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第3章
103.歪みゆく心
少し歩き、中庭へと移動した私たち。
今日はテスト返却ということもあり、お昼には放課後になっている関係からかいつも人で賑わっているこの場所もほとんど人がいない。
ナタリーは立ち止まると数歩後ろについてきた私に向き直るように、クルリと体を半回転させた。
その仕草は令嬢そのものだった。
いつもの令嬢らしからぬ彼女ばかり見てきていたせいか、そのギャップに戸惑いながらも素直に美しいと思った。
だが振り返った彼女の顔は険しく、いつもの優し気な表情ではなかった。
その真剣な眼差しからただごとではないということだけは伺える。
やはり私は何かとんでもないことを忘れているのだろうか。
焦る気持ちが徐々に私の心を占めていった。
そんな様子には全く気付かず彼女は開口一番に本題へと切り込んだ。
「最近、セイラが嫌がらせに遭っているのだけど、エスティ知っていた?」
「えっ?」
彼女からの相談がてっきりヴァリタスとセイラの仲を取り持つ例の計画の事だろうと勝手に憶測を立てていた私は呆気に取られてしまった。
セイラが虐められてる?
そんなの知らない。
そもそも彼女が虐められていること自体、私は気づいていなかった。
「物を隠されたり、すれ違いざま暴言を吐かれていたり。まだ小さいことばかりだけど、あの子結構悩んでいるみたいなの。私もあなたの計画に同意したとはいえ、実際に彼女がそういう目に遭っているのを見るとやっぱり……。ねぇ、あの計画どうにか変更できないかしら」
「ち、ちがっ、それは私じゃっ」
彼女の言った言葉に、どこか意図を感じた私はハッとして必死に否定の言葉を掛けた。
ナタリーは何を言っているのかわからないような顔を私に向けた。
「ええ、それは分かっているわ」
おそらく彼女は私が行っているとは思っていないのだろう。
しかしため息を吐くように俯きがちにそう告げるナタリーの態度に、私の心はますます不安になっていった。
本当?
本当に分かっているの?
そう言って本当は私の言葉なんて届いていないんじゃないの?
前世の経験が私の心を徐々に蝕んでいった。
負の感情が溢れ出して止まらない。
怖い。
こわい。
「ねぇ、ナタリー信じて、本当に私じゃないの!」
不安な気持ちはどうしたって拭えなかった。
堪らなくなった私は再度彼女に弁解する。
しかし彼女の顔は更に曇るばかりだった。
「……エスティ。最近あなたおかしいわよ、なにかあったの?」
おかしい? 私が?
何を言っているの?
おかしいのはみんなじゃない。
どうして私が言ったこと、全部無視するの?
まるで私がここにいないみたいに振舞うのはどうして?
ちゃんと私はここにいるのに……。
わからない。
皆のこと、全然わからないよ……。
とうとう俯き、黙り込んでしまった私にどうして良いのかわからず、ナタリーは慰めようと手を伸ばした。
しかし、その手は結局なにも掴むことはなく、だらりと降ろしただけだった。
「とにかく、私も協力して考えるから。お願いねエスティ。そろそろセイラが心配すると困るから私は戻るけど、あなたはどうするの?」
彼女の言葉に同意することはできず、俯いたまま首をふるふる横に振るだけの返事を返した。
私がまだ可笑しいのが、おそらくそれで伝わったのだろう。
それ以上食い下がるようなことはしなかった。
「わかったわ。あなたは別の用事で遅くなるって言っておくわね」
優しい気遣いを見せてくれた彼女に、結局私はそちらへ向くこともなくナタリーが去っていく足音だけを聞いていた。
セイラ。
彼女に関われば、皆彼女が好きになる。
特別できれいで優しくて、きっととても強い子。
だからナタリーも、そしていずれヴァリタスも好きになっていくことだろう。
おそらくそうなったとき、そこに私はいない。
影さえもない。
ああ、羨ましい。
羨ましくて堪らない。
私にはそんな幸せ、巡ってはこない。
だって、彼女は隠し事なんてないんだもの。
私みたいに邪悪で恐ろしい隠し事なんて1つもない。
ありのままの自分を見せて、あんなに人に好かれてる。
それはなんて自由なんだろう。
なんて、幸せなんだろう。
きっと、本当の自分を知られるんじゃないかっていう恐怖なんて感じたこともないのだろう。
家族に忌み嫌われるほどの本当の自分なんて持っていないのだろう。
眩しい。
彼女は眩しすぎて傍にいたら、私はそこにいられなくなる。
それほどまでに、私にとっては眩しすぎる存在なのだ。
離れなくては。
彼女から離れなくては。
私がこんなにも自分を惨めに思うのも、こんなに気分が落ち込むのもおそらく彼女と関わっているからだ。
ならば離れなくては。
一刻も早くあの計画を進めなければ。
じゃないと。
じゃないと私は……。
その時、ポツリと頬に何かが当たった。
冷たいそれは、次第に体の隅々まで私を覆いつくした。
「……あめ」
冷たい雨。
心だけじゃなく、体まで冷えていく。
このままこの気持ちも全部洗い流して、全て忘れられたらいいのに。
そうして彼女の傍にいても大丈夫な私になれたらいいのに。
空を見上げ、そのままぼうっと立ち尽くしていた。
と、そこへ何かが私と空の間に割って入ってきたのが視界に入った。
なに? この赤いの……。
ぼうっとする頭で可笑しなことを考えていたときだった。
「帰りましょう、お嬢様」
聞き覚えのある声にフッと視線を向けた。
心配そうに顔を歪めたミリアがそこに立っていた。
今日はテスト返却ということもあり、お昼には放課後になっている関係からかいつも人で賑わっているこの場所もほとんど人がいない。
ナタリーは立ち止まると数歩後ろについてきた私に向き直るように、クルリと体を半回転させた。
その仕草は令嬢そのものだった。
いつもの令嬢らしからぬ彼女ばかり見てきていたせいか、そのギャップに戸惑いながらも素直に美しいと思った。
だが振り返った彼女の顔は険しく、いつもの優し気な表情ではなかった。
その真剣な眼差しからただごとではないということだけは伺える。
やはり私は何かとんでもないことを忘れているのだろうか。
焦る気持ちが徐々に私の心を占めていった。
そんな様子には全く気付かず彼女は開口一番に本題へと切り込んだ。
「最近、セイラが嫌がらせに遭っているのだけど、エスティ知っていた?」
「えっ?」
彼女からの相談がてっきりヴァリタスとセイラの仲を取り持つ例の計画の事だろうと勝手に憶測を立てていた私は呆気に取られてしまった。
セイラが虐められてる?
そんなの知らない。
そもそも彼女が虐められていること自体、私は気づいていなかった。
「物を隠されたり、すれ違いざま暴言を吐かれていたり。まだ小さいことばかりだけど、あの子結構悩んでいるみたいなの。私もあなたの計画に同意したとはいえ、実際に彼女がそういう目に遭っているのを見るとやっぱり……。ねぇ、あの計画どうにか変更できないかしら」
「ち、ちがっ、それは私じゃっ」
彼女の言った言葉に、どこか意図を感じた私はハッとして必死に否定の言葉を掛けた。
ナタリーは何を言っているのかわからないような顔を私に向けた。
「ええ、それは分かっているわ」
おそらく彼女は私が行っているとは思っていないのだろう。
しかしため息を吐くように俯きがちにそう告げるナタリーの態度に、私の心はますます不安になっていった。
本当?
本当に分かっているの?
そう言って本当は私の言葉なんて届いていないんじゃないの?
前世の経験が私の心を徐々に蝕んでいった。
負の感情が溢れ出して止まらない。
怖い。
こわい。
「ねぇ、ナタリー信じて、本当に私じゃないの!」
不安な気持ちはどうしたって拭えなかった。
堪らなくなった私は再度彼女に弁解する。
しかし彼女の顔は更に曇るばかりだった。
「……エスティ。最近あなたおかしいわよ、なにかあったの?」
おかしい? 私が?
何を言っているの?
おかしいのはみんなじゃない。
どうして私が言ったこと、全部無視するの?
まるで私がここにいないみたいに振舞うのはどうして?
ちゃんと私はここにいるのに……。
わからない。
皆のこと、全然わからないよ……。
とうとう俯き、黙り込んでしまった私にどうして良いのかわからず、ナタリーは慰めようと手を伸ばした。
しかし、その手は結局なにも掴むことはなく、だらりと降ろしただけだった。
「とにかく、私も協力して考えるから。お願いねエスティ。そろそろセイラが心配すると困るから私は戻るけど、あなたはどうするの?」
彼女の言葉に同意することはできず、俯いたまま首をふるふる横に振るだけの返事を返した。
私がまだ可笑しいのが、おそらくそれで伝わったのだろう。
それ以上食い下がるようなことはしなかった。
「わかったわ。あなたは別の用事で遅くなるって言っておくわね」
優しい気遣いを見せてくれた彼女に、結局私はそちらへ向くこともなくナタリーが去っていく足音だけを聞いていた。
セイラ。
彼女に関われば、皆彼女が好きになる。
特別できれいで優しくて、きっととても強い子。
だからナタリーも、そしていずれヴァリタスも好きになっていくことだろう。
おそらくそうなったとき、そこに私はいない。
影さえもない。
ああ、羨ましい。
羨ましくて堪らない。
私にはそんな幸せ、巡ってはこない。
だって、彼女は隠し事なんてないんだもの。
私みたいに邪悪で恐ろしい隠し事なんて1つもない。
ありのままの自分を見せて、あんなに人に好かれてる。
それはなんて自由なんだろう。
なんて、幸せなんだろう。
きっと、本当の自分を知られるんじゃないかっていう恐怖なんて感じたこともないのだろう。
家族に忌み嫌われるほどの本当の自分なんて持っていないのだろう。
眩しい。
彼女は眩しすぎて傍にいたら、私はそこにいられなくなる。
それほどまでに、私にとっては眩しすぎる存在なのだ。
離れなくては。
彼女から離れなくては。
私がこんなにも自分を惨めに思うのも、こんなに気分が落ち込むのもおそらく彼女と関わっているからだ。
ならば離れなくては。
一刻も早くあの計画を進めなければ。
じゃないと。
じゃないと私は……。
その時、ポツリと頬に何かが当たった。
冷たいそれは、次第に体の隅々まで私を覆いつくした。
「……あめ」
冷たい雨。
心だけじゃなく、体まで冷えていく。
このままこの気持ちも全部洗い流して、全て忘れられたらいいのに。
そうして彼女の傍にいても大丈夫な私になれたらいいのに。
空を見上げ、そのままぼうっと立ち尽くしていた。
と、そこへ何かが私と空の間に割って入ってきたのが視界に入った。
なに? この赤いの……。
ぼうっとする頭で可笑しなことを考えていたときだった。
「帰りましょう、お嬢様」
聞き覚えのある声にフッと視線を向けた。
心配そうに顔を歪めたミリアがそこに立っていた。
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なろうさんで開催されていた、氷雨そら先生、キムラましゅろう先生主催、
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お楽しみいただけると幸いです。