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第5章
227.悲劇の序章
連れて来られたのは応接室。
それも先ほど私が通されたものとはわけが違う。扉がすでに豪華に飾られ、余すことなく装飾されているところをみると王宮内でも国賓級の相手に使うであろう豪華な応接室なのだということがわかる。
恐らく中には彼女がいるのだろう。
そんな上級のお客様がいるであろう部屋に、あろうことかヴァリタスはノックもせずに扉を開けた。
私も、そして中にいた使用人や使徒たちも驚きすぎて口が開いたままの状態となってしまう。と、いち早く正気を取り戻した使用人が慌ててヴァリタスを咎める。がしかし、彼にはそんな言葉など届いていなかった。
「聖女様、少しの時間付き合ってほしいのですが」
開口一番、奥で休んでいたであろう聖女様に乱暴に言い放つ。
そこで私はやっと彼が何をしようとしているのか理解した。
今更遅いとわかっているものの、彼から逃れようと藻掻く。
「ヴァリタス殿下、お放しください」
懇願しても彼はこちらを見ようともしない。
「これはこれは、穏やかではありませんねぇ……」
奥のソファに座ったまま、こちらも見ずにそう告げた。
さきほどの綺麗な声とは違う、どこか怒ったような低い声に少し驚く。
聖女様はスッと立ち上がり、一瞬にして笑顔を作ると周りにいる人たちに呼びかける。
「皆さん。ヴァリタス殿下とお話したいので、席を外してくれませんか?」
そそくさと出ていく王宮の使用人たち。
使徒たちはといえば、少し躊躇っていたものの渋々といった感じで皆部屋を出て行った。
私たちだけになると、彼女はくるりと体を回しこちらへと向いた。
「それで? 私に何の御用なのですか?」
先ほどの怒りを孕んだ瞳で私たちを見つめる彼女に圧倒されてしまう。
これから起こることに恐怖しながら、なんとか声を絞りだした。
「ご、ごめんさない聖女様。あの、私……」
体を引き、扉の方へと足を向ける。
ここから出ていきたい。
一刻も早く。
しかしヴァリタスが掴む手から逃れる術がない。
言葉を詰まらせ、動揺する私に聖女様は微笑んだ。
どうして笑いかけられたのか理解できず、困惑してしまう。
「大丈夫ですよ、ベルフェリト様。何も怖いことなどありませんから」
子供を宥めるような声色だった。
少なくとも彼女は私に悪意を向けてはいないのだろう。
「聖女様、お願いがあるのです。彼女の、ベルフェリト嬢の前世を私に教えてくれませんか?」
「!」
やっぱり。
彼は聖女様の前で私の前世を暴くつもりなのだ。
昔、プアドール様が言っていた。
前世が判明すれば、エヒム教の本部へ知らせる決まりがあるのだと。
だとしたら、聖女様は知っているのではないだろうか。
私の前世を。
いいえ、知らないはずがない。
この国一番の悪人が生まれ変わったのだ。
そんな重大事件が発覚したのなら、彼女に知らせないはずがない。
終わりだ。
すべて暴かれてしまう。
私の願いもきっと潰える。
今ならお願いすればどうにかなるだろうか。
あの優し気な微笑みについそんなことを考えてしまう。
でもきっと、そんな都合の良いことは起こらない。
聖女様は嘘をつかない。
神に仕える人間ならば、おそらく皆そうだろう。
どんな理由があっても。
だから、ヴァリタスが問いかければ彼女は素直に真実を口にするだろう。
それに、彼女が私の前世を隠すメリットも何もないのだ。そもそも、私の前世が今までエヒム教によって公表されていないのだっておかしなことではないか。どうして気づかなかったのだろう。
馬鹿だ私は。
でも、少しぐらい――――
少しぐらい無駄な足掻きをしたっていいじゃない!
私は彼が握る腕を顔の辺りまで持ち上げた。
そして私の腕を掴んでいる手を口に持ってくると……。
その手に勢いよく嚙みついた。
「っ――――!」
痛みで彼の顔が歪む。
素肌を思いきり噛んだのだ。
いくら非力な女性の力であっても、結構な痛みを与えられたはずだ。
私の読み通り、彼は私の腕を放し噛まれた手にもう片方の手を当てている。
口の中にほんのりと鉄の味がしたのに気が付き、彼の方をみると押さえた手の隙間から僅かに血が見えた。
その姿に少し動揺したものの、振り切ってドアの方へと駆ける。
今は一刻も早くこの王宮から逃げることが先決だ。
終わり次第馬車を回すように言ってあるはずだし、これからすぐに玄関へと向かえばすぐに迎えの馬車に乗れるはず。
そう期待し、部屋を後にしようとしたのだが――――
「えっ?」
ガクンと小さく体が震えたと思ったら、足から崩れ落ちてしまう。
何が起こったのかわからず、足を見ると。
両足の足首の辺りがぐるりと一周、赤い液体が濡らしている。
他でもない、私の血だった。
「いっ!」
怪我に気づいた途端、激痛が走る。
魔物に襲われたときよりもずっと痛いっ!
