273 / 339
第5章
268.取返しはつかない
しおりを挟む
「シルビアの言う通りよ。私は貴方を利用した。貴方がされていたことを参考にしてとある令嬢をいじめていたの」
なるべく傷つけないように言いたかった。
けれど内容が内容だけに、どうしたってシルビアを傷つけることになる。
ならせめて、彼女が自分を嫌いにならないように。
私は優しく彼女を諭した。
「でもね、それは仕方のない事なのよ。だって私はどうしてもヴァリタス殿下と婚約破棄しなければならなかった。そのためには私は誰から見ても軽蔑されるような人間にならなければならなかったの」
いじめはいけないことだ。
でも、私はそれを自分の幸福のための手段として選んだ。
それだけで、私は十分罪人なのだ。
「じゃあお姉さまは仕方なくその人をいじめていたの?」
「そうよ。でもねシルビア、それは本当にいけないことなの。どんな理由があったとしても、誰かを傷つけて手に入れる幸福に意味なんてない。シルビアはそのことを痛いほど知っているでしょう?」
シルビアは静かに頷いた。
散々いじめられていた彼女ならば頷いてくれると信じていた。
少し安堵する。
「シルビア。決して私のようにはなっては駄目よ。どんなに欲しいものがあっても、どんなにその人を憎んでも。誰かを悲しませることも傷つけることもしてはいけないわ」
左手で彼女の頬を撫でる。
シルビアの頬は酷く冷えていてとても怯えていることがわかった。
顔を少し上げ、私を見つめる。
「それは、シャルロット殿下でも?」
「ええ、そうよ」
いじめの復讐を果たしても、そのあとに残るのは少しの満ち足りた感覚と無気力感だけ。
そのためだけに人生を掛けるほど、シルビアの人生は軽いものではない。
もっと幸せになる道はあるはずなのだ。
復讐以上にもっと大切な、歩む道が。
「ねぇ聞いてシルビア。私はもうすぐヴァリタス殿下と婚約破棄するわ。ヴァリタス殿下もそれを了承している。でも安心して? 貴方がヴァリタス殿下と婚約しないように説得するから」
努めて明かく言うと、シルビアはポカンとした顔を私に向けた。
呆けた顔さえかわいいなんて、やはり私の妹は天使だ。
「どういうことですか? ヴァリタス殿下と婚約破棄が決まったなんて。それに説得って、どうやって……?」
いきなり話題を変えられ戸惑うシルビア。
それもそのはず。
私が伝えたものは到底信じられるものではない内容だったもの。
「お父様が私の前世を隠していたことを盾にすれば、彼の中でのベルフェリト家の信用は失墜するはず。もちろんヴァリタス殿下にしかその事実は知らせないわ。でも、そんな貴族の娘を妻にしようなんて王子はいないはずよ。それに……」
私は先ほど怪我した右手を見せた。
もちろん、傷口が見えないように指を閉じた状態で。
「私がさっき怪我した手があるでしょう? これを利用すれば良いのよ。喧嘩したとき、誤って姉に怪我をさせてしまった。そんな令嬢を王子の婚約者に立てようとする人はいないと思うわ。たとえお父様であってもね」
これなら、貴族連中を説得する材料にできる。シルビアの評判が落ちてしまうのは仕方ないけれど、それだって私が怒り狂った結果そうなったといえばそこまでシルビアに被害は及ばないだろう。
その代わりベルフェリト家の信用は完全に落ちてしまうけれど。
ごめんなさい、お兄様。
でも、この方法しかないの。
私たちの大事な妹を守るためには。
もう、これしか……。
「そんなっ。でも、それじゃあお姉さまは?」
「私? 私が何?」
シルビアは焦ったように問いかける。
しかし、なぜ彼女がそんな顔をしているのか私には理解できなかった。
「だって殿下と婚約破棄をしてしまうだけでも大変なのに、あらぬ噂を立てられてしまったら誰とも婚約などできないじゃないですか」
「婚、約?」
思考が停止した。
婚約? 私が?
ああ、そうか。
シルビアは私がヴァリタスと婚約破棄した後も、誰かと一緒になるのだと考えているのね。
まぁ普通であれば一度婚約破棄しても他の相手を探すのは当たり前だし、公爵令嬢なら王子と婚約破棄されたとしても伯爵家ぐらいの爵位の相手とならば結婚することだって可能だろう。
私はもう御免だけどね。
だって嫁ぎ先に縛られることになるでしょ?
