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第4章
203.最悪な訪問客
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「ただいま戻りました……」
自分から出た声が思った以上に暗いもので、さらに気が滅入ってしまう。
帰宅するため馬車に乗り、しばらく経ったころになってやっとナタリーとのことを思い出して気が沈んでいってしまったためだ。
思った以上に傷ついていた自分がいることが心底意外だった。
こんなこと、計画を思いついたときから覚悟していたことのはずなのに。
まさかここまで精神的にくるとは思いもしなかった。
先日の母の事といい、慣れとか覚悟とかって案外期待しない方が良いものなのね。
今更気づくのも遅いとは思うけど。
先ほど痛めた右腕が痛い。
本をぶつけられたときは全く痛みなんて感じていなかったのに、時間が経つにつれてどんどん痛みが強くなっていく気がする。
でもやらなければならないことがある。
どうしても書かなければならい事が。
「あら、ずいぶんと遅いお帰りですね」
なぜか、そこに似合わない声が聞こえてハッと顔を上げた。
玄関正面に構える階段。
その一番上に私を見下ろす形で一人の少女が立っていた。
なぜ。
どうして、彼女がここに。
「シャルロット王女殿下……」
酷く、嫌な予感がした。
彼女がここに来るのなんて初めての事だ。
普段私を目の敵にしている彼女が、わざわざ私のいるベルフェリト邸へ足を運ぶ機会などなかったからだ。
それに今の彼女は学院の寮暮らし。
寮は規則が厳しく、外出の許可を取るのだって相当の理由がなければならない。
そのため、彼女がここにいること自体がおかしなことなのだ。
でも、1つだけ彼女がここにいても説明のつく理由がある。
シルビアだ。
現在のベルフェリト公爵家は王家と深い関係にある。
オルタリア王国の宰相は公爵家の中から優れたものを選ぶという決まりがある。
そして、次期宰相候補の中でも最有力だと言われているのが我が兄グレス・ベルフェリトなのだ。
それが理由かは定かではないが、幼い頃からお兄様は第一王子であるベリエル殿下の世話係のようなものをさせられていた。
お兄様の方が歳が1つ上という事と、昔から顔色を伺う周りの大人たちと違い容赦なく彼の躾を行っていた事が影響してかベリエル殿下はお兄様の事を『先輩』と呼び慕っている。
加えて私は第二王子であるヴァリタスと同い年の婚約関係である。
下の妹たちも同い年ということもあり共通点が多いのだ。
そんな状況であるため、仲が深まるのは当然の事。
とはいえ、本当に仲が良いのは一番上の兄たちだけだとは思うが。
しかし、周りの人間から見れば両家の関係はとても良好に映っていることだろう。
そこにシャルロット殿下は目を付けたのだ。
寮にさえ返って来ないシルビアが心配だと教師陣に訴えれば、外出の許可が下りるのは容易い事。
王女殿下という立場に加え、友人思いの優しいお姫様。
何も知らない人間からしたら、そう見えたのではないだろうか。
学院側としても、不登校の生徒をこのまま放っておくわけにもいかないとは思っていただろう。
そこに現れたシャルロット殿下はさぞかし美しく見えたのではないだろうか。
その原因が彼女だとも知らずに。
シャルロット殿下は自分が一番でなければ気が済まない、生粋のわがまま娘である。
そしてご存じの通りのブラコンっぷり。
おそらくその性質は今も変わってはいないだろう。
シルビアをいじめていた理由はきっと……。
そう考えると、胸が張り裂けそうなほど痛い。
下を向いたまま考え込む私の姿が気に障ったのだろう。
コツコツと音を立てながらこちらへと降りてきた。
「ごきげんよう、エスティ様。妹君の様子を見にお邪魔させていただきましたわ」
「あら、まさかシャルロット殿下がそこまで妹の事を気にかけてくださっているなんて……。なんと深いお心遣い、感謝いたします」
そうして頭を垂れる私の頭上で、フッと小さく笑う声が聞こえた。
それはおそらく私に対しての嘲笑。
この間、学院で大柄な態度を取った私に対しての報復だろう。
学院で彼女に大きく出られたのは、あの時は先輩後輩の立場があったからだ。
しかし、ここは学院ではなくベルフェリト邸。
間違いなく、彼女の方が立場が上なのだ。
一歩外を出てしまえば、私たちの関係は途端に逆転する。
彼女の事にいくら腹を立てたとしてもここはグッと抑えなければならない。
「気にしないでください。学友を気遣うのなんて、人として当然の事ですから」
そう言って微笑む彼女を見ていると、行き場のない怒りが沸々と沸いてくる。
どうしてそんな風になんでもないように笑えるのだろう。
しかし、彼女に怒りを抱く資格など私にはない。
今の彼女と同じことをセイラにしている私には……。
「シルビア様と話もできたことですし、私はこれでお暇させていただきますわ」
「そうですか、それでは――――」
「あら、シャルロット殿下! もうお帰りになるのですか?」
帰ると言うのなら好都合。
引き留めることもせず見送ろうとしていたのに、突然現れた母によってそれは遮られてしまった。
シャルロット殿下へと近づいていくと、満面の笑みで彼女に話しかける。
「お茶が御用できておりますから、もう少しお話していきませんか? シルビアの事で聞きたいこともありますし」
そういってシャルロット殿下の手をとる。
一瞬、彼女の顔が歪に歪んだのを私は見逃さなかった。
「ご一緒したいのは山々ですが、寮の門限もありますから……」
「そうですか……。そうですわね。お引止めしてしまい、申し訳ありません」
そういうと母の手をすり抜け、コツコツと玄関の方へ向かって行った。
すれ違いざま、
