41 / 339
第2章
40.頬の痛みと優しさ
しおりを挟む
私が屋敷に戻ると、夕食の直前であったためすぐさま食堂へと向かった。
父が私を拒絶したあの日から、この間までは楽しい家族団欒の時間が今では気まずさと苦痛に耐えるだけの時間となってしまった。
料理の味などほとんど感じられず、ただただ口の中に物を運ぶだけの単純作業を繰り返す。
それに加え、今日はこの後父と母を呼んで、私の前世がベリエル殿下にばれたことを報告しなければならない。
さらなる憂鬱な気分の中で、できればこの時間が終わらなければいいと思っていた。
「ごめんなさい、お父様、お母さま。ベリエル殿下に私の前世を知られてしまいました」
夕食後、両親を呼び出し別室に移動した。
向かい合った2つのソファに両親と向かい合うように座る。
私の告白にすぐには反応が返ってこず、2人を見ることができず俯いてしまう。
すると、ツカツカと足音がして、父が私の傍まで近づいたことがわかった。
「お父様……」
逆光で表情はわからないがそれでも、父を見上げ名前を呼んだ瞬間―――
バシン
父からの頬を打たれ、その衝撃に体が硬直してしまう。
片手を頬に当てたまま、どうすることもできないでいた。
口の中に鉄の味が広がる。
おそらく口の中が切れたわけではなく、頬の痛みがそうさせたのだろう。
「もうよい。お前なぞ、勝手に生きていけばよい。ただしな」
そこで一呼吸おくと、強い口調で続けた。
「ただし、もしお前が何か問題を起こしても、ベルフェリト家とは一切関係ない。わかったか、この疫病神がっ!!」
腕を掴まれ、無理やり部屋から追い出される。
放りだされてすぐ、勢いよく扉が閉められ途端に中から母のすすり泣くような声が聞こえてきた。
僅かに聞こえる母を慰める父の声は、昔と変わらず優しい声だった。
ただ、私だけがこの家の中での異物なのだ。
父をあんな無慈悲な化け物にしてしまう狂気を孕んだ疫病神。
それが私なのだと暗に言われているような気がした。
いつの間に、部屋に戻ったのかわからない。
覚束ない足取りでよく部屋までこれたものだと自分に感心する。
部屋の明かりを点ける気分になれず、そのままベットへ向かおうとして部屋の中で何かが動いているのに気づいた。
シルエットからおそらく人だろう。
こんな暗がりの中、しかも公爵令嬢の部屋に入るなど、一体何者だ。
警戒しながら慎重に歩みを進める。
「お嬢様?」
その声には聞き覚えがあった。
「ミ、リア……?どうしてここに」
私たちに近づかない様にとお達しが出ているはずのミリアがそこにいた。
「以前お嬢様にお借りした本を返すのを忘れておりまして、お返しに来たのですが……」
そこで、ハッとして私に駆け寄る。
彼女のこんなに驚いた顔は初めて見た。
「お嬢様!どうされたのですか?ぶたれたのですか?」
「落ち着いてミリア」
「でも…。一体誰が?」
「それは……」
口を噤む私に何か察したのだろう。
それ以上何かを聞くことはなかった。
「とりあえず、手当しなければ。救急箱をお持ちしますね」
「えぇ、お願い」
彼女が立ち去った後の少しだけ開いた扉を見ながらため息をつく。
恐らくミリアが居なければ、ベッドにそのままなだれ込んで、ぶたれた頬など気にせずに放置するところだった。
そんなことになれば、しばらく外に出られないほどひどい顔になってしまうだろう。
まだ、こんな風に私を気遣ってくれる人がこの屋敷の中にいることに安心する。
大丈夫。彼女がいるなら、まだ私は大丈夫。
本当は私の目的を達成するのにミリアと関係を深めるのはあまりよろしくない選択だ。
しかし、今の私には誰かに頼らなければ立っているのもやっとの状態だった。
(今だけ、今だけだから)
いつかこの関係も何もかも全て清算して一人になるから。
だから、今だけは誰かに頼らせて。
じゃないと、私が壊れてしまうから。
父が私を拒絶したあの日から、この間までは楽しい家族団欒の時間が今では気まずさと苦痛に耐えるだけの時間となってしまった。
料理の味などほとんど感じられず、ただただ口の中に物を運ぶだけの単純作業を繰り返す。
それに加え、今日はこの後父と母を呼んで、私の前世がベリエル殿下にばれたことを報告しなければならない。
さらなる憂鬱な気分の中で、できればこの時間が終わらなければいいと思っていた。
「ごめんなさい、お父様、お母さま。ベリエル殿下に私の前世を知られてしまいました」
夕食後、両親を呼び出し別室に移動した。
向かい合った2つのソファに両親と向かい合うように座る。
私の告白にすぐには反応が返ってこず、2人を見ることができず俯いてしまう。
すると、ツカツカと足音がして、父が私の傍まで近づいたことがわかった。
「お父様……」
逆光で表情はわからないがそれでも、父を見上げ名前を呼んだ瞬間―――
バシン
父からの頬を打たれ、その衝撃に体が硬直してしまう。
片手を頬に当てたまま、どうすることもできないでいた。
口の中に鉄の味が広がる。
おそらく口の中が切れたわけではなく、頬の痛みがそうさせたのだろう。
「もうよい。お前なぞ、勝手に生きていけばよい。ただしな」
そこで一呼吸おくと、強い口調で続けた。
「ただし、もしお前が何か問題を起こしても、ベルフェリト家とは一切関係ない。わかったか、この疫病神がっ!!」
腕を掴まれ、無理やり部屋から追い出される。
放りだされてすぐ、勢いよく扉が閉められ途端に中から母のすすり泣くような声が聞こえてきた。
僅かに聞こえる母を慰める父の声は、昔と変わらず優しい声だった。
ただ、私だけがこの家の中での異物なのだ。
父をあんな無慈悲な化け物にしてしまう狂気を孕んだ疫病神。
それが私なのだと暗に言われているような気がした。
いつの間に、部屋に戻ったのかわからない。
覚束ない足取りでよく部屋までこれたものだと自分に感心する。
部屋の明かりを点ける気分になれず、そのままベットへ向かおうとして部屋の中で何かが動いているのに気づいた。
シルエットからおそらく人だろう。
こんな暗がりの中、しかも公爵令嬢の部屋に入るなど、一体何者だ。
警戒しながら慎重に歩みを進める。
「お嬢様?」
その声には聞き覚えがあった。
「ミ、リア……?どうしてここに」
私たちに近づかない様にとお達しが出ているはずのミリアがそこにいた。
「以前お嬢様にお借りした本を返すのを忘れておりまして、お返しに来たのですが……」
