72 / 177
四章 一幕:管理者と筥の秘密
四章 一幕 2話-1
しおりを挟むガイルは別邸の応接室を後にし、公爵家の使用人の案内で馬車寄せへと向かっていた。
公爵家の庭で行われていたレオンハルトとルヴィウスの交流茶会は、どうなっただろうか。終了を予定していた時間より、すでに三〇分ほど過ぎている。
時間を忘れて、アレンと話し込んでしまった。公爵家の使用人が声を掛けに来てくれなければ、騎士としての本分を果たせなくなるところだった。いや、許可を得たとは言え、主の傍を離れ、気になる人の誘いに乗った時点で騎士失格かもしれないが。
ガイルは反省の意味を込めて、深くため息をつく。
「あ、ガイル」
視線を上げると、銀ぎつねのケープを羽織ったルヴィウスが、手を振っていた。庭園から本邸へ戻ってきたようだ。
彼はガイルを案内していた使用人に「下がっていいよ」と伝えると、にこり、と笑顔を向けてくる。
「アレン兄さまのお相手、嫌じゃなかった?」
「嫌だなんて、とんでもありません。願ってもな―――……あ、えっと……」
本音が出てしまい、ガイルは慌てて口を噤む。
「いいよ、そのほうが僕も嬉しいし」
「え……、それは、どういう……」
「こっちの話。ところで、アレン兄さまとはどこで知り合ったの?」
「あー……、毎年、若手騎士のトーナメント戦が行われていることをご存じですか?」
「僕の誕生日パーティーの後くらいに訓練場で行われている催しだよね?」
「はい。毎年トーナメント戦は、陛下と王妃陛下もご覧になります。今年は陛下の護衛を命じられまして、そこにアレン様がいらしたんです。毎年そうして陛下に辺境の領地の報告をされているそうで……。それ以来、頻繁にお手紙を頂きまして……。年末に王都へいらしてから何度か食事に誘っていただいて……、それで……」
なるほど、とルヴィウスは半眼になった。
どうやらヒースクリフとイーリスをも巻き込んでの外堀固めが進んでいるようだ。これはもう、ガイルはアレンから逃げられないな。と、内心思った。
同時に、腹立たしくもある。なぜ自分たちの周りにいる大人は、当事者の気持ちを置き去りにする傾向があるのか。
ここは一つ、ガイルの本音を聞き出すためにも、カマを掛けてみる必要がありそうだ。
そう考えたルヴィウスは、わざと申し訳なさそうな表情を浮かべて言った。
「アレン兄さまって、妖精かエルフみたいな麗しい見た目をしているくせに、押しが強いでしょ? ガイルが迷惑しているなら、僕から断るよ?」
「いえっ! 迷惑なんて思っていません!」
「それならいいんだけど。逆に、ガイルが遊びのつもりでアレン兄さまの相手をしてたりしない? もしそうなら、兄さまを弄ぶのは―――」
「そんなつもりありません! むしろ私は……」
その先に続く言葉が、容易に想像できる。ルヴィウスは表情を曇らせるガイルを見て、レオンハルトの言う通りのようだ、と思った。
ガイルは、アレンが一時の気の迷いから、遊びのつもりで近づいてきたと思っている。
「ガイル、もしもの話だけど」
あまり人の恋路に口を突っ込まないほうがいいとは分かっているが、放っておけば拗れると分かっている場合は、話が別だろう。
「なんでしょうか」
ガイルは神妙な顔でルヴィウスの言葉を待った。
「アレン兄さまが君に本気だったら、ちゃんと応える?」
「いえ、伯爵位の方が、たかが騎士爵に本気だなんてあり得ませんし……」
眉尻を下げて苦笑するガイルに、ルヴィウスは小さくため息をつく。
「もしもの話だよ。兄さまが本気だったら、どうする?」
ルヴィウスの真剣な眼差しに、ガイルは押し黙る。
適当に誤魔化して、会話を切り上げることもできる。そう考えたガイルだが、ルヴィウスは人を見る目があり、こういう時の勘はいい。たとえ偽りを話しても、性格上それ以上追及してくることもないだろう。だが、上下関係があるとは言え、長い付き合いの中で培われた信頼と友情は、時として立場を超える。
ガイルは友の顔を滲ませて、本音を零した。
「私は、アレン様にふさわしくありません……」
「それは、君が平民出身の騎士だから?」
ルヴィウスの問いかけにガイルは、こくり、と頷いてその胸の内を語る。
「私には六つ歳下の妹がいます。今は孤児院に預けていますが、あの子が十二になったら学園に通わせてやりたい」
「それは近衛騎士の給金なら充分に叶えられるよね? それに優秀な子だって聞いたよ。学園で上位成績者になれば、王宮で侍女や文官として採用されることだってあるし、今は身分を気にして交際や結婚を諦めるような時代じゃない。妹を断る理由にしてはダメだよ」
