全く恐怖していない。

 

 

 

学校について教室へ行く。僕らは同じクラスで席も前後だからずっと喋ってる。ナツが突然変な提案をしてきた。

 

「日曜のリセットの日に崖から飛び降りてリセットジャンプしねぇか?」

 

リセットジャンプとは今若者の間で流行っているらしい。何度もリセットされる0:00にジャンプすることらしい。ジャンプする直前までの記憶はあるがその後の記憶は全て無くてそのジャンプした場所で寝転がって朝を迎えているそうだ。それになんの意味があるのか僕には到底理解出来ないことにナツが誘ってくる。

 

「嫌だよ。そんなの無意味だ。」

 

「無意味とか言うより楽しもうぜ。多分誰もやったことない。俺らは寿命以外で死なねーんだぜ?」

 

無意味に無感動にひたすらに同じ季節を日々を紡ぐ僕ら。……楽しんでもいいのかもしれない。ある決意をしてそれを了承した。

 

「やった!じゃあ一緒にあの山の崖に行こうな!」

 

嬉しそうに笑うナツ。その顔を見ただけで心が踊る。

人生最高の日になるかもしれない。 

 

女子と話しているのを見ても人生最高の日を考えてたらそれもどうでも良くなった。

 

 

 

日曜日の夜11時48分。僕達は崖のふちに座っていた。

 

「もうちょいだな。」

 

ワクワクしているナツ。斜め下から見える景色を、何度も何度も何度も見たその景色それをただ目に焼きつけた。

 

「おっ、そろそろだな。」

腕の時計を見るともうすぐ12時を指す所だった。

ナツと手を繋ぐ。ナツの手か僕の手か分からないけど暑く火照り汗で湿っていて互いに緊張しているのがよく分かる。

 

「3.2.1……」

 

顔を合わせて微笑み2人同時に中へ身を投げ出す。

 

落ちる。届かない星空が遠くなる。  

 

涙の粒が空へ舞い上がる。

 

手を繋いだ先の愛おしい人の頭を僕は胸に抱き込んだ 。風の抵抗で難しかったけど何とか。愛おしい人の腕の中がよかったな。

 

そして僕はナツに囁く。

 

 

 

「ーーーー、ーーーーーー」

 

遠くで秘めた赤が爆発した。

 

 

瞬間全身に衝撃が走り何かが潰れる音がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目を覚ましたら崖の下ではなく白いベッドの上にいた。

 

「……おぉ、起きたね。河上 夏くん、で合ってるよね?記憶の混濁は無いかな?リセット前のこと覚えてる?今検査するからちょっとまっててね。」

 

ツンと消毒の匂いが鼻についた。状況が分からずに周りを見ると隣のベッドに秋が寝ていた。無事ジャンプ出来たみたいでほっとする。でも秋には俺みたいに点滴もついてないし脈を図る機械みたいなのもない。俺はどうしたんだ?秋は俺より早く起きて暇していたのか?

 

さっきの医者みたいな人が入ってきて問診みたいなのをされる。終わってずっと聞きたかった事を尋ねた。

 

「あの、秋はいつ起きたんですか?」  

 

医者は苦痛に歪んだような顔をした。

 

「三上秋くんは死んだよ。」

 

は?寿命以外で俺らは死なないんじゃ?

 

「君らは崖から飛び降りてリセットジャンプを試みた。しかし秋くんは頭から落ちて死んでしまったけど秋が胸に君の頭を抱えて全身で守ってくれたおかげでほぼ無傷。リセットの衝撃気を失っていただけみたいだね。」

 

「で、でもっ!俺らは寿命以外で死なないんじゃ!?」

 

医者は嫌なくらい冷静な顔で俺に告げる

 

「自殺は自分で自分の寿命を定める行為とされている。即ち自死した秋くんは自分で選んだ寿命を迎えたただそれだけだよ。」

 

秋の死体は綺麗で生きている時と全く変わらなくてでも、胸に耳を当てても鼓動は聞こえず、大きな目が開くことも見上げることも無く、小さな口で理屈を言うこともない完全な死。 

 

何も言えない俺に医者はなお現実を突きつける。

 

「秋の死体は徐々に腐っていくけどリセットが起こればまたこの姿になるよ。生命活動はないのにリセットの効果だけは死体にも有用らしいね。リセットでまた生き返れば良かったのかもしれないけどそれはどうしても無理なんだよね。」

 

人間はね死んだら生き返らないんだよ。

 

医者は気の毒そうに、阿呆な事をした若者を馬鹿にしたように病室を出ていった。

 

知っていたのだろうな秋は。秋の頬に幾粒もの雫が落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「さよなら、あいしてたよ」

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