悪逆皇帝は来世で幸せになります!

CazuSa

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第5章

280.ぼんやりとただ

「そんなに僕が嫌いですか。そこまでして、僕を困らせたいのですね」

静かな声だった。
けれど、確かに激しい怒りを感じる声。
足がすくんで言葉が出ない。

遠い昔の悪夢が蘇ってくるようで顔を歪ませることしかできなかった。

しかし、そんな事など彼は知らない。
何も言えないでいる私に完全に呆れたようだった。

「できるなら、貴方を許そうと思っていました。この間貴方を酷く傷つけた私が言えることではないけれど、それでも前世と今は違うと信じていたかった。しかし、貴方は違ったのですね」

私を許す。
その言葉が私の胸に流れ込んできた。

ヴァリタスは少しずつ変わろうとしてくれていたんだ。
前世と同じ運命をたどらないように。
どうにかして藻掻いて。

けれど確かに今、その感情が壊れてしまった。
何が間違っていたのかわからない。

私はただ彼から贈られてきたものを着ただけなのに。

「貴方は何度でも、私の気持ちを踏みにじるのですね」
「――っ」

痛い、泣きたい。
けど、今はまだ。

拳を握りしめ、心を閉ざす。

こうしていれば感情なんてどこかに消えてしまう。
お父様の言葉だってこうして乗り越えてきたのだもの。
これぐらいなら耐えられる。

でもできれば早く終わってほしい。
早く、早く。

彼の後ろを付いて行くように人垣へ向かう。

気付いたら目の前にはベリエル殿下とフィーネ様の姿があった。
いつの間にここまで近づいていたのだろう。
体の感覚が無くて、意識もぼんやりしている。

自分が何をしているのか、理解できなかった。
お2人に向かって口を動かしたけれど、何を言ったのか自分でもわからなかった。

何も聞こえない。
何も届かない。

フィーネ様が顔を覗かせて何かを言っている。心配そうな顔を見るに私の様子がおかしいことを気にされているのだろう。でもなんて言ったの?

わからない、だって聞こえないのだもの。
でも、答えなきゃ。
大丈夫だって。

ちゃんと、口に出して言葉にしただろうか。

私はちゃんと挨拶できたのだろうか……。

「今から1人で行動してくれませんか? 私も兄上たちと方々に挨拶をしなければなりません。貴方については私からは調子が悪いと伝えますから」

気付いたら会場の端でそんなことを言われていた。
すでにベリエル殿下たちのいる集団からそこそこ離れている。
いつ、ここまで歩いてきたのだっけ?
記憶にない。

恐らく無意識にヴァリタスの後を付いて行ったのだろう。

気付けば彼はすでに背中を向けて歩き出していた。
少しずつ遠ざかる背中に手を伸ばす。

待って、行かないで。
1人にしないで――――。

言いたいのに、言えない。
怖くて縋れない。
もう一度突き放されたら、私はもう。

力なく腕を降ろし床を見つめた。

もう、ここに居たくない。
ひとまずどこか人気のない場所に移動しよう。

顔を上げ周りを見渡す。
入口の他に出入りできる扉は……。

あっ! あった。
視界の先、斜め左方向に広く開いている扉があった。
ここからだと会場を横切る必要があるけれどあの扉から外に出れるならなんでも良い。

速足で一直線に扉へ向かう。
周りなんて一切見えていなかった。

ドンッ!!

「きゃっ――」

横から飛び出した令嬢にぶつかり、体がよろける。
なんとか体制を整えたため、転ぶことはなかったけれど相手はそうではなかったようだ。
尻餅をつき痛そうに顔を顰めている。

「ご、ごめんなさい」

咄嗟に謝ると彼女は睨みつけるように仰ぎ見た。
嫌悪と怒りが籠った顔だったが私が誰なのかわかると途端に怯えたような表情に変わる。

「も、申し訳ありませんっ! 本当に、申し訳――」
「いいえ、私は大丈夫だから。こちらこそごめんなさい」

痛そうにしていたのに、すぐに立ち上がるとこちらが申し訳なくなるほど謝り倒してくる。
可哀そうに見えて安心させようと手を伸ばした。

「ヒッ――」

パシッ! と大きな音がなる。
手からは叩かれた痛みが伝わってきた。
しかし、そんなことなどどうでも良かった。

それよりも目の前の彼女の表情の方が何倍もショックだった。
まるで魔物にでも襲われているような様子が胸に突き刺さる。

どうしてこんな顔をするのだろう。
私は彼女にぶつかっただけで何もしていないのに。

「また、弱い者いじめですか?」

後ろから責める声がした。
聞き覚えはあるけれど、こんなに険のある声はまだ慣れない。

振り返るとそこには、ナタリーが腕を組んで私を睨みつけていた。
後ろには彼女の友人である複数の令嬢が同じように睨んでいる。

「ナ、ナタリー様!」

まるで救世主でも現れたかのような明るい声。
発したのは目の前で私とぶつかった彼女だ。

彼女は素早く移動するとナタリーの後ろに隠れる。

ナタリーは彼女に二言三言交わす。その優し気な表情は私の知っているナタリーだった。
けれど私に向き直る頃には先ほどと同じように怒りを込めた瞳に戻ってしまっていた。

「まさか、こんなお目出度いパーティにまで誰かをいじめるのを止められないなんて信じられません。性根まで腐っているのではなくて?」
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