ガイルは眉根を寄せ、難しい顔で黙り込む。
時代が移ろい、身分や性別を気にしない人が多数派を占めるようになった。
だが、こだわる人がいないわけではない。
実際、名目上の身分差を解消するため、平民を親戚筋の養子にしてから婚約を結ぶ貴族は多い。
身分差を問題視しているというよりは、少数派である身分至上主義者の文句を、祝い事の席に持ち込まないための対策のようなものだ。
しかし、それは貴族側の言い分。こうしてガイルのように当事者となった時、平民であることに引け目を感じるのは、仕方のないことかもしれない。
貴族と平民、使う側と使われる側。そもそもの立場が違うのだと言われれば、それまでだ。厳しい言い方になってしまったことも理解している。だが、根本から目を逸らしてほしくなかった。
「ごめん、言い過ぎたね」
「いえ、ルヴィウス様が仰りたい事は分かります。ですが……、妹のことを抜きにしても……、私には……アレン様の隣にいる価値はありません……」
「近衛の有望株で、人気の若手騎士なのに?」
ルヴィウスの評価に対し、ガイルは自信なさげに苦笑して答えた。
「怪我をすれば一瞬で失われる立場です。殿下を護ることが私の使命である以上、怪我や体の欠損は覚悟の上です。そんな不安定な私が、伯爵であるアレン様の隣に立つなど……」
間違ってはいない。たらればを言い出したらキリがない。だけど。
「ガイル、価値と評価を違えないで」
「え?」
ガイルは目を瞬かせた。ルヴィウスは柔らかく笑いながら続ける。
「僕が公爵家の生まれじゃなければ、僕には価値がないの? レオは王子様だから価値があるの? アレン兄さまは伯爵だから価値があるのかな」
「ち、違います! 確かに後ろ盾となる地位が価値を高めているかもしれませんが、殿下も、ルヴィウス様も、アレン様も、ご自身の存在にこそ価値が……、だから、その……」
ルヴィウスはガイルの言葉に「そうだね」と頷いた。
「ガイルも同じだよ。剣だけが君の価値じゃない。剣が振るえなくなったら、君の騎士としての評価は落ちるけれど、君が誰かを愛し、愛され、生きていく権利は誰にも奪われない価値のあるものだよ」
ルヴィウスが諭すようにそう言うと、ガイルは「はい」と表情を緩ませた。
「まぁ、でも、アレン兄さまが貴族だから断りにくいって言うなら、僕かレオに言ってよ。命令することが出来る立場だから」
「いえ、そんな恐れ多いことできませんっ」
「そう? でも困ったらちゃんと言ってね」
「はい、ありがとうございます」
「あ、それから、これから交流茶会は公爵家ですることになったから、ガイルは毎回強制参加ね。じっくりアレン兄さまに口説かれて」
「はいっ?」
「あと、レオは転移魔法で帰ったから、ガイルは馬でゆっくり帰っていいよ」
「殿下はまた私を置いて行かれたのですかっ?」
「ごめん、自由すぎて僕もコントロールできなくて」
「ルヴィウス様の所為ではありませんっ。では、私も急ぎ戻ります」
頭を下げたあと、ガイルは少し焦った素振りで厩舎のほうへ走っていった。
それを見送ったあと、ルヴィウスは別邸を目指した。
アクセラーダ公爵家は、南向きを正面に建てられており、正門から見て中央に三階建ての本邸、左手にガラスの温室、右手に二階建ての別邸がある。
別邸は現在、来客用の宿泊専用となっていて、アレンはここに泊っている。食事は中央に来るが、ガイルとの逢瀬は別邸の応接室を使ったはずだ。
本邸は、二階までの吹き抜け階段と中央エントランスがあり、左に小ホールと来客時の晩さん会用の食堂、右に大ホール、階段の奥には応接室やシガールーム、遊技場や簡易的な着替えなども出来る休憩室などがある。
縦に伸びる大きな廊下を挟んださらに奥が、普段家族が食事を摂っている身内用の食堂、そこから少し離れたところにキッチン、一番奥まったところにランドリールームなどがあり、地下にはワインセラーや食糧庫などを備えている。
中央エントランスを上がった二階には、右手が執務室をはじめとした業務区画で、一番奥は図書室だ。左手は貴賓用の応接室が幾つか並んでいる。
三階が居住区で、右手に当主と公爵夫人、左手には三つの部屋があり、手前がノアール、真ん中が空き部屋で、奥がルヴィウスの部屋だ。
30
あなたにおすすめの小説
脳筋剣士と鈍感薬師 ~騎士様、こいつです~
季エス
BL
「ルカーシュは、駄目よ」
その時胸に到来した思いは安堵であり、寂しさでもあった。
