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第3章
80.彼の悲痛と私の願い
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「エスティはそれを聞いてどうするのですか?」
いままで向けられたことのない、鋭く冷たい眼差しを正面から受け体が強張る。
低く響いた声には一切の感情が込められていないかのようにも感じた。
一体全体、彼はどうしてしまったのだろう。
エスティは彼の怒りが尋常でないことから、どこか自分の発した言葉に失礼があったのかと反芻してみる。
しかし、客観的に見ても先ほどの質問から彼がここまで怒りを露わにする理由を見つけることなど不可能だとしか思えない。
どうして?
どうしてこんなに彼は怒っているの?
またしても思い浮かぶ疑問に頭の中が支配されて、彼の質問に答えるまで気が回らなかった。
私が困惑するばかりで彼の疑問に答えを返すことができない事に気づいたヴァリタスは、静かに目を閉じもう一度目を開く。
その開かれた瞳から多少の激情は無くなっていたものの、怒りが消えているわけではなかった。
ただ彼は静かに怒っているように見えた。
「最近、あなたの行動はおかしいです。いや、今までもおかしかったのですが」
感情なく告げる言葉に恐怖を感じていた。
いくら馬鹿げたことをしても笑って受けとめていた彼とはまるでかけ離れた言葉に、少しずつ焦りのようなものが沸いてきていた。
「……エスティ、君は。私とメドビン嬢をくっつけようとしていますね?」
「!!」
声も無く驚いた。
まさか彼が気づいていたなんて。
いや、少し考えればわかったことではないか。
だって彼はあの察しの良いベリエル殿下の弟、つまりクロネテス家の人間である。
彼女と引き合わせたことやあのあからさまな席順から、彼が私の単純な計画に感づいてもおかしくはないとなぜ気づかなかったのか。
少し考えればわかることなのに。
先ほどまで彼を子供扱いしていたことに若干呆れつつ、彼の怒りがこれだけではない事はエスティでもわかった。
「貴方が私と婚約を破棄したいと思っているのは知っています。しかし、私はあなたと離れるなんて御免です。それに、今までの事は可愛らしい悪戯で済んでいましたが、今回のことは寛容になることはできません」
私の前世が農民の娘の事や、魔法が全く使えないことがわかったときに私はヴァリタスに婚約を破棄してはどうかと提案してきた。
こんな悪条件な令嬢だとわかったら、彼がすんなり婚約破棄をしてくれると思っていたから。
しかし、彼は私の主張に対し全く取り合うことはなかった。
それどころか何かの冗談かと判断している風で、笑ってあしらわれていたくらいだ。
だから私が婚約の破棄を本気で願っているなんて考えていないのではないかと思っていた。
きっとこれは彼の本音、今まで溜まっていたものなのだろう。
ならば私はきちんと受け止めなければならないのだろう。
「どうしてあなたはそうなのですか。私がいくらあなたを慕っていると伝えても、適当にあしらって。それどころか、私の気持ちも無視して他の令嬢と私の仲を取り持とうとするなんて……」
少しずつ、彼の言葉に感情が込められていく。
静かに、しかし訴えるように告げる彼の言葉は苦しそうで辛そうで。
「私は言ったではありませんか! 彼女は確かに前世の許嫁でありはしても、今好意を抱いているのはあなただけだと! それなのにっ、それなのになぜ、あなたは私の気持ちを蔑ろにするのですか!」
段々と感情的になっていた声色は、すでに怒鳴り声のようになっていた。
それはまるで私の心の奥底まで届くようにと、しっかりと自分の気持ちを私に刻みつけるように言っているようにも思えた。
これが私が行った事の結果なのかもしれない。
彼を傷つけ、こうして苦しめている。
しかし、私だってまだ計画の途中も途中。
今更引き返すことなどできはしない。
それに彼を傷つけることなど初めからわかっていたことだ。
彼の悲痛に直面したからと言って揺らぐくらいならば、はじめから計画などせずこの婚約を素直に受け入れるべきなのだ。
ならば彼の事をしっかり受け止め、その上でこの主張を押し通すしかないだろう。
心を揺らすこともなく淡々と受け止めることなど、あの家に住んでいる私ならば容易だ。
そして、彼の主張を理解した上でとある疑問を口にする。
「貴方の想いは、まるで執着です。私があなたにしたことなど大したことではないはずです。それなのになぜ――――」
「大したことない? 大した事ないですって? どうして、どうしてあなたはそうも……」
頭を抱え、悲痛に訴える彼の声は酷く哀れだった。
これでは本当に悪女になったみたいだ。
もしかしたら、”みたい”ではなくすでにそうなのかもしれないが。
だってここまで傷ついている人を目の前にして、もうどうしようもない事だと思っている自分がいる。
こんなに駄目な私をここまで強く想ってくれる人が苦しんでいるのに。
『せめて、誰か1人の1番になりたかった』
昔、私が死ぬ前に願っていたこと。
たとえ地獄に落ちても、それが叶うのならば幸せだと思っていた。
しかし、生まれ変わってしまったから、私の願いも変わってしまった。
だから今その願いが叶うとしても、私はもう手にしたいと思ったりしない。
それが今の、”私”だから。
ごめんね、リヴェリオ。
いままで向けられたことのない、鋭く冷たい眼差しを正面から受け体が強張る。
低く響いた声には一切の感情が込められていないかのようにも感じた。
一体全体、彼はどうしてしまったのだろう。
エスティは彼の怒りが尋常でないことから、どこか自分の発した言葉に失礼があったのかと反芻してみる。
しかし、客観的に見ても先ほどの質問から彼がここまで怒りを露わにする理由を見つけることなど不可能だとしか思えない。
どうして?
