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第5章
283.晒される前世
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国王妃の言っていることは正しい。
例えどんな理由があってもやはり彼女のしたことは責められるべき行為だ。
けれど、それさえも彼女は意に介さず口を開く。
「なるほど。どうやら国王陛下も王妃様も信じていらっしゃらないのですね。ならば彼女の胸に刻まれた刻印を皆さまにお見せいたしましょう」
「!」
シャルロットは何を言っているのだろう。
胸に刻まれた刻印は誰しもが晒せるわけじゃない。
相当腕の良い魔法使いがいて初めて刻印を表示させることができる。
ヴァリタスやミリヤは例外だとして、そこらへんの魔法使いなんかが発動できる代物ではないのだ。
しかし、そんなことなど問題ではないかのように彼女の言葉を合図に脇にいた魔法使いが私の目の前に現れる。
口角が上がり、禍々しいその笑みに一瞬にして恐怖のどん底に落とされる。
いやっ、嫌だ!
咄嗟に藻掻くけれどなぜか体が動かなかった。
胸の前に手を翳すと、紫色の魔法陣が現れる。
陣の形は以前プアドール様が見せてくれたものと同じようなものだけれど、すごく嫌な感じがした。
ブツブツと唱える詠唱はまるで呪いでも吐かれているようで不気味だ。
「いやっ、離してっ!」
やっとの思いで口にした言葉もじりじりと焼くような胸の痛みに耐えるだけの嗚咽に消える。
意識が一瞬飛びそうになるのを何とか堪えるが、精神的にはもう限界だった。
あともう少しで意識を失う直前、詠唱が止み魔法陣が消える。
すると苦しさも和らぎ、項垂れるように顔を伏せた。
やっと解放された。
安堵したのも束の間、胸元には赤く記された文字が浮かびあがっていた。
<リヴェリオ・ヴァン・オルフェリウス>
現れた名は確かに前世の名前。
それをみた人々の空気が固まるのが見えなくてもわかった。
ああ、どうして……私がこんな目に。
今日はただ、彼らの結婚を祝いに来ただけなのに。
「見てください皆さま! これこそが証拠です!」
張り上げる彼女の声は勝ち誇ったように堂々としたものだった。
戦慄する人々の視線が突き刺さる。
刻印を見るため降りてきた国王陛下でさえも声を上げることができないでいた。
「これは……。どういうことだ、ベルフェリト嬢」
呼びかける陛下の声が聞こえるが、満身創痍の私には答える気力などない。
その様子に痺れを切らしたのか、今度は会場の方へ向き声を張り上げる。
「ベルフェリト公爵! これは一体どういうことだ!」
呼び出された父は国王陛下の前まで来ると、目を泳がせながら答える。
「これは、その……。陛下、誤解です。今の魔法は前世の刻印を表すものでは――」
「今の魔法を見て、どうしてそう言えるのだ!」
言い逃れしようとした父の言葉をさえぎり、陛下は叱責した。
発動した魔法から感じた魔力は相当大きなものであることは、魔法を一切使えない私でもわかる。
ただ体に文字を刻むだけの魔法では無い事は一目瞭然だった。
「お許しください陛下! 陛下にはすべてをお話しようと思っておりました。しかし、この娘が私たちを脅し口留めしていたのです!」
「なに?」
虚偽罪を恐れたのか、はたまた追及されるのを恐れたのか。
恐らくどちらともなのだろうが、父はすべての責任を私に押し付けようと証言した。
今更父の裏切りに痛む胸などないが、この状況は非常にまずいことは確かだった。
父を睨んでいた瞳は今度は私の方へと注がれている。
「それは本当か? ベルフェリト嬢」
氷柱のような声に顔を上げると、燃えるように光る瞳が映った。
静かな怒りを湛えたそれはヴァリタスにとてもよく似ている。
「ふっ。ははっ」
乾いた笑いが零れる。
壊れてしまっていたと思っていた心は、本当はまだ持ちこたえていたのだと今気づいた。
しかしそれももう終わってしまったこと。
何も手に残らず、このまま消えてしまう。
そう悟ったとき全てがどうでもよくなった。
「たかが騎士の分際でこの国を治めるなど、身の程知らずにもほどがあるのよ」
微笑を浮かべ不敵に笑ってみせた。
陛下は汚いものでも見るように顔を歪める。
似たような言葉を以前にも言ったような気がする。
最期の夜に彼は私の真意が聞きたいと縋るように私を訪ねた。
仕方のない人だと呆れたけれど、彼なら大丈夫なのだと信じていた。
あの時の彼は一体どんな表情をしていただろうか。
「私は私の望みを叶える。そのためならどんなものも利用するまで。たとえそれが家族であっても」
嘘じゃない。
妹のいじめ内容を利用したし、ナタリーやセイラと仲良くなったのだって婚約破棄の道具にするため。
結局私は規模が違くとも世間が思い描いているリヴェリオと同じような人間なのよ。
陛下は眉間に深い皺を刻むと、憎悪をぶつけた。
まるで敵国の捕虜を尋問しているかのような、蔑む瞳だった。
蛇に睨まれた蛙のように動けなくなるが、それもひと時の間だけ。
例え王様相手だろうと私の意志は揺るがなかった。
「私の望みはただ一つ。憎きクロネテスの子供たちに苦痛を与える! ただそれだけだ!」
その声は陛下だけでなく、会場にいる全ての人々の耳に届いていた。
例えどんな理由があってもやはり彼女のしたことは責められるべき行為だ。
けれど、それさえも彼女は意に介さず口を開く。
「なるほど。どうやら国王陛下も王妃様も信じていらっしゃらないのですね。ならば彼女の胸に刻まれた刻印を皆さまにお見せいたしましょう」
「!」
シャルロットは何を言っているのだろう。
胸に刻まれた刻印は誰しもが晒せるわけじゃない。
相当腕の良い魔法使いがいて初めて刻印を表示させることができる。
ヴァリタスやミリヤは例外だとして、そこらへんの魔法使いなんかが発動できる代物ではないのだ。
しかし、そんなことなど問題ではないかのように彼女の言葉を合図に脇にいた魔法使いが私の目の前に現れる。
口角が上がり、禍々しいその笑みに一瞬にして恐怖のどん底に落とされる。
いやっ、嫌だ!
