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第4章
148.僕にとっての前世は…
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グレス様の問いかけにどうしても答えを返せない僕に何かを諦めたように彼は下を向いた。
目を瞑り、悲しそうに顔を歪めると再度顔を上げる。
「もし、その覚悟がないのなら、彼女の言う事をどうか聞いてくれはしませんか」
その言い方はこちらに懇願しているように見えて、その実僕に対する警告のようだった。
彼女にもう、近づかないでほしいという、兄として妹を守るための警告に。
もしかしたらこの方は僕のことをそんなに好きではないのかもしれない。
「もう二度と、私の妹が傷つく姿を見たくはないのです」
彼は真っ直ぐ僕を見つめていた。
僕は彼のその言葉にハッとし、ただ彼を見つめた。
彼の表情や言葉に圧倒されたわけではない。
そこに含まれた思いにとある事実を突きつけられたからだ。
グレス様の言い方は彼女を思っての言葉だった。
そこには彼女に対する優しさと悲しさが籠っていた。
それはまるでその前世の所為で彼女が今までも何度か傷ついてきた経験があるようにも取れるものだった。
一体彼女の前世に何があるのだろう。
彼女が傷ついてしまうような、そんな危険な前世とは一体……。
さきほどまで彼女に前世の事を聞くのがあんなに怖かったのに、今は気になって仕方がない。
どうしてこうも、前世というものは僕たち後世の人々を苦しめるのだろうか。
本当は彼女と前世の話などしたくない。
自分と、そして好きな人が傷つくのがわかっていて、どうしてそれをしようと思うだろうか。
だが、それでもやはり確かめずにはいられない。
だって心の内を明かさなければ、きっと僕たちは前には進めない。
例え婚約が正式に受理されたとしても、このままでは彼女の本当の心は分からないまま、ずっとそうして過ごすのではないか。
最近、そう感じてならないのだ。
だからこそ、先ほど彼女に名前を呼ばれた瞬間、打ち明けようと決心したのだ。
僕の前世が本当はどんな人物であったのかを。
「とにかく、今は屋敷に戻ることを優先しましょう。怪我が酷くなる前に」
グレス様の言葉に応えられるずにいる僕を見かねて、彼は前に向き直ると先ほどよりも早足で屋敷へと向かった。
一瞬、彼に声を掛けようかとも思ったが、今話す内容ではないと自重し後に続く。
小さく揺れる体の振動が心地良いのか、はたまた体力を奪われ続けているのか、彼女はまだ眠ったままだ。
腕に抱く、彼女の寝顔を見ているとこのままでも良いのではないかと思ってしまう。
やはり、もし彼女が起きたのなら話しておくべきなのだと思う。
これからの僕たちのためにも。
***
思い出すたびに嫌な気持ちになる前世の自分。
人々が彼を英雄だと呼ぶたびに、本当は違うと叫びたい衝動に駆られていた。
親友にまんまと騙され、家族を失ったばかりでなく、戦が終われば結局王の座を弟に渡してその責任から逃げた臆病者。
それに加え、戦争という言い訳があったとはいえ人を何人も殺したのだ。
それも魔法によって無慈悲に、一瞬で大勢の人々を殺めた。
そんな大量殺戮者なのだ。
だから、僕にとってバートン・クロネテスは、英雄なんかじゃなかった。
彼女がもし当時の僕を知っている人物なら、きっと僕がそんな人物だったことは知られているのだろう。
歪められた歴史書によって美化されたものではない、本当の僕の姿が。
だから、彼女に名前を呼ばれたとき、驚いたのと同時に凄まじい恐怖を覚えたのだと思う。
もしかしたら彼女は、そんなおぞましい僕の正体を知っているのではないかと。
***
私が目を覚ましたのは、あの森で魔物と出会ってから2日後の夕方だった。
目を覚ましてすぐは、ヴァリタスが傍にいたことや自分が2日も寝ていたことに混乱したが、記憶が鮮明になってくると納得もするもので。
そもそもあの状況で良く助かったものよ。
どうやらヴァリタスはあの後からずっと私に付きっきりであったらしく、私が目を覚まして安心したのかおばあ様に客間に案内してもらい、そのまま寝てしまってしばらく顔を見せなかった。
けどよく考えれば、そもそも2日間も私に付きっきりであったほうがおかしいのよ。
治癒魔法も高度ですごく魔力を使うものだけれど、彼が魔物と対峙していた時に使っていた魔法だって相当の訓練をしていなくちゃできないようなものだった。
だって彼、魔法で魔物を凍らせたのよ。
物を凍らせる魔法なんて、水を司る魔法を究極に極めなければできない代物なんだもの。
きっとその時だって相当魔力を消費したはず。
それなのに、私の応急処置までしてしまうなんて。
関心はするけれど、あまり褒められたことではないわ。
とはいえ、助けられた上に足手まといにまでなってしまった私が彼に文句を言えるわけなんて無いのだけれど。
しかし、思い出すたびになんだか不思議な出来事だった。
意識がぼんやりしていたからか長い時間眠ってしまっていたからかはわからないが、魔物に襲われた時とその前後の記憶は曖昧だ。
そのため、夢でも見ていたのではないかと錯覚するほどだった。
それでも酷い足の怪我を見るとやはり本当に遭遇したのだという事を自覚する。
しかし、それほどまでに私はあの時の事をぼんやりとしか思い出せていなかった。
目を瞑り、悲しそうに顔を歪めると再度顔を上げる。
「もし、その覚悟がないのなら、彼女の言う事をどうか聞いてくれはしませんか」
その言い方はこちらに懇願しているように見えて、その実僕に対する警告のようだった。
彼女にもう、近づかないでほしいという、兄として妹を守るための警告に。
もしかしたらこの方は僕のことをそんなに好きではないのかもしれない。
「もう二度と、私の妹が傷つく姿を見たくはないのです」
彼は真っ直ぐ僕を見つめていた。
僕は彼のその言葉にハッとし、ただ彼を見つめた。
彼の表情や言葉に圧倒されたわけではない。
そこに含まれた思いにとある事実を突きつけられたからだ。
グレス様の言い方は彼女を思っての言葉だった。
そこには彼女に対する優しさと悲しさが籠っていた。
それはまるでその前世の所為で彼女が今までも何度か傷ついてきた経験があるようにも取れるものだった。
一体彼女の前世に何があるのだろう。
彼女が傷ついてしまうような、そんな危険な前世とは一体……。
さきほどまで彼女に前世の事を聞くのがあんなに怖かったのに、今は気になって仕方がない。
どうしてこうも、前世というものは僕たち後世の人々を苦しめるのだろうか。
本当は彼女と前世の話などしたくない。
自分と、そして好きな人が傷つくのがわかっていて、どうしてそれをしようと思うだろうか。
だが、それでもやはり確かめずにはいられない。
だって心の内を明かさなければ、きっと僕たちは前には進めない。
例え婚約が正式に受理されたとしても、このままでは彼女の本当の心は分からないまま、ずっとそうして過ごすのではないか。
最近、そう感じてならないのだ。
だからこそ、先ほど彼女に名前を呼ばれた瞬間、打ち明けようと決心したのだ。
僕の前世が本当はどんな人物であったのかを。
「とにかく、今は屋敷に戻ることを優先しましょう。怪我が酷くなる前に」
グレス様の言葉に応えられるずにいる僕を見かねて、彼は前に向き直ると先ほどよりも早足で屋敷へと向かった。
一瞬、彼に声を掛けようかとも思ったが、今話す内容ではないと自重し後に続く。
小さく揺れる体の振動が心地良いのか、はたまた体力を奪われ続けているのか、彼女はまだ眠ったままだ。
腕に抱く、彼女の寝顔を見ているとこのままでも良いのではないかと思ってしまう。
やはり、もし彼女が起きたのなら話しておくべきなのだと思う。
これからの僕たちのためにも。
***
思い出すたびに嫌な気持ちになる前世の自分。
人々が彼を英雄だと呼ぶたびに、本当は違うと叫びたい衝動に駆られていた。
親友にまんまと騙され、家族を失ったばかりでなく、戦が終われば結局王の座を弟に渡してその責任から逃げた臆病者。
それに加え、戦争という言い訳があったとはいえ人を何人も殺したのだ。
それも魔法によって無慈悲に、一瞬で大勢の人々を殺めた。
そんな大量殺戮者なのだ。
だから、僕にとってバートン・クロネテスは、英雄なんかじゃなかった。
彼女がもし当時の僕を知っている人物なら、きっと僕がそんな人物だったことは知られているのだろう。
歪められた歴史書によって美化されたものではない、本当の僕の姿が。
だから、彼女に名前を呼ばれたとき、驚いたのと同時に凄まじい恐怖を覚えたのだと思う。
もしかしたら彼女は、そんなおぞましい僕の正体を知っているのではないかと。
***
私が目を覚ましたのは、あの森で魔物と出会ってから2日後の夕方だった。
目を覚ましてすぐは、ヴァリタスが傍にいたことや自分が2日も寝ていたことに混乱したが、記憶が鮮明になってくると納得もするもので。
そもそもあの状況で良く助かったものよ。
どうやらヴァリタスはあの後からずっと私に付きっきりであったらしく、私が目を覚まして安心したのかおばあ様に客間に案内してもらい、そのまま寝てしまってしばらく顔を見せなかった。
けどよく考えれば、そもそも2日間も私に付きっきりであったほうがおかしいのよ。
治癒魔法も高度ですごく魔力を使うものだけれど、彼が魔物と対峙していた時に使っていた魔法だって相当の訓練をしていなくちゃできないようなものだった。
だって彼、魔法で魔物を凍らせたのよ。
物を凍らせる魔法なんて、水を司る魔法を究極に極めなければできない代物なんだもの。
きっとその時だって相当魔力を消費したはず。
それなのに、私の応急処置までしてしまうなんて。
関心はするけれど、あまり褒められたことではないわ。
とはいえ、助けられた上に足手まといにまでなってしまった私が彼に文句を言えるわけなんて無いのだけれど。
しかし、思い出すたびになんだか不思議な出来事だった。
意識がぼんやりしていたからか長い時間眠ってしまっていたからかはわからないが、魔物に襲われた時とその前後の記憶は曖昧だ。
そのため、夢でも見ていたのではないかと錯覚するほどだった。
それでも酷い足の怪我を見るとやはり本当に遭遇したのだという事を自覚する。
しかし、それほどまでに私はあの時の事をぼんやりとしか思い出せていなかった。
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