悪逆皇帝は来世で幸せになります!

CazuSa

文字の大きさ
195 / 339
第4章

191.あの子の答え

しおりを挟む
「シルビア、貴方はどうしたいの? 貴方を愛する両親を困らせて、こんなところに閉じこもって。貴方はどうしたら満足するの?」

暗闇を映した目に囚われた。

恐ろしいとは思わなかった。
何かを考えられるほどの余裕が私にはなかったのだと思う。


「私は……」


ここで答えられなければ、何かが終わってしまう。
そんな気がした。

お姉さまの瞳は相変わらず何も映していない。

でも、目を逸らすことはできなかった。


「辛いことも、悲しいことも、苦しいことも、全部嫌。ずっと楽しいことだけを、していたいの」


ただ、見つめあう時間だけが過ぎていた。

それは何時間にも思えたし、ほんの少しの一瞬にも思えた。

「――――ごめんね」

悲しそうに揺れる瞳で我に返った。

いつの間にかお姉さまは、昔の、私の知っているお姉さまになっていた。

頬を撫でる手が、どんなものよりも優しくて心地良い。

でも、全然嬉しくなかった。

「シルビア、貴方には未来がある。あの学院にこだわる必要なんてないの。転校したって良いのよ。ただ、貴方が求めるものだけを両親に言えば良いわ。あの人達は貴方を愛しているもの。きっと、わかってくれる」

