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三章 一幕:聖なる乙女という名の闇烏
三章 一幕 4話-3
しおりを挟むルヴィウスは改めて挨拶をすべく席を立った。が、マイアンは「お座りください」と微笑む。ルヴィウスは少し戸惑ったものの、椅子に座りなおした。
「ルヴィウス様、失礼を承知でこのようにお伺いしたのは、直接お伝えしたいことがあるからです」
マイアンの言葉に、ルヴィウスは、こくり、と一つ息を飲んだ。
「どのようなことでしょうか……」
戸惑いに揺れるルヴィウスの瞳を真っ直ぐに見つめながら、マイアンは心地よい声で言った。
「まず、あなたが殿下のことで悩むのは仕方ありません、と申し上げておきます。ですが、あなたは特別な人なのです。あなたが困難を乗り越えた時、私はあなたが必要としているものを贈りましょう。教皇マイアン・グリフィードは、ルヴィウス・アクセラーダを支持し、いかなる時も力になると宣言いたします」
一瞬、頭が真っ白になった。
王国の公爵家出身というだけではなく、隣国のトップに支持される婚約者。これほど強力な後ろ盾はない。だが、それを手に入れるためには、何かを差し出す必要がある。それはきっと、マイアンが言う困難である可能性が高い。
ルヴィウスは両手を、ぎゅっ、と握りしめた。
こんなこと、一人で決めて大丈夫だろうか。レオンハルトか、もしくは父であるグラヴィスに相談する必要があるのでは……。そこまで考え、ルヴィウスは誰かの意見を求めるという選択肢が悪手だと気づく。
今まで、ルヴィウスが成し遂げた物事は一つもない。いつだってルヴィウスは、誰かの庇護下にあり、守られてばかりの存在だった。だから、何かを成し遂げようと思うなら、一人で立ち向かわなくてはならない。少なくとも、自分の行動を制限するような者たちに、意見を聞くべきではないのだ。
きゅっと唇を引き締めたルヴィウスは、強い眼差しで顔を上げた。
「聖下、僕に何をお望みですか。何か、僕が差し出すべきものがあるのでしょうか」
ルヴィウスが聞き返すと、マイアンは慈しみの笑みを浮かべた。
「これはそういう話ではありません。私があなたにお伝えしたいのは、運命から預かった言葉です」
「運命……?」
「そうです。あなたに自覚があるかどうか分かりませんが、ルヴィウス様はレオンハルト殿下のためにこの世に遣わされた唯一の存在です。あなたの代わりはいません。あなただけが、殿下を護り、救うことができるのです」
曖昧な言い回しだが、マイアンが嘘をついているようには見えない。彼が大事なことを伝えに来てくれているのは確かだろう。それも、レオンハルトがいない隙を狙って。いや、もしかしたら―――
「もしかして、僕と話をするために、レオを引き離したのですか?」
目の前の神の代理人が、微笑んで頷く。ここへ来ることになったのも、こんなふうに部屋に閉じこもることになったのも、そしてこうして対話することさえも、偶然ではなく必然だとでも言うのだろうか。
「私の言葉が信じられないのは分かります。ですから、証明しましょう」
「証明……?」
「はい。あなたと殿下にまつわる、公にされていない秘密です」
「そんなもの……」
ない、とは言えない。レオンハルトの魔力をルヴィウスが吸っていることは、近親者のみが知る極秘事項だ。ただし、その仕組みや内容は、彼らに正しく伝わっていない。情報を制限する魔法が掛かっているということだが、何故なのかはレオンハルトも知らないようだった。
「まず、レオンハルト殿下は魔力過多症、ルヴィウス様は魔力吸収症ですね」
マイアンの指摘に、ルヴィウスはきゅっと唇を引き結んだ。この人は、レオンハルトと自分だけが知る情報を、“正しく”知っている。
「それから、殿下の魔力をルヴィウス様は吸収することが出来ますが、どんな魔力でもいいわけではない。殿下が体内で生産した魔力のみ、ルヴィウス様の体内に留められる。そしてこれらの情報は禁書として、王家の禁書庫の奥深くに納められ、他言できない魔法が掛けられている」
ルヴィウスはマイアンから目が離せなかった。マイアンが何を伝えに来たのかは分からないが、彼がこのあと話すつもりの内容を信じるのに、これ以上の証明はない。レオンハルトと自分以外誰も知らないことを、マイアンが“正確に”知っているのだから。
「信じていただけますでしょうか」
マイアンに問われ、ルヴィウスは小さく、だが、しっかりと頷いた。
「では、まずあなたに欠片を返しましょう」
静かに言葉を紡ぐマイアンが、ルヴィウスへと手を差し伸べる。ルヴィウスは数秒その手を見つめ、席を立った。
マイアンの傍へと歩み寄り、差し伸べられた右手を両手で包み込む。すると、ぴりっ、と神聖力が流れ込んできた気配を感じた。そのうち、力の流れに乗って、何かの気配が体の中に入り込んでくる。その気配は、まるで纏わりつくように、ルヴィウスの心臓を捉える。
この決断は、間違っていただろうか。そんな不安が過ぎった時、マイアンの「もう大丈夫ですよ」という声が聞こえ、体の中に流れ込んできたはずの奇妙な気配は消えうせた。
マイアンは、自身の右手を包むルヴィウスの手に、左手をそっと重ねた。
「ルヴィウス様、これからお伝えするお話は、完全ではありません」
「え……?」
「私たちは、すべての記憶を持ってきたわけではありません。ですが、必要なことはお伝えすることができます。そして、時が来れば、すべてお分かりになるでしょう。先ほどもお伝えしましたが、あなたはレオンハルト殿下のためだけに遣わされた存在です。あなたには役目があります。殿下を護り、救うという大事な役目が」
マイアンの言葉は、ルヴィウスがもっとも必要としている言葉そのものだった。
レオンハルトを護るために、彼を救うために、自分だけが出来ることがある。愛しいあの人のために、自分に課せられた役目がある。それは、ルヴィウスを強くする言葉だ。ただその事実だけで、ルヴィウスは誰よりも強くなれる気がした。どんなこともするし、何者にもなってみせる。そんな想いが溢れてくる。
「グリフィード聖下、僕はレオのために、何をすればいいのでしょうか」
ルヴィウスが揺るぎない想いを宿したのだと確信したマイアンは、静かに、そして清廉な声音で語った。
「闇に呪われていただきたいのです」
「闇? それはもしかして、聖女に呪われるということでしょうか」
「はい。そうして理の外へ弾き出されることで、あなたは逆鱗を使う資格を得ます。そして時がくれば、私があなたに返した欠片が、自然とその力を目覚めさせるでしょう。場合によっては、あなたか殿下、どちらかに何かの記憶をもたらすかもしれません。その時がきたら、今から話すこと、あなたが今日ここで知ったことを、殿下と共有してください。もちろん、いずれはあなた方の過保護な監視者たちとも話をすべきでしょうが」
そこで言葉を切ったマイアンは「少し長くなります」とルヴィウスに座るよう勧めた。
ルヴィウスはもう一度マイアンの向かいに座り、彼の語る一言ひと言を聞き逃すまいと耳を傾けた。そうやってルヴィウスはマイアンの話を、時折頷きながら、そして時には目を潤ませながら、静かに受け取った。
マイアンが語って聞かせたのは、遠い、遠い昔、ただ互いを愛し、ただ互いのために生きた、とある国の姫と、その騎士の、永い、永い愛の物語だった。
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