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第5章
262.今度は守るために
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これではっきりした。
彼女はやはり、僕の好きだった人ではなかった。
はじめからそんな人はいなかったのだ。
騎士を下等だと言った彼女を受け入れることなどできるはずもない。
前世の僕にとって、騎士として在れることは唯一の誇りだった。
彼が騎士として僕を召し上げたとき、どれほど嬉しかったか。
あの時の高ぶりは生まれ変わった今でも消えることはない。
クロネテス家に見捨てられた時の事を思うと、どれほどそれを欲したかわからない。
彼はそれを痛いほど理解していたはずだ。
皮肉なことに、一番近くで見ていたのは間違いなく彼だったのだから。
それなのに……。
あろうことかそれを侮辱したのだ。
許せるはずも、ないだろう。
イライラが募り、何かに当たりそうになるのをグッと堪え訳もなく廊下を徘徊する。
歩き出したはじめの頃は怒りと憎悪で頭の中がおかしくなっていたが、しばらく歩いていると徐々にその苛立ちは収まっていった。冷静になるには、こうして1人で彷徨うのが一番だ。
今自分のいる場所を把握できるほど冷静になると、歩みを徐々に緩やかにしていく。
と、中庭の小さな花畑が目に留まり、ふと立ち止まった。
ぼうっと見つめていると、懐かしい思い出が蘇る。
いつしか彼女が言っていた言葉。
『前世を好きでいなくちゃ、前世の自分が可哀そうです』
可哀そう。
彼女は確かにそういった。
彼は可哀そうだったのだろうか。
だから彼女は受け入れてしまったのだろうか。
しかし、いくら彼の悪逆皇帝を思い出しても可哀そうなんて……。
『バートン、近いうちにわたしは死ぬでしょう。それは避けられない運命なのです』
瞬間、酷く悲しそうな彼の顔が頭に浮かんだ。
彼を殺す、1年ほど前に彼が溢した数少ない弱音。
夢で見たと遠くを見つめた瞳。
そこに何が映っているかなんて、想像もできなかった。
たった1人で死地へ赴くような、そんな絶望を孕んだ酷く虚しい顔だった。
しかし俺は彼に寄り添うことはしなかった。
そのすぐあとに、俺の両親を殺し婚約者を奪った。
多くの国民を餓死へと追い込み、反乱にも見向きもしなかった。
その時から、俺は彼への忠誠心を失くし彼を排除することを考えるようになった。
だから、彼の本音など聞こうとも思わなかった。
本当に?
本当に、彼はただの無慈悲な王様だったのだろうか。
「うっ――!」
頭が酷く痛くなる。
思い出そうとする度、何かが妨害しているようでうまく思い出せない。
それでも、彼との記憶を無理やりにでもこじ開けた。
この感覚を俺は知っている。
きっとこの痛みが止んだ頃には、僕は……。
その先を思い出す前に、僕の意識は途切れていった。
きっと次に目覚めるときは、また僕は彼女の事を恨んでいるのだろう。
今よりも、もっと酷く。
もっと、強く――――。
***
もうすぐ。
もうすぐだ。
私の願いが叶うのも、もうすぐ。
結局ヴァリタスにはバレる羽目になったけれど、おかげで彼から婚約破棄の提案が来た。
今日の様子を見るに、おそらく私の前世を公にする気は今のところないようだ。
とすれば、このまま順調にいけば私は何の問題もなく彼と縁を切ることができる。
これで私の未来も安泰というわけだ。
しかし、問題が一つある。
それは私の後釜が誰になるのか、ということ。
目星をつけていたセイラはまだ彼と深い関係を築けているわけではない。
私と婚約破棄することで期限が伸びるため、その間に深い仲になってほしいけれど。
果たして彼女がそれに応じるか。
この間の彼女の様子を知ってしまった手前、彼女がどう動くのかが全くの不透明だ。
私を好きなんていう物好きだなんて知ったときは驚いたけれど、あそこまで歪んだものを向けられていたとは。
思い出しただけで、少し身震いした。
とはいえ、それはそんなことを考えている場合ではない。
ヴァリタスと歳も近く仲の良い人物で、婚約者を持っていない令嬢は彼女だけ。
つまり、私との婚約破棄が成立した場合ヴァリタスの婚約者候補に名があがってもおかしくはない。
おかしくは、ないのだが……。
それはとある条件を含んだ場合のみ、成立する話だ。
彼女は父親の世代から成りあがった男爵令嬢。
傍から見なくても、王族と元庶民の彼女では釣り合わない。
本人同士が主張すればどうにか結婚できなくはないが、それはお互いが強く願っていた場合にのみ成立する話。
だけどその可能性は望み薄。
その場合、最も彼の婚約者に相応しい相手は……。
我が妹、シルビア・ベルフェリトしかいない。
なぜかシルビアにはまだ婚約者が決まっていない。
13にもなって婚約者がいない令嬢などどう考えてもおかしいのだ。
彼女が10歳を過ぎた頃に気づいておけばよかった。
両親の黒い思惑に。
彼らは初めから、私の後釜にシルビアを当てることを考えていたのだ。
けれど、その計画を進めるわけにはいかない。
あの可哀そうな妹を、これ以上王族に関わらせたくない。
よりにもよって自分をいじめた人の兄に嫁がせるなんて。
そんな非道な目に遭わせるわけにはいかないのだ。
私の大事な大事な妹。
あの子のためならば、どんなことだってしてあげられる。
だってわたしは、あの子を助けてあげられなかったのだから。
彼女はやはり、僕の好きだった人ではなかった。
はじめからそんな人はいなかったのだ。
騎士を下等だと言った彼女を受け入れることなどできるはずもない。
前世の僕にとって、騎士として在れることは唯一の誇りだった。
彼が騎士として僕を召し上げたとき、どれほど嬉しかったか。
あの時の高ぶりは生まれ変わった今でも消えることはない。
クロネテス家に見捨てられた時の事を思うと、どれほどそれを欲したかわからない。
彼はそれを痛いほど理解していたはずだ。
皮肉なことに、一番近くで見ていたのは間違いなく彼だったのだから。
それなのに……。
あろうことかそれを侮辱したのだ。
許せるはずも、ないだろう。
イライラが募り、何かに当たりそうになるのをグッと堪え訳もなく廊下を徘徊する。
歩き出したはじめの頃は怒りと憎悪で頭の中がおかしくなっていたが、しばらく歩いていると徐々にその苛立ちは収まっていった。冷静になるには、こうして1人で彷徨うのが一番だ。
今自分のいる場所を把握できるほど冷静になると、歩みを徐々に緩やかにしていく。
と、中庭の小さな花畑が目に留まり、ふと立ち止まった。
ぼうっと見つめていると、懐かしい思い出が蘇る。
いつしか彼女が言っていた言葉。
『前世を好きでいなくちゃ、前世の自分が可哀そうです』
可哀そう。
彼女は確かにそういった。
彼は可哀そうだったのだろうか。
だから彼女は受け入れてしまったのだろうか。
しかし、いくら彼の悪逆皇帝を思い出しても可哀そうなんて……。
『バートン、近いうちにわたしは死ぬでしょう。それは避けられない運命なのです』
瞬間、酷く悲しそうな彼の顔が頭に浮かんだ。
彼を殺す、1年ほど前に彼が溢した数少ない弱音。
夢で見たと遠くを見つめた瞳。
そこに何が映っているかなんて、想像もできなかった。
たった1人で死地へ赴くような、そんな絶望を孕んだ酷く虚しい顔だった。
しかし俺は彼に寄り添うことはしなかった。
そのすぐあとに、俺の両親を殺し婚約者を奪った。
多くの国民を餓死へと追い込み、反乱にも見向きもしなかった。
その時から、俺は彼への忠誠心を失くし彼を排除することを考えるようになった。
だから、彼の本音など聞こうとも思わなかった。
本当に?
本当に、彼はただの無慈悲な王様だったのだろうか。
「うっ――!」
頭が酷く痛くなる。
思い出そうとする度、何かが妨害しているようでうまく思い出せない。
それでも、彼との記憶を無理やりにでもこじ開けた。
この感覚を俺は知っている。
きっとこの痛みが止んだ頃には、僕は……。
その先を思い出す前に、僕の意識は途切れていった。
きっと次に目覚めるときは、また僕は彼女の事を恨んでいるのだろう。
今よりも、もっと酷く。
もっと、強く――――。
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もうすぐ。
もうすぐだ。
私の願いが叶うのも、もうすぐ。
結局ヴァリタスにはバレる羽目になったけれど、おかげで彼から婚約破棄の提案が来た。
今日の様子を見るに、おそらく私の前世を公にする気は今のところないようだ。
とすれば、このまま順調にいけば私は何の問題もなく彼と縁を切ることができる。
これで私の未来も安泰というわけだ。
しかし、問題が一つある。
それは私の後釜が誰になるのか、ということ。
目星をつけていたセイラはまだ彼と深い関係を築けているわけではない。
私と婚約破棄することで期限が伸びるため、その間に深い仲になってほしいけれど。
果たして彼女がそれに応じるか。
この間の彼女の様子を知ってしまった手前、彼女がどう動くのかが全くの不透明だ。
私を好きなんていう物好きだなんて知ったときは驚いたけれど、あそこまで歪んだものを向けられていたとは。
思い出しただけで、少し身震いした。
とはいえ、それはそんなことを考えている場合ではない。
ヴァリタスと歳も近く仲の良い人物で、婚約者を持っていない令嬢は彼女だけ。
つまり、私との婚約破棄が成立した場合ヴァリタスの婚約者候補に名があがってもおかしくはない。
おかしくは、ないのだが……。
それはとある条件を含んだ場合のみ、成立する話だ。
彼女は父親の世代から成りあがった男爵令嬢。
傍から見なくても、王族と元庶民の彼女では釣り合わない。
本人同士が主張すればどうにか結婚できなくはないが、それはお互いが強く願っていた場合にのみ成立する話。
だけどその可能性は望み薄。
その場合、最も彼の婚約者に相応しい相手は……。
我が妹、シルビア・ベルフェリトしかいない。
なぜかシルビアにはまだ婚約者が決まっていない。
13にもなって婚約者がいない令嬢などどう考えてもおかしいのだ。
彼女が10歳を過ぎた頃に気づいておけばよかった。
両親の黒い思惑に。
彼らは初めから、私の後釜にシルビアを当てることを考えていたのだ。
けれど、その計画を進めるわけにはいかない。
あの可哀そうな妹を、これ以上王族に関わらせたくない。
よりにもよって自分をいじめた人の兄に嫁がせるなんて。
そんな非道な目に遭わせるわけにはいかないのだ。
私の大事な大事な妹。
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だってわたしは、あの子を助けてあげられなかったのだから。
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