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第4章
191.あの子の答え
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「シルビア、貴方はどうしたいの? 貴方を愛する両親を困らせて、こんなところに閉じこもって。貴方はどうしたら満足するの?」
暗闇を映した目に囚われた。
恐ろしいとは思わなかった。
何かを考えられるほどの余裕が私にはなかったのだと思う。
「私は……」
ここで答えられなければ、何かが終わってしまう。
そんな気がした。
お姉さまの瞳は相変わらず何も映していない。
でも、目を逸らすことはできなかった。
「辛いことも、悲しいことも、苦しいことも、全部嫌。ずっと楽しいことだけを、していたいの」
ただ、見つめあう時間だけが過ぎていた。
それは何時間にも思えたし、ほんの少しの一瞬にも思えた。
「――――ごめんね」
悲しそうに揺れる瞳で我に返った。
いつの間にかお姉さまは、昔の、私の知っているお姉さまになっていた。
頬を撫でる手が、どんなものよりも優しくて心地良い。
でも、全然嬉しくなかった。
「シルビア、貴方には未来がある。あの学院にこだわる必要なんてないの。転校したって良いのよ。ただ、貴方が求めるものだけを両親に言えば良いわ。あの人達は貴方を愛しているもの。きっと、わかってくれる」
優しく、諭すような声だった。
それは心の底から私を思ってくれて、言っているのだとわかった。
でも、その中に叫び声が聞こえてどうしようもなかった。
悲痛な叫び声がさっきから胸に響いて仕方ない。
「でも、それって全然解決してない。お姉さまは逃げたりしたことないでしょう? 私が酷いことを言っても、お姉さまはこうして逃げずに私と話をしてくれているじゃない」
そうだ。
お姉さまがこの部屋へ来たときもいじめ現場を見られた時も、恥ずかしくて堪らなかった。
でも同時に、自分を気遣ってくれているのだと心のどこかで喜んでいる自分がいた。
あんなに拒絶したのに、お姉さまは私と向き合ってくれる。
そんな強いお姉さまだったから、私は心の底から嫌いになんてなれなかったのかもしれない。
きっとそんなお姉さまに私は酷く憧れていたのだと思う。
「逃げることを悪い事だと思ってはいけないわ。自分を守るためなら、それは正しいことにもなるのよ。それにね」
微笑むお姉さま。
でも、次の言葉を聞きたくはなかった。
「逃げる選択肢があるのなら、それは幸福な事なの」
金属の軋むような鈍い音が頭の中に響いた。
ああ、どうして私は。
いつもお姉さまを傷つけてしまうのだろうか。
きっとお姉さまだけの言葉じゃない。
ずっとずっと昔から、この人が思っていたことなのだろう。
そしてそれは、叶わない、口にしてはいけない願いなのだと思う。
***
「ちゃんと、両親に言うのよ」
シルビアの瞳を真っ直ぐ見つめ、念を押した。
私が言っても、両親は反対するだろう。
シルビアには酷な話だが、自分から両親に伝えてもらうしかない。
まだ小さく不安そうな瞳を見ると心配になるが、助け船を出すことはできなかった。
「お姉さま、あのね……」
「?」
部屋を出ていこうとする私の裾をちょいと引っ張る。
そこにいたのは、私の知っている可愛い可愛い妹だった。
久しぶりに会ったわけでもないのに、酷く懐かしく思えた。
「御免なさい。とても、酷いことを言って……」
それは心からの謝罪だった。
どうしてか、その一言でなんでも許してあげられる気がした。
まぁ、本人には言えないけれど。
「良いのよ。きっとそれが普通なのだから」
「でもっ! 私は、私はっ」
見つめた瞳には強い意志が込められていた。
いつの間に、この子はこんなに強い目をするようになったのだろう。
「お姉さまが、大好きなのに」
その言葉を聞いた瞬間、思わず抱きしめてしまった。
この子は誰かに謝る事も、好意を伝える事もできるようになっていた。
そして、それを私に伝えてくれた。
いつまでも昔のままじゃないのだ。
それがすごく嬉しかった。
「ありがとう」
でも、それよりなにより。
私を好きだと言ってくれたことが嬉しかった。
抱き締めた体は小さくて頼りないけど、もう私が守ってあげられるほど弱くはないのだろう。
本当はあの時、こうするべきだったのだと耳元で誰かが囁いていた。
シルビアの部屋を出て、自室へと戻る。
まさか、シルビアとわだかまりが解けるとは思っていなかった。
母がきっかけだったのは少し気に障るが、それを払拭するほど良い出来事だった。
でも、廊下を歩きながら私は少し落ち込んでいた。
やはり、あの子にあんな質問をぶつけるのは間違っていた。
まだ13歳のあの子に、これからの事を決めろなんて。
普通の子なら、そんな決断を突き出されるのなんてもっと先の話だろう。
でも、あの子はちゃんと答えを出した。
あの短すぎる時間の中で。
シルビアは私が思っているよりもずっと強い子になっていた。
それが何より嬉しかった。
後はあの子と両親が話をして、この先の事を決めればよい。
あの子の気持ちがきちんと両親に届いてくれればよいけど。
