46 / 177
三章 一幕:聖なる乙女という名の闇烏
三章 一幕 4話-3
しおりを挟むルヴィウスは改めて挨拶をすべく席を立った。が、マイアンは「お座りください」と微笑む。ルヴィウスは少し戸惑ったものの、椅子に座りなおした。
「ルヴィウス様、失礼を承知でこのようにお伺いしたのは、直接お伝えしたいことがあるからです」
マイアンの言葉に、ルヴィウスは、こくり、と一つ息を飲んだ。
「どのようなことでしょうか……」
戸惑いに揺れるルヴィウスの瞳を真っ直ぐに見つめながら、マイアンは心地よい声で言った。
「まず、あなたが殿下のことで悩むのは仕方ありません、と申し上げておきます。ですが、あなたは特別な人なのです。あなたが困難を乗り越えた時、私はあなたが必要としているものを贈りましょう。教皇マイアン・グリフィードは、ルヴィウス・アクセラーダを支持し、いかなる時も力になると宣言いたします」
一瞬、頭が真っ白になった。
王国の公爵家出身というだけではなく、隣国のトップに支持される婚約者。これほど強力な後ろ盾はない。だが、それを手に入れるためには、何かを差し出す必要がある。それはきっと、マイアンが言う困難である可能性が高い。
ルヴィウスは両手を、ぎゅっ、と握りしめた。
こんなこと、一人で決めて大丈夫だろうか。レオンハルトか、もしくは父であるグラヴィスに相談する必要があるのでは……。そこまで考え、ルヴィウスは誰かの意見を求めるという選択肢が悪手だと気づく。
今まで、ルヴィウスが成し遂げた物事は一つもない。いつだってルヴィウスは、誰かの庇護下にあり、守られてばかりの存在だった。だから、何かを成し遂げようと思うなら、一人で立ち向かわなくてはならない。少なくとも、自分の行動を制限するような者たちに、意見を聞くべきではないのだ。
きゅっと唇を引き締めたルヴィウスは、強い眼差しで顔を上げた。
「聖下、僕に何をお望みですか。何か、僕が差し出すべきものがあるのでしょうか」
ルヴィウスが聞き返すと、マイアンは慈しみの笑みを浮かべた。
「これはそういう話ではありません。私があなたにお伝えしたいのは、運命から預かった言葉です」
「運命……?」
「そうです。あなたに自覚があるかどうか分かりませんが、ルヴィウス様はレオンハルト殿下のためにこの世に遣わされた唯一の存在です。あなたの代わりはいません。あなただけが、殿下を護り、救うことができるのです」
曖昧な言い回しだが、マイアンが嘘をついているようには見えない。彼が大事なことを伝えに来てくれているのは確かだろう。それも、レオンハルトがいない隙を狙って。いや、もしかしたら―――
「もしかして、僕と話をするために、レオを引き離したのですか?」
目の前の神の代理人が、微笑んで頷く。ここへ来ることになったのも、こんなふうに部屋に閉じこもることになったのも、そしてこうして対話することさえも、偶然ではなく必然だとでも言うのだろうか。
「私の言葉が信じられないのは分かります。ですから、証明しましょう」
「証明……?」
「はい。あなたと殿下にまつわる、公にされていない秘密です」
「そんなもの……」
ない、とは言えない。レオンハルトの魔力をルヴィウスが吸っていることは、近親者のみが知る極秘事項だ。ただし、その仕組みや内容は、彼らに正しく伝わっていない。情報を制限する魔法が掛かっているということだが、何故なのかはレオンハルトも知らないようだった。
「まず、レオンハルト殿下は魔力過多症、ルヴィウス様は魔力吸収症ですね」
マイアンの指摘に、ルヴィウスはきゅっと唇を引き結んだ。この人は、レオンハルトと自分だけが知る情報を、“正しく”知っている。
「それから、殿下の魔力をルヴィウス様は吸収することが出来ますが、どんな魔力でもいいわけではない。殿下が体内で生産した魔力のみ、ルヴィウス様の体内に留められる。そしてこれらの情報は禁書として、王家の禁書庫の奥深くに納められ、他言できない魔法が掛けられている」
