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一章:特異な二人の出会い
一章 3話-1
しおりを挟むレオンハルトの住む藍玉宮の貴賓応接間では、突然息子を転移魔法で連れ去られた挙句、一時間以上も待たされたアクセラーダ公爵であるグラヴィスが、不機嫌を露わにしていた。
愛息がやっと戻ってきたとほっとしたのも束の間、ルヴィウスは父親であるグラヴィスの隣ではなく、今日会ったばかりの“小僧”の隣に座ったのだ。
しかも、指を絡めて恋人つなぎをしている。
―――父はそんなふしだらなことを教えた覚えはないぞ! これはどういうことか説明求むっ!
と、無言の圧を掛けているが、ルヴィウスは縮こまり、レオンハルトは柔らかく王子様スマイルを浮かべるばかり。
ここはひとつ、大人がしっかりと言い聞かせるべきだろう。いや、しかし、まずはルヴィウスに外れてしまった腕輪をつける必要がある。
魔力や魔道具の扱いに優れた親類が作ったこの腕輪は、数カ月に一度だけ許しているたった数時間の外出に必要なルヴィウスの“お守り”だ。外れてしまったままでは不安で仕方ないに違いない。
こほん、とわざとらしい咳払いをしたあと、グラヴィスはまずは形ばかりでも謝罪から入ることにした。
「殿下、ルヴィウスをたいへん気遣ってくださったとお聞きました。お手を煩わせてしまい申し訳ございません」
「構わん。むしろ役得だった」
十歳の子供の不遜な態度に、イーリスは「あら」と口元に扇を広げ、グラヴィスはかろうじて微笑んでいるものの、こめかみには青筋が立っているようにも見える。
「ルヴィウス、こちらへ来なさい」
大人げない態度はよくない、と気を取り直し、グラヴィスは腕輪を見せた。
「噴水に落ちた時、腕輪が外れてしまっただろう? もう一度つけるから―――」
「必要ない」
グラヴィスの言葉を一刀両断したのは、もちろんレオンハルトだ。
「どういうことでしょうか、殿下」
心なしか、室内の気温が下がる。が、そんなことに気を留めることもなく、レオンハルトは「ランプをここへ」と、侍女にキャビネットの上にあったランプをテーブルへと持ってこさせた。スイッチを押すと、押したものの魔力に反応して中の回路が繋がり、魔石に蓄積された魔力で灯りが点く仕組みの魔道具だ。
「ルヴィウス、スイッチを押してみろ」
「え……」
ルヴィウスは戸惑うしかない。当然だ。普通の人には使える魔道具も、魔力を吸収してしまう体質のルヴィウスには使えないのだから。
「殿下……、なにを為さりたいのか分かりかねます……。ランプなら私が―――」
「大丈夫だ」
グラヴィスの言葉を遮って、レオンハルトは繋いでいたルヴィウスの手をきゅっと握りしめる。大丈夫。そう言い聞かせるように、ルヴィウスの銀月色の瞳を真っ直ぐに見つめ、頷いてみせた。
ルヴィウスは、こくっ、と息をのんでから、少し震える指先をランプのスイッチに伸ばした。小さな指が触れた瞬間、ふわっ、と明かりが灯る。
これに驚いたのはグラヴィスだ。貴族然とした表情が抜け落ち、茫然としている。
レオンハルトは、これ以上の話を他の者に聞かせるのは良くないと判断し、イーリスに目を向けた。
「母上、俺の婚約について、四人だけでお話したいのですが、可能でしょうか」
息子の言わんとすること酌んだイーリスは、右手をすっと上げる。それを合図に、侍女も護衛騎士も部屋から下がった。無論、公爵家側の侍従や護衛騎士もだ。
扉が閉まったことを確認したレオンハルトは、音と遮断を意味する古代語を呟いた。たちまち、室内は静寂に包まれる。
遮音魔法だ。グラヴィスは内心驚いた。魔法省に身を置く上級魔法使いならともかく、子供が使う魔法ではない。しかも、魔法を補助する魔術陣や杖を使っていないばかりか、術の展開が早く、薄い膜が一枚そこにあるかのような美しさと無駄のなさだ。イーリスに“下の息子は魔法の天才だ”と聞いていたが、想像を超えるものがある。