魔法を使われたことは理解できたが、一瞬にしてこんな怪我を負わせるようなものを使うなんて。
彼はもう、私に容赦など持っていないのだろう。
もしかしたら、足はもう使い物にならないかもしれない。
それでも、腕を前に出し体を引きずりながらどうにかしてその場を離れようとする。
しかし、その抵抗さえも彼の前では無意味だった。
それも先ほど私が通されたものとはわけが違う。扉がすでに豪華に飾られ、余すことなく装飾されているところをみると王宮内でも国賓級の相手に使うであろう豪華な応接室なのだということがわかる。
恐らく中には彼女がいるのだろう。
そんな上級のお客様がいるであろう部屋に、あろうことかヴァリタスはノックもせずに扉を開けた。
私も、そして中にいた使用人や使徒たちも驚きすぎて口が開いたままの状態となってしまう。と、いち早く正気を取り戻した使用人が慌ててヴァリタスを咎める。がしかし、彼にはそんな言葉など届いていなかった。
「聖女様、少しの時間付き合ってほしいのですが」
開口一番、奥で休んでいたであろう聖女様に乱暴に言い放つ。
そこで私はやっと彼が何をしようとしているのか理解した。
今更遅いとわかっているものの、彼から逃れようと藻掻く。
「ヴァリタス殿下、お放しください」
懇願しても彼はこちらを見ようともしない。
「これはこれは、穏やかではありませんねぇ……」
奥のソファに座ったまま、こちらも見ずにそう告げた。
さきほどの綺麗な声とは違う、どこか怒ったような低い声に少し驚く。
聖女様はスッと立ち上がり、一瞬にして笑顔を作ると周りにいる人たちに呼びかける。
「皆さん。ヴァリタス殿下とお話したいので、席を外してくれませんか?」
そそくさと出ていく王宮の使用人たち。
使徒たちはといえば、少し躊躇っていたものの渋々といった感じで皆部屋を出て行った。
私たちだけになると、彼女はくるりと体を回しこちらへと向いた。
「それで? 私に何の御用なのですか?」
先ほどの怒りを孕んだ瞳で私たちを見つめる彼女に圧倒されてしまう。
これから起こることに恐怖しながら、なんとか声を絞りだした。
「ご、ごめんさない聖女様。あの、私……」
体を引き、扉の方へと足を向ける。
ここから出ていきたい。
一刻も早く。
しかしヴァリタスが掴む手から逃れる術がない。
言葉を詰まらせ、動揺する私に聖女様は微笑んだ。
どうして笑いかけられたのか理解できず、困惑してしまう。
「大丈夫ですよ、ベルフェリト様。何も怖いことなどありませんから」
子供を宥めるような声色だった。
少なくとも彼女は私に悪意を向けてはいないのだろう。
「聖女様、お願いがあるのです。彼女の、ベルフェリト嬢の前世を私に教えてくれませんか?」
「!」
やっぱり。
彼は聖女様の前で私の前世を暴くつもりなのだ。
昔、プアドール様が言っていた。
前世が判明すれば、エヒム教の本部へ知らせる決まりがあるのだと。
だとしたら、聖女様は知っているのではないだろうか。
私の前世を。
いいえ、知らないはずがない。
この国一番の悪人が生まれ変わったのだ。
そんな重大事件が発覚したのなら、彼女に知らせないはずがない。
終わりだ。
すべて暴かれてしまう。
私の願いもきっと潰える。
今ならお願いすればどうにかなるだろうか。
あの優し気な微笑みについそんなことを考えてしまう。
でもきっと、そんな都合の良いことは起こらない。
聖女様は嘘をつかない。
神に仕える人間ならば、おそらく皆そうだろう。
どんな理由があっても。
だから、ヴァリタスが問いかければ彼女は素直に真実を口にするだろう。
それに、彼女が私の前世を隠すメリットも何もないのだ。そもそも、私の前世が今までエヒム教によって公表されていないのだっておかしなことではないか。どうして気づかなかったのだろう。
馬鹿だ私は。
でも、少しぐらい――――
少しぐらい無駄な足掻きをしたっていいじゃない!
私は彼が握る腕を顔の辺りまで持ち上げた。
そして私の腕を掴んでいる手を口に持ってくると……。
その手に勢いよく嚙みついた。
「っ――――!」
痛みで彼の顔が歪む。
素肌を思いきり噛んだのだ。
いくら非力な女性の力であっても、結構な痛みを与えられたはずだ。
私の読み通り、彼は私の腕を放し噛まれた手にもう片方の手を当てている。
口の中にほんのりと鉄の味がしたのに気が付き、彼の方をみると押さえた手の隙間から僅かに血が見えた。
その姿に少し動揺したものの、振り切ってドアの方へと駆ける。
今は一刻も早くこの王宮から逃げることが先決だ。
終わり次第馬車を回すように言ってあるはずだし、これからすぐに玄関へと向かえばすぐに迎えの馬車に乗れるはず。
そう期待し、部屋を後にしようとしたのだが――――
「えっ?」
ガクンと小さく体が震えたと思ったら、足から崩れ落ちてしまう。
何が起こったのかわからず、足を見ると。
両足の足首の辺りがぐるりと一周、赤い液体が濡らしている。
他でもない、私の血だった。
「いっ!」
怪我に気づいた途端、激痛が走る。
魔物に襲われたときよりもずっと痛いっ!
魔法を使われたことは理解できたが、一瞬にしてこんな怪我を負わせるようなものを使うなんて。
彼はもう、私に容赦など持っていないのだろう。
もしかしたら、足はもう使い物にならないかもしれない。
それでも、腕を前に出し体を引きずりながらどうにかしてその場を離れようとする。
しかし、その抵抗さえも彼の前では無意味だった。
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お楽しみいただけると幸いです。