悪逆皇帝は来世で幸せになります!

CazuSa

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第4章

173.皇帝の私室

『兄さま、どこへいくの?』

深い、深い森の中。

連れられるように、僕たちは2人で歩ていた。

僕の覚束ない足取りとは違い、手を引いて歩くその人は真っ直ぐ目的地へと進んでいるように見えた。

『ごめんね。本当はもっと早く夢を見られれば良かったのだけど……』

悲しそうに瞳が揺れている。
美しい空を切り取ったような、綺麗な瞳だった。

途端に、この人がどこか遠くへ行ってしまうような気がして、強く手を握る。

ああ、これは。
これは、僕の記憶だ。

僕が、大事にしていた記憶の、小さな欠片の1つ。

繋いだ手の感触を、今でも覚えている。

ずっと一緒にいられたら、それだけで幸せだった。

ずっと、一緒にいられたら……。


ぼくが兄さまを、殺しなどしなければ。


   ***

高い天井に煌々と光る灯りが灯っている。
5分程階段を降りた先に待っていたのは、小さな縦長の部屋だった。

天井も床も茶色で、おそらく土を固めてできたような、簡素な空間。
まるで小さなカタコンベに足を踏み入れたような感覚だった。

「ここは……、一体」

数歩中へ踏み込むものの、どこか寂しさを感じて足が止まってしまう。

私の躊躇いに気づいたのか、彼は私の横をスッと通り抜けると左隅に置いてあった机へ移動した。
彼はその机を優しく撫でる。
懐かしいものを愛でるような仕草に、瞳は酷く寂しそうに揺らいでいた。

彼はその寂しさを纏ったまま、私へと顔を向けた。

「ここは、主様だけが足を踏み入れることができた、主様だけの部屋だった。僕も連れられて入ったことはあったけど、そんなに多くはなかったな」

まるで彼の痕跡を探す様に、彼は辺りを見渡している。

どこにもいない、主を探して。

しかし、私の部屋というわりには見覚えがない部屋だった。
置いてあるものも、小さな机と同じ高さの小箪笥に書棚、それに人1人がやっと寝そべることができるほどの小さなベッドだけだ。

まるで皇帝の部屋とは思えない。
当時の貴族の罪人でも、もっと良い部屋を与えられるだろう。

それに、なんだかここにはあまり長居したくない。
この部屋に入ったときから、不安と寂しさがない交ぜになった感情が私を襲っているのだ。
もしかして、彼が先ほど言っていた魔法が時間差で効いてきたのだろうか。

入口付近で立ち止まる私に、一層寂しそうな顔を見せると右側の壁を指さした。


彼のその不自然な行動に思わずそちらへ目を向けると――――


「――――父上、母上」


そこには私の背丈の2回りは大きく、両腕を伸ばしても届かないほどの巨大な絵が飾られていた。

描かれているのは、クオフォリア帝国最後の皇帝の両親であるシルヴィスト・ジル・オルフェリウス皇帝とその妻スーリア。

こちらに微笑むように優しい表情の彼らは、絵の中に確かに存在していた。

懐かしい両親。
朧げだった記憶の中の彼らの顔が、徐々に鮮明になってくる。

幼い頃から公務に忙しい中でも、私に知識を与えてくれた父上。
いつも優しく、私に接してくださった母上。

両親だけは、私を信じ愛してくれた。
とても、優しく厳しく、愛のある人たちだった。

絵画に近づき、その絵に触れる。

ただ、もっと近く両親を感じたい。
それだけだった。

その絵に触れた瞬間、濁流のように記憶が蘇っていった。
さながら、走馬灯のように。

ああ、私は、私はここで……。

押し寄せてくる記憶の中の私は、



独りぼっちだった。



この部屋で私は、この絵に縋って泣いていた。

誰も信じてくれない。
誰も理解してくれない。

そんな日々に、私の心は歪み壊れる寸前だった。

きっとその感情が彼に伝わってしまったのだろう。

彼は笑顔で、私にこの部屋を作ってくれた。

まだ小さく魔法も十分に使えないはずの、可愛い私の龍は私を気遣ってこの部屋をくれたのだ。
それがとても、嬉しかった。

しかし、一人でいられる場所は、私にとってこの部屋しかない。

いつ何時、人が訪れるかもわからない王城の中では、感情を表に出すのも憚られた。
だからだろうか。

いつしか、この部屋は私の悲しみと苦しみにまみれた苦痛の巣窟となってしまった。
小さな愛しき龍には、とても酷い事をしてしまったと思っている。

それでも、私はこの部屋で悲しみを吐き出すのをやめることはできなかった。


つうっと頬に涙が伝う。
此処にいたときの感情が蘇ってきて、思わず涙が零れてしまった。

しかし、その絵から手を放すことも涙を止めることも、今の私にはできない。

そうか。
だからこの部屋に来たときから、私はずっと苦しく不安だったのだ。
この部屋に残った感情か、はたまた無意識下に残っていた感情から来たものなのかはわからないけれど。

黒龍も、私の涙で察したのかもしれない。

後ろから伸びた手が、優しく肩に触れた。

「主様はここで、ずっと1人で泣いてた。ここじゃなきゃ、泣くことも、素直に感情を出すこともできなかったから」

まさか、彼が知っているはずはない。
確かに、彼をここに連れてきたことはあった。

今思い出した記憶の中に、そこ光景があったから間違いない。

でも、彼がいたときに私がこの部屋で感情を吐露したことなんてあまりなかったはずだ。
小さな龍の体の彼を抱いてポツリと漏らしたときはあったかもしれないけれど、それだってほんの些細な、小さな独り言に過ぎないものだった。
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