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第3章
81.彼の苦痛
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「あなたがあの時、前世のことで苦しんでいる私を救ってくれたあの時から、僕はずっとあなただけを見ていたのに……」
やはり10歳のあの事がきっかけだったのか。
私たちの推測は正しかったみたいだ。
「あなただけだったのです。僕を救えたのは……、あなただけだった……」
まるで縋るように絞り出る声。
でも、それだって私じゃなくても良かったはずなのだ。
きっと私じゃなくても。
だから私は同情なんてしない。
ただ、彼の執着の正体を知るために私は彼にとっての”悪役令嬢”になる覚悟をした。
「……いいえ、ヴェリタス様。私はそうは思いません」
そう言い切った私は本当に人間なのか疑いたくなるほどに冷たい者になっていただろう。
それを裏付けるように、パッと顔を上げる彼の顔は驚きと呆れが混ざったようなものだった。
あそこまで哀れな彼を見た後ならば、普通の神経をしている人間ならば反論などするわがない。
それを見越して彼があのように訴えていたわけではないだろうけど。
きっと私以外の人がいれば、彼の主張を聞いて一途で素敵な青年に見えたかもしれない。
しかし私は、彼のこの歪な執着の正体に少なからず心当たりがある。
だって私は前世の彼を知っているから。
だから、彼にここまで同情の余地なくこの言葉をぶつけられたのかもしれない。
「あなたはただ、前世を重ねて私に執着しているだけです。家族にも蔑ろにされて、婚約者には裏切られて、仕えていた主人に全てを奪われて……。なにも手にすることのできなかったあなたが、ただ紹介された婚約者の私をそこまで大切にしようとは、初めは思っていなかったはずです」
はじめの内は反論しようと体を前に起こしたものの、私の言葉にどこか心当たりがあったのか、ぐっと言葉を詰まらせる。
それはきっと私との婚約に対しての憶測が的外れではなかったからだろう。
それを差し引いても、前世の事をここまで酷く言うことに対しては反論するべきだとは思うけれど。
だが彼の反応を見るに、少なからず私が彼を慰めるまでは私に対してどうでもいい人間だと思っていたといことは事実だということだ。
そして、その侮りがあったからこそ彼は私に執着したのだ。
だってほぼ初対面の人間に対してそんな風に思う人間がどのような環境で育っていたのかなんて何となくわかる。
おそらく、彼は頭が良すぎて周りの人間が自分より下の者であると、10歳の時点で既に良く理解していたのだろう。
だからこそ、下の人間である私が彼の悩みを解いてしまえば、どんな形であれ私を意識してしまうのは仕方がないことのなのだろう。
そしてそれは、何の因果か人にとっては一番強い感情である、好意というものを彼に植え付けてしまった。
私が彼の心を溶かしてしまったばっかりに、この執着が始まったのだ。
加えて、何もない私にここまでこだわるのは、彼の前世の経験が強く影響しているのだということも、彼の前世を知っている私からすれば何となく理解できることだった。
***
彼の前世、バートン・クロネテスの生家は元々騎士の家系であったものの、その血筋の才能を見込まれ伯爵位まで昇り詰めた家柄だった。
しかし、彼は剣術の才が全くなく、幼い頃から両親や兄に疎まれていた。
だが、彼には剣術の才能が無い代わりに類稀なる魔術の才能があった。
それは皇帝付き魔法使いという国一番の魔法使いに匹敵するほどの才能であり、事実弱冠12歳で同等の力を持つほどだった。
その才を見込まれ、彼は10歳の時、皇帝の長子である第1皇子の側仕え兼護衛役として抜擢された。
それが彼の有名な悪逆皇帝、クオフォリア帝国最後の皇帝陛下であり私の前世であるリヴェリオ・ヴァン・オルフェリウスだった。
とはいえ、彼らの関係はリヴェリオが処刑される1年前まで非常に良好な関係だった。
なぜかと言えば、生家に蔑ろにされてきたバートンをリヴェリオは優しく受け止めてくれたからだ。
今まで誰かに優しくされた記憶の無かった彼にとって、自分が守るべき主人である彼が自分を一番大切にしてくれる。
それが彼にとってどんなに嬉しかったことなのかは、想像に難くない。
しかし、成長するに従い才能を開花させていくバートンにはじめは蔑ろにしていたクロネテス家も無視できない存在となっていった。
そして、それはリヴェリオが即位してすぐに起きた隣国との戦争の際、劇的に変わることになる。
多くの闘いで戦果を上げる彼に、クロネテス家はバートンに対して掌を返したように仲を取り持とうとしてきた。
たとえその好意に裏があったとしても、いままで蔑ろにされてきた家族に優しくされれば、たとえリヴェリオと言う親友を手に入れていたとしても心が揺らぐのは当然であろう。
だって彼はその時、誰よりも愛に飢えていたのだから。
そんな彼が手を差し伸べてくれた家族に心を開くのは当然の事なのかもしれない。