そんなの絶対嫌だもの。
「いいのよシルビア、そんな事気にしなくて。どうせ王子と婚約破棄した令嬢を貰おうなんて思う貴族はいないだろうし。私の事は気にしないで、貴方は貴方の事だけを考えていれば良いのよ」
心配するシルビアをなだめるため、なるべく優しく言ったつもりだった。
けれどなぜかシルビアの瞳からぽろぽろと涙が零れ落ちていく。
止めどなく流れるそれにギョッとした。
「ど、どうしたの? なぜ泣いているの? もしかしてどこか怪我したの?」
慌てふためきながら問いかける。
シルビアは首をふるふると横に振った。
「ごめんなさい、お姉さま」
「どうして謝るのよ。シルビアは何も悪い事していないじゃない」
「ごめんなさい。私っ、私は……」
体をヒクつかせ、嗚咽を漏らしながら泣き続けるシルビアにどうすることもできずただ背中を撫で続けた。
なるべく傷つけないように言いたかった。
けれど内容が内容だけに、どうしたってシルビアを傷つけることになる。
ならせめて、彼女が自分を嫌いにならないように。
私は優しく彼女を諭した。
「でもね、それは仕方のない事なのよ。だって私はどうしてもヴァリタス殿下と婚約破棄しなければならなかった。そのためには私は誰から見ても軽蔑されるような人間にならなければならなかったの」
いじめはいけないことだ。
でも、私はそれを自分の幸福のための手段として選んだ。
それだけで、私は十分罪人なのだ。
「じゃあお姉さまは仕方なくその人をいじめていたの?」
「そうよ。でもねシルビア、それは本当にいけないことなの。どんな理由があったとしても、誰かを傷つけて手に入れる幸福に意味なんてない。シルビアはそのことを痛いほど知っているでしょう?」
シルビアは静かに頷いた。
散々いじめられていた彼女ならば頷いてくれると信じていた。
少し安堵する。
「シルビア。決して私のようにはなっては駄目よ。どんなに欲しいものがあっても、どんなにその人を憎んでも。誰かを悲しませることも傷つけることもしてはいけないわ」
左手で彼女の頬を撫でる。
シルビアの頬は酷く冷えていてとても怯えていることがわかった。
顔を少し上げ、私を見つめる。
「それは、シャルロット殿下でも?」
「ええ、そうよ」
いじめの復讐を果たしても、そのあとに残るのは少しの満ち足りた感覚と無気力感だけ。
そのためだけに人生を掛けるほど、シルビアの人生は軽いものではない。
もっと幸せになる道はあるはずなのだ。
復讐以上にもっと大切な、歩む道が。
「ねぇ聞いてシルビア。私はもうすぐヴァリタス殿下と婚約破棄するわ。ヴァリタス殿下もそれを了承している。でも安心して? 貴方がヴァリタス殿下と婚約しないように説得するから」
努めて明かく言うと、シルビアはポカンとした顔を私に向けた。
呆けた顔さえかわいいなんて、やはり私の妹は天使だ。
「どういうことですか? ヴァリタス殿下と婚約破棄が決まったなんて。それに説得って、どうやって……?」
いきなり話題を変えられ戸惑うシルビア。
それもそのはず。
私が伝えたものは到底信じられるものではない内容だったもの。
「お父様が私の前世を隠していたことを盾にすれば、彼の中でのベルフェリト家の信用は失墜するはず。もちろんヴァリタス殿下にしかその事実は知らせないわ。でも、そんな貴族の娘を妻にしようなんて王子はいないはずよ。それに……」
私は先ほど怪我した右手を見せた。
もちろん、傷口が見えないように指を閉じた状態で。
「私がさっき怪我した手があるでしょう? これを利用すれば良いのよ。喧嘩したとき、誤って姉に怪我をさせてしまった。そんな令嬢を王子の婚約者に立てようとする人はいないと思うわ。たとえお父様であってもね」
これなら、貴族連中を説得する材料にできる。シルビアの評判が落ちてしまうのは仕方ないけれど、それだって私が怒り狂った結果そうなったといえばそこまでシルビアに被害は及ばないだろう。
その代わりベルフェリト家の信用は完全に落ちてしまうけれど。
ごめんなさい、お兄様。
でも、この方法しかないの。
私たちの大事な妹を守るためには。
もう、これしか……。
「そんなっ。でも、それじゃあお姉さまは?」
「私? 私が何?」
シルビアは焦ったように問いかける。
しかし、なぜ彼女がそんな顔をしているのか私には理解できなかった。
「だって殿下と婚約破棄をしてしまうだけでも大変なのに、あらぬ噂を立てられてしまったら誰とも婚約などできないじゃないですか」
「婚、約?」
思考が停止した。
婚約? 私が?
ああ、そうか。
シルビアは私がヴァリタスと婚約破棄した後も、誰かと一緒になるのだと考えているのね。
まぁ普通であれば一度婚約破棄しても他の相手を探すのは当たり前だし、公爵令嬢なら王子と婚約破棄されたとしても伯爵家ぐらいの爵位の相手とならば結婚することだって可能だろう。
私はもう御免だけどね。
だって嫁ぎ先に縛られることになるでしょ?