ルカーシュは薬師だ。幼馴染と共に、魔王を倒すために村を出た。彼は剣士だった。薬師のルカーシュは足手纏いだった。途中で仲間が増えたが、それでも足手纏いである事に変わりはなかった。そうしてついに、追い出される日が来たのだ。
ルカーシュはそっと、瞼を伏せた。
明日、明日になったら、笑おう。そして、礼と別れを言うのだ。
だから、今だけは、泣いてもいいかな。
人族は一人で生きられないらしい――獣人公爵に拾われ、溺愛されて家族になりました
よっちゃん
BL
人族がほとんど存在しない世界に、
前世の記憶を持ったまま転生した少年・レオン。
獣人が支配する貴族社会。
魔力こそが価値とされ、
「弱い人族」は守られるべき存在として扱われる世界で、
レオンは常識の違いに戸惑いながらも必死に生きようとする。
そんな彼を拾ったのは、
辺境を治める獣人公爵アルト。
寡黙で冷静、しかし一度守ると決めたものは決して手放さない男だった。
溺愛され、守られ、育てられる日々。
だが、レオンはただ守られるだけの存在で終わることを選ばない。
学院での出会い。
貴族社会に潜む差別と陰謀。
そして「番」という、深く重い絆。
レオンは学び、考え、
自分にしかできない魔法理論を武器に、
少しずつ“並び立つ覚悟”を身につけていく。
獣人と人族。
価値観も、立場も、すべてが違う二人が、
それでも選び合い、家族になるまでの物語。
溺愛×成長×異世界BL。
読後に残るのは、
「ここに居場所があっていい」と思える、あたたかな幸福。
【完結】塩対応の同室騎士は言葉が足らない
ゆうきぼし/優輝星
BL
騎士団養成の寄宿学校に通うアルベルトは幼いころのトラウマで閉所恐怖症の発作を抱えていた。やっと広い二人部屋に移動になるが同室のサミュエルは塩対応だった。実はサミュエルは継承争いで義母から命を狙われていたのだ。サミュエルは無口で無表情だがアルベルトの優しさにふれ少しづつ二人に変化が訪れる。
元のあらすじは塩彼氏アンソロ(2022年8月)寄稿作品です。公開終了後、大幅改稿+書き下ろし。
無口俺様攻め×美形世話好き
*マークがついた回には性的描写が含まれます。表紙はpome村さま
他サイトも転載してます。
吸血鬼公爵の籠の鳥
江多之折(エタノール)
BL
両親を早くに失い、身内に食い潰されるように支配され続けた半生。何度も死にかけ、何度も自尊心は踏みにじられた。こんな人生なら、もういらない。そう思って最後に「悪い子」になってみようと母に何度も言い聞かされた「夜に外を出歩いてはいけない」約束を破ってみることにしたレナードは、吸血鬼と遭遇する。
血を吸い殺されるところだったが、レナードには特殊な事情があり殺されることはなく…気が付けば熱心に看病され、囲われていた。
吸血鬼公爵×薄幸侯爵の溺愛もの。小説家になろうから改行を増やしまくって掲載し直したもの。
亡国の王弟は女好きの騎士に溺愛される
コムギ
BL
アラバンド国の王弟ルカーシュは、騎士のシモンによって地下牢から救い出された。
その時、肌に触れたシモンに、やけどのような怪我を負わせてしまう。
ルカーシュは北の魔女の末裔であり、魔力を持っていた。
魔力を持たない者に触れると、怪我をさせてしまうという。
騎士団長からの命令で、シモンはルカーシュの護衛につくことになった。
※他サイトにも掲載しています。
祖国に棄てられた少年は賢者に愛される
結衣可
BL
祖国に棄てられた少年――ユリアン。
彼は王家の反逆を疑われ、追放された身だと信じていた。
その真実は、前王の庶子。王位継承権を持ち、権力争いの渦中で邪魔者として葬られようとしていたのだった。
絶望の中、彼を救ったのは、森に隠棲する冷徹な賢者ヴァルター。
誰も寄せつけない彼が、なぜかユリアンを庇護し、結界に守られた森の家で共に過ごすことになるが、王都の陰謀は止まらず、幾度も追っ手が迫る。
棄てられた少年と、孤独な賢者。
陰謀に覆われた王国の中で二人が選ぶ道は――。
【完結】気が付いたらマッチョなblゲーの主人公になっていた件
白井のわ
BL
雄っぱいが大好きな俺は、気が付いたら大好きなblゲーの主人公になっていた。
最初から好感度MAXのマッチョな攻略対象達に迫られて正直心臓がもちそうもない。
いつも俺を第一に考えてくれる幼なじみ、優しいイケオジの先生、憧れの先輩、皆とのイチャイチャハーレムエンドを目指す俺の学園生活が今始まる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる