234 / 339
第5章
229.どうか勇気を…
しおりを挟む
どこか不安そうなフィーネ様は、ベリエル殿下の腕に自分の手を添えた。まるで理想的な2人の姿を見続ける勇気もなく、私は反射的に聖女様の方へと向き合う。
足には少しだけ違和感があったが、それもすぐになくなった。
今一度、彼女の神聖力の凄さに驚く。
改めて聖女様を見つめる。
どこか申し訳なさそうな表情に、これから起こることを自覚させられた。
聖職者とはどんな悪人も許してくれる人なのだと聞いたことがあった。
だから聖女様、私に対して同情してくれているのだと思う。
ベリエル殿下には前世がバレているから怖くない。
けれどフィーネ様は何も知らないのだ。
彼女はいつも私を気遣ってくれていた。
社交界にあまり顔を出さないためそこまで交流があったわけではなかったけれど、彼女の優しさはそれでも十分理解している。それが今日壊れてしまうのだ。私を映す彼女の瞳が濁っていくことを考えると、どうしても怖くなってしまう。
それにヴァリタスのことも……。
チラリと横目に見る彼の姿は今までの優しい面影などどこにもない。
彼の変わりように改めて自分の前世が如何に酷い人物なのかを痛感させられるようだった。
彼はもう、私を好きにはならない。
私の前世に確信を得た彼が何をするのかはわからないけれど、それだけははっきりと断言できる。
そう思うと、今更彼の好意に恋い焦がれる私がいた。
私に向けられたそれがたとえ偽りのものだったとしても、向けられている間くらいは甘えていたかった。
でも、それを許してしまえば平穏を手に入れるという私の願いは叶わない。
きっと本当にほしかったものはそれだったのだと思う。しかし、私はもっと別の、身近にある願いを叶えることを選んだ。そうして諦めた私に手を伸ばす手段などあるはずもないのだ。
それに、私が欲しかった愛は本物の愛。
彼を騙したまま手に入れても、きっと幸せなど感じなかっただろう。
それなら初めから私の願いは壊れてしまっていたようなものだ。
「本当に良いのか、ヴィータ。世の中には知らない方が幸せなことだってたくさんあるんだぞ」
ベリエル殿下の声が聞こえた。
彼はヴァリタスを本当に大事にしている。
だから彼にとってこの状況は良い事のはずなのに。
どうしてそんな事をヴァリタスに聞くのだろう。
「なぜ、兄上はそんなことを聞くのですか?」
「そ、それは……」
どうやらヴァリタスも私と同じ事を思っていたようだ。
ベリエル殿下はその問いにもごもごと言葉を濁すだけで、はっきりとした答えを出すことはなかった。
一体どうしたんだろう。
しかし少し考えてみると、ある答えが脳裏に浮かぶ。
彼は恐れているのだ。
ヴァリタスに嫌われることを。
もし、ベリエル殿下が以前から私の前世を知っていたとヴァリタスが知れば彼は怒るだろう。
どうして教えてくれなかったのかと。
きっとベリエル殿下はそれが嫌なのだ。
「僕はただ知りたいだけです。彼女の正体を、何を思って今まで生きてきたのかを」
「ヴィータ、お前……」
ベリエル殿下の要領を得ない言葉に痺れを切らしたのか、ヴァリタスはそう口にした。
その言葉は酷く冷たいもので、ベリエル殿下でさえ一瞬怯えたような表情をしたぐらいだ。
普段の彼を知っている人が今の表情を見たら、きっと誰だって同じような反応をするだろう。
それほど彼は怒っている。
いや、もしかしたら憎んでいるのかもしれない。
「さぁ、そろそろ始めてください。待たされるのは、あまり好きではありませんので」
まるで感情のない声にビクつく。
これ以上彼の機嫌を損ねるのが怖くなり、ドレスへと手を掛ける。
しかしそれは聖女様にやんわりと手を掴まれ阻止されてしまった。
「エスティ様の前世を晒すには、胸元を開けなければなりません。婚約者であるヴァリタス殿下にもそれはあまり……」
気遣うような視線を投げられ、困惑してしまう。
まさかここまで気を遣われるなんて思いもしなかった。
「何を言っているのですか? 先ほど彼女自身が了承したではありませんか。今更そんな言い訳は通用しませんよ」
彼女の優しさに触れたからか、ヴァリタスの冷たい態度に余計傷ついてしまう。
でも、彼の態度の方が私に対する一般的な反応なのだと思う。
「良いのです聖女様。ヴァリタス殿下の言う通りにしてください」
私は彼女の手を優しく払い、胸元を緩める。
人前で肌を晒すのは初めてで少し緊張する。
でもそれ以上にこの後の展開が怖くて手が震えた。
やっとの思いで胸元を露出させると、聖女様を見つめた。
「お願いします」
彼女はその言葉にしっかりと頷くと、私の胸元の前へと両手を翳す。
目を瞑ると呟くような小さな声で何かを唱え出した。
彼女の言葉に呼応するように彼女の周りに風が起こり始めた。
徐々に大きくなる彼女の詠唱に従って、手から魔法陣が生まれる。
眩く光るそれに、目を細めた。
手を翳された胸元が徐々に熱くなっていく。
まさか前世の名前を浮き出すためにこんなに大がかりな魔法を使うなんて思わなかった。
もしかしたら他の人にとっても、前世というのは大事なものなのかもしれない。
私にとって前世とは今や生きるために必要な杖のようなもの。
人生をうまく歩けない私には、なくてはならないものなのだ。
いつの間にか、目じりには涙が浮かんでいた。
足には少しだけ違和感があったが、それもすぐになくなった。
今一度、彼女の神聖力の凄さに驚く。
改めて聖女様を見つめる。
どこか申し訳なさそうな表情に、これから起こることを自覚させられた。
聖職者とはどんな悪人も許してくれる人なのだと聞いたことがあった。
だから聖女様、私に対して同情してくれているのだと思う。
ベリエル殿下には前世がバレているから怖くない。
けれどフィーネ様は何も知らないのだ。
彼女はいつも私を気遣ってくれていた。
社交界にあまり顔を出さないためそこまで交流があったわけではなかったけれど、彼女の優しさはそれでも十分理解している。それが今日壊れてしまうのだ。私を映す彼女の瞳が濁っていくことを考えると、どうしても怖くなってしまう。
それにヴァリタスのことも……。
チラリと横目に見る彼の姿は今までの優しい面影などどこにもない。
彼の変わりように改めて自分の前世が如何に酷い人物なのかを痛感させられるようだった。
彼はもう、私を好きにはならない。
私の前世に確信を得た彼が何をするのかはわからないけれど、それだけははっきりと断言できる。
そう思うと、今更彼の好意に恋い焦がれる私がいた。
私に向けられたそれがたとえ偽りのものだったとしても、向けられている間くらいは甘えていたかった。
でも、それを許してしまえば平穏を手に入れるという私の願いは叶わない。
きっと本当にほしかったものはそれだったのだと思う。しかし、私はもっと別の、身近にある願いを叶えることを選んだ。そうして諦めた私に手を伸ばす手段などあるはずもないのだ。
それに、私が欲しかった愛は本物の愛。
彼を騙したまま手に入れても、きっと幸せなど感じなかっただろう。
それなら初めから私の願いは壊れてしまっていたようなものだ。
「本当に良いのか、ヴィータ。世の中には知らない方が幸せなことだってたくさんあるんだぞ」
ベリエル殿下の声が聞こえた。
彼はヴァリタスを本当に大事にしている。
だから彼にとってこの状況は良い事のはずなのに。
どうしてそんな事をヴァリタスに聞くのだろう。
「なぜ、兄上はそんなことを聞くのですか?」
「そ、それは……」
どうやらヴァリタスも私と同じ事を思っていたようだ。
ベリエル殿下はその問いにもごもごと言葉を濁すだけで、はっきりとした答えを出すことはなかった。
一体どうしたんだろう。
しかし少し考えてみると、ある答えが脳裏に浮かぶ。
彼は恐れているのだ。
ヴァリタスに嫌われることを。
もし、ベリエル殿下が以前から私の前世を知っていたとヴァリタスが知れば彼は怒るだろう。
どうして教えてくれなかったのかと。
きっとベリエル殿下はそれが嫌なのだ。
「僕はただ知りたいだけです。彼女の正体を、何を思って今まで生きてきたのかを」
「ヴィータ、お前……」
ベリエル殿下の要領を得ない言葉に痺れを切らしたのか、ヴァリタスはそう口にした。
その言葉は酷く冷たいもので、ベリエル殿下でさえ一瞬怯えたような表情をしたぐらいだ。
普段の彼を知っている人が今の表情を見たら、きっと誰だって同じような反応をするだろう。
それほど彼は怒っている。
いや、もしかしたら憎んでいるのかもしれない。
「さぁ、そろそろ始めてください。待たされるのは、あまり好きではありませんので」
まるで感情のない声にビクつく。
これ以上彼の機嫌を損ねるのが怖くなり、ドレスへと手を掛ける。
しかしそれは聖女様にやんわりと手を掴まれ阻止されてしまった。
「エスティ様の前世を晒すには、胸元を開けなければなりません。婚約者であるヴァリタス殿下にもそれはあまり……」
気遣うような視線を投げられ、困惑してしまう。
まさかここまで気を遣われるなんて思いもしなかった。
「何を言っているのですか? 先ほど彼女自身が了承したではありませんか。今更そんな言い訳は通用しませんよ」
彼女の優しさに触れたからか、ヴァリタスの冷たい態度に余計傷ついてしまう。
でも、彼の態度の方が私に対する一般的な反応なのだと思う。
「良いのです聖女様。ヴァリタス殿下の言う通りにしてください」
私は彼女の手を優しく払い、胸元を緩める。
人前で肌を晒すのは初めてで少し緊張する。
でもそれ以上にこの後の展開が怖くて手が震えた。
やっとの思いで胸元を露出させると、聖女様を見つめた。
「お願いします」
