悪逆皇帝は来世で幸せになります!

CazuSa

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第5章

246.まだこの時を

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 10分ほどして双方のお茶が目の前にやってきた。
安らかな香りのハーブティーが鼻孔をくすぐり、だるさを癒してくれる。

「おいしい……」

一口口に含んだミリアがため息を溢すように呟いた。あまり紅茶の美味しさを理解できていないミリアにも理解できるということは相当おいしいのだろう。なんだ、私も紅茶を頼めば良かったかしら。

ミリアに気を取られながら私も自分のカップに口づけ一口含む。

「本当だわ。ハーブティーもすごくおいしい」
「それは良かったです。うちはお茶にすごく力を入れているので」

2人で喜んでいると、通りすがりのウェイトレスさんに笑顔で教えてもらった。
私たちの会話を邪魔することもなく去っていくウェイトレスさんの颯爽さに思わず関心してしまう。
どうやらそれは私だけではなかったようだ。

「あれがコミュニケーション強者の技ってものですよ。お嬢様も先ほどの店員さんを見習ってみたらどうですか?」
「なんですって?」
「冗談じゃないですか。真に受けないでくださいよ」

まるで詫びる気もない目の前の彼女は何事もなかったかのように紅茶を飲んでいる。
本当に減らない口なんだから。

私もカップを口まで運んで、呆れながらまどろんでいた。

ほどなくして2人同時にスイーツが運ばれてきた。

ミリアの頼んだワッフルにはたっぷりの生クリームに柑橘系のソースが掛かっておりその香りが私にまで流れてきた。芳醇な香りを前に少し後悔しつつ目の前のブラウニーに切れ込みを入れる。

「すごい! おいしいです、お嬢様」

先に口に運んだミリアが歓声を上げた。ミリアがこんなに声を出して喜ぶなんて珍しい。自然と顔が綻んだ私はつられるようにブラウニーを口に運んだ。ビターでの中にほんのり主張する甘さが口いっぱいに広がった。

「ええ、本当だわ。私のもおいしい」

お屋敷で出るお菓子とはまた違う。
暖かさのある、優しい味だった。

しかし、2,3口食べたところでそれ以上口に運ぶことはできなくなってしまった。

いくらはしゃいでいても、いくら楽しくても。
私の体はまだ、生きることを望んでいない。

「ねぇ、ミリア。私のも食べる? 私もう食べられないから」
「もうよろしいのですか?」
「ええ」

本当ははしたないことだってわかっているけど、残してしまうのは忍びない。折角こんな素晴らしいお店なのに、私の所為で作ってくれた人が悲しんでしまうのはすごく嫌だった。お皿をミリアの方へと渡し、カップを持ち上げたもののそのままソーサーに戻してしまう。

どうやら、もう口の中には何も入れられないみたいだ。

「ごめんなさいね。せっかくミリアが誘ってくれたのに……」

彼女の好意を踏みにじってしまったようで、ひどく落ち込んだ。
もう、こんなことできないかもしれないのに。

「良いんです。私はこうして、お嬢様と身分なんて関係なくお茶をしたかっただけなので」

明るく笑った彼女の言葉が一瞬にして霧を晴らしていく。
彼女の真意がなんであるか、その時初めて知った。

ただ一緒にお茶をするだけでも、私たちには壁があったのだ。
きっとミリアはそのことをずっと煩わしく思っていたのかもしれない。

あの関係が壊れてしまうことを私は望んでいた。
しかしそれは目の前の彼女との別れを意味していた。

でもきっと、ミリアは違う意味で私との関係を壊したかったのだ。
私が考えているものよりも、もっとずっと切実な思いで。

今の私たちは他の人たちから、どう見えているのだろう。
ちゃんと友人同士に見えるだろうか。
身分など、関係なく同じ人間として見えているだろうか。

「ずっとこうしていられる未来だったら、生きていきたいのだけどね」

店内をぼんやりと見つめながら、無意識に呟いていた。

これから私はどうなるのだろう。
昨日からずっと、無意識の中でもそのことを考えている。

もしヴァリタスが私を見捨てても、私に未来はあるだろうか。
そんなこと、考えられない。

彼に正体が知られた今、平穏な未来など想像することもできなかった。

このまま婚約破棄が出来たとしても、ヴァリタスに正体がバレたことは必ず父に伝わる。
そうすれば、父は私に容赦などなくすだろう。

今の時点でもほとんど見捨てられているとはいえ、最低限の生活が送れるほどには気を回されている。
だが、その気遣いさえ無用になったら?
今度こそ、私はどこにも行けなくなるだろう。

もしヴァリタスに私の前世が知られないまま、婚約破棄できたなら父から離れて自由になれたはずだ。
父が恐れていたのは、英雄の生まれ変わりであるヴァリタスやその子孫である王族に私の正体が知られることだった。その恐れが無くなれば私がどうなろうと、何をしようと何も気に留めることはなくなっていたことだろう。

しかし、よりにもよってヴァリタスに知られたとなればそうは言っていられない。

おそらく王宮にその事実は広まるもの時間の問題だろう。
そうなれば、私から目を放すわけにはいかなくなる。

国民の畏怖の対象である私を野に放つなんて暴挙を王宮がするはずがないからだ。
そうなれば私の行動範囲は途端に猫の額ほど狭くなってしまう。

ずっと屋敷に幽閉されるか、どこかの別荘地に隔離されるか。
父の監視下、父が死ぬまで私に自由は与えられない。

いいえ、父が死んだあとは多分その役目を王宮が引き継ぐだろう。

どちらにしろ、私に自由はないのだろう。

父の畏怖、ヴァリタスの憎悪。
その二つを向けられた私に自由など与えられるなんて思えないから。

私の自由はいつまで許されるだろうか。
もしかしたら、明日にはもう何も残っていないかもしれない。


だから私は――――



最後に、彼に会わなければ。
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