悪逆皇帝は来世で幸せになります!

CazuSa

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第5章

233.”主様”

黒龍を見つめた私の瞳に、彼が何を感じたのかわからない。
しかし、私を見る彼の顔は今だ悲痛に歪んでいた。

しばし見つめ合った

「俺は大事なものを守る。お前らがどんなに邪魔してきたとしても、たとえ主様の龍じゃなくなっても」

黒龍に肩を抱かれ、グイッと体を引っ張られた。
思わず彼の胸に両手を置く。

頭上には黒龍の顔がすぐ近くにあった。

その黒い瞳が僅かに青く光って見えた。
こんなに近くにいて、初めてわかるほどの小さな光だった。

「主様がいる世界を今度こそ守り切ってみせる!」

瞬間、私たちの周りに突風が取り囲んだ。
いつの間にか足元に緑色に光る魔法陣が現れている。

「待て! まだ話はっ――」

ヴェリタスがこちらへ手を伸ばす。
しかし強すぎる風に彼の手は近づくことさえできなかった。

「黒龍様!!」

聖女様の声が僅かに聞こえたが、取り囲む突風に掻き消えてしまう。

どんな魔法が発動したのかわからない私は、ただ黒龍にしがみつくことしかできなかった。
目を瞑り、事が終わるのをただ待っていた。


 彼にしがみついたまま、体を強張らせて風が止むのを待った。長く続くかと思われたそれも30秒もしない内に徐々に弱くなってふわりと消えた。

風が止んだのを肌で感じ、恐る恐る目を開ける。そこは先ほどいた応接室などではなく、暗いどこかの廊下だった。周りを見た感じ、見覚えがあったため恐らくまだ王宮の中なのだろうということは推測できた。

私の僅かな魔法知識から考えると、おそらく移動魔法を使ったのだということがわかる。

もう魔法は発動していないようで、薄暗い空間にただ佇んでいた。

先ほどの事もあって、彼から体を放そうと試みる。
しかし強く抱かれた肩を解放してくれない。

それどころか、逆に強く抱きしめられ顔まで埋められてしまった。

「こ、黒龍っ?」

何かされるかとは予想していたが、全く反対の反応を予想していた私は酷く動揺してしまう。
呼びかけたものの、彼は一向に放す気配もなくただ体を抱きしめられた。

「嘘だよね。僕が貴方の龍じゃないなんて……。嘘だって言って、主様……」

弱弱しい彼の声にハッとした。
彼は傷ついている。
私のたった一言で。

あの時は彼を止めるために必死だった。
だから酷い言葉だと知っていて彼にそう告げた。

でも、それで覚悟していたのは私が彼に危害を加えられること。
代償が私自身が傷つくなら良いと思って発した言葉だった。

しかし傷ついたのは黒龍だった。

今更後悔しても仕方ないのは分かっているが、それでもあの時もっと他の言葉を言えれば良かったのではないかと思ってしまう。

私は彼を強く抱きしめた。

「ごめんなさい。貴方が私の言葉でそんなに傷つくと思ってなかったの。本当にごめんなさい……」
「じゃあ、あの言葉は嘘だってことで良いんだよね?」
「えっ」

一瞬言葉に詰まる。

今までも、そしてこれからも私はこの子をずっと縛り続けて良いのだろうか。もし私が否定し続けて私を嫌いになってくれたら、彼は私という呪縛から解放される。そうすれば人よりも何倍も強い彼がこんな風に傷つくこともないのではないだろうか。

私を嫌いになるまではきっとすごく辛い。
でもその先に自由があるなら、黒龍にとってはそれが幸せなのではないだろうか。

「ずっと思ってたの。どうして貴方は私の事をそんなに大事にするの?」

確認するべきだと思った。

私は彼から体をそっと放し、顔を覗き込む。
どうやら泣いてはいないようだ。

「どうしてって……。だって主様だから」
「でも……」

黒龍の言う”主様”というのはリヴェリオの事だ。
私ではない。
そして私はリヴェリオではない。

生まれ変わった瞬間から、たとえ彼の記憶を思い出したとしても多分私は私のままだ。

それなら黒龍が大切にする”主様”はどこにもいない。
私を大切にする意味もないのだ。

「私はリヴェリオじゃないわ。確かに彼の生まれ変わりではあるけれど、私と彼では何もかもが違う」

優しさも心の強さも。
何もかも私は彼には勝てない。

私が彼に勝っているものなど、何もないくらい彼は私とかけ離れた存在だった。
そんな私とリヴェリオを同一視している黒龍の誤解を何とか解いてあげたかった。

しかし黒龍はそんな私の主張を一蹴した。

「それは主様の認識が間違ってるよ。僕らが人間を識別しているのは人間が発している魔力だと思っているみたいだけど、それは違う。僕らはもっと魂の形や色によって、その人間の在り方を判断しているんだ」

龍についての本にはそんな事書かれていなかった。
もともと他の種族とは干渉するのを極端に嫌う龍は、そもそもどんな性質があるのかすら不明な点が多い。

しかし魂を見る力があるなんて。
そんなもの、いくら神聖力が強い教皇や聖女様であっても難しいのではないだろうか。

やはり神の使いと言われるだけある。
本当に神聖な存在なんだ。

「つまり僕が主様を大事にするのは、今の主様が昔と変わらない魂を持っているからってこと」

黒龍は悪戯に微笑んだ。
しかしそれもすぐに曇らせる。

「これだけじゃ、僕の事を信用できない?」
「信用するとかしないとかじゃなくて……」

不安そうな彼に流されそうになりながらも思いとどまる。

彼の主張は正しいのかもしれない。
でもやっぱり、いくら魂が同じだとしても考え方も感じ方も何もかも違うし、それが同じ人だとはどうしても思えない。
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