「いい気味だこと」
と小さく呟いて笑った彼女の背中をただ見送る事しかできなかった。
自分から出た声が思った以上に暗いもので、さらに気が滅入ってしまう。
帰宅するため馬車に乗り、しばらく経ったころになってやっとナタリーとのことを思い出して気が沈んでいってしまったためだ。
思った以上に傷ついていた自分がいることが心底意外だった。
こんなこと、計画を思いついたときから覚悟していたことのはずなのに。
まさかここまで精神的にくるとは思いもしなかった。
先日の母の事といい、慣れとか覚悟とかって案外期待しない方が良いものなのね。
今更気づくのも遅いとは思うけど。
先ほど痛めた右腕が痛い。
本をぶつけられたときは全く痛みなんて感じていなかったのに、時間が経つにつれてどんどん痛みが強くなっていく気がする。
でもやらなければならないことがある。
どうしても書かなければならい事が。
「あら、ずいぶんと遅いお帰りですね」
なぜか、そこに似合わない声が聞こえてハッと顔を上げた。
玄関正面に構える階段。
その一番上に私を見下ろす形で一人の少女が立っていた。
なぜ。
どうして、彼女がここに。
「シャルロット王女殿下……」
酷く、嫌な予感がした。
彼女がここに来るのなんて初めての事だ。
普段私を目の敵にしている彼女が、わざわざ私のいるベルフェリト邸へ足を運ぶ機会などなかったからだ。
それに今の彼女は学院の寮暮らし。
寮は規則が厳しく、外出の許可を取るのだって相当の理由がなければならない。
そのため、彼女がここにいること自体がおかしなことなのだ。
でも、1つだけ彼女がここにいても説明のつく理由がある。
シルビアだ。
現在のベルフェリト公爵家は王家と深い関係にある。
オルタリア王国の宰相は公爵家の中から優れたものを選ぶという決まりがある。
そして、次期宰相候補の中でも最有力だと言われているのが我が兄グレス・ベルフェリトなのだ。
それが理由かは定かではないが、幼い頃からお兄様は第一王子であるベリエル殿下の世話係のようなものをさせられていた。
お兄様の方が歳が1つ上という事と、昔から顔色を伺う周りの大人たちと違い容赦なく彼の躾を行っていた事が影響してかベリエル殿下はお兄様の事を『先輩』と呼び慕っている。
加えて私は第二王子であるヴァリタスと同い年の婚約関係である。
下の妹たちも同い年ということもあり共通点が多いのだ。
そんな状況であるため、仲が深まるのは当然の事。
とはいえ、本当に仲が良いのは一番上の兄たちだけだとは思うが。
しかし、周りの人間から見れば両家の関係はとても良好に映っていることだろう。
そこにシャルロット殿下は目を付けたのだ。
寮にさえ返って来ないシルビアが心配だと教師陣に訴えれば、外出の許可が下りるのは容易い事。
王女殿下という立場に加え、友人思いの優しいお姫様。
何も知らない人間からしたら、そう見えたのではないだろうか。
学院側としても、不登校の生徒をこのまま放っておくわけにもいかないとは思っていただろう。
そこに現れたシャルロット殿下はさぞかし美しく見えたのではないだろうか。
その原因が彼女だとも知らずに。
シャルロット殿下は自分が一番でなければ気が済まない、生粋のわがまま娘である。
そしてご存じの通りのブラコンっぷり。
おそらくその性質は今も変わってはいないだろう。
シルビアをいじめていた理由はきっと……。
そう考えると、胸が張り裂けそうなほど痛い。
下を向いたまま考え込む私の姿が気に障ったのだろう。
コツコツと音を立てながらこちらへと降りてきた。
「ごきげんよう、エスティ様。妹君の様子を見にお邪魔させていただきましたわ」
「あら、まさかシャルロット殿下がそこまで妹の事を気にかけてくださっているなんて……。なんと深いお心遣い、感謝いたします」
そうして頭を垂れる私の頭上で、フッと小さく笑う声が聞こえた。
それはおそらく私に対しての嘲笑。
この間、学院で大柄な態度を取った私に対しての報復だろう。
学院で彼女に大きく出られたのは、あの時は先輩後輩の立場があったからだ。
しかし、ここは学院ではなくベルフェリト邸。
間違いなく、彼女の方が立場が上なのだ。
一歩外を出てしまえば、私たちの関係は途端に逆転する。
彼女の事にいくら腹を立てたとしてもここはグッと抑えなければならない。
「気にしないでください。学友を気遣うのなんて、人として当然の事ですから」
そう言って微笑む彼女を見ていると、行き場のない怒りが沸々と沸いてくる。
どうしてそんな風になんでもないように笑えるのだろう。
しかし、彼女に怒りを抱く資格など私にはない。
今の彼女と同じことをセイラにしている私には……。
「シルビア様と話もできたことですし、私はこれでお暇させていただきますわ」
「そうですか、それでは――――」
「あら、シャルロット殿下! もうお帰りになるのですか?」
帰ると言うのなら好都合。
引き留めることもせず見送ろうとしていたのに、突然現れた母によってそれは遮られてしまった。
シャルロット殿下へと近づいていくと、満面の笑みで彼女に話しかける。
「お茶が御用できておりますから、もう少しお話していきませんか? シルビアの事で聞きたいこともありますし」
そういってシャルロット殿下の手をとる。
一瞬、彼女の顔が歪に歪んだのを私は見逃さなかった。
「ご一緒したいのは山々ですが、寮の門限もありますから……」
「そうですか……。そうですわね。お引止めしてしまい、申し訳ありません」
そういうと母の手をすり抜け、コツコツと玄関の方へ向かって行った。
すれ違いざま、
「いい気味だこと」
と小さく呟いて笑った彼女の背中をただ見送る事しかできなかった。
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