237 / 339
第5章
232.たとえ嫌われたとしても
しおりを挟む
「確かに、初めて生まれた人間にとってはそんなものないのかもしれないな。でもお前は違うだろ? 転生したからには必ず意味があるはずなんだ」
黒龍はヴァリタスに近づきながら淡々と言葉を紡ぐ。
ヴァリタスは黒龍を睨みつけながらその話を聞いていた。
「主の恩恵だ祝福だなんていうのは、そこらへんにいる普通の転生者の話だ。そういうやつは大体前世で授かった才能をさらに高めるために主にお願いして転生している場合が多い。でも主様とお前は違う。もっと言うと、お前はどう見てもおまけだ」
おまけ?
おまけってどういうこと?
「黒龍様、それ以上は止めてください。引き金が何になるかわからない今、その話をするのは非常に危険です」
怒りながら話す黒龍に割って入ったのは聖女様だった。こんな殺気を放っている彼に口を挟めるとは、やはり聖女様って相当な覚悟を持っている人じゃないとなれないのね。
しかし、彼女の言葉を受けても黒龍は止まらなかった。
「俺はずっと我慢してきたんだ。こいつらが主様を蔑ろにしていても、ただ黙って見てきた。でも今コイツは何をした? あろうことか主様を殺そうとしたんだぞ? そんな奴の事このまま黙って見過ごせるほど、俺は優しくないんだよ!」
ダンッと大きな音が聞こえ、床が僅かに揺れる。
何の音かと思ったら、それは黒龍が足で床を強く踏みつけた音だった。
一瞬癇癪を起したのかと思ったら、そうではない。
踏みつけた際に彼の周りを囲むように、赤く光る魔法陣が現れていたのだ。
そこから感じる強靭な魔力に身震いする。
一体彼はどんな魔法を発動させようとしているのだろうか。
それに、彼から感じる殺気が比べ物にならないほど強くなっている。
この殺気だけで失神してしまうのではないかと思うほど強いもので、生唾を飲んだ。
しかし、このまま黙って目の前の光景を見続けているわけにはいかない。
恐らく黒龍はヴァリタスに魔法をぶつける気だ。
だめ。
だめだ!
魔法が全く使えない私でもわかる。
あの魔法は人に向けて良いものじゃない。
流石のヴァリタスもただ事では済まないはずだ。
止めなくちゃ!
「待って!」
咄嗟に立ち上がると黒龍の方へと駆け寄った。
彼の体へ勢いよく抱き着く。
どうにか落ち着かせようと黒龍に話しかけた。
「いいの! 私は大丈夫だから! さっき貴方が治してくれたでしょう? もうそれで十分だから!」
抱き着いた私に驚いたのか、黒龍は焦ったような顔を私に向けた。
しかし、魔法を止めるつもりはないらしい。
抱き着く私をどうにか振りほどこうと必死だったが、優しい彼の手つきではいつまで経っても振り払えない。彼もそんな状態を続けるわけにもいかず、なんとか私を説得しようと訴える。
「いくら主様の頼みでも、今回ばかりは従えない! 俺はもう、ただ黙って奪われるのを見ているだけの子供じゃない!」
今まで彼の奥底で燻っていた感情が曝け出されたようだった。
人間からは到底出せることのできないであろう激情を前に、彼が人ではなく龍なのだということを再確認する。
私だけでは、彼を止められない。
けれど私だって、このまま黙って誰かが傷つくのを見ているわけにはいかないのだ。
抵抗の意志を伝えるように、一層強く彼を抱きしめる。
「主様放して! このままじゃ主様も怪我する!」
そう言われたら、余計放すわけにはいかないじゃない!
とはいえ、このままじゃれ合っていても埒が明かない。
どうにかして黒龍の怒りを鎮めないと。
でも、今の私に一体なにが――――
『大丈夫、何も怯えることはないんだよ。今からわたしが――』
いつかの記憶が私の中に流れ込んでくる。
あれは確か、あの子に初めて会った時の……。
小さくて、何もかもに怯えたあの子に手を差し伸べたあの日、この子にはわたししかいないと思った。
どうしてもこの子に生きる意味をあげたくて、だからわたしは……。
そうか。
あの時のわたしの言葉でこの子はずっと、私を思ってくれていたんだ。
それなら――――
「わたしが貴方の主なの! わたしの言葉が聞けないなら、貴方はもうわたしの龍じゃない! わたしの言葉なんて忘れて、普通の龍として生きていけば良い!」
そう言い放った途端、黒龍は動きを止めた。
それまで発動していた魔法は瞬く間に光を失い、魔法陣も消えていく。
やっと彼を止められたと安堵したのも束の間、振り向いた彼の顔は酷く歪んでいた。
眉間に皺を寄せ目を細めた彼の顔に、ズキリと胸が痛くなる。
黒龍はリヴェリオとの思い出をとても大切にしている。
だからこそ、彼は私の事も大事にしてくれているのだ。
そんな私が前世を利用して彼を脅したのだ。
思い出を汚した私の事を彼は恨むだろうか。
軽蔑するだろうか。
もしかしたら、敵視され今度は彼が私を殺そうとするかもしれない。
その覚悟があったと言えば嘘になるが、そうされても仕方がないと思った。
それでも今は黒龍を止めることの方が重要だった。
私をいくら嫌いでも、彼には生きていてほしいから。
だって、私はまだ彼を……。
黒龍はヴァリタスに近づきながら淡々と言葉を紡ぐ。
ヴァリタスは黒龍を睨みつけながらその話を聞いていた。
「主の恩恵だ祝福だなんていうのは、そこらへんにいる普通の転生者の話だ。そういうやつは大体前世で授かった才能をさらに高めるために主にお願いして転生している場合が多い。でも主様とお前は違う。もっと言うと、お前はどう見てもおまけだ」
おまけ?
おまけってどういうこと?
「黒龍様、それ以上は止めてください。引き金が何になるかわからない今、その話をするのは非常に危険です」
怒りながら話す黒龍に割って入ったのは聖女様だった。こんな殺気を放っている彼に口を挟めるとは、やはり聖女様って相当な覚悟を持っている人じゃないとなれないのね。
しかし、彼女の言葉を受けても黒龍は止まらなかった。
「俺はずっと我慢してきたんだ。こいつらが主様を蔑ろにしていても、ただ黙って見てきた。でも今コイツは何をした? あろうことか主様を殺そうとしたんだぞ? そんな奴の事このまま黙って見過ごせるほど、俺は優しくないんだよ!」
ダンッと大きな音が聞こえ、床が僅かに揺れる。
何の音かと思ったら、それは黒龍が足で床を強く踏みつけた音だった。
一瞬癇癪を起したのかと思ったら、そうではない。
踏みつけた際に彼の周りを囲むように、赤く光る魔法陣が現れていたのだ。
そこから感じる強靭な魔力に身震いする。
一体彼はどんな魔法を発動させようとしているのだろうか。
それに、彼から感じる殺気が比べ物にならないほど強くなっている。
この殺気だけで失神してしまうのではないかと思うほど強いもので、生唾を飲んだ。
しかし、このまま黙って目の前の光景を見続けているわけにはいかない。
恐らく黒龍はヴァリタスに魔法をぶつける気だ。
だめ。
だめだ!
魔法が全く使えない私でもわかる。
あの魔法は人に向けて良いものじゃない。
流石のヴァリタスもただ事では済まないはずだ。
止めなくちゃ!
「待って!」
咄嗟に立ち上がると黒龍の方へと駆け寄った。
彼の体へ勢いよく抱き着く。
どうにか落ち着かせようと黒龍に話しかけた。
「いいの! 私は大丈夫だから! さっき貴方が治してくれたでしょう? もうそれで十分だから!」
抱き着いた私に驚いたのか、黒龍は焦ったような顔を私に向けた。
しかし、魔法を止めるつもりはないらしい。
抱き着く私をどうにか振りほどこうと必死だったが、優しい彼の手つきではいつまで経っても振り払えない。彼もそんな状態を続けるわけにもいかず、なんとか私を説得しようと訴える。
「いくら主様の頼みでも、今回ばかりは従えない! 俺はもう、ただ黙って奪われるのを見ているだけの子供じゃない!」
今まで彼の奥底で燻っていた感情が曝け出されたようだった。
人間からは到底出せることのできないであろう激情を前に、彼が人ではなく龍なのだということを再確認する。
私だけでは、彼を止められない。
けれど私だって、このまま黙って誰かが傷つくのを見ているわけにはいかないのだ。
抵抗の意志を伝えるように、一層強く彼を抱きしめる。
「主様放して! このままじゃ主様も怪我する!」
そう言われたら、余計放すわけにはいかないじゃない!
とはいえ、このままじゃれ合っていても埒が明かない。
どうにかして黒龍の怒りを鎮めないと。
でも、今の私に一体なにが――――
『大丈夫、何も怯えることはないんだよ。今からわたしが――』
いつかの記憶が私の中に流れ込んでくる。
あれは確か、あの子に初めて会った時の……。
小さくて、何もかもに怯えたあの子に手を差し伸べたあの日、この子にはわたししかいないと思った。
どうしてもこの子に生きる意味をあげたくて、だからわたしは……。
そうか。
あの時のわたしの言葉でこの子はずっと、私を思ってくれていたんだ。
それなら――――
「わたしが貴方の主なの! わたしの言葉が聞けないなら、貴方はもうわたしの龍じゃない! わたしの言葉なんて忘れて、普通の龍として生きていけば良い!」
そう言い放った途端、黒龍は動きを止めた。
それまで発動していた魔法は瞬く間に光を失い、魔法陣も消えていく。
やっと彼を止められたと安堵したのも束の間、振り向いた彼の顔は酷く歪んでいた。
眉間に皺を寄せ目を細めた彼の顔に、ズキリと胸が痛くなる。
黒龍はリヴェリオとの思い出をとても大切にしている。
だからこそ、彼は私の事も大事にしてくれているのだ。
そんな私が前世を利用して彼を脅したのだ。
思い出を汚した私の事を彼は恨むだろうか。
軽蔑するだろうか。
もしかしたら、敵視され今度は彼が私を殺そうとするかもしれない。
その覚悟があったと言えば嘘になるが、そうされても仕方がないと思った。
それでも今は黒龍を止めることの方が重要だった。
私をいくら嫌いでも、彼には生きていてほしいから。
だって、私はまだ彼を……。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
【完結】番である私の旦那様
桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族!
黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。
バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。
オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。
気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。
でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!)
大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです!
神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。
前半は転移する前の私生活から始まります。
悪役令嬢が美形すぎるせいで話が進まない
陽炎氷柱
恋愛
「傾国の美女になってしまったんだが」
デブス系悪役令嬢に生まれた私は、とにかく美しい悪の華になろうとがんばった。賢くて美しい令嬢なら、だとえ断罪されてもまだ未来がある。
そう思って、前世の知識を活用してダイエットに励んだのだが。
いつの間にかパトロンが大量発生していた。
ところでヒロインさん、そんなにハンカチを強く嚙んだら歯並びが悪くなりますよ?
【完結】ヒロインに転生しましたが、モブのイケオジが好きなので、悪役令嬢の婚約破棄を回避させたつもりが、やっぱり婚約破棄されている。
樹結理(きゆり)
恋愛
「アイリーン、貴女との婚約は破棄させてもらう」
大勢が集まるパーティの場で、この国の第一王子セルディ殿下がそう宣言した。
はぁぁあ!? なんでどうしてそうなった!!
私の必死の努力を返してー!!
乙女ゲーム『ラベルシアの乙女』の世界に転生してしまった日本人のアラサー女子。
気付けば物語が始まる学園への入学式の日。
私ってヒロインなの!?攻略対象のイケメンたちに囲まれる日々。でも!私が好きなのは攻略対象たちじゃないのよー!!
私が好きなのは攻略対象でもなんでもない、物語にたった二回しか出てこないイケオジ!
所謂モブと言っても過言ではないほど、関わることが少ないイケオジ。
でもでも!せっかくこの世界に転生出来たのなら何度も見たイケメンたちよりも、レアなイケオジを!!
攻略対象たちや悪役令嬢と友好的な関係を築きつつ、悪役令嬢の婚約破棄を回避しつつ、イケオジを狙う十六歳、侯爵令嬢!
必死に悪役令嬢の婚約破棄イベントを回避してきたつもりが、なんでどうしてそうなった!!
やっぱり婚約破棄されてるじゃないのー!!
必死に努力したのは無駄足だったのか!?ヒロインは一体誰と結ばれるのか……。
※この物語は作者の世界観から成り立っております。正式な貴族社会をお望みの方はご遠慮ください。
※この作品は小説家になろう、カクヨムで完結済み。
モブ転生とはこんなもの
詩森さよ(さよ吉)
恋愛
あたしはナナ。貧乏伯爵令嬢で転生者です。
乙女ゲームのプロローグで死んじゃうモブに転生したけど、奇跡的に助かったおかげで現在元気で幸せです。
今ゲームのラスト近くの婚約破棄の現場にいるんだけど、なんだか様子がおかしいの。
いったいどうしたらいいのかしら……。
現在筆者の時間的かつ体力的に感想などを受け付けない設定にしております。
どうぞよろしくお願いいたします。
他サイトでも公開しています。
前世と今世の幸せ
夕香里
恋愛
【商業化予定のため、時期未定ですが引き下げ予定があります。詳しくは近況ボードをご確認ください】
幼い頃から皇帝アルバートの「皇后」になるために妃教育を受けてきたリーティア。
しかし聖女が発見されたことでリーティアは皇后ではなく、皇妃として皇帝に嫁ぐ。
皇帝は皇妃を冷遇し、皇后を愛した。
そのうちにリーティアは病でこの世を去ってしまう。
この世を去った後に訳あってもう一度同じ人生を繰り返すことになった彼女は思う。
「今世は幸せになりたい」と
※小説家になろう様にも投稿しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる