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第5章
229.どうか勇気を…
どこか不安そうなフィーネ様は、ベリエル殿下の腕に自分の手を添えた。まるで理想的な2人の姿を見続ける勇気もなく、私は反射的に聖女様の方へと向き合う。
足には少しだけ違和感があったが、それもすぐになくなった。
今一度、彼女の神聖力の凄さに驚く。
改めて聖女様を見つめる。
どこか申し訳なさそうな表情に、これから起こることを自覚させられた。
聖職者とはどんな悪人も許してくれる人なのだと聞いたことがあった。
だから聖女様、私に対して同情してくれているのだと思う。
ベリエル殿下には前世がバレているから怖くない。
けれどフィーネ様は何も知らないのだ。
彼女はいつも私を気遣ってくれていた。
社交界にあまり顔を出さないためそこまで交流があったわけではなかったけれど、彼女の優しさはそれでも十分理解している。それが今日壊れてしまうのだ。私を映す彼女の瞳が濁っていくことを考えると、どうしても怖くなってしまう。
それにヴァリタスのことも……。
チラリと横目に見る彼の姿は今までの優しい面影などどこにもない。
彼の変わりように改めて自分の前世が如何に酷い人物なのかを痛感させられるようだった。
彼はもう、私を好きにはならない。
私の前世に確信を得た彼が何をするのかはわからないけれど、それだけははっきりと断言できる。
そう思うと、今更彼の好意に恋い焦がれる私がいた。
私に向けられたそれがたとえ偽りのものだったとしても、向けられている間くらいは甘えていたかった。
でも、それを許してしまえば平穏を手に入れるという私の願いは叶わない。
きっと本当にほしかったものはそれだったのだと思う。しかし、私はもっと別の、身近にある願いを叶えることを選んだ。そうして諦めた私に手を伸ばす手段などあるはずもないのだ。
それに、私が欲しかった愛は本物の愛。
彼を騙したまま手に入れても、きっと幸せなど感じなかっただろう。
それなら初めから私の願いは壊れてしまっていたようなものだ。
「本当に良いのか、ヴィータ。世の中には知らない方が幸せなことだってたくさんあるんだぞ」
ベリエル殿下の声が聞こえた。
彼はヴァリタスを本当に大事にしている。
だから彼にとってこの状況は良い事のはずなのに。
どうしてそんな事をヴァリタスに聞くのだろう。
「なぜ、兄上はそんなことを聞くのですか?」
「そ、それは……」
どうやらヴァリタスも私と同じ事を思っていたようだ。
ベリエル殿下はその問いにもごもごと言葉を濁すだけで、はっきりとした答えを出すことはなかった。
一体どうしたんだろう。
しかし少し考えてみると、ある答えが脳裏に浮かぶ。
彼は恐れているのだ。
ヴァリタスに嫌われることを。
もし、ベリエル殿下が以前から私の前世を知っていたとヴァリタスが知れば彼は怒るだろう。
どうして教えてくれなかったのかと。
きっとベリエル殿下はそれが嫌なのだ。
「僕はただ知りたいだけです。彼女の正体を、何を思って今まで生きてきたのかを」
「ヴィータ、お前……」
ベリエル殿下の要領を得ない言葉に痺れを切らしたのか、ヴァリタスはそう口にした。
その言葉は酷く冷たいもので、ベリエル殿下でさえ一瞬怯えたような表情をしたぐらいだ。
普段の彼を知っている人が今の表情を見たら、きっと誰だって同じような反応をするだろう。
それほど彼は怒っている。
いや、もしかしたら憎んでいるのかもしれない。
「さぁ、そろそろ始めてください。待たされるのは、あまり好きではありませんので」
まるで感情のない声にビクつく。
これ以上彼の機嫌を損ねるのが怖くなり、ドレスへと手を掛ける。
しかしそれは聖女様にやんわりと手を掴まれ阻止されてしまった。
「エスティ様の前世を晒すには、胸元を開けなければなりません。婚約者であるヴァリタス殿下にもそれはあまり……」
気遣うような視線を投げられ、困惑してしまう。
まさかここまで気を遣われるなんて思いもしなかった。
「何を言っているのですか? 先ほど彼女自身が了承したではありませんか。今更そんな言い訳は通用しませんよ」
彼女の優しさに触れたからか、ヴァリタスの冷たい態度に余計傷ついてしまう。
でも、彼の態度の方が私に対する一般的な反応なのだと思う。
「良いのです聖女様。ヴァリタス殿下の言う通りにしてください」
私は彼女の手を優しく払い、胸元を緩める。
人前で肌を晒すのは初めてで少し緊張する。
でもそれ以上にこの後の展開が怖くて手が震えた。
やっとの思いで胸元を露出させると、聖女様を見つめた。
「お願いします」
彼女はその言葉にしっかりと頷くと、私の胸元の前へと両手を翳す。
目を瞑ると呟くような小さな声で何かを唱え出した。
彼女の言葉に呼応するように彼女の周りに風が起こり始めた。
徐々に大きくなる彼女の詠唱に従って、手から魔法陣が生まれる。
眩く光るそれに、目を細めた。
手を翳された胸元が徐々に熱くなっていく。
まさか前世の名前を浮き出すためにこんなに大がかりな魔法を使うなんて思わなかった。
もしかしたら他の人にとっても、前世というのは大事なものなのかもしれない。
私にとって前世とは今や生きるために必要な杖のようなもの。
人生をうまく歩けない私には、なくてはならないものなのだ。
いつの間にか、目じりには涙が浮かんでいた。
足には少しだけ違和感があったが、それもすぐになくなった。
今一度、彼女の神聖力の凄さに驚く。
改めて聖女様を見つめる。
どこか申し訳なさそうな表情に、これから起こることを自覚させられた。
聖職者とはどんな悪人も許してくれる人なのだと聞いたことがあった。
だから聖女様、私に対して同情してくれているのだと思う。
ベリエル殿下には前世がバレているから怖くない。
けれどフィーネ様は何も知らないのだ。
彼女はいつも私を気遣ってくれていた。
社交界にあまり顔を出さないためそこまで交流があったわけではなかったけれど、彼女の優しさはそれでも十分理解している。それが今日壊れてしまうのだ。私を映す彼女の瞳が濁っていくことを考えると、どうしても怖くなってしまう。
それにヴァリタスのことも……。
チラリと横目に見る彼の姿は今までの優しい面影などどこにもない。
彼の変わりように改めて自分の前世が如何に酷い人物なのかを痛感させられるようだった。
彼はもう、私を好きにはならない。
私の前世に確信を得た彼が何をするのかはわからないけれど、それだけははっきりと断言できる。
そう思うと、今更彼の好意に恋い焦がれる私がいた。
私に向けられたそれがたとえ偽りのものだったとしても、向けられている間くらいは甘えていたかった。
でも、それを許してしまえば平穏を手に入れるという私の願いは叶わない。
きっと本当にほしかったものはそれだったのだと思う。しかし、私はもっと別の、身近にある願いを叶えることを選んだ。そうして諦めた私に手を伸ばす手段などあるはずもないのだ。
それに、私が欲しかった愛は本物の愛。
彼を騙したまま手に入れても、きっと幸せなど感じなかっただろう。
それなら初めから私の願いは壊れてしまっていたようなものだ。
「本当に良いのか、ヴィータ。世の中には知らない方が幸せなことだってたくさんあるんだぞ」
ベリエル殿下の声が聞こえた。
彼はヴァリタスを本当に大事にしている。
だから彼にとってこの状況は良い事のはずなのに。
どうしてそんな事をヴァリタスに聞くのだろう。
「なぜ、兄上はそんなことを聞くのですか?」
「そ、それは……」
どうやらヴァリタスも私と同じ事を思っていたようだ。
ベリエル殿下はその問いにもごもごと言葉を濁すだけで、はっきりとした答えを出すことはなかった。
一体どうしたんだろう。
しかし少し考えてみると、ある答えが脳裏に浮かぶ。
彼は恐れているのだ。
ヴァリタスに嫌われることを。
もし、ベリエル殿下が以前から私の前世を知っていたとヴァリタスが知れば彼は怒るだろう。
どうして教えてくれなかったのかと。
きっとベリエル殿下はそれが嫌なのだ。
「僕はただ知りたいだけです。彼女の正体を、何を思って今まで生きてきたのかを」
「ヴィータ、お前……」
ベリエル殿下の要領を得ない言葉に痺れを切らしたのか、ヴァリタスはそう口にした。
その言葉は酷く冷たいもので、ベリエル殿下でさえ一瞬怯えたような表情をしたぐらいだ。
普段の彼を知っている人が今の表情を見たら、きっと誰だって同じような反応をするだろう。
それほど彼は怒っている。
いや、もしかしたら憎んでいるのかもしれない。
「さぁ、そろそろ始めてください。待たされるのは、あまり好きではありませんので」
まるで感情のない声にビクつく。
これ以上彼の機嫌を損ねるのが怖くなり、ドレスへと手を掛ける。
しかしそれは聖女様にやんわりと手を掴まれ阻止されてしまった。
「エスティ様の前世を晒すには、胸元を開けなければなりません。婚約者であるヴァリタス殿下にもそれはあまり……」
気遣うような視線を投げられ、困惑してしまう。
まさかここまで気を遣われるなんて思いもしなかった。
「何を言っているのですか? 先ほど彼女自身が了承したではありませんか。今更そんな言い訳は通用しませんよ」
彼女の優しさに触れたからか、ヴァリタスの冷たい態度に余計傷ついてしまう。
でも、彼の態度の方が私に対する一般的な反応なのだと思う。
「良いのです聖女様。ヴァリタス殿下の言う通りにしてください」
私は彼女の手を優しく払い、胸元を緩める。
人前で肌を晒すのは初めてで少し緊張する。
でもそれ以上にこの後の展開が怖くて手が震えた。
やっとの思いで胸元を露出させると、聖女様を見つめた。
「お願いします」
彼女はその言葉にしっかりと頷くと、私の胸元の前へと両手を翳す。
目を瞑ると呟くような小さな声で何かを唱え出した。
彼女の言葉に呼応するように彼女の周りに風が起こり始めた。
徐々に大きくなる彼女の詠唱に従って、手から魔法陣が生まれる。
眩く光るそれに、目を細めた。
手を翳された胸元が徐々に熱くなっていく。
まさか前世の名前を浮き出すためにこんなに大がかりな魔法を使うなんて思わなかった。
もしかしたら他の人にとっても、前世というのは大事なものなのかもしれない。
私にとって前世とは今や生きるために必要な杖のようなもの。
人生をうまく歩けない私には、なくてはならないものなのだ。
いつの間にか、目じりには涙が浮かんでいた。
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