しかし、そうしてやっと彼らからわだかまりが解かれるのではと安堵した直後、とある侵略計画に巻き込まれ、クロネテス家はバートンと彼の兄と弟を残して全員殺されたのだった。
自国の軍の手によって。
やはり10歳のあの事がきっかけだったのか。
私たちの推測は正しかったみたいだ。
「あなただけだったのです。僕を救えたのは……、あなただけだった……」
まるで縋るように絞り出る声。
でも、それだって私じゃなくても良かったはずなのだ。
きっと私じゃなくても。
だから私は同情なんてしない。
ただ、彼の執着の正体を知るために私は彼にとっての”悪役令嬢”になる覚悟をした。
「……いいえ、ヴェリタス様。私はそうは思いません」
そう言い切った私は本当に人間なのか疑いたくなるほどに冷たい者になっていただろう。
それを裏付けるように、パッと顔を上げる彼の顔は驚きと呆れが混ざったようなものだった。
あそこまで哀れな彼を見た後ならば、普通の神経をしている人間ならば反論などするわがない。
それを見越して彼があのように訴えていたわけではないだろうけど。
きっと私以外の人がいれば、彼の主張を聞いて一途で素敵な青年に見えたかもしれない。
しかし私は、彼のこの歪な執着の正体に少なからず心当たりがある。
だって私は前世の彼を知っているから。
だから、彼にここまで同情の余地なくこの言葉をぶつけられたのかもしれない。
「あなたはただ、前世を重ねて私に執着しているだけです。家族にも蔑ろにされて、婚約者には裏切られて、仕えていた主人に全てを奪われて……。なにも手にすることのできなかったあなたが、ただ紹介された婚約者の私をそこまで大切にしようとは、初めは思っていなかったはずです」
はじめの内は反論しようと体を前に起こしたものの、私の言葉にどこか心当たりがあったのか、ぐっと言葉を詰まらせる。
それはきっと私との婚約に対しての憶測が的外れではなかったからだろう。
それを差し引いても、前世の事をここまで酷く言うことに対しては反論するべきだとは思うけれど。
だが彼の反応を見るに、少なからず私が彼を慰めるまでは私に対してどうでもいい人間だと思っていたといことは事実だということだ。
そして、その侮りがあったからこそ彼は私に執着したのだ。
だってほぼ初対面の人間に対してそんな風に思う人間がどのような環境で育っていたのかなんて何となくわかる。
おそらく、彼は頭が良すぎて周りの人間が自分より下の者であると、10歳の時点で既に良く理解していたのだろう。
だからこそ、下の人間である私が彼の悩みを解いてしまえば、どんな形であれ私を意識してしまうのは仕方がないことのなのだろう。
そしてそれは、何の因果か人にとっては一番強い感情である、好意というものを彼に植え付けてしまった。
私が彼の心を溶かしてしまったばっかりに、この執着が始まったのだ。
加えて、何もない私にここまでこだわるのは、彼の前世の経験が強く影響しているのだということも、彼の前世を知っている私からすれば何となく理解できることだった。
***
彼の前世、バートン・クロネテスの生家は元々騎士の家系であったものの、その血筋の才能を見込まれ伯爵位まで昇り詰めた家柄だった。
しかし、彼は剣術の才が全くなく、幼い頃から両親や兄に疎まれていた。
だが、彼には剣術の才能が無い代わりに類稀なる魔術の才能があった。
それは皇帝付き魔法使いという国一番の魔法使いに匹敵するほどの才能であり、事実弱冠12歳で同等の力を持つほどだった。
その才を見込まれ、彼は10歳の時、皇帝の長子である第1皇子の側仕え兼護衛役として抜擢された。
それが彼の有名な悪逆皇帝、クオフォリア帝国最後の皇帝陛下であり私の前世であるリヴェリオ・ヴァン・オルフェリウスだった。
とはいえ、彼らの関係はリヴェリオが処刑される1年前まで非常に良好な関係だった。
なぜかと言えば、生家に蔑ろにされてきたバートンをリヴェリオは優しく受け止めてくれたからだ。
今まで誰かに優しくされた記憶の無かった彼にとって、自分が守るべき主人である彼が自分を一番大切にしてくれる。
それが彼にとってどんなに嬉しかったことなのかは、想像に難くない。
しかし、成長するに従い才能を開花させていくバートンにはじめは蔑ろにしていたクロネテス家も無視できない存在となっていった。
そして、それはリヴェリオが即位してすぐに起きた隣国との戦争の際、劇的に変わることになる。
多くの闘いで戦果を上げる彼に、クロネテス家はバートンに対して掌を返したように仲を取り持とうとしてきた。
たとえその好意に裏があったとしても、いままで蔑ろにされてきた家族に優しくされれば、たとえリヴェリオと言う親友を手に入れていたとしても心が揺らぐのは当然であろう。
だって彼はその時、誰よりも愛に飢えていたのだから。
そんな彼が手を差し伸べてくれた家族に心を開くのは当然の事なのかもしれない。
しかし、そうしてやっと彼らからわだかまりが解かれるのではと安堵した直後、とある侵略計画に巻き込まれ、クロネテス家はバートンと彼の兄と弟を残して全員殺されたのだった。
自国の軍の手によって。
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