「遮音魔法まで展開するなんて、少し警戒しすぎではないかしら」
「いいえ、母上。まだ誰にも聞かれたくないのです。俺とルヴィウスにとって大事なことですから。もちろん、公爵のためでもあります」
言い終えたレオンハルトはグラヴィスへ改めて向き直った。
固唾を飲んでいたグラヴィスの右眉が上がる。自分のため、とはどういうことか。それはすぐに判明した。
「ルヴィウスと魔力交換をした」
「はぁぁっ!!??」
勢いよく立ち上がると同時に叫んだのは、当然グラヴィスだ。
イーリスは我が子から伝えられた事実に眉根を寄せ、ルヴィウスは父親の大声に体を震わせてレオンハルトにしがみついた。あまりの剣幕に驚いたようだ。
レオンハルトは、だから公爵のためだと言ったじゃないか、と言葉にせずにほくそ笑む。
―――これは面白そうだ。少しからかってやろうか。
レオンハルトの中の悪戯な小悪魔が顔を出す。
「ルヴィウス、大きな声にびっくりしたな」
レオンハルトは見せつけるかのように、ルヴィウスの目じりにキスをした。
「やめろっ! ルヴィもそんな手の早いクソガキにしがみつくんじゃないっ!」
「落ち着け、公爵」
「落ち着いていられるかっ!」
「ルヴィウスが愛らしくて、つい」
「つい、ではないっ! 物事には順序があると習わなかったかっ?」
「責任はとる」
「そういう問題ではないわっ!」
「義父と呼んだほうがいいだろうか」
「いいわけあるかっ、このクソガキがっ!」
「ちなみに最後まではしていない」
「当たり前だっ! お前は自分の歳を理解しているかっ!?」
「十だ。ルヴィウスの一つ上だな。正確には半年程度しか違わないか。ルヴィウスが六月二五日で俺が十二月一五日産まれだからな」
会話が成り立たないことにグラヴィスは崩れ落ちた。
王族に向かって怒鳴り散らし、悪態をついているが、幸いなことに“クソガキ”のおかげで報告の義務がある者に聞かれていないため、不敬は問われない。確かに私のためでもある遮音魔法のようだ、と気づかされたが、一杯食わされているような気がする……。しかし、公爵として、そしてルヴィウスの父として、言うことは言わねばならない。が、レオンハルトには何を言ってもこれっぽっちも響かないようだ。
「グラヴィス、しっかりしてちょうだい」
イーリスはグラヴィスに励ましの言葉を掛けつつ、母の顔でレオンハルトに向き直った。
「レオンハルト、どういうことかきっちり説明なさい。事によっては、二度と公子と会わせませんよ」
さすが、母親である。今のレオンハルトにとっての一番の弱点を的確に突いてきた。これにはレオンハルトも白旗を上げるしかない。と、思われたのだが、彼は不遜とも思える笑みを浮かべていた。
「一昨日、魔の森に討伐に行きました」
「なんですってっ?」
今度はイーリスが声を上げる番だった。
「そんな報告は受けていないわっ! だいたい、一昨日は家族全員一緒に昼食を摂ったでしょうっ! どういうことなのっ?」
「長距離転移魔法が出来るようになったので、ちょっと散歩に。面白かったですよ」
「面白いで済むことではないのよ! 転移魔法は一歩間違えたら世界の果てまで飛ばされることだってあるのっ!」
「世界の果てに飛ばされても帰ってこられる自信はありますよ」
「そういうことではないのよ……っ、そういうことでは……っ!!」
イーリスは額に手を当て、ふらり、とソファに倒れこんだ。今度はグラヴィスが「大丈夫か」と声を掛ける番である。
権力の最上位にいる大人二人を言い負かすレオンハルトに、ルヴィウスは憧憬の目を向けた。
「とりあえず、きちんと説明します。お二人とも、お座りください。あ、お茶を淹れなおしましょうか? 俺、けっこう上手に淹れられますよ」
わずか十歳の子供に翻弄されるのはどうかと思う。そう情けなさを感じながら、イーリスとグラヴィスは「お茶はいらないわ」「説明を頼む」と居住まいを正した。それを受けて、レオンハルトは順を追い、しかし話が通るように一部を伏せたままで説明した。
