俺の秘書に手を出すな

うさきち

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俺の秘書に手を出すな11

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 咲がマンションの中へと入って行ったのを見届けてから、俺は自宅マンションへ帰って来た。
 冷蔵庫から今度こそビールを取り出し、リビングのソファへ体を投げ出す。
 ビールを一気に半分ほど飲み干すと、シャツのポケットからスマホを取り出し、父親に電話をかける。スリーコール目で父親の不機嫌そうな声が電話口に出た。
『……なんだ? 和希。こんな夜遅くに』
「もう寝てた?」
 リビングにかかる時計を見ると深夜一時を回っている。
『寝てはいないが、父さんは今忙しいんだ。昼間、咲くんと対局して敗れた手をだな……』
 どうやら父親は将棋の盤に向かっているらしい。
「その咲のことで聞きたいことがあるんだよ。父さん、咲に昔会ったことあるようなこと言ってただろ? 咲は否定してたけど。本当のところはどうなんだ?」
 俺はずっとそのことが気にかかっていた。
『ああ。咲くんがまだ十歳くらいの頃に一度会ったことがある。昔からものすごくかわいらしかったからよく憶えている。咲くんの方が否定したのはただ単に憶えていなかっただけかもしれないけど……』
 父親の言い方には何か含みがあった。
「本当は憶えていたけど忘れたふりをしていたとか?」
『うーん。そうだな。あんまり昔のことは聞かれたくないんじゃないかなって思ってな』
「なんで?」
『咲くんと会ったのは確かなにかのパーティで。あの子は志水グループの嫡子だった』
「は? 嘘だろ? なんで志水グループの跡取り息子が俺の秘書なんかやってんだよ?」
『いろいろ事情があるんだろうよ。だから私もあえてあれ以上突っ込まなかったんだ』
「…………」

 志水グループと言えば、うちの会社と同程度の大手会社である。
 本来なら咲はそこの幹部として働き、いずれ会社を継ぐべく人物であったはずだ。
『志水グループの今の社長は咲くんの妹の旦那で婿養子だ。ずいぶん年上の旦那でね。いろいろ噂されてるよ。でき婚で、強引に結婚して今の社長の座を得たとかね。まあ、当たらずとも遠からずという感じだと私も思うよ』
「いったい幾つなんだよ?」
『四十三歳。ちなみに咲くんの妹が二十一』
「どうして咲は跡を継がなかったんだろう?」
『咲くんとご両親の折り合いが悪いっていうのは聞いたことあるけれどな。それも噂に過ぎない。よそ様の家にはよそ様の家の事情があるんだ。あんまり深く詮索するのはやめなさい。咲くんはそのことに触れて欲しくなさそうだし』
 父親が諭すように言って来るのを遮って、聞いてみた。

「父さん。咲って、どんな子供だった?」

 生まれつき咲は表情に乏しかったのか。
 それとも、何か理由があるのか。

『……どんなって。そうだな。無邪気でよく笑う子だったよ。少なくとも今みたいなあんな取ってつけたような笑顔を見せる子じゃなかった』
「気づいてたんだ。父さん。咲の作り笑顔に」
『当たり前だ。言っとくが母さんも気づいてたぞ。伊達に長く生きていないんだ、それぐらい見破れなくてどうする。ただな、和希、さっきも言った通り咲くんには咲くんの事情があるんだ。おまえがいくら咲くんの上司だからと言って、土足で彼の心に踏み込む権利はないぞ。そのことだけは肝に銘じておきなさい』
「……分かってるよ」
 父親との電話を切ると、急に部屋に静けさが落ちて来る。

 無邪気でよく笑う子だった、か。
 じゃいったい、いつから、どうして咲はあんなふうになってしまったんだろう? 
 咲の過去に何があった?

 静寂の中、咲のことばかりを考えている自分に気が付く。
 それに、あいつのうなじにキスまでしてしまって。

「あー、まさか俺、あいつのこと好きとか?」

 戯れに呟いてみると、その言葉は思いのほか心臓に来た。

 いやいやいや。男同士だぞ。
 いくら超がつくほど綺麗だからと言っても、それはないだろ。
 確かに俺は咲に魅了されている。
 だからこそ大勢の中から彼を秘書に選んだのだし、いろいろ彼のことを知りたいとも思っている。
 でも、それは決して恋心とかそんな類のものではないはずだ。
 例え、咲のことを考えるとなんとなく切なくなっても。触れたうなじのなめらかな感触が忘れられなくてもう一度、触れたいとか思っていても。

 相手は同性。俺にそっちの趣味はない……。
 ……ああ、自分で自分が分からなくなって来た。

 俺は深夜の自分の部屋で一人悩みあぐねたのだった。

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