ルヴィウスはマイアンから目が離せなかった。マイアンが何を伝えに来たのかは分からないが、彼がこのあと話すつもりの内容を信じるのに、これ以上の証明はない。レオンハルトと自分以外誰も知らないことを、マイアンが“正確に”知っているのだから。
「信じていただけますでしょうか」
マイアンに問われ、ルヴィウスは小さく、だが、しっかりと頷いた。
「では、まずあなたに欠片を返しましょう」
静かに言葉を紡ぐマイアンが、ルヴィウスへと手を差し伸べる。ルヴィウスは数秒その手を見つめ、席を立った。
マイアンの傍へと歩み寄り、差し伸べられた右手を両手で包み込む。すると、ぴりっ、と神聖力が流れ込んできた気配を感じた。そのうち、力の流れに乗って、何かの気配が体の中に入り込んでくる。その気配は、まるで纏わりつくように、ルヴィウスの心臓を捉える。
この決断は、間違っていただろうか。そんな不安が過ぎった時、マイアンの「もう大丈夫ですよ」という声が聞こえ、体の中に流れ込んできたはずの奇妙な気配は消えうせた。
マイアンは、自身の右手を包むルヴィウスの手に、左手をそっと重ねた。
「ルヴィウス様、これからお伝えするお話は、完全ではありません」
「え……?」
「私たちは、すべての記憶を持ってきたわけではありません。ですが、必要なことはお伝えすることができます。そして、時が来れば、すべてお分かりになるでしょう。先ほどもお伝えしましたが、あなたはレオンハルト殿下のためだけに遣わされた存在です。あなたには役目があります。殿下を護り、救うという大事な役目が」
マイアンの言葉は、ルヴィウスがもっとも必要としている言葉そのものだった。
レオンハルトを護るために、彼を救うために、自分だけが出来ることがある。愛しいあの人のために、自分に課せられた役目がある。それは、ルヴィウスを強くする言葉だ。ただその事実だけで、ルヴィウスは誰よりも強くなれる気がした。どんなこともするし、何者にもなってみせる。そんな想いが溢れてくる。
「グリフィード聖下、僕はレオのために、何をすればいいのでしょうか」
ルヴィウスが揺るぎない想いを宿したのだと確信したマイアンは、静かに、そして清廉な声音で語った。
「闇に呪われていただきたいのです」
「闇? それはもしかして、聖女に呪われるということでしょうか」
「はい。そうして理の外へ弾き出されることで、あなたは逆鱗を使う資格を得ます。そして時がくれば、私があなたに返した欠片が、自然とその力を目覚めさせるでしょう。場合によっては、あなたか殿下、どちらかに何かの記憶をもたらすかもしれません。その時がきたら、今から話すこと、あなたが今日ここで知ったことを、殿下と共有してください。もちろん、いずれはあなた方の過保護な監視者たちとも話をすべきでしょうが」
そこで言葉を切ったマイアンは「少し長くなります」とルヴィウスに座るよう勧めた。
ルヴィウスはもう一度マイアンの向かいに座り、彼の語る一言ひと言を聞き逃すまいと耳を傾けた。そうやってルヴィウスはマイアンの話を、時折頷きながら、そして時には目を潤ませながら、静かに受け取った。
マイアンが語って聞かせたのは、遠い、遠い昔、ただ互いを愛し、ただ互いのために生きた、とある国の姫と、その騎士の、永い、永い愛の物語だった。
31
あなたにおすすめの小説
脳筋剣士と鈍感薬師 ~騎士様、こいつです~
季エス
BL
「ルカーシュは、駄目よ」
その時胸に到来した思いは安堵であり、寂しさでもあった。
ルカーシュは薬師だ。幼馴染と共に、魔王を倒すために村を出た。彼は剣士だった。薬師のルカーシュは足手纏いだった。途中で仲間が増えたが、それでも足手纏いである事に変わりはなかった。そうしてついに、追い出される日が来たのだ。
ルカーシュはそっと、瞼を伏せた。
明日、明日になったら、笑おう。そして、礼と別れを言うのだ。
だから、今だけは、泣いてもいいかな。
人族は一人で生きられないらしい――獣人公爵に拾われ、溺愛されて家族になりました
よっちゃん
BL