どうしてこんなに彼は怒っているの?
またしても思い浮かぶ疑問に頭の中が支配されて、彼の質問に答えるまで気が回らなかった。
私が困惑するばかりで彼の疑問に答えを返すことができない事に気づいたヴァリタスは、静かに目を閉じもう一度目を開く。
その開かれた瞳から多少の激情は無くなっていたものの、怒りが消えているわけではなかった。
ただ彼は静かに怒っているように見えた。
「最近、あなたの行動はおかしいです。いや、今までもおかしかったのですが」
感情なく告げる言葉に恐怖を感じていた。
いくら馬鹿げたことをしても笑って受けとめていた彼とはまるでかけ離れた言葉に、少しずつ焦りのようなものが沸いてきていた。
「……エスティ、君は。私とメドビン嬢をくっつけようとしていますね?」
「!!」
声も無く驚いた。
まさか彼が気づいていたなんて。
いや、少し考えればわかったことではないか。
だって彼はあの察しの良いベリエル殿下の弟、つまりクロネテス家の人間である。
彼女と引き合わせたことやあのあからさまな席順から、彼が私の単純な計画に感づいてもおかしくはないとなぜ気づかなかったのか。
少し考えればわかることなのに。
先ほどまで彼を子供扱いしていたことに若干呆れつつ、彼の怒りがこれだけではない事はエスティでもわかった。
「貴方が私と婚約を破棄したいと思っているのは知っています。しかし、私はあなたと離れるなんて御免です。それに、今までの事は可愛らしい悪戯で済んでいましたが、今回のことは寛容になることはできません」
私の前世が農民の娘の事や、魔法が全く使えないことがわかったときに私はヴァリタスに婚約を破棄してはどうかと提案してきた。
こんな悪条件な令嬢だとわかったら、彼がすんなり婚約破棄をしてくれると思っていたから。
しかし、彼は私の主張に対し全く取り合うことはなかった。
それどころか何かの冗談かと判断している風で、笑ってあしらわれていたくらいだ。
だから私が婚約の破棄を本気で願っているなんて考えていないのではないかと思っていた。
きっとこれは彼の本音、今まで溜まっていたものなのだろう。
ならば私はきちんと受け止めなければならないのだろう。
「どうしてあなたはそうなのですか。私がいくらあなたを慕っていると伝えても、適当にあしらって。それどころか、私の気持ちも無視して他の令嬢と私の仲を取り持とうとするなんて……」
少しずつ、彼の言葉に感情が込められていく。
静かに、しかし訴えるように告げる彼の言葉は苦しそうで辛そうで。
「私は言ったではありませんか! 彼女は確かに前世の許嫁でありはしても、今好意を抱いているのはあなただけだと! それなのにっ、それなのになぜ、あなたは私の気持ちを蔑ろにするのですか!」
段々と感情的になっていた声色は、すでに怒鳴り声のようになっていた。
それはまるで私の心の奥底まで届くようにと、しっかりと自分の気持ちを私に刻みつけるように言っているようにも思えた。
これが私が行った事の結果なのかもしれない。
彼を傷つけ、こうして苦しめている。
しかし、私だってまだ計画の途中も途中。
今更引き返すことなどできはしない。
それに彼を傷つけることなど初めからわかっていたことだ。
彼の悲痛に直面したからと言って揺らぐくらいならば、はじめから計画などせずこの婚約を素直に受け入れるべきなのだ。
ならば彼の事をしっかり受け止め、その上でこの主張を押し通すしかないだろう。
心を揺らすこともなく淡々と受け止めることなど、あの家に住んでいる私ならば容易だ。
そして、彼の主張を理解した上でとある疑問を口にする。
「貴方の想いは、まるで執着です。私があなたにしたことなど大したことではないはずです。それなのになぜ――――」
「大したことない? 大した事ないですって? どうして、どうしてあなたはそうも……」
頭を抱え、悲痛に訴える彼の声は酷く哀れだった。
これでは本当に悪女になったみたいだ。
もしかしたら、”みたい”ではなくすでにそうなのかもしれないが。
だってここまで傷ついている人を目の前にして、もうどうしようもない事だと思っている自分がいる。
こんなに駄目な私をここまで強く想ってくれる人が苦しんでいるのに。
『せめて、誰か1人の1番になりたかった』
昔、私が死ぬ前に願っていたこと。
たとえ地獄に落ちても、それが叶うのならば幸せだと思っていた。
しかし、生まれ変わってしまったから、私の願いも変わってしまった。
だから今その願いが叶うとしても、私はもう手にしたいと思ったりしない。
それが今の、”私”だから。
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