悪逆皇帝は来世で幸せになります!

CazuSa

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第3章

99.市井見学会⑩

しばらく走った後、もう大丈夫だろうと判断し緩やかに足を止めた。
息を切らすまで走ったせいで呼吸をするのが苦しい。
両手を膝に置いて呼吸を整える。
呼吸が落ち着いたところで、やっと周りの景色を見るだけの余裕ができた。

…………ここ、どこ?

先ほどの賑わいとは打って変わり、周りは暗い暗い路地裏のようだった。
いつの間にこんなところに来てしまったのだろう。
湿気に包まれ、昼間だというのに薄暗い景色が不安を掻き立てる。

とりあえずさっきまでいた大通りに戻らなきゃ。
不安な気持ちを押し殺し、周りを確認しながら恐る恐る歩きだした。

時折聞こえるネズミの鳴き声にびくびくしながら、来た道を戻るものの薄暗い路地はいつまでも続いており心細さが徐々に増していく。
無我夢中で走っていたせいで、自分がどこから来たのかわからない。
来た道を戻っているはずなのに、見覚えのない景色ばかりでこちらの方向で合っているのかすらわからなくなっていく。

このまま暗闇に飲み込まれてしまうのではないかと、大袈裟に考えながらどうにか足を止めないように努めた。

襲われませんように、襲われませんように。
心の中でそう願いながら怯えていた。

貴族の、特に私の通っている学院の生徒に手を出す平民などこの国にはいない。
痛い目に遭うことがわかっているからだ。

貴族は子供でも魔法が使える分大人の平民よりも力がある。
だからこんな一見攫われてしまうようなリスクのある行事だって、我が学院は毎年恒例で行えているのだ。
しかし、それは魔法が使える子息令嬢の話。

私は一切魔法が使えないから、一度襲われてしまえば無抵抗のまま相手に従うしかなくなるだろう。
その結果なにが起こるかなんて、想像したくもない。

それでもこの行事に参加できたのは、同じ班にセイラやナタリーといった学年の中でも有力の魔法の使い手がいたからだ。
そんなのわかりきったことだったのに、どうして私はこんな軽率な行動に出てしまったのだろう。

しかし、そんな後悔を今している場合ではない。
このリスクのある状況を一刻も早く脱しなければ。

「おや珍しい。こんなところで貴方みたいな人に出逢えるとはね」

瞬間ビクリと体が跳ねた。
バッと声のした方に体を向けると、そこには黒いローブを目深に被った人物が座っていた。
声と体の大きさからして、おそらく老人だということがわかる。

彼の目の前には布の被さった台が置かれており、その上にはお札のようなものや数珠のようなものが置いてある。
おそらく占い師かなにかなのだろう。
しかしこの路地の雰囲気と相手の顔が確認できないという状況が相まって、警戒するように後ずさりした。

だが、老人はそんな私の様子など全く気にしていないかのようだった。
唯一見える口をにやりと歪めると、不気味な笑いを浮かべた。

その様子がものすごく不気味で、今すぐ逃げ出したかった。
しかし、次の彼の言葉に足を動かせなくなった。

「お嬢さん、愛されてるんだね。この世界に」

「あ、い……?」

その言葉の意味が私にはまったく理解できなかった。

何を言っているのだろう、この怪しい人。
私が世界に愛されてる?

そんなわけない。
だってこの国の人たちは私の前世を忌み嫌っている。
そんな前世を持つ私の魂には、少なからず彼らの呪詛が纏わりついているはずなのだ。

たとえ生まれ変わっても、魂は同じものなんだもの。
前世に犯した罪が消えないように、前世の私に向けられた恨み辛みの呪詛がなくなることはない。
だから私が世界から愛されているなんて、あるわけないのだ。

彼の発した言葉に困惑していると、またもや私の様子など意に介さないように半分独り言のようにこちらに話掛ける。

「でも可哀そうに。燃やしてもらえなかったんだね」

もや、して?

もう、彼の言うことが理解できなくなっていた。
発せられた言葉は私には理解できないもので、ただ独り言を発しているように思える。

しかし、その物騒な言葉が妙に引っかかった。

私には身に覚えのないことのはずなのに。
でも、どうして。
どうしてこんなにも胸が痛いのだろう。

『燃やしてもらえなかった』

その一言でまるで見えていた希望の光が潰えてしまったような。
奈落の底に落とされたような気分になる。

さっきまでの、セイラとヴァリタスが仲良く話していたことに対して落ちこんでいたものとは明らかに違う。
自分のことなのに、どうしてこんな風に思うのかわからない。
それがどういう意味なのか、どうしても知りたかった。

「あの、それってどういうことなのですか?」

思わずその人に話掛ける。
すると、ローブが緩やかに動き彼が少し顔を上げたように見えた。
顔は見えないが私をまじまじと見つめているようだ。

「知りたいのかい? お嬢さん」

それは確認のための言葉だったのだろうが、私には覚悟を試されているように感じた。
本当にそれを聞いて良いのか。
聞いて後悔しないのか。

そう、問いかけられているように思えた。

「それが貴方にとって、思い出したくない事実だとしても?」
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