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第4章
172.聖女からの解放
「もしかしたら、貴方の持つ記憶の中にそのヒントがあるかもしれない。そう思って教皇は貴方にその話をしたのだと思います」
しかし、僕にはそんなものに心当たりなど全くない。
彼らの言い分からして、その記憶があれば、おそらくまたこの国を長く守れたのだろう。
国をひいては国民を守る術を持っていないことに落胆するべきなのだろうが、そんな事よりも彼らの思い通りにならないことに気分が良くなった。
「先ほども教皇様にはお話ししましたが、残念ながら僕にはその記憶はありません。そんなものが存在していたこと自体、今日、はじめて知りましたから」
「ふふ、そうですか。それは安心しました」
その瞬間、彼女の表情が激しく歪んだ。
なんだ。
どうしてそんなに嬉しそうに、無邪気に笑うんだ?
「私はですね、この国がどうなろうと知ったこっちゃないのです。ただ、ただ私は見てみたいだけなのですよぉ」
彼女の瞳は、まるで聖夜の夜に明日目覚めるのを心待ちにしている子供のようだった。
しかし、それにしては 邪悪に満ち満ちたものだった。
先ほどまで、遥か昔の出来事に心を寄せていた慈悲深い彼女の姿はどこにも無い。
はじめて、女性が怖いと思った。
「この国が、聖なるあの方を殺したこの国が、滅んでいく姿を」
その笑みは、とても、とても嬉しそうに。
楽しそうに、歪んでいた。
そのあとの事は、はっきりと覚えていない。
気付いたら、馬車に揺られていた。
意識がはっきりし出したのは、おそらく彼女と別れたからだろう。
なんだか、酷く怖いものを見たような気がする。
目の前にはいつもの兄上がいて、やっと安心することができた。
まるで教皇と話していた時の兄上は幻覚だったのではないかと思うほど、いつも通りの兄上だった。
「なぁヴィータ。お前教会に入ってからの事、覚えているか? シスターに案内されてどこかの部屋へ入ったのは覚えているんだが……」
どうやら兄上には、教皇と顔を合わせた記憶自体がないらしい。
それならそれで良い。
あんな魔法にかかっていたことなど、兄上が知る必要はないような気がする。
あんな、恐ろしい魔法の存在なんて知らなければ。
それならきっと危険な目に遭う事もない。
そんな気がした。
「そうなんですか? きっと疲れていたのでしょうね」
「ふむ。疲れ、か……」
どこか納得いっていないような反応だった。
兄上があの時の事を思い出さないようにと念を押すように、さらに付け加えて説明する。
「ただ、視察の様子をお聞きになりたかっただけのようでしたよ?
魔物の出没が確認されたウエリアの森と、聖ウィリシアス教会本部は距離が近いですからね。おそらく心配だったのでしょう。
それに、王族の僕らが近くに来ているものですから挨拶したかったのかもしれません」
笑顔で話すと兄上は今度こそ納得したようだった。
そうか。と、短く返事をするとそれ以降、来たときと同じように窓の外をつまらなそうに眺めはじめた。
僕もそれに倣って窓の外を見つめる。
彼女がどうしてあんなにもこの国に憎悪を抱いているのかはわからない。
しかし、あの憎悪がもたらすものはこの国の破壊だということはわかった。
ならばやはり、彼女は信じるべき人ではないのだろう。
けれど、おそらくエルテシア様の事は本当だと思う。
200年も前の話とはいえ、教会内部の腐敗を話しただけでなく証拠まで見せてきたのだ。
そこまでして信用してほしい理由が僕には見当たらないが、
もしかしたら、教皇もエルテシア様の事を本当は知っていたのかもしれない。
ただ、彼女と違い彼は教会内部の汚点を外部に漏らしたくなかったのではないだろうか。
それなのに、彼女はそれをあっさりと僕に暴露してしまった。
そう考えると、彼女は教会にとっても僕らオルタリア王国にとっても、厄介な人物なのかもしれない。
しかし、一番厄介なのは、彼女が聖女という立場を持っていることだろう。
なぜあんな人を聖女にしたのだろう。
「……やっぱり、エヒム教ってどこかおかしいのかもしれないな」
ポツリ呟いた言葉は、馬車の音によって掻き消された。
「それで? 貴方はどうしてそんなに上機嫌なんですか?」
ヴァリタス殿下とどこかへ行ったと思ったら、鼻歌を歌いながら彼女は戻ってきた。
彼女とは違い、放心状態で彼女の後を追うように戻ってきた殿下を見て、再度頭痛が襲ってきたのは言うまでもない。
「ちょーっと釘を刺してきましたのです」
「まさか、何かよからぬことを殿下に吹き込んだりしてませんよね?」
鋭い視線を投げても、彼女はこちらを見向きもしないでドサリと近くの椅子に腰かけた。
目の前に教皇が居ても関係なし。
彼女にとって敬意を払うべき相手など、この世にはいないのだろう。
「だいじょーぶですよぉ。ただ、ちょーっと昔話をしただけですからぁ」
「昔話って……」
嫌な予感がする。
顔が徐々に青白くなっていくのを感じた。
「そんなの、教皇様だって話をしたでしょう?」
「私と貴方では危機管理能力が桁違いなんですよ!?」
ああ、なんてことだ。
一体彼女は彼に何を言ったのだろう。
おそらく問いただしても吐くことはない彼女に、胃まで痛くなってきてしまう。
「そんなに心配なさらずとも、親睦を深めるお話をしただけですよぉ」
猫なで声で発する彼女の言葉ほど、信用できないものはない。
「そ・れ・に、今度お世話になるのですしね♪」
クスクス笑う彼女を、どうにかして檻に閉じ込める方法はないのかと教皇はさらに頭を悩ませた。
しかし、僕にはそんなものに心当たりなど全くない。
彼らの言い分からして、その記憶があれば、おそらくまたこの国を長く守れたのだろう。
国をひいては国民を守る術を持っていないことに落胆するべきなのだろうが、そんな事よりも彼らの思い通りにならないことに気分が良くなった。
「先ほども教皇様にはお話ししましたが、残念ながら僕にはその記憶はありません。そんなものが存在していたこと自体、今日、はじめて知りましたから」
「ふふ、そうですか。それは安心しました」
その瞬間、彼女の表情が激しく歪んだ。
なんだ。
どうしてそんなに嬉しそうに、無邪気に笑うんだ?
「私はですね、この国がどうなろうと知ったこっちゃないのです。ただ、ただ私は見てみたいだけなのですよぉ」
彼女の瞳は、まるで聖夜の夜に明日目覚めるのを心待ちにしている子供のようだった。
しかし、それにしては 邪悪に満ち満ちたものだった。
先ほどまで、遥か昔の出来事に心を寄せていた慈悲深い彼女の姿はどこにも無い。
はじめて、女性が怖いと思った。
「この国が、聖なるあの方を殺したこの国が、滅んでいく姿を」
その笑みは、とても、とても嬉しそうに。
楽しそうに、歪んでいた。
そのあとの事は、はっきりと覚えていない。
気付いたら、馬車に揺られていた。
意識がはっきりし出したのは、おそらく彼女と別れたからだろう。
なんだか、酷く怖いものを見たような気がする。
目の前にはいつもの兄上がいて、やっと安心することができた。
まるで教皇と話していた時の兄上は幻覚だったのではないかと思うほど、いつも通りの兄上だった。
「なぁヴィータ。お前教会に入ってからの事、覚えているか? シスターに案内されてどこかの部屋へ入ったのは覚えているんだが……」
どうやら兄上には、教皇と顔を合わせた記憶自体がないらしい。
それならそれで良い。
あんな魔法にかかっていたことなど、兄上が知る必要はないような気がする。
あんな、恐ろしい魔法の存在なんて知らなければ。
それならきっと危険な目に遭う事もない。
そんな気がした。
「そうなんですか? きっと疲れていたのでしょうね」
「ふむ。疲れ、か……」
どこか納得いっていないような反応だった。
兄上があの時の事を思い出さないようにと念を押すように、さらに付け加えて説明する。
「ただ、視察の様子をお聞きになりたかっただけのようでしたよ?
魔物の出没が確認されたウエリアの森と、聖ウィリシアス教会本部は距離が近いですからね。おそらく心配だったのでしょう。
それに、王族の僕らが近くに来ているものですから挨拶したかったのかもしれません」
笑顔で話すと兄上は今度こそ納得したようだった。
そうか。と、短く返事をするとそれ以降、来たときと同じように窓の外をつまらなそうに眺めはじめた。
僕もそれに倣って窓の外を見つめる。
彼女がどうしてあんなにもこの国に憎悪を抱いているのかはわからない。
しかし、あの憎悪がもたらすものはこの国の破壊だということはわかった。
ならばやはり、彼女は信じるべき人ではないのだろう。
けれど、おそらくエルテシア様の事は本当だと思う。
200年も前の話とはいえ、教会内部の腐敗を話しただけでなく証拠まで見せてきたのだ。
そこまでして信用してほしい理由が僕には見当たらないが、
もしかしたら、教皇もエルテシア様の事を本当は知っていたのかもしれない。
ただ、彼女と違い彼は教会内部の汚点を外部に漏らしたくなかったのではないだろうか。
それなのに、彼女はそれをあっさりと僕に暴露してしまった。
そう考えると、彼女は教会にとっても僕らオルタリア王国にとっても、厄介な人物なのかもしれない。
しかし、一番厄介なのは、彼女が聖女という立場を持っていることだろう。
なぜあんな人を聖女にしたのだろう。
「……やっぱり、エヒム教ってどこかおかしいのかもしれないな」
ポツリ呟いた言葉は、馬車の音によって掻き消された。
「それで? 貴方はどうしてそんなに上機嫌なんですか?」
ヴァリタス殿下とどこかへ行ったと思ったら、鼻歌を歌いながら彼女は戻ってきた。
彼女とは違い、放心状態で彼女の後を追うように戻ってきた殿下を見て、再度頭痛が襲ってきたのは言うまでもない。
「ちょーっと釘を刺してきましたのです」
「まさか、何かよからぬことを殿下に吹き込んだりしてませんよね?」
鋭い視線を投げても、彼女はこちらを見向きもしないでドサリと近くの椅子に腰かけた。
目の前に教皇が居ても関係なし。
彼女にとって敬意を払うべき相手など、この世にはいないのだろう。
「だいじょーぶですよぉ。ただ、ちょーっと昔話をしただけですからぁ」
「昔話って……」
嫌な予感がする。
顔が徐々に青白くなっていくのを感じた。
「そんなの、教皇様だって話をしたでしょう?」
「私と貴方では危機管理能力が桁違いなんですよ!?」
ああ、なんてことだ。
一体彼女は彼に何を言ったのだろう。
おそらく問いただしても吐くことはない彼女に、胃まで痛くなってきてしまう。
「そんなに心配なさらずとも、親睦を深めるお話をしただけですよぉ」
猫なで声で発する彼女の言葉ほど、信用できないものはない。
「そ・れ・に、今度お世話になるのですしね♪」
クスクス笑う彼女を、どうにかして檻に閉じ込める方法はないのかと教皇はさらに頭を悩ませた。
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