彼女はその言葉にしっかりと頷くと、私の胸元の前へと両手を翳す。
目を瞑ると呟くような小さな声で何かを唱え出した。
彼女の言葉に呼応するように彼女の周りに風が起こり始めた。
徐々に大きくなる彼女の詠唱に従って、手から魔法陣が生まれる。
眩く光るそれに、目を細めた。
手を翳された胸元が徐々に熱くなっていく。
まさか前世の名前を浮き出すためにこんなに大がかりな魔法を使うなんて思わなかった。
もしかしたら他の人にとっても、前世というのは大事なものなのかもしれない。
私にとって前世とは今や生きるために必要な杖のようなもの。
人生をうまく歩けない私には、なくてはならないものなのだ。
いつの間にか、目じりには涙が浮かんでいた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
【完結】番である私の旦那様
桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族!
黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。
バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。
オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。
気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。
でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!)
大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです!
神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。
前半は転移する前の私生活から始まります。
悪役令嬢が美形すぎるせいで話が進まない
陽炎氷柱
恋愛
「傾国の美女になってしまったんだが」
デブス系悪役令嬢に生まれた私は、とにかく美しい悪の華になろうとがんばった。賢くて美しい令嬢なら、だとえ断罪されてもまだ未来がある。
そう思って、前世の知識を活用してダイエットに励んだのだが。
いつの間にかパトロンが大量発生していた。
ところでヒロインさん、そんなにハンカチを強く嚙んだら歯並びが悪くなりますよ?
【完結】ヒロインに転生しましたが、モブのイケオジが好きなので、悪役令嬢の婚約破棄を回避させたつもりが、やっぱり婚約破棄されている。
樹結理(きゆり)
恋愛
「アイリーン、貴女との婚約は破棄させてもらう」
大勢が集まるパーティの場で、この国の第一王子セルディ殿下がそう宣言した。
はぁぁあ!? なんでどうしてそうなった!!
私の必死の努力を返してー!!
乙女ゲーム『ラベルシアの乙女』の世界に転生してしまった日本人のアラサー女子。
気付けば物語が始まる学園への入学式の日。
私ってヒロインなの!?攻略対象のイケメンたちに囲まれる日々。でも!私が好きなのは攻略対象たちじゃないのよー!!
私が好きなのは攻略対象でもなんでもない、物語にたった二回しか出てこないイケオジ!
所謂モブと言っても過言ではないほど、関わることが少ないイケオジ。
でもでも!せっかくこの世界に転生出来たのなら何度も見たイケメンたちよりも、レアなイケオジを!!
攻略対象たちや悪役令嬢と友好的な関係を築きつつ、悪役令嬢の婚約破棄を回避しつつ、イケオジを狙う十六歳、侯爵令嬢!
必死に悪役令嬢の婚約破棄イベントを回避してきたつもりが、なんでどうしてそうなった!!
やっぱり婚約破棄されてるじゃないのー!!
必死に努力したのは無駄足だったのか!?ヒロインは一体誰と結ばれるのか……。
※この物語は作者の世界観から成り立っております。正式な貴族社会をお望みの方はご遠慮ください。
※この作品は小説家になろう、カクヨムで完結済み。
モブ転生とはこんなもの
詩森さよ(さよ吉)
恋愛
あたしはナナ。貧乏伯爵令嬢で転生者です。
乙女ゲームのプロローグで死んじゃうモブに転生したけど、奇跡的に助かったおかげで現在元気で幸せです。
今ゲームのラスト近くの婚約破棄の現場にいるんだけど、なんだか様子がおかしいの。
いったいどうしたらいいのかしら……。
現在筆者の時間的かつ体力的に感想などを受け付けない設定にしております。
どうぞよろしくお願いいたします。
他サイトでも公開しています。
バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました
美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる