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一章:特異な二人の出会い
一章 4話-2
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「そう言えば、今朝は変な感じだったな」
何か夢を見ていたような気がするが、内容は全く覚えていない。どこか懐かしくて、少しもの寂しさがあったような気がする。
しばし考え込んだレオンハルトだったが、まぁ夢などそんなものか、と再び歩き始めた。
林を奥へ、奥へと進むと、古びて苔が生え、ところどころ蔦が巻き付いた石造りの祠が現れる。大人が両手を上下左右に広げても余裕があるほどの大きさだ。
祠には両開きの扉が付いていて、誰が掛けたのか、古い、古い、神代の時代の結界が張られている。そしてそれは、レオンハルトが近づくだけで、解除されるのだ。
祠の石の扉がゆっくりと開いていく。周囲の空気が、中へと吸い込まれる。それに反応したかのように、魔道具のランプが灯り、それは階段を下へ、下へと進んでいく。
「相変わらず意味不明な仕掛けだな」
そう一人ごちて、中に足を踏み入れた。
灯りはあるものの、昼間の林に比べたら夜の闇を進むかのように薄暗い。足元に気を付けながら階段を下りていくと、待っていたと言わんばかりに、いくつもの灯りが揺らめき始める。
階段を降り切った先、そこにレオンハルトの目的地がある。重厚な扉の前に、幾重にも張り巡らされた古代魔法の魔術陣。それが美しく煌めいてレオンハルトを出迎えた。
古代魔法。それは現在では失われたに等しい魔法だ。唱える呪文も、魔術陣も、術式の文字も、魔力の扱い方も似て非なるもの。広大なこの大陸の中で、それを正しく扱える者はいない。たった一人、規格外の魔力と魔法の才を持つ、ヴィクトリア王国の第二王子以外は。
煌めく魔術陣に向かい、自分の魔力を流す。陣の中の五重の数理式がそれぞれ右へ、左へと決められた回数だけ回転し、がちゃり、と解除される。
軋む音と共に開かれた扉。レオンハルトは目の前に広がる光景に苦笑いを浮かべた。
「相変わらず、すごい所だな」
目の前には、まるで夜空のような空間が広がっている。
真っ暗な世界にぼんやりと浮かぶ幾つもの魔道具ランプ。
きらきらと光る星のような煌めき、宙に浮かぶ椅子やテーブル。
誰かが研究していたかもしれない見たこともない魔道具に、羊皮紙やインクのいらないペン、そして数えきれないほどの書籍。
書籍は特殊な古代語で書かれていて、中には古代語よりさらに古いと思われる、理解できない言語で書かれている書物もあった。まさに、読む者を選ぶものばかりだ。
無論、それは書籍に限らない。この空間はもちろん、入口となる地上の祠さえ、レオンハルトだけが認知でき、彼だけを受け入れる。
空間の中に足を踏み入れると、一つのランプが迷いのない動線で近づいてきた。レオンハルトの目の前まできたそれは、ゆらゆらと揺れ、しばらくするとまるで道案内をする執事のように、ゆっくりと移動し始める。
レオンハルトはランプの後について、空間の奥へと進む。
レオンハルトはこの場所を、秘匿された禁書庫ではないかと考えている。
王宮の王族居住区、藍玉宮の外れの地下深く、隠ぺい魔法に守られ、幾重にも張り巡らされた結界と、至る所に仕掛けられた罠。存在を知るものはいない。だが、レオンハルトはその類まれな魔力の大きさと才能で、自力でここを見つけてしまった。
初めて禁書庫に入ったのは、六歳の時だった。当時は裏庭を探検していたら偶然発見したと思っていた。面白くて通いつめ、ある日見つけた禁書に、自分の症状が書かれてあった。父と母にそれを報告しようとしたが、禁書庫を見つけたことさえ、言葉にならなかった。
いろいろ試した結果、情報伝達を阻害する魔法により、内容の大半を他人に伝えられないのだと悟った。
そしてルヴィウスに会う少し前、ここで自分の症状を緩和させる人間がいることを知った。
「ルヴィウスには制限が掛からなかったな」
ランプの後を追いながら、レオンハルトは初めてルヴィウスに会った日のことを思い出す。
この禁書庫で得た情報のうち、魔法についての見解や、魔術陣の構築、魔道具の仕組みなどの情報については阻害されなかったが、自分に関わりのある事柄は人に伝達出来なかった。
けれど、ルヴィウスには総てを伝えることが可能だった。彼はそういう意味でも、自分にとって特別な存在だ。
自分とルヴィウスだけに許された秘密。レオンハルトの中に、仄かな優越感が広がる。
先導するランプは時折、右へ、左へと蛇行する。レオンハルトは正しくそれに従って進む。
初めて来たときはランプの動きを無視して真っ直ぐ進んだものだが、それはそれは痛い目にあった。
「まさか迷宮に飛ばされるとは思わなかったな」
懐かしい思い出に笑いがこみ上げてくる。
あれは初めてここに来た六歳の時だ。
ランプが自分を先導していることには気づいていたが、正しく後をついていかなければならないとは思っていなかった。
ランプが何かを除けるように右へ弧を描いた時、どうせ方向は同じなんだと直進した瞬間、床が抜けたような感覚がしたかと思ったら、次の瞬間には迷宮に放り込まれていた。脱出できたのは、迷宮のボスがレオンハルトより弱かったからだ。
あぁいうのをダンジョンというのだろうな、と久々に手ごたえのある戦闘が出来たことに浮かれて藍玉宮に戻ったら、なぜか両親と兄がいた。
イーリスは泣きながら「二日もどこに行ってたの!」と怒っていた。迷宮と現実とでは、時間の流れが違ったらしい。
あの頃はまだ、魔力が強すぎるレオンハルトをイーリスが抱きしめることは出来なかった。けれど、あちこち怪我をしてボロボロになった格好を見て、家族は見るからに心を痛めていた。
それ以来レオンハルトは、危険な目に遭おうとも、大怪我を負おうとも、魔法で何事も無かったかのように元通りにするようになった。そうすれば、誰にも心配を掛けずに済むからだ。
ランプが、くるり、と旋回し、少し上昇して停止すると、二段階ほど灯りが明るくなった。しばらくすると、どこからともなくテーブルと椅子、そしてティー・セットが現れる。ご丁寧に読書用のテーブルランプ付きだ。準備が整うのを待ってレオンハルトが椅子に座ると、目の前に一冊の本が現れる。
「今日はどんな本なんだ?」
本の表紙には、古代語で『禁書』と『二番目』を意味する文字が刻まれていた。どうやら何かの禁書の二巻のようだ。
―――できれば、新しい術式に役立つ魔法書ならいい。
レオンハルトは期待に胸を膨らませる。
この禁書庫には不思議で便利な魔法が掛けられており、レオンハルトが考えに煮詰まっていると、魔道具や術式、新たな魔法の可能性などが記されたものが、彼の意図を汲んだかのように現れることがあるのだ。
レオンハルトの前に現れた禁書の表紙が、触れてもいないのに開く。そのままパラパラとページが捲られていく。
それを眺めながらレオンハルトは、毎回どんな仕組みなのかと不思議に思う。
しばらくすると、本の動きが止まった。どうやらこのページから読めということらしい。
レオンハルトはさっそく本を手に持ち、文字を追い始める。
これも不思議な現象の一つに数えられるのだが、この禁書庫内の書籍に使われているのは古代語よりさらに古い、神代の時代に存在したと言われている神聖文字なのだ。もちろん、レオンハルトには読むことができない。しかし、目で文字を追い始めると、神聖文字が古代文字になり、さらにそのあと、現代の文字に自動変換されていく。なんとも便利な魔法だ。が、さすがにレオンハルトでもこの術式の仕組みはさっぱり分からなかった。
「えぇっと…運命と出会った幼き管理者よ―――……なんだ、これ?」
まるで予言書のような、誰かの記録のような始まりの文面だ。
眉根を寄せ、役に立ちそうもない、と判断して本を閉じようとした。が、本は誰かの意志が宿っているかのように、閉じることも、別のページを捲ることさえも叶わなかった。
レオンハルトは一つため息をつき、仕方なく文書を読み始めた。
~~~~~~~~~~
運命と出会った幼き管理者よ。
これで世界の理は管理者を認知した。
この場所へ導かれたお前は、管理者であり、統率者であり、神の代理人。
世界が歪まないよう見守り、修正し、導くためにいる。
膨大な魔力とその才能は、それを可能にするために与えられた。
そして理は、お前がその役目に就くまで無事に成長できるよう、“筥”を用意した。
“筥”は友として、きょうだいとして、または別の形で私の身近に現れ、この身を蝕む膨大な魔力を引き受けるために生きる。
お前の“筥”はどんな姿をしていたか。
望むのは、唯一無二の、最愛の伴侶。
これは、私たちの物語。そして、お前たちの物語。
私たちは世界の理に挑まなくてはならない。
~~~~~~~~~~
―――唯一無二の、最愛の伴侶。
ふと、ルヴィウスの顔が思う浮かび、レオンハルトは呪文でも唱えるように口の中でそのフレーズを確かめる。
唯一無二。それがレオンハルトにとってのルヴィウスであることは間違いない。だが、最愛かと言われると自信がない。まだ出会って一週間。そうなればいいとは、思っている。
考え込んでいるうちに、禁書は煌めき、光の粒になって消えていった。頭上のランプが点滅している。禁書庫が出て行けと言っているのだ。この書庫は時折、こういう意地の悪いことをする。
「勝手な書庫だな、まったく」
今日は収穫無しのようだ。ため息をついたレオンハルトは席を立つ。すると、再びランプが先導を始める。
ランプに従って歩き禁書庫を出ると、書庫に掛けられていた古代魔法が復元され、結界と罠が出入口を塞ぐ。
レオンハルトは美しく隙の無いその魔術陣をしばらく見つめたあと、踵を返し、階段を上る。
祠から出ると、地下の禁書庫と同様、結界が復元された。なんとも不思議な場所だ。
ざぁっ、と風が木々の枝を揺らし、葉を散らせていく。不意に、レオンハルトの右耳のイヤーカフが震えた。対となる左耳用のものを、通信魔法で繋げて王宮図書館に置いてきている。イヤーカフはそこの音声を拾って、レオンハルトに届けてくる。
『第二王子殿下、どちらにいらっしゃいますか?』
『殿下、国王陛下がお呼びです』
『王妃陛下も殿下をお探しですよ』
これはマズい。勝手に出歩いていることが分かれば、両親からの長時間に渡るお説教が待っている。
レオンハルトは秘密裏に設置した王宮図書館の転移陣を転移先の座標として術を展開し、林から図書館へと飛ぶ。
姿を消したレオンハルトの足跡を消すかのように、一陣の風が吹き、地面を撫でていった。
風がやむと、舞い上がった木の葉が舞い落ちる。薄っすらと見えていた祠は、レオンハルトの魔力が遠のいたことで、何も無かったかのようにその姿を消した。
何か夢を見ていたような気がするが、内容は全く覚えていない。どこか懐かしくて、少しもの寂しさがあったような気がする。
しばし考え込んだレオンハルトだったが、まぁ夢などそんなものか、と再び歩き始めた。
林を奥へ、奥へと進むと、古びて苔が生え、ところどころ蔦が巻き付いた石造りの祠が現れる。大人が両手を上下左右に広げても余裕があるほどの大きさだ。
祠には両開きの扉が付いていて、誰が掛けたのか、古い、古い、神代の時代の結界が張られている。そしてそれは、レオンハルトが近づくだけで、解除されるのだ。
祠の石の扉がゆっくりと開いていく。周囲の空気が、中へと吸い込まれる。それに反応したかのように、魔道具のランプが灯り、それは階段を下へ、下へと進んでいく。
「相変わらず意味不明な仕掛けだな」
そう一人ごちて、中に足を踏み入れた。
灯りはあるものの、昼間の林に比べたら夜の闇を進むかのように薄暗い。足元に気を付けながら階段を下りていくと、待っていたと言わんばかりに、いくつもの灯りが揺らめき始める。
階段を降り切った先、そこにレオンハルトの目的地がある。重厚な扉の前に、幾重にも張り巡らされた古代魔法の魔術陣。それが美しく煌めいてレオンハルトを出迎えた。
古代魔法。それは現在では失われたに等しい魔法だ。唱える呪文も、魔術陣も、術式の文字も、魔力の扱い方も似て非なるもの。広大なこの大陸の中で、それを正しく扱える者はいない。たった一人、規格外の魔力と魔法の才を持つ、ヴィクトリア王国の第二王子以外は。
煌めく魔術陣に向かい、自分の魔力を流す。陣の中の五重の数理式がそれぞれ右へ、左へと決められた回数だけ回転し、がちゃり、と解除される。
軋む音と共に開かれた扉。レオンハルトは目の前に広がる光景に苦笑いを浮かべた。
「相変わらず、すごい所だな」
目の前には、まるで夜空のような空間が広がっている。
真っ暗な世界にぼんやりと浮かぶ幾つもの魔道具ランプ。
きらきらと光る星のような煌めき、宙に浮かぶ椅子やテーブル。
誰かが研究していたかもしれない見たこともない魔道具に、羊皮紙やインクのいらないペン、そして数えきれないほどの書籍。
書籍は特殊な古代語で書かれていて、中には古代語よりさらに古いと思われる、理解できない言語で書かれている書物もあった。まさに、読む者を選ぶものばかりだ。
無論、それは書籍に限らない。この空間はもちろん、入口となる地上の祠さえ、レオンハルトだけが認知でき、彼だけを受け入れる。
空間の中に足を踏み入れると、一つのランプが迷いのない動線で近づいてきた。レオンハルトの目の前まできたそれは、ゆらゆらと揺れ、しばらくするとまるで道案内をする執事のように、ゆっくりと移動し始める。
レオンハルトはランプの後について、空間の奥へと進む。
レオンハルトはこの場所を、秘匿された禁書庫ではないかと考えている。
王宮の王族居住区、藍玉宮の外れの地下深く、隠ぺい魔法に守られ、幾重にも張り巡らされた結界と、至る所に仕掛けられた罠。存在を知るものはいない。だが、レオンハルトはその類まれな魔力の大きさと才能で、自力でここを見つけてしまった。
初めて禁書庫に入ったのは、六歳の時だった。当時は裏庭を探検していたら偶然発見したと思っていた。面白くて通いつめ、ある日見つけた禁書に、自分の症状が書かれてあった。父と母にそれを報告しようとしたが、禁書庫を見つけたことさえ、言葉にならなかった。
いろいろ試した結果、情報伝達を阻害する魔法により、内容の大半を他人に伝えられないのだと悟った。
そしてルヴィウスに会う少し前、ここで自分の症状を緩和させる人間がいることを知った。
「ルヴィウスには制限が掛からなかったな」
ランプの後を追いながら、レオンハルトは初めてルヴィウスに会った日のことを思い出す。
この禁書庫で得た情報のうち、魔法についての見解や、魔術陣の構築、魔道具の仕組みなどの情報については阻害されなかったが、自分に関わりのある事柄は人に伝達出来なかった。
けれど、ルヴィウスには総てを伝えることが可能だった。彼はそういう意味でも、自分にとって特別な存在だ。
自分とルヴィウスだけに許された秘密。レオンハルトの中に、仄かな優越感が広がる。
先導するランプは時折、右へ、左へと蛇行する。レオンハルトは正しくそれに従って進む。
初めて来たときはランプの動きを無視して真っ直ぐ進んだものだが、それはそれは痛い目にあった。
「まさか迷宮に飛ばされるとは思わなかったな」
懐かしい思い出に笑いがこみ上げてくる。
あれは初めてここに来た六歳の時だ。
ランプが自分を先導していることには気づいていたが、正しく後をついていかなければならないとは思っていなかった。
ランプが何かを除けるように右へ弧を描いた時、どうせ方向は同じなんだと直進した瞬間、床が抜けたような感覚がしたかと思ったら、次の瞬間には迷宮に放り込まれていた。脱出できたのは、迷宮のボスがレオンハルトより弱かったからだ。
あぁいうのをダンジョンというのだろうな、と久々に手ごたえのある戦闘が出来たことに浮かれて藍玉宮に戻ったら、なぜか両親と兄がいた。
イーリスは泣きながら「二日もどこに行ってたの!」と怒っていた。迷宮と現実とでは、時間の流れが違ったらしい。
あの頃はまだ、魔力が強すぎるレオンハルトをイーリスが抱きしめることは出来なかった。けれど、あちこち怪我をしてボロボロになった格好を見て、家族は見るからに心を痛めていた。
それ以来レオンハルトは、危険な目に遭おうとも、大怪我を負おうとも、魔法で何事も無かったかのように元通りにするようになった。そうすれば、誰にも心配を掛けずに済むからだ。
ランプが、くるり、と旋回し、少し上昇して停止すると、二段階ほど灯りが明るくなった。しばらくすると、どこからともなくテーブルと椅子、そしてティー・セットが現れる。ご丁寧に読書用のテーブルランプ付きだ。準備が整うのを待ってレオンハルトが椅子に座ると、目の前に一冊の本が現れる。
「今日はどんな本なんだ?」
本の表紙には、古代語で『禁書』と『二番目』を意味する文字が刻まれていた。どうやら何かの禁書の二巻のようだ。
―――できれば、新しい術式に役立つ魔法書ならいい。
レオンハルトは期待に胸を膨らませる。
この禁書庫には不思議で便利な魔法が掛けられており、レオンハルトが考えに煮詰まっていると、魔道具や術式、新たな魔法の可能性などが記されたものが、彼の意図を汲んだかのように現れることがあるのだ。
レオンハルトの前に現れた禁書の表紙が、触れてもいないのに開く。そのままパラパラとページが捲られていく。
それを眺めながらレオンハルトは、毎回どんな仕組みなのかと不思議に思う。
しばらくすると、本の動きが止まった。どうやらこのページから読めということらしい。
レオンハルトはさっそく本を手に持ち、文字を追い始める。
これも不思議な現象の一つに数えられるのだが、この禁書庫内の書籍に使われているのは古代語よりさらに古い、神代の時代に存在したと言われている神聖文字なのだ。もちろん、レオンハルトには読むことができない。しかし、目で文字を追い始めると、神聖文字が古代文字になり、さらにそのあと、現代の文字に自動変換されていく。なんとも便利な魔法だ。が、さすがにレオンハルトでもこの術式の仕組みはさっぱり分からなかった。
「えぇっと…運命と出会った幼き管理者よ―――……なんだ、これ?」
まるで予言書のような、誰かの記録のような始まりの文面だ。
眉根を寄せ、役に立ちそうもない、と判断して本を閉じようとした。が、本は誰かの意志が宿っているかのように、閉じることも、別のページを捲ることさえも叶わなかった。
レオンハルトは一つため息をつき、仕方なく文書を読み始めた。
~~~~~~~~~~
運命と出会った幼き管理者よ。
これで世界の理は管理者を認知した。
この場所へ導かれたお前は、管理者であり、統率者であり、神の代理人。
世界が歪まないよう見守り、修正し、導くためにいる。
膨大な魔力とその才能は、それを可能にするために与えられた。
そして理は、お前がその役目に就くまで無事に成長できるよう、“筥”を用意した。
“筥”は友として、きょうだいとして、または別の形で私の身近に現れ、この身を蝕む膨大な魔力を引き受けるために生きる。
お前の“筥”はどんな姿をしていたか。
望むのは、唯一無二の、最愛の伴侶。
これは、私たちの物語。そして、お前たちの物語。
私たちは世界の理に挑まなくてはならない。
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―――唯一無二の、最愛の伴侶。
ふと、ルヴィウスの顔が思う浮かび、レオンハルトは呪文でも唱えるように口の中でそのフレーズを確かめる。
唯一無二。それがレオンハルトにとってのルヴィウスであることは間違いない。だが、最愛かと言われると自信がない。まだ出会って一週間。そうなればいいとは、思っている。
考え込んでいるうちに、禁書は煌めき、光の粒になって消えていった。頭上のランプが点滅している。禁書庫が出て行けと言っているのだ。この書庫は時折、こういう意地の悪いことをする。
「勝手な書庫だな、まったく」
今日は収穫無しのようだ。ため息をついたレオンハルトは席を立つ。すると、再びランプが先導を始める。
ランプに従って歩き禁書庫を出ると、書庫に掛けられていた古代魔法が復元され、結界と罠が出入口を塞ぐ。
レオンハルトは美しく隙の無いその魔術陣をしばらく見つめたあと、踵を返し、階段を上る。
祠から出ると、地下の禁書庫と同様、結界が復元された。なんとも不思議な場所だ。
ざぁっ、と風が木々の枝を揺らし、葉を散らせていく。不意に、レオンハルトの右耳のイヤーカフが震えた。対となる左耳用のものを、通信魔法で繋げて王宮図書館に置いてきている。イヤーカフはそこの音声を拾って、レオンハルトに届けてくる。
『第二王子殿下、どちらにいらっしゃいますか?』
『殿下、国王陛下がお呼びです』
『王妃陛下も殿下をお探しですよ』
これはマズい。勝手に出歩いていることが分かれば、両親からの長時間に渡るお説教が待っている。
レオンハルトは秘密裏に設置した王宮図書館の転移陣を転移先の座標として術を展開し、林から図書館へと飛ぶ。
姿を消したレオンハルトの足跡を消すかのように、一陣の風が吹き、地面を撫でていった。
風がやむと、舞い上がった木の葉が舞い落ちる。薄っすらと見えていた祠は、レオンハルトの魔力が遠のいたことで、何も無かったかのようにその姿を消した。
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