見つけた文献と記録から、魔力が多い者と、魔力を吸収してしまう者が稀に存在するということが分かったこと。水に落ちたルヴィウスを助けた拍子に、自分の魔力をルヴィウスが吸収したことに気づき、仮説を立てたこと。実際に確かめた結果、互いを補いあえることが分かったという事実。
ただし、どういう症例名が付けられていたか、過去にどんな扱いを受けていたか、魔力過多症の体内で生産した魔力に限り吸収症の発症者の体内に留まる可能性がある、という部分、そして文献を見つけた場所が禁書庫であることは、伏せるしかなかった。なぜなら、記録を記した禁書の内容には、制約魔法が掛かっているからだ。
「そういうわけでルヴィウスと魔力交換を行ったわけですが、結果は御覧の通りです」
そう言い、レオンハルトはランプを示した。
「俺の魔力は魔力交換によりルヴィウスへ与えることが可能ということです」
実際には、譲渡でも受け渡せないことはない。が、黙って置くことにした。
「それって……、どういうことですか……?」
期待を確信に変えたくて、ルヴィウスは震えた声で訪ねた。
「つまり、ルヴィウスはこれから先、俺がいる限り、普通の生活を送ることができるということだよ」
ルヴィウスを見つめて答えると、彼の瞳からぽろりと透明な涙が零れ落ちた。
レオンハルトはその涙を「また泣くの?」とそっと拭う。
ふとグラヴィスに目を向けると、彼の瞳も揺れていた。普通を諦めなければいけなかった愛する息子に、希望が訪れたのだ。親として嬉しくないはずがない。
「ルヴィウス、公爵に抱き着いてみたくないか?」
いたずら好きの顔でそう言うレオンハルトの言葉に、ルヴィウスは、ぱちぱちと瞬きする。
レオンハルトがグラヴィスの様子をそっと伺うと、意味を理解しているようで、どことなく浮ついていた。
レオンハルトはルヴィウスの手を引いてグラヴィスの傍へと連れてくると、後ろへ回り小さな両肩に手を置いた。
「ルヴィウス、君の体内はいま、俺の魔力で満たされている。もう誰の魔力も奪わない。父親に思いっきり抱き着いていいんだよ」
レオンハルトの言葉を受け、グラヴィスは、床に片膝をつき、「おいで」と両腕を広げた。けれど、ルヴィウスの足は固まってしまって動かない。
今まで、両親や姉は何度か自分を抱きしめてくれた。でも、物心つく頃には自分を抱きしめるたびに調子を悪くする家族に申し訳なくて、そんな自分の存在が恐ろしくて、いつしか何も望まないようにすることが、日々を平穏にすごす唯一の手立てになった。
「大丈夫だよ、ルヴィウス」
とん、と背中を押された。目の前にいる父親が、手を伸ばして抱き寄せてくれる。しっかりと、ぎゅうっ、と抱き留められたルヴィウスは、何年かぶりに懐かしい父親の温もりと匂いを手に入れた。
「ち、ちうえ……っ」
ぽろり、とまた涙が零れる。
「ちちうえぇ~……っ!」
泣きながらしがみついてくるわが子の小さな体をしっかりと抱き留め、グラヴィスは一筋の涙を流した。
「ルヴィウス……、ルヴィ……っ、あぁ、こんな日が来るなんて……っ、ありがとう……っ、ありがとうございます、殿下……」
喜んでくれてよかった。そう思いながら、どこか気恥ずかしさを感じて二人から視線を外すと、イーリスと目が合った。
イーリスの目も潤んでいる。その口元が「ありがとう」と動いた。レオンハルトの父と母、アクセラーダ公爵と公爵夫人は特に仲の良かった学友だと聞いた。きっと、大切な友人の最大の憂いがなくなったことを喜んでくれているのだろう。
―――あとでまたルヴィウスの目元に治癒魔法をかけてやらなくては。
そう思いながら、レオンハルトは先ほどまで座っていたソファへ戻り、すっかり冷めてしまった紅茶を一口飲んだ。
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