人族がほとんど存在しない世界に、
前世の記憶を持ったまま転生した少年・レオン。
獣人が支配する貴族社会。
魔力こそが価値とされ、
「弱い人族」は守られるべき存在として扱われる世界で、
レオンは常識の違いに戸惑いながらも必死に生きようとする。
そんな彼を拾ったのは、
辺境を治める獣人公爵アルト。
寡黙で冷静、しかし一度守ると決めたものは決して手放さない男だった。
溺愛され、守られ、育てられる日々。
だが、レオンはただ守られるだけの存在で終わることを選ばない。
学院での出会い。
貴族社会に潜む差別と陰謀。
そして「番」という、深く重い絆。
レオンは学び、考え、
自分にしかできない魔法理論を武器に、
少しずつ“並び立つ覚悟”を身につけていく。
獣人と人族。
価値観も、立場も、すべてが違う二人が、
それでも選び合い、家族になるまでの物語。
溺愛×成長×異世界BL。
読後に残るのは、
「ここに居場所があっていい」と思える、あたたかな幸福。
【完結】塩対応の同室騎士は言葉が足らない
ゆうきぼし/優輝星
BL
騎士団養成の寄宿学校に通うアルベルトは幼いころのトラウマで閉所恐怖症の発作を抱えていた。やっと広い二人部屋に移動になるが同室のサミュエルは塩対応だった。実はサミュエルは継承争いで義母から命を狙われていたのだ。サミュエルは無口で無表情だがアルベルトの優しさにふれ少しづつ二人に変化が訪れる。
元のあらすじは塩彼氏アンソロ(2022年8月)寄稿作品です。公開終了後、大幅改稿+書き下ろし。
無口俺様攻め×美形世話好き
*マークがついた回には性的描写が含まれます。表紙はpome村さま
他サイトも転載してます。
吸血鬼公爵の籠の鳥
江多之折(エタノール)
BL
両親を早くに失い、身内に食い潰されるように支配され続けた半生。何度も死にかけ、何度も自尊心は踏みにじられた。こんな人生なら、もういらない。そう思って最後に「悪い子」になってみようと母に何度も言い聞かされた「夜に外を出歩いてはいけない」約束を破ってみることにしたレナードは、吸血鬼と遭遇する。
血を吸い殺されるところだったが、レナードには特殊な事情があり殺されることはなく…気が付けば熱心に看病され、囲われていた。
吸血鬼公爵×薄幸侯爵の溺愛もの。小説家になろうから改行を増やしまくって掲載し直したもの。
亡国の王弟は女好きの騎士に溺愛される
コムギ
BL
アラバンド国の王弟ルカーシュは、騎士のシモンによって地下牢から救い出された。
その時、肌に触れたシモンに、やけどのような怪我を負わせてしまう。
ルカーシュは北の魔女の末裔であり、魔力を持っていた。
魔力を持たない者に触れると、怪我をさせてしまうという。
騎士団長からの命令で、シモンはルカーシュの護衛につくことになった。
※他サイトにも掲載しています。
祖国に棄てられた少年は賢者に愛される
結衣可
BL
祖国に棄てられた少年――ユリアン。
彼は王家の反逆を疑われ、追放された身だと信じていた。
その真実は、前王の庶子。王位継承権を持ち、権力争いの渦中で邪魔者として葬られようとしていたのだった。
絶望の中、彼を救ったのは、森に隠棲する冷徹な賢者ヴァルター。
誰も寄せつけない彼が、なぜかユリアンを庇護し、結界に守られた森の家で共に過ごすことになるが、王都の陰謀は止まらず、幾度も追っ手が迫る。
棄てられた少年と、孤独な賢者。
陰謀に覆われた王国の中で二人が選ぶ道は――。
【完結】気が付いたらマッチョなblゲーの主人公になっていた件
白井のわ
BL
雄っぱいが大好きな俺は、気が付いたら大好きなblゲーの主人公になっていた。
最初から好感度MAXのマッチョな攻略対象達に迫られて正直心臓がもちそうもない。
いつも俺を第一に考えてくれる幼なじみ、優しいイケオジの先生、憧れの先輩、皆とのイチャイチャハーレムエンドを目指す俺の学園生活が今始まる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる