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第4章
147.彼女の兄と問いかけ
「……グレス様は」
エスティの母君の生家である屋敷に向かう途中、浮かび上がった疑問を押さえつけることができず、思わず前を歩く彼に声を掛けた。
彼女は僕の腕の中でいつの間にか寝息を立てている。
彼女のいる場では話せないような内容だったため、都合がよい。
「何かおっしゃいましたか?」
足音で聞こえずらかったのか、彼はこちらを振り返った。
顔には焦りが見える。
先ほどから早足で歩いているような気がしていたが、気のせいではなかったようだ。
問いかけても足が動いていることを見ると、相当なもののようだ。
いつも冷静な印象を纏っている彼とは思えないような姿だった。
覚悟を決めるように口の中の空気を飲み込む。
思った以上に口の中が乾いていることに驚いたと同時に、自分が緊張していることに気づいた。
確かに今から話す内容によっては、僕にとっても良い事ではない事実が告げられるかもしれない。
しかし、このままこの引っかかりを放っておくわけにもいかなかった。
「グレス様は、エスティの前世をご存じなのですか?」
そう彼に問いかけた瞬間、それまで早足で動いていた足がピタリと止まった。
先ほどまで彼女を心配していた彼の行動とはあべこべなその反応に、自分の勘が間違えではなかったようだ。
「それは一体どういう意味ですか?」
こちらに背中を向けたまま、問いに問いで返されてしまった。
おそらく僕とこの会話をするのを回避しようとしているのだろう。
しかし、もうすでに先ほどの彼の反応から、彼らがエスティの前世について何かを隠していることは明らかだ。
これ以上、有耶無耶にするのもいい加減にしないといけないと考えていたところだったのだ。
この機会に彼女について、もう少し深く知らなければ。
その焦りが、僕の中で日に日に大きくなっていくのを感じていたのもあったのだと思う。
「グレス様はエスティの前世について、どういう方だったと聞いているのでしょうか」
とはいえ、頭の良い彼へ直球に問いかけても正直に事実を話してもらえるとは思っていない。
王族である僕の立場であるならば、先ほどの問いかけで話てくれるかもしれないと期待していたがそうではなかったのだ。
どうやら王族に対しての忠誠があっても隠し通したいことらしい。
そっちがその気ならば、こちらも相応の手立てを持って接するべきだと感じた。
僕の問いかけに少しばかり固まっていたグレス様だったが、徐々に止めていた足を動かしはじめた。
「何を今更、殿下も聞いておられるでしょう? そこいらの町娘だったと」
声色はいつもの明るいものに戻っているものの、表情が見えないからかそれが本当の事を言っているのかを判別することが出来なかった。
「ええ、確かに聞いています。しかし最近そうではないように思えて仕方ないのです」
「と、言いますと?」
声の調子は相変わらず明るい。
しかしそれが、わざと出しているもののように思えて仕方なかった。
今度は僕が足を止めた。
やはり先ほどの事を問いかけなければならないようだと、覚悟したからだった。
どんな言葉が返ってきても、ちゃんと受け止めなければ。
数歩歩いたところで、僕が足を止めたことに気づいたのかグレス様も足を止めた。
こちらを振り向いた彼は、不思議そうにこちらを見つめていた。
まだ、彼女は僕の腕の中で静かな吐息を立てている。
「先ほど、魔物に襲われたとき、呼ばれたんです。僕の、前世の名前を」
「えっ?」
驚いたような彼の顔は思っていた通りのものだった。
いや、そう思いたかっただけかもしれない。
それは何かに怯えているようにも見えた。
まるで絶望的な状況に追い立てられたような、そんな顔だった。
それが何か恐ろしい事実がそこにあるように感じられて、途端に不安に駆られた。
しかし、先ほどの言葉を告げた瞬間に後戻りできないこともわかっていた。
「エスティの前世は、ただの村娘ではありませんよね」
キュッと口を結び、険しい表情に変わった。
しばらく沈黙が続いたが、ふと彼の口が小さく開いた。
「もし、ヴァリタス様にとってエスティの前世がひどく残酷なものだったとしたら、貴方は彼女を嫌いになりますか?」
その問いかけに彼の意図が見えず混乱する。
依然険しい彼の表情に、それがどのような意味を含んでいるのか探ろうとしてみるものの、どうしてもわからなかった。
前世が残酷とは、一体どういう意味なのだろう。
やはり彼女の前世は私のすぐ近くにいた人物だったということなのだろうか。
しかし、その人物が誰なのか僕には全く見当がついていなかった。
そのことが僕を躊躇させる。
言葉を詰まらせる僕に追い打ちをかけるように彼が口を開く。
「貴方はエスティの前世がどんな人間であったとしても、今の彼女を信じてくれますか?」
冷たく重く、熱の籠った声だった。
その声色から、グレス様がどれほどエスティを大事にしているのかが伺い知れる。
しかし、それがどういう意味なのかはその問いからも全くわからなかった。
だが、それは。
彼女の秘密が、前世が、途轍もなく重いものだということを物語っているようだった。
エスティの母君の生家である屋敷に向かう途中、浮かび上がった疑問を押さえつけることができず、思わず前を歩く彼に声を掛けた。
彼女は僕の腕の中でいつの間にか寝息を立てている。
彼女のいる場では話せないような内容だったため、都合がよい。
「何かおっしゃいましたか?」
足音で聞こえずらかったのか、彼はこちらを振り返った。
顔には焦りが見える。
先ほどから早足で歩いているような気がしていたが、気のせいではなかったようだ。
問いかけても足が動いていることを見ると、相当なもののようだ。
いつも冷静な印象を纏っている彼とは思えないような姿だった。
覚悟を決めるように口の中の空気を飲み込む。
思った以上に口の中が乾いていることに驚いたと同時に、自分が緊張していることに気づいた。
確かに今から話す内容によっては、僕にとっても良い事ではない事実が告げられるかもしれない。
しかし、このままこの引っかかりを放っておくわけにもいかなかった。
「グレス様は、エスティの前世をご存じなのですか?」
そう彼に問いかけた瞬間、それまで早足で動いていた足がピタリと止まった。
先ほどまで彼女を心配していた彼の行動とはあべこべなその反応に、自分の勘が間違えではなかったようだ。
「それは一体どういう意味ですか?」
こちらに背中を向けたまま、問いに問いで返されてしまった。
おそらく僕とこの会話をするのを回避しようとしているのだろう。
しかし、もうすでに先ほどの彼の反応から、彼らがエスティの前世について何かを隠していることは明らかだ。
これ以上、有耶無耶にするのもいい加減にしないといけないと考えていたところだったのだ。
この機会に彼女について、もう少し深く知らなければ。
その焦りが、僕の中で日に日に大きくなっていくのを感じていたのもあったのだと思う。
「グレス様はエスティの前世について、どういう方だったと聞いているのでしょうか」
とはいえ、頭の良い彼へ直球に問いかけても正直に事実を話してもらえるとは思っていない。
王族である僕の立場であるならば、先ほどの問いかけで話てくれるかもしれないと期待していたがそうではなかったのだ。
どうやら王族に対しての忠誠があっても隠し通したいことらしい。
そっちがその気ならば、こちらも相応の手立てを持って接するべきだと感じた。
僕の問いかけに少しばかり固まっていたグレス様だったが、徐々に止めていた足を動かしはじめた。
「何を今更、殿下も聞いておられるでしょう? そこいらの町娘だったと」
声色はいつもの明るいものに戻っているものの、表情が見えないからかそれが本当の事を言っているのかを判別することが出来なかった。
「ええ、確かに聞いています。しかし最近そうではないように思えて仕方ないのです」
「と、言いますと?」
声の調子は相変わらず明るい。
しかしそれが、わざと出しているもののように思えて仕方なかった。
今度は僕が足を止めた。
やはり先ほどの事を問いかけなければならないようだと、覚悟したからだった。
どんな言葉が返ってきても、ちゃんと受け止めなければ。
数歩歩いたところで、僕が足を止めたことに気づいたのかグレス様も足を止めた。
こちらを振り向いた彼は、不思議そうにこちらを見つめていた。
まだ、彼女は僕の腕の中で静かな吐息を立てている。
「先ほど、魔物に襲われたとき、呼ばれたんです。僕の、前世の名前を」
「えっ?」
驚いたような彼の顔は思っていた通りのものだった。
いや、そう思いたかっただけかもしれない。
それは何かに怯えているようにも見えた。
まるで絶望的な状況に追い立てられたような、そんな顔だった。
それが何か恐ろしい事実がそこにあるように感じられて、途端に不安に駆られた。
しかし、先ほどの言葉を告げた瞬間に後戻りできないこともわかっていた。
「エスティの前世は、ただの村娘ではありませんよね」
キュッと口を結び、険しい表情に変わった。
しばらく沈黙が続いたが、ふと彼の口が小さく開いた。
「もし、ヴァリタス様にとってエスティの前世がひどく残酷なものだったとしたら、貴方は彼女を嫌いになりますか?」
その問いかけに彼の意図が見えず混乱する。
依然険しい彼の表情に、それがどのような意味を含んでいるのか探ろうとしてみるものの、どうしてもわからなかった。
前世が残酷とは、一体どういう意味なのだろう。
やはり彼女の前世は私のすぐ近くにいた人物だったということなのだろうか。
しかし、その人物が誰なのか僕には全く見当がついていなかった。
そのことが僕を躊躇させる。
言葉を詰まらせる僕に追い打ちをかけるように彼が口を開く。
「貴方はエスティの前世がどんな人間であったとしても、今の彼女を信じてくれますか?」
冷たく重く、熱の籠った声だった。
その声色から、グレス様がどれほどエスティを大事にしているのかが伺い知れる。
しかし、それがどういう意味なのかはその問いからも全くわからなかった。
だが、それは。
彼女の秘密が、前世が、途轍もなく重いものだということを物語っているようだった。
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お楽しみいただけると幸いです。