そこで、ハッとして私に駆け寄る。
彼女のこんなに驚いた顔は初めて見た。
「お嬢様!どうされたのですか?ぶたれたのですか?」
「落ち着いてミリア」
「でも…。一体誰が?」
「それは……」
口を噤む私に何か察したのだろう。
それ以上何かを聞くことはなかった。
「とりあえず、手当しなければ。救急箱をお持ちしますね」
「えぇ、お願い」
彼女が立ち去った後の少しだけ開いた扉を見ながらため息をつく。
恐らくミリアが居なければ、ベッドにそのままなだれ込んで、ぶたれた頬など気にせずに放置するところだった。
そんなことになれば、しばらく外に出られないほどひどい顔になってしまうだろう。
まだ、こんな風に私を気遣ってくれる人がこの屋敷の中にいることに安心する。
大丈夫。彼女がいるなら、まだ私は大丈夫。
本当は私の目的を達成するのにミリアと関係を深めるのはあまりよろしくない選択だ。
しかし、今の私には誰かに頼らなければ立っているのもやっとの状態だった。
(今だけ、今だけだから)
いつかこの関係も何もかも全て清算して一人になるから。
だから、今だけは誰かに頼らせて。
じゃないと、私が壊れてしまうから。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
悪役令嬢が美形すぎるせいで話が進まない
陽炎氷柱
恋愛
「傾国の美女になってしまったんだが」
デブス系悪役令嬢に生まれた私は、とにかく美しい悪の華になろうとがんばった。賢くて美しい令嬢なら、だとえ断罪されてもまだ未来がある。
そう思って、前世の知識を活用してダイエットに励んだのだが。
いつの間にかパトロンが大量発生していた。
ところでヒロインさん、そんなにハンカチを強く嚙んだら歯並びが悪くなりますよ?
最愛の番に殺された獣王妃
望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。
彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。
手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。
聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。
哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて――
突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……?
「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」
謎の人物の言葉に、私が選択したのは――
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
【完結済】私、地味モブなので。~転生したらなぜか最推し攻略対象の婚約者になってしまいました~
降魔 鬼灯
恋愛
マーガレット・モルガンは、ただの地味なモブだ。前世の最推しであるシルビア様の婚約者を選ぶパーティーに参加してシルビア様に会った事で前世の記憶を思い出す。 前世、人生の全てを捧げた最推し様は尊いけれど、現実に存在する最推しは…。 ヒロインちゃん登場まで三年。早く私を救ってください。
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
【完結】ヒロインに転生しましたが、モブのイケオジが好きなので、悪役令嬢の婚約破棄を回避させたつもりが、やっぱり婚約破棄されている。
樹結理(きゆり)
恋愛
「アイリーン、貴女との婚約は破棄させてもらう」
大勢が集まるパーティの場で、この国の第一王子セルディ殿下がそう宣言した。
はぁぁあ!? なんでどうしてそうなった!!
私の必死の努力を返してー!!
乙女ゲーム『ラベルシアの乙女』の世界に転生してしまった日本人のアラサー女子。
気付けば物語が始まる学園への入学式の日。
私ってヒロインなの!?攻略対象のイケメンたちに囲まれる日々。でも!私が好きなのは攻略対象たちじゃないのよー!!
私が好きなのは攻略対象でもなんでもない、物語にたった二回しか出てこないイケオジ!
所謂モブと言っても過言ではないほど、関わることが少ないイケオジ。
でもでも!せっかくこの世界に転生出来たのなら何度も見たイケメンたちよりも、レアなイケオジを!!
攻略対象たちや悪役令嬢と友好的な関係を築きつつ、悪役令嬢の婚約破棄を回避しつつ、イケオジを狙う十六歳、侯爵令嬢!
必死に悪役令嬢の婚約破棄イベントを回避してきたつもりが、なんでどうしてそうなった!!
やっぱり婚約破棄されてるじゃないのー!!
必死に努力したのは無駄足だったのか!?ヒロインは一体誰と結ばれるのか……。
※この物語は作者の世界観から成り立っております。正式な貴族社会をお望みの方はご遠慮ください。
※この作品は小説家になろう、カクヨムで完結済み。
【完結】番である私の旦那様
桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族!
黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。
バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。
オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。
気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。
でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!)
大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです!
神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。
前半は転移する前の私生活から始まります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる