悪逆皇帝は来世で幸せになります!

CazuSa

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第5章

267.道具なんかじゃない

手に握られていたのは、貴族なら誰でも持っているようなペーパーナイフ。
しかし握り方がおかしい。

お腹の辺りでこちらに向け両手で包み込むように掴んでいる。
まるで私を警戒するように。

誰がどう見ても敵意を向けられていると理解できるだろう。

「な、なんで? どうしてそんなものを私に向けるの?」

声が震えていた。
シルビアに対して恐怖を感じている事が信じられなかった。

「私、ずっと貴方を信じてた。貴方だけは私を蔑ろにしないって。信じてたのに……」

虚ろに呟くシルビアの声は絶望を含んで私を襲う。
これは、この姿は。

誰かに裏切られた人が見せるものだ。
それも、すごく大事な人に裏切られたときに見せるもの。

なぜ、彼女が私にそれを見せるのかはわからない。

けれど私はシルビアから見放された。
それは確かだろう。

でも、なぜ?
何を吹き込まれたら、そこまで私を。

「そこの机に置かれたもの、貴方が書いたものでしょ?」

机に置かれたもの?
言われてパッと机の上を見る。

視界に入ったものが何なのか捉えたとき、私はさらなる衝撃に目を見開いた。
そこにはあるはずのない、セイラへ向けた最低の手紙といじめを支持するメモ用紙の紙切れが散乱していた。

「な、なんでこれがこんなところに⁈」

思わず上げた声は肯定と同じだった。
気付いたときにはもう遅い。

咄嗟に口を押えた手がそれをさらに裏付ける。

「本当だったんだ」

小さく呟くシルビアの声は私の耳まで届かない。
彼女の顔が更に落ち込んだ。

「貴方が私に優しくしたのも、私のいじめの経験を聞いて利用するため。ただ、嫌いな人間を貶めるためだったんでしょう?」
「それはっ!」

なんてひどい考え方。
シルビアがそんな邪悪な事を考えるはずがない。

シャルロットが吹き込んだのね。

でも、シルビアの言っていることは間違っていない。
私が彼女のいじめの内容を利用したのは確かだ。
初めからそのつもりで彼女に吐かせた。

なら、シャルロットも私も同じだ。

シルビアにとってはどちらも同じいじめっ子。
軽蔑すべき卑しい存在。

「もういい。もう、いい」

ユラユラとシルビアの体が緩やかに揺れている。
不信な動きに嫌な感じがして堪らなかった。

先ほどから彼女の手に握られているナイフが嫌らしく光っている。

「こんなにひどいことしか待っていないなら、私はもうっ」
「待ってシルビア! 駄目っ、それだけは!」

咄嗟に床を蹴り駆けだしていた。
今更飛び出しても間に合うかわからない。
でも、このまま彼女を傷つけさせるわけにはいかない。

高く振り上げられたナイフは彼女の心臓目掛けて振り下ろされる。
この距離では腕を掴んでも止めることはできない。

ならっ!

右手を伸ばしそれを思いきり掴んだ。

グシュッ――。

「くっ――」

肉が裂ける音がした。
痛みに眉を寄せ、必死に耐える。

流れた血がナイフを伝い、シルビアの綺麗な服に染みる。
胸元を見ると、どうやら寸でのところでナイフは止まっていたようだ。

間に合った――――

ホッとすると途端に手が焼けるように熱くなる。
思わず顔が歪んだ。
離してしまいそうになるのをグッと押さえた。
今手を離すわけにはいかない。

「っ――」

更に力強くナイフを握ると、もう片方の手でシルビアの手を掴んだ。
力を込めると、呆気なく彼女の腕から力が抜ける。

ナイフを掴んだまま彼女の両手から引っこ抜くと思いきり床へ投げ捨てた。

カランカランと音を立ててナイフが転がる。
ナイフの転がった導線をなぞるように床に血が散乱する。

シルビアの手の届かないところまでナイフが転がるのを確認すると、一気に体から力が抜けた。
と同時に痛みが私を襲う。

震える右手を開き、傷口を見つめた。思ったよりも傷は深いみたいだ。血だらけでもわかるぐらい、パックリと割れている。僅かに桃色が見えて思わず目を逸らした。

それにしても指を切ってここまで血が出るなんて。
手が小刻みに震えていてそれがおかしくて思わず笑ってしまった。

ズルズルとシルビアは床にしりもちをつく。
茫然とした瞳のまま私を見上げた。

「な、なんで?」

震えるようなシルビアの声に我に返った。
そうだ、今はこの傷よりもシルビアの方が大事だ。

顔を上げ、彼女の顔を確かめる。
酷く怯えたシルビアの顔が目に入った。

彼女と同じように私も床に膝をつく。

手を伸ばそうとして、手前で止めた。
彼女に触れる資格など私にはない。

それにこんな血に濡れた手で触ったら、汚してしまうしね。

「どうして、ここまでするの? 私は道具なんでしょう?」

シルビアは酷く怯えている。
目の前にいる私を理解できずにいるのだろう。

分からないから、怖い。
その感覚はよくわかる。

「道具なんて、言わないで」

優しい声を出せただろうか。
怯えている彼女をこれ以上怖がらせたくない。

自分の事を大事にしてほしい。
私の事を嫌いになってももう構わない。
だって私がしたことは事実なんだから。
責められても恨まれても仕方ない。

でもシルビア自身は何も悪くない。
私が利用した所為なのに、彼女自身が傷つけてしまうなんて。
そんな自傷行為を許すわけにはいかなかった。

例えこれが私のエゴだったとしても。
また、私の所為で大事な人が傷ついてしまうのはもう見たくなかった。
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