悪逆皇帝は来世で幸せになります!

CazuSa

文字の大きさ
87 / 339
第3章

86.その温もりに触れてはいけない

しおりを挟む
その日の放課後、メドビン嬢を呼び出すと現れた彼女に早速私は低姿勢で懇願した。

「お願い! ヴァリタス様を市井見学会の自由行動の時に一緒に周ってほしいって誘ってくれないかしら」

いきなり頭を下げ、両手を合わせながら頼み込む私の姿に、メドビン嬢は何事かと驚いた。
そして私が何をしているのか理解すると、おろおろとどう対処すれば良いかわからない様子で酷く困惑した。
物凄く焦っているのが下を向いている私にも伝わってくる。

「頭をお上げくださいベルフェリト様。そんな、私なんかに頭を下げるなんてっ」

声からして相当困っているのだろう。
可哀そうだが、彼女の言う事を聞くわけにはいかない。
彼女が承諾してくれるまでは、この姿勢を崩すわけにはいかないのだ。

「お願いよ、メドビン嬢! あなたにしか頼めないの!」

「わ、私にしか、ですか……?」

あれ? なんだか声の調子が変わったような。
お、これはもしや効いてる?
なんだかわからないけれど、これはもう少し粘ればいけるかも……!

「そうなの! これはナタリー様でもミリアでもなく、メドビン嬢にしか頼めないことなの」

「ナ、ナタリー様にも頼めないことを、私に……」

なんだか先ほどの困ったような声色とは打って変わって、少し嬉しそうな声になったような気がする。
恐る恐る顔を上げると、少し困ったような表情をしているものの、頬を赤らめた彼女がそこにいた。

これは……、どういう表情なんだろう?
もしかして、ちょっと喜んでたりする?

な、なんで?

「あ、で、でもどうして私にそんなことを?」

「最近私とヴァリタス様の仲が、ちょっと、その……。変わったことには気づいていたでしょう?」

「え、ええ。はい、確かに最近言葉数が少ないですよね」

本当は言葉数が少ないなんてものじゃなく、まったく会話なんてないのだが、流石は彼女だ。
気を使って言葉を選んでいる。

確かここ数年で男爵位を したと聞いたから、他の令嬢よりも教育は遅かったはずなのに。
そんな所作からも彼女の頭の良さと容量の良さが伺えた。

「それでね、仲直りをしたいのだけど、自分から誘うのには勇気がなくて……。メドビン嬢、最近ヴァリタス様と仲がいいじゃない? だからあなたから誘ってくれればなぁ~なんて」

「え⁈ 仲が良いなんてそんなっ! でも私が誘っても殿下が来て下さるかどうか……」

ああ、あなたもそう思うのね。
やっぱり私って人間関係について理解が足りないみたい。

「だ、大丈夫! 私が仲直りしたいって言えば、彼もきっと承諾してくれると思うから!」

「で、ですが……」

そんな自信があるのなら自分で誘えと言いたいだろうが、メドビン嬢はそんな素振りも見せずどうしようか迷っている様子だった。
いや~、やっぱりこの子良い子過ぎるよっ。

できれば本当にヴァリタスと結婚してくれれば良いのに……。
そうすれば彼も幸せになるだろうし、彼女だって幸せに……なるとは限らないかも。
だってこの国の次期国王陛下の弟の妻になるということだし、最近まで平民だった彼女には大変なことが多くて大変だろう……。

って、そんな現実になるかもわからない心配は置いといて。

「分かりました。ベルフェリト様がそこまでおっしゃるのでしたら、私、協力いたします!」

私がおかしな妄想を繰り広げている間に彼女は決意を固めてくれたらしい。
しっかりと私の瞳を見つめそう断言してくれた。

「ほ、本当! ありがとう! メドビン嬢!」

「っきゃ! ベルフェリト様、危ないです」

思わず飛びつく私に、少しバランスを崩したメドビン嬢がそう注意する。
しかしその声はなんだか嬉しそうだ。

本当に可愛らしい方だなぁ。
いやぁ、こんな可愛い令嬢に合法的に抱き着けるなんて役得役得。
なんて変態親父みたいなことを思っていたら、なぜだか彼女の手が私の背中に回されて……。

こ、これはどういう反応なの?
てっきり優しい彼女だから、このまま身を任せて私の気の済むまでこの姿勢のままになってくれるのだと思っていたけど。
まさか抱き返してくるなんて。

でもなんだろう、すごく落ち着く。
人の温もりに触れるのが久しぶりだから?
そういえば、この間もメドビン嬢に抱き着いたことがあったけど、あのときも同じような感覚に襲われたっけ。

でもこうやって人に抱きしめてもらうのなんていつぶりだろう。

最後にこの温もりに触れたのは。

そうだ、あの日、8歳の時、教会に連れてかれて前世が判明した日の夜。
前世が怖くて夜泣いていたら、お母さまがずっと抱きしめながら一緒に寝てくれたっけ。

そうか。あの時と同じだ。
彼女の温もりはお母さまのものに似てるんだ。
だからこんなに温かくてホッとして、切なくなるんだ。

思わずぎゅっと彼女へ回した腕に力が入り、顔を肩へ埋めた。
その瞬間、彼女の体が小さくビクリと跳ねる。

「ベルフェリト様?」

彼女の困惑した声が聞こえ、ハッとした。

いけない。
この温もりに浸り過ぎたら、私の願いが変わってしまう。
誰かと一緒にいたいなんて、思ってしまう。
そんなこと、絶対に駄目!

バッと彼女の体を無理やり引きはがすと、数歩後ろに後ずさった。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

【完結】番である私の旦那様

桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族! 黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。 バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。 オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。 気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。 でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!) 大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです! 神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。 前半は転移する前の私生活から始まります。

悪役令嬢が美形すぎるせいで話が進まない

陽炎氷柱
恋愛
「傾国の美女になってしまったんだが」 デブス系悪役令嬢に生まれた私は、とにかく美しい悪の華になろうとがんばった。賢くて美しい令嬢なら、だとえ断罪されてもまだ未来がある。 そう思って、前世の知識を活用してダイエットに励んだのだが。 いつの間にかパトロンが大量発生していた。 ところでヒロインさん、そんなにハンカチを強く嚙んだら歯並びが悪くなりますよ?

【完結】ヒロインに転生しましたが、モブのイケオジが好きなので、悪役令嬢の婚約破棄を回避させたつもりが、やっぱり婚約破棄されている。

樹結理(きゆり)
恋愛
「アイリーン、貴女との婚約は破棄させてもらう」 大勢が集まるパーティの場で、この国の第一王子セルディ殿下がそう宣言した。 はぁぁあ!? なんでどうしてそうなった!! 私の必死の努力を返してー!! 乙女ゲーム『ラベルシアの乙女』の世界に転生してしまった日本人のアラサー女子。 気付けば物語が始まる学園への入学式の日。 私ってヒロインなの!?攻略対象のイケメンたちに囲まれる日々。でも!私が好きなのは攻略対象たちじゃないのよー!! 私が好きなのは攻略対象でもなんでもない、物語にたった二回しか出てこないイケオジ! 所謂モブと言っても過言ではないほど、関わることが少ないイケオジ。 でもでも!せっかくこの世界に転生出来たのなら何度も見たイケメンたちよりも、レアなイケオジを!! 攻略対象たちや悪役令嬢と友好的な関係を築きつつ、悪役令嬢の婚約破棄を回避しつつ、イケオジを狙う十六歳、侯爵令嬢! 必死に悪役令嬢の婚約破棄イベントを回避してきたつもりが、なんでどうしてそうなった!! やっぱり婚約破棄されてるじゃないのー!! 必死に努力したのは無駄足だったのか!?ヒロインは一体誰と結ばれるのか……。 ※この物語は作者の世界観から成り立っております。正式な貴族社会をお望みの方はご遠慮ください。 ※この作品は小説家になろう、カクヨムで完結済み。

モブ転生とはこんなもの

詩森さよ(さよ吉)
恋愛
あたしはナナ。貧乏伯爵令嬢で転生者です。 乙女ゲームのプロローグで死んじゃうモブに転生したけど、奇跡的に助かったおかげで現在元気で幸せです。 今ゲームのラスト近くの婚約破棄の現場にいるんだけど、なんだか様子がおかしいの。 いったいどうしたらいいのかしら……。 現在筆者の時間的かつ体力的に感想などを受け付けない設定にしております。 どうぞよろしくお願いいたします。 他サイトでも公開しています。

バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました

美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?

処理中です...