悪逆皇帝は来世で幸せになります!

CazuSa

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第3章

82.沈む2人の想い

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彼にとって、家族や婚約者がいたとしても、誰よりも心を開いていたのは主であるリヴェリオであった。
しかし、リヴェリオの手によって彼の幸せは手に入れる直前に全てを奪われてしまった。

それはどんなに苦しいものだったのだろう。

一番信じていたものに裏切られた。
もしかしたら、自分の欲しかったものを手に入れることができるかもしれない、と思った矢先に。

そんな経験をしていれば人間不信になるのは当然だ。

それはきっと私もヴァリタスも同じ。

しかし、生まれ変わった彼は私と言う存在に出会ってしまった。
そこでまた信じてしまったのだ。
今度こそ愛を与えあえる相手だと。

それはリヴェリオとバートンの位の違いからくる願望なのかどうなのかはわからない。
しかし、生まれ変わってもまた誰かを信じられるほどの勇気を持っている彼は、私と同じ経験をしていながらも全く別の選択ができる人間なのだということだけははっきりしている。

そんな強さが私にも欲しかった。
いや、違う。

きっと彼らはただ単に純粋なだけかもしれない。
だからまた人を信じることができるのだ。

だって、自分の幸せのために相手を傷つけることしか考えつかないような、酷い私とは違うのだから。

しかし、彼の行おうとしていることはやはり間違いだ。
だって私は彼が好意を抱いてくれたあの時以来、優しくなんてしていない。
もし仮にしていたとしても、それは同情からくる偽善に他ならない。

つまり、彼の思う”私”と本当の私は違うのだ。
おそらく彼はその経験の印象が強すぎて私に幻想を抱いているだけだ。
本当の私ではなく、彼を慰めてくれた理想の私にこだわっているだけならそれは空しすぎる。

何より、私のような人間と一緒になって彼が幸せになる未来など、来るはずがないのだ。
だって、絶対に前世の事を隠し通せるわけがないのだから。

だから早いうちに彼に本当の私を見せるべきなのだ。
冷たくて自己中心的で無慈悲な私を。

きっとそうすれば、この私へ向かう純粋無垢で面倒な執着も終わるだろう。

「でも、私があなたへしたことはきっと無駄だったと思います。だって今、あなたの前世を知っている方は殆どいないではありませんか。それにきっとあの時あなたが私へ前世の事を言わなければ、私だって前世のことを知らなかったはずです。それ程までに、あなたの前世は機密事項なのです。だから、あなたが私にこだわる理由など、本当になにもないはずなのです」

あの時彼が苦しんでいたのは、彼の行動が全て偉大な前世、英雄バートンというフィルターを通して評価されてしまうのではないかという不安からだ。
しかし、今現在彼がその被害に遭うことは全くない。

だって、そもそもその事実を知る人間が少ないから。
恐らく、彼の父、現国王陛下は建前はどうであれ彼のその不安を見越して、前世のことを隠したのだろう。
つまり、彼の悩みなど少し待てば必ず解決するようなことだったのだ。

だから、彼が私に相談したことなど、少し待っていただけで解決された事なのだ。

「確かにあなたの言うことは間違っていないのかもしれません……。それでも、それでも僕はっ! 僕は……」

徐々に言葉に力が無くなっていく彼が酷く哀れで仕方なかった。
きっと彼もそんな事はもう分かっていたのかもしれない。
それでも私を好きだったのは、また誰かを信じたいという前世からの願望からか。

できれば、その願いを叶えてあげたかった。
だって私も、生前それをずっと願っていたから。

でも、それはできない。

だってもう私はリヴェリオじゃないから。
私として叶えたい願いがあるから。

だから絶対に彼の主張を受け入れるわけにはいかない。
この婚約を破棄するためには。

口を押えて、辛そうな顔をする彼が痛々しい。
私が突き付けた事実は、彼にとっては相当ショックなことだったのだろう。
しかし、彼が反論しないところを見るにきっと多少でも理解したのだろう。

自分の抱いていた好意の正体に。

「お待たせいたしました、ラズベリーケーキでございます」

全く空気の読めないウェイターが、私たちの目の前にケーキを静かに置いていく。
この重い空気の中で、よく割って入ってくることができるわね。

一体どういう訓練を受けていればそんな鉄の心臓が出来上がるのだろうか。

運ばれてきたケーキは、王子が選んだ店だけあって食べ物であるにも関わらずまるで美術品のような出来栄えだった。
キラキラと光る宝石みたいなジャムがケーキの上に美しく乗せられていて、いつもだったらつい見惚れてしまうことだろう。
しかし綺麗なケーキを目の前にしても、まだ心は沈んだままだった。

ちらりと彼を見ると、まだ下を向いて顔を上げようとしない。
これではケーキが来たことも気づいていないのではないだろうか。

せっかく彼の選んだケーキが運ばれてきたのに、こんな空気では口に運んだとしてもきっと味なんてわからないのではないだろうか。
それでも貴族の癖に貧乏性を患っている私は、スプーンを手に取りそのケーキに切れ込みを入れようとしたときだった。

「すまない、エスティ。今日はここで帰らせてもらうよ」

ガタンッ。

大きな音を立て、机に手をついて立ち上がると速足で出口の方へ出ていってしまった。
私と2つのケーキを残して。
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