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第5章
268.取返しはつかない
「シルビアの言う通りよ。私は貴方を利用した。貴方がされていたことを参考にしてとある令嬢をいじめていたの」
なるべく傷つけないように言いたかった。
けれど内容が内容だけに、どうしたってシルビアを傷つけることになる。
ならせめて、彼女が自分を嫌いにならないように。
私は優しく彼女を諭した。
「でもね、それは仕方のない事なのよ。だって私はどうしてもヴァリタス殿下と婚約破棄しなければならなかった。そのためには私は誰から見ても軽蔑されるような人間にならなければならなかったの」
いじめはいけないことだ。
でも、私はそれを自分の幸福のための手段として選んだ。
それだけで、私は十分罪人なのだ。
「じゃあお姉さまは仕方なくその人をいじめていたの?」
「そうよ。でもねシルビア、それは本当にいけないことなの。どんな理由があったとしても、誰かを傷つけて手に入れる幸福に意味なんてない。シルビアはそのことを痛いほど知っているでしょう?」
シルビアは静かに頷いた。
散々いじめられていた彼女ならば頷いてくれると信じていた。
少し安堵する。
「シルビア。決して私のようにはなっては駄目よ。どんなに欲しいものがあっても、どんなにその人を憎んでも。誰かを悲しませることも傷つけることもしてはいけないわ」
左手で彼女の頬を撫でる。
シルビアの頬は酷く冷えていてとても怯えていることがわかった。
顔を少し上げ、私を見つめる。
「それは、シャルロット殿下でも?」
「ええ、そうよ」
いじめの復讐を果たしても、そのあとに残るのは少しの満ち足りた感覚と無気力感だけ。
そのためだけに人生を掛けるほど、シルビアの人生は軽いものではない。
もっと幸せになる道はあるはずなのだ。
復讐以上にもっと大切な、歩む道が。
「ねぇ聞いてシルビア。私はもうすぐヴァリタス殿下と婚約破棄するわ。ヴァリタス殿下もそれを了承している。でも安心して? 貴方がヴァリタス殿下と婚約しないように説得するから」
努めて明かく言うと、シルビアはポカンとした顔を私に向けた。
呆けた顔さえかわいいなんて、やはり私の妹は天使だ。
「どういうことですか? ヴァリタス殿下と婚約破棄が決まったなんて。それに説得って、どうやって……?」
いきなり話題を変えられ戸惑うシルビア。
それもそのはず。
私が伝えたものは到底信じられるものではない内容だったもの。
「お父様が私の前世を隠していたことを盾にすれば、彼の中でのベルフェリト家の信用は失墜するはず。もちろんヴァリタス殿下にしかその事実は知らせないわ。でも、そんな貴族の娘を妻にしようなんて王子はいないはずよ。それに……」
私は先ほど怪我した右手を見せた。
もちろん、傷口が見えないように指を閉じた状態で。
「私がさっき怪我した手があるでしょう? これを利用すれば良いのよ。喧嘩したとき、誤って姉に怪我をさせてしまった。そんな令嬢を王子の婚約者に立てようとする人はいないと思うわ。たとえお父様であってもね」
これなら、貴族連中を説得する材料にできる。シルビアの評判が落ちてしまうのは仕方ないけれど、それだって私が怒り狂った結果そうなったといえばそこまでシルビアに被害は及ばないだろう。
その代わりベルフェリト家の信用は完全に落ちてしまうけれど。
ごめんなさい、お兄様。
でも、この方法しかないの。
私たちの大事な妹を守るためには。
もう、これしか……。
「そんなっ。でも、それじゃあお姉さまは?」
「私? 私が何?」
シルビアは焦ったように問いかける。
しかし、なぜ彼女がそんな顔をしているのか私には理解できなかった。
「だって殿下と婚約破棄をしてしまうだけでも大変なのに、あらぬ噂を立てられてしまったら誰とも婚約などできないじゃないですか」
「婚、約?」
思考が停止した。
婚約? 私が?
ああ、そうか。
シルビアは私がヴァリタスと婚約破棄した後も、誰かと一緒になるのだと考えているのね。
まぁ普通であれば一度婚約破棄しても他の相手を探すのは当たり前だし、公爵令嬢なら王子と婚約破棄されたとしても伯爵家ぐらいの爵位の相手とならば結婚することだって可能だろう。
私はもう御免だけどね。
だって嫁ぎ先に縛られることになるでしょ?
そんなの絶対嫌だもの。
「いいのよシルビア、そんな事気にしなくて。どうせ王子と婚約破棄した令嬢を貰おうなんて思う貴族はいないだろうし。私の事は気にしないで、貴方は貴方の事だけを考えていれば良いのよ」
心配するシルビアをなだめるため、なるべく優しく言ったつもりだった。
けれどなぜかシルビアの瞳からぽろぽろと涙が零れ落ちていく。
止めどなく流れるそれにギョッとした。
「ど、どうしたの? なぜ泣いているの? もしかしてどこか怪我したの?」
慌てふためきながら問いかける。
シルビアは首をふるふると横に振った。
「ごめんなさい、お姉さま」
「どうして謝るのよ。シルビアは何も悪い事していないじゃない」
「ごめんなさい。私っ、私は……」
体をヒクつかせ、嗚咽を漏らしながら泣き続けるシルビアにどうすることもできずただ背中を撫で続けた。
なるべく傷つけないように言いたかった。
けれど内容が内容だけに、どうしたってシルビアを傷つけることになる。
ならせめて、彼女が自分を嫌いにならないように。
私は優しく彼女を諭した。
「でもね、それは仕方のない事なのよ。だって私はどうしてもヴァリタス殿下と婚約破棄しなければならなかった。そのためには私は誰から見ても軽蔑されるような人間にならなければならなかったの」
いじめはいけないことだ。
でも、私はそれを自分の幸福のための手段として選んだ。
それだけで、私は十分罪人なのだ。
「じゃあお姉さまは仕方なくその人をいじめていたの?」
「そうよ。でもねシルビア、それは本当にいけないことなの。どんな理由があったとしても、誰かを傷つけて手に入れる幸福に意味なんてない。シルビアはそのことを痛いほど知っているでしょう?」
シルビアは静かに頷いた。
散々いじめられていた彼女ならば頷いてくれると信じていた。
少し安堵する。
「シルビア。決して私のようにはなっては駄目よ。どんなに欲しいものがあっても、どんなにその人を憎んでも。誰かを悲しませることも傷つけることもしてはいけないわ」
左手で彼女の頬を撫でる。
シルビアの頬は酷く冷えていてとても怯えていることがわかった。
顔を少し上げ、私を見つめる。
「それは、シャルロット殿下でも?」
「ええ、そうよ」
いじめの復讐を果たしても、そのあとに残るのは少しの満ち足りた感覚と無気力感だけ。
そのためだけに人生を掛けるほど、シルビアの人生は軽いものではない。
もっと幸せになる道はあるはずなのだ。
復讐以上にもっと大切な、歩む道が。
「ねぇ聞いてシルビア。私はもうすぐヴァリタス殿下と婚約破棄するわ。ヴァリタス殿下もそれを了承している。でも安心して? 貴方がヴァリタス殿下と婚約しないように説得するから」
努めて明かく言うと、シルビアはポカンとした顔を私に向けた。
呆けた顔さえかわいいなんて、やはり私の妹は天使だ。
「どういうことですか? ヴァリタス殿下と婚約破棄が決まったなんて。それに説得って、どうやって……?」
いきなり話題を変えられ戸惑うシルビア。
それもそのはず。
私が伝えたものは到底信じられるものではない内容だったもの。
「お父様が私の前世を隠していたことを盾にすれば、彼の中でのベルフェリト家の信用は失墜するはず。もちろんヴァリタス殿下にしかその事実は知らせないわ。でも、そんな貴族の娘を妻にしようなんて王子はいないはずよ。それに……」
私は先ほど怪我した右手を見せた。
もちろん、傷口が見えないように指を閉じた状態で。
「私がさっき怪我した手があるでしょう? これを利用すれば良いのよ。喧嘩したとき、誤って姉に怪我をさせてしまった。そんな令嬢を王子の婚約者に立てようとする人はいないと思うわ。たとえお父様であってもね」
これなら、貴族連中を説得する材料にできる。シルビアの評判が落ちてしまうのは仕方ないけれど、それだって私が怒り狂った結果そうなったといえばそこまでシルビアに被害は及ばないだろう。
その代わりベルフェリト家の信用は完全に落ちてしまうけれど。
ごめんなさい、お兄様。
でも、この方法しかないの。
私たちの大事な妹を守るためには。
もう、これしか……。
「そんなっ。でも、それじゃあお姉さまは?」
「私? 私が何?」
シルビアは焦ったように問いかける。
しかし、なぜ彼女がそんな顔をしているのか私には理解できなかった。
「だって殿下と婚約破棄をしてしまうだけでも大変なのに、あらぬ噂を立てられてしまったら誰とも婚約などできないじゃないですか」
「婚、約?」
思考が停止した。
婚約? 私が?
ああ、そうか。
シルビアは私がヴァリタスと婚約破棄した後も、誰かと一緒になるのだと考えているのね。
まぁ普通であれば一度婚約破棄しても他の相手を探すのは当たり前だし、公爵令嬢なら王子と婚約破棄されたとしても伯爵家ぐらいの爵位の相手とならば結婚することだって可能だろう。
私はもう御免だけどね。
だって嫁ぎ先に縛られることになるでしょ?
そんなの絶対嫌だもの。
「いいのよシルビア、そんな事気にしなくて。どうせ王子と婚約破棄した令嬢を貰おうなんて思う貴族はいないだろうし。私の事は気にしないで、貴方は貴方の事だけを考えていれば良いのよ」
心配するシルビアをなだめるため、なるべく優しく言ったつもりだった。
けれどなぜかシルビアの瞳からぽろぽろと涙が零れ落ちていく。
止めどなく流れるそれにギョッとした。
「ど、どうしたの? なぜ泣いているの? もしかしてどこか怪我したの?」
慌てふためきながら問いかける。
シルビアは首をふるふると横に振った。
「ごめんなさい、お姉さま」
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