悪逆皇帝は来世で幸せになります!

CazuSa

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第4章

176.前世の幻覚

伸ばされた腕は、彼の手で力強く握られ動かすことができない。

彼の行動が理解できず顔を見やる。
真剣な眼差しから、なにか理由があるのだと思い口を噤んだ。

「ごめんね主様、これを見るのはちょっと待ってほしい」

「どうして?」

険のないように気を付けながら問いかけると、彼は少し緊張している様子で答えた。

「言ったでしょう? 僕はね、主様の記憶が戻ることには基本的に反対なんだ」

それは、はじめて彼と言葉を交わしたときに聞いた。
けれど、その言葉と共にそれでも私が強く求めるのなら協力しても良いと言ってくれた。

だから今日、彼に相談したし彼の言葉を信じたのだ。
今でも彼の言葉を疑ってはいない。

それに、彼への主への強い思いを思うと、その行動を否定することはできなかった。

彼はリヴェリオが傷つくのをもう見たくないと言っていた。
そして彼は、私の事をリヴェリオとして見てくれてる。

私=リヴェリオという認識のある彼にとって、忘れている辛い記憶を思い出すのを阻止したいと願うのは当然の事だろう。
それが大切な人であればあるほど。

私だって、前世を思い出して傷つくのはいやだ。
ただでさえ、今生きている中でも傷つくことは沢山あるのに。

でも、どうしても確かめたいことがある。
それを思い出すために、私は覚悟して彼に相談したのだから。

いまさら、その覚悟を無碍にするわけにはいかない。

「それならお願い。1つだけ、1つだけ確かめたいことがあるの。それだけ見せてくれたら、今日はいいから」

彼の瞳を真っ直ぐ見据える。
私の真剣な気持ちが彼に伝わるように願いながら。

「……わかった。約束だよ」

半分ため息を込めながら、彼は頷いた。

私は確かめたい記憶を彼に告げる。

彼はそれに異を唱えようと口を開いたが、結局何も言わず首だけ頷いた。
おそらく、彼にとっては思い出してほしくない記憶の1つだったのだろう。

悪いと思ったが、許してほしい。

彼が探している間、隣で突っ立っているわけにもいかず近くにあったベッドに腰かけた。
ふかふかのベッドは、200年前の物とは思えないほど埃をかぶっておらず座り心地の良いものだ。

こんなに小さく薄汚れた部屋には不釣り合いなほど、良いものだということがわかる。
流石は皇帝の私物といったところか。

いや、もしかしたら黒龍が気をつかって持ってきたものかもしれない。
前世の私は、ものにあまり執着のない人だったから。

まぁ、今も大して変わらないけれど。

ベッドに腰かけると、正面には両親の絵画が飾られている。
丁度よく見える位置にあるということは、こうして見るためにここに配置したのだろう。

それにしても、本当に綺麗な人たちだ。
母は、 その優しい眼差しはまさに生前と変わらないものだった。

父は厳しい顔をしているがその実、人の好い性格が顔に滲み出ている。

こうしてみると、私は父にそっくりだったことがわかる。

『父さま、母さま……』

縋りつくように泣く、私の背中が見えた。
こうして前世の幻を見るのは、久しぶりだった。

最近ではほとんど夢か白昼夢のようなものばかりだったから。
相変わらず、病弱な女性のように小さな体の彼にどこか懐かしさを感じた。

頬を絵画に摺り寄せ、甘えるようにして泣く私。

小刻みに揺れるあの背中を見た者は、黒龍以外にきっといなかったのだろう。

バートンでさえも、私のあんな姿など知らない。

止めどなく流れる涙を、拭いてくれる人も止めてくれる人もいなかった。

しかし、もしこの姿を誰かに見せていたら少しは違ったのだろうか。
先ほどの黒龍のように、私を抱きしめて、慰めてくれる人がいたのではないだろうか。

そう思ってしまうのは、私が王としての責務を理解していないからかもしれない。

でも、そんなもの、本当に大事なものだったのだろうか。
こんなに寂しく、最後まで1人でいなくてはいけないような重荷を背負う選択をしなくてはいけないほどの物だったのだろうか。

わからない。
今の私には、全く理解できない。

『父さま、母さま。不出来なわたしをお許しください。わたしは誰も救えない。民も、国も、友人でさえも』

願うのは、自分ではない誰かの幸せ。
彼の幸せは、それが叶ってしまえば自ずと訪れるものだったのだろう。
しかし、それが叶うことはない。

彼が生きている間は。

『わたしは、王になどなってはいけなかったのです。誰も救えないわたしなど、生まれてくるべきではなかった』

ああ、リーヴェ。
貴方がそういうのなら、それは私も同じだ。

いや、貴方がそれを罪深いというのなら、私はもっと罪深い。
貴方の生き方を拒絶し、自分の幸せのために他人を利用している私など、もっと。

それでも、私は幸せになりたのだ。
彼が願った幸せと、全く異なるものだったのだとしても。

「あったよ、主様」

彼の声で、リヴェリオはフッといなくなった。
そちらに目を向けると、相変わらず真剣な顔の彼がそこにいた。

彼が差し出しているのは、真っ黒な表紙にワインレッドで複雑な模様が描かれている、綺麗な日記だった。
受け取ろうと、日記に手が触れた瞬間、ピクリと彼が動いた。

おそらく、私には見せたくない内容なのだろう。
心なしか、黒龍の表情が一層厳しくなったように見えた。

それでも私は彼の反応を無視するように、その日記を受け取った。
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