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第5章
223.白い彼女
しかし、先客がいたとは。良い場所だとは思ったけど、人がいるなら辞めたほうが良さそうだ。残念だけど、ここは諦めよう。
「邪魔をしてしまってごめんなさい。失礼するわね」
そういって彼女の脇を通り過ぎ、階段へと向かったとき。
「待ってください!」
手首を掴まれ、引き留められた。
その大きな声と強く握られた手首の感触に思わず顔が歪む。
「あ、あの――」
「もしよろしければ、お昼をご一緒しませんか? 1人より2人の方が良いですし」
言いかけた私の声に被せるように彼女が食い気味に問いかける。
「え? でも……」
戸惑う私と違い、真っ直ぐ見つめる彼女の瞳に気圧される。
「私の噂、知っているでしょう?」
それでもなんとか声を絞り出して問いかけた。
私の公爵家という強い立場があって誘っているのかもしれない。
それか、あまり見かけない生徒だし、私の噂を知らないのかもしれない。
そう思ったからだ。
「ええ、存じております」
しかし、私の予想に反して彼女ははっきりと答えた。
「別に公爵家の人間だからといって、無理に誘わなくて良いのよ」
「無理なんてしておりません」
私の疑問にはっきりきっぱり、そしてバッサリ切っていく。
その清々しさに心惹かれるものを感じた。
「私は地位に眩んだり、噂を信じたりしません」
真っ直ぐ信念を貫く姿に心の芯を見せつけられたような気がした。
そして思った。
なんて美しいのだと。
こんな強い生き方が出来たら、なんて素敵なんだと。
「私はシリウス・レフコーです」
手を差し出す彼女。
まるで令息同士の挨拶をするのね。
「私はエスティ・ベルフェリト。よろしくね、レフコー嬢」
差し出された手を握ると、彼女は嬉しそうに笑った。
「シリウスで結構です」
「じゃあ、私もエスティで良いわ」
自然と笑いあう私たち。
それから彼女との昼休みの間だけの交流が始まった。
昼休みになると、本を借りてから時計塔へと行くのが日課になっていた。放課後には真っ直ぐ帰ってくるようにと父から命令を受けていた私は、昼休み以外に図書館に行く時間が無かったから。
本当はお昼が終わってから向かった方が効率良いとは思っているのだけど。
ここ最近、シリウスとの会話が楽しくなっていた。
時計塔で会ったときだけ話す友人。
ただ世間話だけを話し、お互いの事には一切干渉しなかった。
シリウスの学年もクラスも何も知らないけれど、その距離感が私にはちょうど良かった。
今日も本を一冊借りて時計塔を目指す。
図書館に寄っていく私よりもシリウスの方が先に来ているので、鍵を開けるのは彼女の役目だった。
どうやら魔法で鍵を開けることが出来るらしく、私が初めて訪れたときも彼女の魔法のおかげで入れたのだという。つくづく魔法とは便利なものだ。
「ごきげんよう、シリウス」
「ごきげんよう、エスティ」
既に空の弁当を脇に置き、外を眺めるシリウス。
横顔が日光に照らされて、それだけで絵になる。
「それで、今日は一体何の本を借りてきたんだい?」
食事を終え、置いておいた本を手に取るとシリウスが訪ねてきた。
彼女は男性のような話し方をする。
しかし、かえってそれが私には話しやすいもので、彼女との会話が弾む理由の1つでもあった。
「魔法の本よ、人の心を操る術が載っていないかと思って。シリウスはそういう魔法に心当たりない?」
「人の心を操る魔法ねぇ。聞いたことないな」
「そうよね……。それっぽい本は借りてみたのだけど、どの本にも全く載っていないの」
私を探りに来たナタリーの様子がおかしいことがどうしても気になっていた。
どうみても正気ではなかった彼女。
そして私に告げたあの言葉。
彼女が発することなど決してないような言葉を告げられたとき、思ったのだ。
ナタリーは操られていたのではないか、と。
だからこうして関係しそうな魔法の本を手当たり次第に借りて読んでいるのだが。
全く手がかりが見つからない。
「黒魔術の本の中に、それらしいものがあるんじゃないかって思っていたのだけどね……」
ポツリと呟いた不満にシリウスは首を傾げた。
「どうして黒魔術限定なんだい?」
「それは……」
あの時のナタリーを怖いと思ったから。
それに、どこか不安になるあの感覚。
どうしてか私はそれが黒魔術によるものではないかと思い込んでいた。
でも、確かに黒魔術だとは限らないかもしれない。
「人の心を操ることを、私は悪いことだとは思わないけどな」
「え? どうして?」
明後日の方向を見ながら、彼女は続ける。
「確かに自分の欲のために人を操るのは悪いことだ。でも、それが正しいことなら間違っているとは思わない」
「正しいことって?」
彼女は時々難しいことを言う。
それは対外、普通の人が考え付かないような事だった。
独特な彼女の見方は、とても参考になる。
何より面白いものばかりだった。
「そうだな……。例えば、恐ろしい病に罹った病人がいたとする。彼は病の痛みに恐怖していた。しかし鎮痛薬などどこにもない。そうしたとき、心を操って痛みを受け入れるほど強い心を彼の中に作れば、彼は痛みを受け入れることができる」
「なにそれ? そんな大胆なことってある?」
おかしな例えに思わず笑う私に、彼女は優しい微笑みを向けた。