優しく、諭すような声だった。
それは心の底から私を思ってくれて、言っているのだとわかった。

でも、その中に叫び声が聞こえてどうしようもなかった。

悲痛な叫び声がさっきから胸に響いて仕方ない。

「でも、それって全然解決してない。お姉さまは逃げたりしたことないでしょう? 私が酷いことを言っても、お姉さまはこうして逃げずに私と話をしてくれているじゃない」

そうだ。
お姉さまがこの部屋へ来たときもいじめ現場を見られた時も、恥ずかしくて堪らなかった。

でも同時に、自分を気遣ってくれているのだと心のどこかで喜んでいる自分がいた。

あんなに拒絶したのに、お姉さまは私と向き合ってくれる。
そんな強いお姉さまだったから、私は心の底から嫌いになんてなれなかったのかもしれない。

きっとそんなお姉さまに私は酷く憧れていたのだと思う。

「逃げることを悪い事だと思ってはいけないわ。自分を守るためなら、それは正しいことにもなるのよ。それにね」

微笑むお姉さま。
でも、次の言葉を聞きたくはなかった。


「逃げる選択肢があるのなら、それは幸福な事なの」


金属の軋むような鈍い音が頭の中に響いた。

ああ、どうして私は。

いつもお姉さまを傷つけてしまうのだろうか。

きっとお姉さまだけの言葉じゃない。

ずっとずっと昔から、この人が思っていたことなのだろう。

そしてそれは、叶わない、口にしてはいけない願いなのだと思う。


    ***


「ちゃんと、両親に言うのよ」

シルビアの瞳を真っ直ぐ見つめ、念を押した。

私が言っても、両親は反対するだろう。

シルビアには酷な話だが、自分から両親に伝えてもらうしかない。

まだ小さく不安そうな瞳を見ると心配になるが、助け船を出すことはできなかった。

「お姉さま、あのね……」

「?」

部屋を出ていこうとする私の裾をちょいと引っ張る。
そこにいたのは、私の知っている可愛い可愛い妹だった。

久しぶりに会ったわけでもないのに、酷く懐かしく思えた。

「御免なさい。とても、酷いことを言って……」

それは心からの謝罪だった。

どうしてか、その一言でなんでも許してあげられる気がした。

まぁ、本人には言えないけれど。

「良いのよ。きっとそれが普通なのだから」

「でもっ! 私は、私はっ」

見つめた瞳には強い意志が込められていた。
いつの間に、この子はこんなに強い目をするようになったのだろう。

「お姉さまが、大好きなのに」

その言葉を聞いた瞬間、思わず抱きしめてしまった。

この子は誰かに謝る事も、好意を伝える事もできるようになっていた。
そして、それを私に伝えてくれた。

いつまでも昔のままじゃないのだ。

それがすごく嬉しかった。

「ありがとう」

でも、それよりなにより。
私を好きだと言ってくれたことが嬉しかった。

抱き締めた体は小さくて頼りないけど、もう私が守ってあげられるほど弱くはないのだろう。

本当はあの時、こうするべきだったのだと耳元で誰かが囁いていた。


シルビアの部屋を出て、自室へと戻る。
まさか、シルビアとわだかまりが解けるとは思っていなかった。

母がきっかけだったのは少し気に障るが、それを払拭するほど良い出来事だった。

でも、廊下を歩きながら私は少し落ち込んでいた。

やはり、あの子にあんな質問をぶつけるのは間違っていた。

まだ13歳のあの子に、これからの事を決めろなんて。
普通の子なら、そんな決断を突き出されるのなんてもっと先の話だろう。

でも、あの子はちゃんと答えを出した。

あの短すぎる時間の中で。

シルビアは私が思っているよりもずっと強い子になっていた。

それが何より嬉しかった。

後はあの子と両親が話をして、この先の事を決めればよい。

あの子の気持ちがきちんと両親に届いてくれればよいけど。

いや、きっと届くはずだ。
だって両親はシルビアの事を本当に大事にしているもの。

しかし、私の願いは次の日には打ち砕かれた。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

【完結】番である私の旦那様

桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族! 黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。 バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。 オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。 気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。 でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!) 大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです! 神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。 前半は転移する前の私生活から始まります。

悪役令嬢が美形すぎるせいで話が進まない

陽炎氷柱
恋愛
「傾国の美女になってしまったんだが」 デブス系悪役令嬢に生まれた私は、とにかく美しい悪の華になろうとがんばった。賢くて美しい令嬢なら、だとえ断罪されてもまだ未来がある。 そう思って、前世の知識を活用してダイエットに励んだのだが。 いつの間にかパトロンが大量発生していた。 ところでヒロインさん、そんなにハンカチを強く嚙んだら歯並びが悪くなりますよ?

【完結】ヒロインに転生しましたが、モブのイケオジが好きなので、悪役令嬢の婚約破棄を回避させたつもりが、やっぱり婚約破棄されている。

樹結理(きゆり)
恋愛
「アイリーン、貴女との婚約は破棄させてもらう」 大勢が集まるパーティの場で、この国の第一王子セルディ殿下がそう宣言した。 はぁぁあ!? なんでどうしてそうなった!! 私の必死の努力を返してー!! 乙女ゲーム『ラベルシアの乙女』の世界に転生してしまった日本人のアラサー女子。 気付けば物語が始まる学園への入学式の日。 私ってヒロインなの!?攻略対象のイケメンたちに囲まれる日々。でも!私が好きなのは攻略対象たちじゃないのよー!! 私が好きなのは攻略対象でもなんでもない、物語にたった二回しか出てこないイケオジ! 所謂モブと言っても過言ではないほど、関わることが少ないイケオジ。 でもでも!せっかくこの世界に転生出来たのなら何度も見たイケメンたちよりも、レアなイケオジを!! 攻略対象たちや悪役令嬢と友好的な関係を築きつつ、悪役令嬢の婚約破棄を回避しつつ、イケオジを狙う十六歳、侯爵令嬢! 必死に悪役令嬢の婚約破棄イベントを回避してきたつもりが、なんでどうしてそうなった!! やっぱり婚約破棄されてるじゃないのー!! 必死に努力したのは無駄足だったのか!?ヒロインは一体誰と結ばれるのか……。 ※この物語は作者の世界観から成り立っております。正式な貴族社会をお望みの方はご遠慮ください。 ※この作品は小説家になろう、カクヨムで完結済み。

モブ転生とはこんなもの

詩森さよ(さよ吉)
恋愛
あたしはナナ。貧乏伯爵令嬢で転生者です。 乙女ゲームのプロローグで死んじゃうモブに転生したけど、奇跡的に助かったおかげで現在元気で幸せです。 今ゲームのラスト近くの婚約破棄の現場にいるんだけど、なんだか様子がおかしいの。 いったいどうしたらいいのかしら……。 現在筆者の時間的かつ体力的に感想などを受け付けない設定にしております。 どうぞよろしくお願いいたします。 他サイトでも公開しています。

バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました

美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?

処理中です...