咄嗟に藻掻くけれどなぜか体が動かなかった。
胸の前に手を翳すと、紫色の魔法陣が現れる。
陣の形は以前プアドール様が見せてくれたものと同じようなものだけれど、すごく嫌な感じがした。
ブツブツと唱える詠唱はまるで呪いでも吐かれているようで不気味だ。
「いやっ、離してっ!」
やっとの思いで口にした言葉もじりじりと焼くような胸の痛みに耐えるだけの嗚咽に消える。
意識が一瞬飛びそうになるのを何とか堪えるが、精神的にはもう限界だった。
あともう少しで意識を失う直前、詠唱が止み魔法陣が消える。
すると苦しさも和らぎ、項垂れるように顔を伏せた。
やっと解放された。
安堵したのも束の間、胸元には赤く記された文字が浮かびあがっていた。
<リヴェリオ・ヴァン・オルフェリウス>
現れた名は確かに前世の名前。
それをみた人々の空気が固まるのが見えなくてもわかった。
ああ、どうして……私がこんな目に。
今日はただ、彼らの結婚を祝いに来ただけなのに。
「見てください皆さま! これこそが証拠です!」
張り上げる彼女の声は勝ち誇ったように堂々としたものだった。
戦慄する人々の視線が突き刺さる。
刻印を見るため降りてきた国王陛下でさえも声を上げることができないでいた。
「これは……。どういうことだ、ベルフェリト嬢」
呼びかける陛下の声が聞こえるが、満身創痍の私には答える気力などない。
その様子に痺れを切らしたのか、今度は会場の方へ向き声を張り上げる。
「ベルフェリト公爵! これは一体どういうことだ!」
呼び出された父は国王陛下の前まで来ると、目を泳がせながら答える。
「これは、その……。陛下、誤解です。今の魔法は前世の刻印を表すものでは――」
「今の魔法を見て、どうしてそう言えるのだ!」
言い逃れしようとした父の言葉をさえぎり、陛下は叱責した。
発動した魔法から感じた魔力は相当大きなものであることは、魔法を一切使えない私でもわかる。
ただ体に文字を刻むだけの魔法では無い事は一目瞭然だった。
「お許しください陛下! 陛下にはすべてをお話しようと思っておりました。しかし、この娘が私たちを脅し口留めしていたのです!」
「なに?」
虚偽罪を恐れたのか、はたまた追及されるのを恐れたのか。
恐らくどちらともなのだろうが、父はすべての責任を私に押し付けようと証言した。
今更父の裏切りに痛む胸などないが、この状況は非常にまずいことは確かだった。
父を睨んでいた瞳は今度は私の方へと注がれている。
「それは本当か? ベルフェリト嬢」
氷柱のような声に顔を上げると、燃えるように光る瞳が映った。
静かな怒りを湛えたそれはヴァリタスにとてもよく似ている。
「ふっ。ははっ」
乾いた笑いが零れる。
壊れてしまっていたと思っていた心は、本当はまだ持ちこたえていたのだと今気づいた。
しかしそれももう終わってしまったこと。
何も手に残らず、このまま消えてしまう。
そう悟ったとき全てがどうでもよくなった。
「たかが騎士の分際でこの国を治めるなど、身の程知らずにもほどがあるのよ」
微笑を浮かべ不敵に笑ってみせた。
陛下は汚いものでも見るように顔を歪める。
似たような言葉を以前にも言ったような気がする。
最期の夜に彼は私の真意が聞きたいと縋るように私を訪ねた。
仕方のない人だと呆れたけれど、彼なら大丈夫なのだと信じていた。
あの時の彼は一体どんな表情をしていただろうか。
「私は私の望みを叶える。そのためならどんなものも利用するまで。たとえそれが家族であっても」
嘘じゃない。
妹のいじめ内容を利用したし、ナタリーやセイラと仲良くなったのだって婚約破棄の道具にするため。
結局私は規模が違くとも世間が思い描いているリヴェリオと同じような人間なのよ。
陛下は眉間に深い皺を刻むと、憎悪をぶつけた。
まるで敵国の捕虜を尋問しているかのような、蔑む瞳だった。
蛇に睨まれた蛙のように動けなくなるが、それもひと時の間だけ。
例え王様相手だろうと私の意志は揺るがなかった。
「私の望みはただ一つ。憎きクロネテスの子供たちに苦痛を与える! ただそれだけだ!」
その声は陛下だけでなく、会場にいる全ての人々の耳に届いていた。
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