「でも、昔実際に使っていた方法だよ」
「え?」
彼女の思わない言葉に息が一瞬止まった。
「邪魔をしてしまってごめんなさい。失礼するわね」
そういって彼女の脇を通り過ぎ、階段へと向かったとき。
「待ってください!」
手首を掴まれ、引き留められた。
その大きな声と強く握られた手首の感触に思わず顔が歪む。
「あ、あの――」
「もしよろしければ、お昼をご一緒しませんか? 1人より2人の方が良いですし」
言いかけた私の声に被せるように彼女が食い気味に問いかける。
「え? でも……」
戸惑う私と違い、真っ直ぐ見つめる彼女の瞳に気圧される。
「私の噂、知っているでしょう?」
それでもなんとか声を絞り出して問いかけた。
私の公爵家という強い立場があって誘っているのかもしれない。
それか、あまり見かけない生徒だし、私の噂を知らないのかもしれない。
そう思ったからだ。
「ええ、存じております」
しかし、私の予想に反して彼女ははっきりと答えた。
「別に公爵家の人間だからといって、無理に誘わなくて良いのよ」
「無理なんてしておりません」
私の疑問にはっきりきっぱり、そしてバッサリ切っていく。
その清々しさに心惹かれるものを感じた。
「私は地位に眩んだり、噂を信じたりしません」
真っ直ぐ信念を貫く姿に心の芯を見せつけられたような気がした。
そして思った。
なんて美しいのだと。
こんな強い生き方が出来たら、なんて素敵なんだと。
「私はシリウス・レフコーです」
手を差し出す彼女。
まるで令息同士の挨拶をするのね。
「私はエスティ・ベルフェリト。よろしくね、レフコー嬢」
差し出された手を握ると、彼女は嬉しそうに笑った。
「シリウスで結構です」
「じゃあ、私もエスティで良いわ」
自然と笑いあう私たち。
それから彼女との昼休みの間だけの交流が始まった。
昼休みになると、本を借りてから時計塔へと行くのが日課になっていた。放課後には真っ直ぐ帰ってくるようにと父から命令を受けていた私は、昼休み以外に図書館に行く時間が無かったから。
本当はお昼が終わってから向かった方が効率良いとは思っているのだけど。
ここ最近、シリウスとの会話が楽しくなっていた。
時計塔で会ったときだけ話す友人。
ただ世間話だけを話し、お互いの事には一切干渉しなかった。
シリウスの学年もクラスも何も知らないけれど、その距離感が私にはちょうど良かった。
今日も本を一冊借りて時計塔を目指す。
図書館に寄っていく私よりもシリウスの方が先に来ているので、鍵を開けるのは彼女の役目だった。
どうやら魔法で鍵を開けることが出来るらしく、私が初めて訪れたときも彼女の魔法のおかげで入れたのだという。つくづく魔法とは便利なものだ。
「ごきげんよう、シリウス」
「ごきげんよう、エスティ」
既に空の弁当を脇に置き、外を眺めるシリウス。
横顔が日光に照らされて、それだけで絵になる。
「それで、今日は一体何の本を借りてきたんだい?」
食事を終え、置いておいた本を手に取るとシリウスが訪ねてきた。
彼女は男性のような話し方をする。
しかし、かえってそれが私には話しやすいもので、彼女との会話が弾む理由の1つでもあった。
「魔法の本よ、人の心を操る術が載っていないかと思って。シリウスはそういう魔法に心当たりない?」
「人の心を操る魔法ねぇ。聞いたことないな」
「そうよね……。それっぽい本は借りてみたのだけど、どの本にも全く載っていないの」
私を探りに来たナタリーの様子がおかしいことがどうしても気になっていた。
どうみても正気ではなかった彼女。
そして私に告げたあの言葉。
彼女が発することなど決してないような言葉を告げられたとき、思ったのだ。
ナタリーは操られていたのではないか、と。
だからこうして関係しそうな魔法の本を手当たり次第に借りて読んでいるのだが。
全く手がかりが見つからない。
「黒魔術の本の中に、それらしいものがあるんじゃないかって思っていたのだけどね……」
ポツリと呟いた不満にシリウスは首を傾げた。
「どうして黒魔術限定なんだい?」
「それは……」
あの時のナタリーを怖いと思ったから。
それに、どこか不安になるあの感覚。
どうしてか私はそれが黒魔術によるものではないかと思い込んでいた。
でも、確かに黒魔術だとは限らないかもしれない。
「人の心を操ることを、私は悪いことだとは思わないけどな」
「え? どうして?」
明後日の方向を見ながら、彼女は続ける。
「確かに自分の欲のために人を操るのは悪いことだ。でも、それが正しいことなら間違っているとは思わない」
「正しいことって?」
彼女は時々難しいことを言う。
それは対外、普通の人が考え付かないような事だった。
独特な彼女の見方は、とても参考になる。
何より面白いものばかりだった。
「そうだな……。例えば、恐ろしい病に罹った病人がいたとする。彼は病の痛みに恐怖していた。しかし鎮痛薬などどこにもない。そうしたとき、心を操って痛みを受け入れるほど強い心を彼の中に作れば、彼は痛みを受け入れることができる」
「なにそれ? そんな大胆なことってある?」
おかしな例えに思わず笑う私に、彼女は優しい微笑みを向けた。
「でも、昔実際に使っていた方法だよ」
「え?」
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