いや、きっと届くはずだ。
だって両親はシルビアの事を本当に大事にしているもの。
しかし、私の願いは次の日には打ち砕かれた。
暗闇を映した目に囚われた。
恐ろしいとは思わなかった。
何かを考えられるほどの余裕が私にはなかったのだと思う。
「私は……」
ここで答えられなければ、何かが終わってしまう。
そんな気がした。
お姉さまの瞳は相変わらず何も映していない。
でも、目を逸らすことはできなかった。
「辛いことも、悲しいことも、苦しいことも、全部嫌。ずっと楽しいことだけを、していたいの」
ただ、見つめあう時間だけが過ぎていた。
それは何時間にも思えたし、ほんの少しの一瞬にも思えた。
「――――ごめんね」
悲しそうに揺れる瞳で我に返った。
いつの間にかお姉さまは、昔の、私の知っているお姉さまになっていた。
頬を撫でる手が、どんなものよりも優しくて心地良い。
でも、全然嬉しくなかった。
「シルビア、貴方には未来がある。あの学院にこだわる必要なんてないの。転校したって良いのよ。ただ、貴方が求めるものだけを両親に言えば良いわ。あの人達は貴方を愛しているもの。きっと、わかってくれる」
優しく、諭すような声だった。
それは心の底から私を思ってくれて、言っているのだとわかった。
でも、その中に叫び声が聞こえてどうしようもなかった。
悲痛な叫び声がさっきから胸に響いて仕方ない。
「でも、それって全然解決してない。お姉さまは逃げたりしたことないでしょう? 私が酷いことを言っても、お姉さまはこうして逃げずに私と話をしてくれているじゃない」
そうだ。
お姉さまがこの部屋へ来たときもいじめ現場を見られた時も、恥ずかしくて堪らなかった。
でも同時に、自分を気遣ってくれているのだと心のどこかで喜んでいる自分がいた。
あんなに拒絶したのに、お姉さまは私と向き合ってくれる。
そんな強いお姉さまだったから、私は心の底から嫌いになんてなれなかったのかもしれない。
きっとそんなお姉さまに私は酷く憧れていたのだと思う。
「逃げることを悪い事だと思ってはいけないわ。自分を守るためなら、それは正しいことにもなるのよ。それにね」
微笑むお姉さま。
でも、次の言葉を聞きたくはなかった。
「逃げる選択肢があるのなら、それは幸福な事なの」
金属の軋むような鈍い音が頭の中に響いた。
ああ、どうして私は。
いつもお姉さまを傷つけてしまうのだろうか。
きっとお姉さまだけの言葉じゃない。
ずっとずっと昔から、この人が思っていたことなのだろう。
そしてそれは、叶わない、口にしてはいけない願いなのだと思う。
***
「ちゃんと、両親に言うのよ」
シルビアの瞳を真っ直ぐ見つめ、念を押した。
私が言っても、両親は反対するだろう。
シルビアには酷な話だが、自分から両親に伝えてもらうしかない。
まだ小さく不安そうな瞳を見ると心配になるが、助け船を出すことはできなかった。
「お姉さま、あのね……」
「?」
部屋を出ていこうとする私の裾をちょいと引っ張る。
そこにいたのは、私の知っている可愛い可愛い妹だった。
久しぶりに会ったわけでもないのに、酷く懐かしく思えた。
「御免なさい。とても、酷いことを言って……」
それは心からの謝罪だった。
どうしてか、その一言でなんでも許してあげられる気がした。
まぁ、本人には言えないけれど。
「良いのよ。きっとそれが普通なのだから」
「でもっ! 私は、私はっ」
見つめた瞳には強い意志が込められていた。
いつの間に、この子はこんなに強い目をするようになったのだろう。
「お姉さまが、大好きなのに」
その言葉を聞いた瞬間、思わず抱きしめてしまった。
この子は誰かに謝る事も、好意を伝える事もできるようになっていた。
そして、それを私に伝えてくれた。
いつまでも昔のままじゃないのだ。
それがすごく嬉しかった。
「ありがとう」
でも、それよりなにより。
私を好きだと言ってくれたことが嬉しかった。
抱き締めた体は小さくて頼りないけど、もう私が守ってあげられるほど弱くはないのだろう。
本当はあの時、こうするべきだったのだと耳元で誰かが囁いていた。
シルビアの部屋を出て、自室へと戻る。
まさか、シルビアとわだかまりが解けるとは思っていなかった。
母がきっかけだったのは少し気に障るが、それを払拭するほど良い出来事だった。
でも、廊下を歩きながら私は少し落ち込んでいた。
やはり、あの子にあんな質問をぶつけるのは間違っていた。
まだ13歳のあの子に、これからの事を決めろなんて。
普通の子なら、そんな決断を突き出されるのなんてもっと先の話だろう。
でも、あの子はちゃんと答えを出した。
あの短すぎる時間の中で。
シルビアは私が思っているよりもずっと強い子になっていた。
それが何より嬉しかった。
後はあの子と両親が話をして、この先の事を決めればよい。
あの子の気持ちがきちんと両親に届いてくれればよいけど。
いや、きっと届くはずだ。
だって両親はシルビアの事を本当に大事にしているもの。
しかし、私の願いは次の日には打ち砕かれた。
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