そんなの絶対嫌だもの。
「いいのよシルビア、そんな事気にしなくて。どうせ王子と婚約破棄した令嬢を貰おうなんて思う貴族はいないだろうし。私の事は気にしないで、貴方は貴方の事だけを考えていれば良いのよ」
心配するシルビアをなだめるため、なるべく優しく言ったつもりだった。
けれどなぜかシルビアの瞳からぽろぽろと涙が零れ落ちていく。
止めどなく流れるそれにギョッとした。
「ど、どうしたの? なぜ泣いているの? もしかしてどこか怪我したの?」
慌てふためきながら問いかける。
シルビアは首をふるふると横に振った。
「ごめんなさい、お姉さま」
「どうして謝るのよ。シルビアは何も悪い事していないじゃない」
「ごめんなさい。私っ、私は……」
体をヒクつかせ、嗚咽を漏らしながら泣き続けるシルビアにどうすることもできずただ背中を撫で続けた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
【完結】ヒロインに転生しましたが、モブのイケオジが好きなので、悪役令嬢の婚約破棄を回避させたつもりが、やっぱり婚約破棄されている。
樹結理(きゆり)
恋愛
「アイリーン、貴女との婚約は破棄させてもらう」
大勢が集まるパーティの場で、この国の第一王子セルディ殿下がそう宣言した。
はぁぁあ!? なんでどうしてそうなった!!
私の必死の努力を返してー!!
乙女ゲーム『ラベルシアの乙女』の世界に転生してしまった日本人のアラサー女子。
気付けば物語が始まる学園への入学式の日。
私ってヒロインなの!?攻略対象のイケメンたちに囲まれる日々。でも!私が好きなのは攻略対象たちじゃないのよー!!
私が好きなのは攻略対象でもなんでもない、物語にたった二回しか出てこないイケオジ!
所謂モブと言っても過言ではないほど、関わることが少ないイケオジ。
でもでも!せっかくこの世界に転生出来たのなら何度も見たイケメンたちよりも、レアなイケオジを!!
攻略対象たちや悪役令嬢と友好的な関係を築きつつ、悪役令嬢の婚約破棄を回避しつつ、イケオジを狙う十六歳、侯爵令嬢!
必死に悪役令嬢の婚約破棄イベントを回避してきたつもりが、なんでどうしてそうなった!!
やっぱり婚約破棄されてるじゃないのー!!
必死に努力したのは無駄足だったのか!?ヒロインは一体誰と結ばれるのか……。
※この物語は作者の世界観から成り立っております。正式な貴族社会をお望みの方はご遠慮ください。
※この作品は小説家になろう、カクヨムで完結済み。
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
モブ転生とはこんなもの
詩森さよ(さよ吉)
恋愛
あたしはナナ。貧乏伯爵令嬢で転生者です。
乙女ゲームのプロローグで死んじゃうモブに転生したけど、奇跡的に助かったおかげで現在元気で幸せです。
今ゲームのラスト近くの婚約破棄の現場にいるんだけど、なんだか様子がおかしいの。
いったいどうしたらいいのかしら……。
現在筆者の時間的かつ体力的に感想などを受け付けない設定にしております。
どうぞよろしくお願いいたします。
他サイトでも公開しています。
【コミカライズ企画進行中】ヒロインのシスコンお兄様は、悪役令嬢を溺愛してはいけません!
あきのみどり
恋愛
【ヒロイン溺愛のシスコンお兄様(予定)×悪役令嬢(予定)】
小説の悪役令嬢に転生した令嬢グステルは、自分がいずれヒロインを陥れ、失敗し、獄死する運命であることを知っていた。
その運命から逃れるべく、九つの時に家出を決行。平穏に生きていたが…。
ある日彼女のもとへ、その運命に引き戻そうとする青年がやってきた。
その青年が、ヒロインを溺愛する彼女の兄、自分の天敵たる男だと知りグステルは怯えるが、彼はなぜかグステルにぜんぜん冷たくない。それどころか彼女のもとへ日参し、大事なはずの妹も蔑ろにしはじめて──。
優しいはずのヒロインにもひがまれ、さらに実家にはグステルの偽者も現れて物語は次第に思ってもみなかった方向へ。
運命を変えようとした悪役令嬢予定者グステルと、そんな彼女にうっかりシスコンの運命を変えられてしまった次期侯爵の想定外ラブコメ。
※コミカライズ企画進行中
なろうさんにも同作品を投稿中です。
【完結】番である私の旦那様
桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族!
黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。
バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。
オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。
気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。
でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!)
大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです!
神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。
前半は転移する前の私生活から始まります。
完璧(変態)王子は悪役(天然)令嬢を今日も愛でたい
咲桜りおな
恋愛
オルプルート王国第一王子アルスト殿下の婚約者である公爵令嬢のティアナ・ローゼンは、自分の事を何故か初対面から溺愛してくる殿下が苦手。
見た目は完璧な美少年王子様なのに匂いをクンカクンカ嗅がれたり、ティアナの使用済み食器を欲しがったりと何だか変態ちっく!
殿下を好きだというピンク髪の男爵令嬢から恋のキューピッド役を頼まれてしまい、自分も殿下をお慕いしていたと気付くが時既に遅し。不本意ながらも婚約破棄を目指す事となってしまう。
※糖度甘め。イチャコラしております。
第一章は完結しております。只今第二章を更新中。
本作のスピンオフ作品「モブ令嬢はシスコン騎士様にロックオンされたようです~妹が悪役令嬢なんて困ります~」も公開しています。宜しければご一緒にどうぞ。
本作とスピンオフ作品の番外編集も別にUPしてます。
「小説家になろう」でも公開しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる